水無月7
「毛野さん。この問題を説明してください」
生徒の席の間をまんべんなく通った後、田貫先生が祢子を指名した。
「はい、先生」
みんな解けなかったんだ。
祢子は、席を立って、黒板の前に行く。
黒板は祢子の前にそびえている。
先生が踏み台を持ってきてくれた。
ありがとうございます、と言って、祢子は踏み台の上に立った。
先生が書いた、四角と丸を組み合わせて、部分的に斜線を入れた図形の横に、できるだけ大きく数式を書いていく。
ノートを見なくても数字さえわかっていたら大丈夫だ。
まず、面積。
四角の面積を出す。大小二つの半円の面積を足し合わせて、先に出した四角の面積から引く。
周囲の長さは、四角の辺の長さを忘れないように。
「はい、その通りです」
先生の満足げな声。
祢子は席に戻る。
クラスのみんながこっちを見ている。
くすぐったい喜びが胸を満たす。
もう一回、当ててくれないかな。他のだってできるから。
「次の問題。わかる人?」
祢子は手をまっすぐ上に挙げる。
一番前の席なので、後ろでどのくらい手が挙がっているかは、祢子には見えない。
見えなくてもいい。
祢子には解ける。
そのことを先生とみんなにわかってもらえればいい。
「ええと、他にわかる人はいない? 仕方ないわね、じゃあ、毛野さん」
「今日は、席替えをします」
朝の会で、田貫先生が宣言した。
クラスは静まり返っていて、席替え前の浮ついた雰囲気が全くない。
「ちぇ、どうせ前と同じだろ」
こそっとつぶやいたのは、さかした君だ。
先生は、生徒に背を向けて、席の番号を書いたカードを取り出している。
祢子が後ろの席を振り返ると、
「ヤッホー、先生のお気に入りさん」
さかした君が、最後列からこっちに身を乗り出しながら、またささやいた。
他の生徒たちも、同じ表情をして祢子を見ている。
祢子は前に向き直った。
いやなら、がんばればいいじゃない。
「やる気」が足りないだけよ。