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あをノもり  作者: 小野島ごろう
122/125

弥生10

 祢子は、自分が胸に抱えていた本の重みを思い出した。


 これが、買えるようになる。

 一度はあきらめかけたのに。


 祢子の胸は再び嬉しさにふくらんできた。



「あの、本当にいいんですか?」

「もちろん。だって、きみもぼくも何も損しないだろ?」


 その通りだ。


「ご親切に。ありがとうございます」

「よかった。じゃ、一緒にレジに行こうか」

「はい」



 祢子は、えとうさんの後ろについていく。


 その背中の感じが、やっぱりとても懐かしい気がする。


 思わず手を伸ばして、ジャケットの背中に触れたくなった。

 祢子は自分の手を押さえた。


 違う人だからこそ、余計に懐かしいのだろう。

 本当のトドさんだったら、逃げたくなるに決まっている。




 さっきのおばさんが、レジ打ちをしながら、

「親切な人がいて、よかったわねえ」

 祢子に笑いかけた。


 おばさんは、えとうさんにはもっと気合いの入った深い笑顔を向けた。

 えとうさんは、おばさんの手元ばかり見ていた。





 祢子は、二冊の本が入った包みと、おつりの三百円を、大切に手提げ袋に入れた。



 本屋の出口で、祢子が深々とお辞儀をして、重ねてお礼を言おうとしたら、えとうさんは「たいしたことじゃないから、そんなにされると困る」と、逃げ腰になった。


 本当に、親切な人だ。あんなに失礼をしたのに。


 じゃあさようなら、と手を振って去っていく後ろ姿も、本当にトドさんによく似ている、気がする。



 こんなことって、あるんだ。





 他の本も見ようと思っていたことも忘れて、祢子は○九を出た。

 まだ胸がざわついている。



 えとうさんとトドさん。

 トドさんとえとうさん。

 本当に、他人のそら似だろうか?



 あの場では、なんだかあわてて、混乱していたけれど。

 やっぱり、似ているような気がする。


 

 お互いに存在を知らない兄弟や双子だったりして。

 何か陰謀があって、生まれたばかりの頃に引き離されたとか。

 


 それとも、トドさんが記憶喪失になって、えとうさんとして新しい人生を歩んでいるとか?

 頭を強く打ったり、強い精神的ショックを受けたりして、それまでの記憶を喪失する人のことを読んだことがある。





 駐輪場で自分の自転車を出しながら、祢子は、考えすぎて、面倒くさくなってきた。




 トドさんに、さよならを言ったのは、そんなに昔の事じゃない。

 ならば、トドさんだろうが、えとうさんだろうが、自分にはもう関係が無いことだ。


 今日は全く偶然に、トドさんによく似た人に会って、助けてもらった。

 それでいい。



 手提げ袋をハンドルに引っかけて、祢子は自転車をこぎ出した。

 もう、家に帰って本を読むことしか頭になかった。






 帰宅すると、まだ十一時過ぎだった。


 家に入りながら、やっぱりおじいちゃんには報告しておこう、と祢子は思った。


 おじいちゃんのおかげで、買えたわけだし。

 おじいちゃんは、たぶん黙っておいてくれるだろう。



 手提げを持ったまま、書斎の戸をちょっと叩きながら、祢子は「おじいちゃん、」と声をかけた。


「どうした?」

 おじいちゃんが戸を少し開けて顔をのぞかせた。



「ただいま。あのね、おじいちゃん、この前くれた図書券で、この本を買ってきたよ」

 祢子は、手提げから二冊の本を出して見せた。


 おじいちゃんはちょっとそれを見て、にっこりと笑った。

「そうか。読みたい本が買えたか。それはよかった」


「この前、クリスマスにもらった本の続き。とってもおもしろかったから。……でも、父さんと母さんには黙っておいてね」

「わかった」


 どこで買ったのかとも、自分一人で行ったのかとも聞かれなかったので、祢子は拍子抜けした。

 なあんだ。いろいろ考え過ぎていただけか。


「あとで、お昼になったら、また呼ぶね」

「ああ」




 祢子は居間に行きかけて、ふと、

「おじいちゃん、この頃テレビ見ないの?」と聞いた。


「することがあってなあ」

 ふうん、とうなずいて、祢子はおじいちゃんに背を向けた。



 忙しそうな様子だったけど、おじいちゃんは何をしていたんだろう、と祢子は一瞬思った。

 が、すぐに、そう思ったことさえ忘れた。




 よし、今からお昼まで読むぞ。




 

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