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あをノもり  作者: 小野島ごろう
121/125

弥生9

 祢子は雷に打たれたように固まった。



 聞き覚えのある声。

 まさか。



 おそるおそる振り返ると、背の高い男の人が、千円札を差し出していた。


「ほら、図書券を一枚、ぼくの千円札と交換してあげる。

そうしたら、きみはおつりがもらえるようになるよ」



 しかし祢子は、その人が何を言っているのか、理解できなかった。 

「……トドさん?」



 

 この人は、髪が短いし、メガネをかけている。

 でも、それ以外はトドさんにしか見えない。


 声も、話し方も、背の高さも、肌の色も、目鼻立ちも、トドさんにそっくりだ。




「ん? いや?」

 しかしその人は、当惑したように首をかしげた。


「トドさんですよね?」

 祢子は、もう一度問う。


 その人は、かりかりと頬のあたりをかいた。

「えーと、あの、ぼくを誰かと間違えているのかな?」




「すみません、先に、後ろのお客さん、いいですか?」

 レジのおばさんが、首を伸ばしながら、レジの前に突っ立っていた祢子たちに声をかけた。


 祢子がはっとして振り返ると、他のお客さんが二人ほど待っていた。


「あっ、すみませんっ、」

 祢子はレジを離れた。男の人も一緒についてきた。



 邪魔にならないところに移動して、祢子は、隣の男の人を、改めてまじまじと見上げた。


 何度見直しても、やっぱり、そうだ。

 トドさんが、トドさんじゃないふりをしているとしか思えない。



「あの、あなたはやっぱり、トドさんでしょう?」

 祢子は、問い詰めた。


「いや、それって、だれかな? きみの、知り合い?」


 男の人はただ困惑しているみたいだが、演技かもしれない。

 トドさんにはそういうところがあるのだ。

 オオカミにだってなれるんだし。


「いったいなんのつもりですか、トドさん? わたしは、だまされませんよ?」



「困ったなあ。そんなに、そのトドさんって人に似ている?」

 男の人は、自分の顔を手でごしごしとこすってみせた。


「世界には同じ顔の人が三人いるって言うけど、それかな。

それとも、生き別れになった、双子のきょうだいでもいたのかな?」



 祢子はじっと相手の目を見た。

 もうそろそろ笑い出して、種明かししてもよさそうだけど。

 トドさんなら、我慢できるはずがない。



 疑り深く相手の目を注視したが、その目は一向に揺らがなかった。


 祢子は急に自信がなくなってきた。

 肩の力が抜けた。


 

 ひょっとしたら、本当に、よく似ているだけの他人なのかな。

 トドさんは、こんな顔だったと思うのだけど。

 でも、並べて見ているわけじゃないから、本当はそんなに似ていなかったかもしれない。



 それなら、単なる言いがかりだ。

 親切そうな人なのに。


 ああ。わたしの思い違いだったら。

 きっと変な子だと思われたに違いない。



 祢子は顔にかっと血が上るのを自覚した。



「たぶんきみは、だれかと勘違いしているんだと思う。

……ぼくはただ、きみが困っているようだったから、声をかけただけだよ」


 優しい声は、こんなにも似ているのに。


「あ……すみません、あの……」

「ぼくは、えとうといいます。えとう、すぐる」

「えとうさん……」



 ああ。トドさんじゃなかったんだ。よく似た、他人。


「あの、わたし、ひどい勘違いをしてしまって。ごめんなさい。

勝手に疑って……すみません……えとうさん」



 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。 

 でも、トドさんじゃなくて、よかった。



 本当は、少しばかりがっかりしていたけれど、祢子は自分の気持ちに気が付かないふりをする。




「ぼくが言っていたのはね。

きみの図書券を、ぼくが一枚、千円札に替えてあげようってこと。

そうしたら、きみはおつりがもらえるだろう?」



 えとうさんは、気にしていないようだ。

 よかった。

 祢子はやっと、えとうさんの提案について考えられるようになった。



 図書券をお金に替えてくれるのなら、本当にありがたい。願っても無いことだ。

 でも、すぐに飛びつくのもみっともない。


 もうとっくに、みっともないところを見せてしまったけれど。



「でもそしたら、えとうさんが困るんじゃないですか?」


「いや、ぼくはちょうどこの本を買おうとしていたんだ。

ほら、この本、千円以上だろう? だから、この図書券をすぐに使えばいいだけだよ」

 

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