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あをノもり  作者: 小野島ごろう
123/125

弥生11

 祢子は『大きな森の小さな家』を読み終えて、『大草原の小さな家』を読み返そうとしていた。



「ただいま~。祢子?」


 母さんが階段下から呼ぶ声に、いつになく、すぐに気づいた。

 祢子は買った二冊を、素早く机の引き出しの中に隠す。



「はあい。お帰りなさい!」

 祢子は自分の部屋から出て、階段を下りた。


 頭の中では、ブタの膀胱で作った風船が、ポンポンと跳ねている。



「健太は?」

「さあ。どこかに遊びに行ったと思うけど」


 さっき、健太の部屋でガタガタと物音がして、階段を駆け下りる足音がしたような気がする。



「そう。……ああ、それで、ほら!」

 母さんが、そばにあった大きい袋から衣類を引っ張り出した。


「制服? もうできたの?」


「帰る途中で、販売店に寄って受け取って来たの。今日は天気がよかったし。

……ほら、着てみてごらん」

「ありがとう、母さん!」



 祢子が服の上から着ようとすると、

「長さとか見たいから、下着の上から着なさい」

 母さんに言われた。


 祢子は書斎の方をちょっと見た。

 おじいちゃんが出てこないとも限らない。健太が急に帰ってくるかもしれないし。


 洗面所に制服を持って行って、戸を閉めてから着替えた。



 裏地がひんやりして、生地が重い。首回りがスース―する。

 急に気分がしゃきっとする。


 これで、中学生になれるんだ。



 新しい学校、新しい先生。

 同級生の顔触れは変わらないが、クラス替えはあるから、新しいクラスと言っていい。


 祢子は、新しい環境が待ち遠しい。

 自分まで新しくなるような、新しくなってもいいような気がする。



 洗面所の、母さんの嫁入り道具の三面鏡を、勇んで振り返った。



 そこにいたのは、大人の服を着た子ども。



 高揚した気分が、たちまちしぼんだ。



「母さん。着てみたけど……やっぱり、大きすぎない?」


 洗面所の戸を開けて、母さんを呼ぶと、母さんが裁縫道具を持ってきた。




 三面鏡の前に祢子を立たせたまま、母さんはまずセーラー服の上着の裾を内側に折り込んだ。


 このくらい? このくらい? と言いながら、裾の位置を、スカートのウエストが隠れるくらいに調節していく。


 ちょうどいいところで、母さんが何カ所か、外側から待ち針を打った。

 祢子は、針の先に触れないように腕を上げる。


 母さんは同じように、スカートの裾も上げていく。

 待ち針を打ち終わったら、「針に気を付けて」と言いながら、祢子が脱ぐのを手伝ってくれた。




「さあ、裾上げはこれでできる、と。体操服はどうしようか」


 長袖のジャージの裾や袖口を縫い上げるのは、なんだかみっともない気がする。


「まくったらいいから、しなくていいよ」

「そう?」

 母さんは、明らかにほっとしていた。




 母さんは、わずかな時間を見つけて、裾上げをしてくれるのだろう。


 祢子は、母さんに内緒でこそこそ本を買って、こっそり読んでいるのに。



 それでも、祢子の欲求は、罪深いことに、罪悪感を焼き尽くすほど強いのだった。

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