弥生8
祢子はどうしても、『大草原の小さな家』の続きが読みたかった。
それが無かったら、『メアリー・ポピンズ』のシリーズを探してみるつもりだったが、どうかどうか『大草原の小さな家』シリーズがありますようにと、ここ数日間ずっと祈っていたのだ。
どきどきしながら背表紙を目でたどっていく。
あった!
同じような装丁の本が並んでいる。どれも作者は、ローラ・インガルス・ワイルダー。
『大草原の小さな家』の左に、少し薄い、『大きな森の小さな家』があった。
震える手で『大きな森の小さな家』を抜き出す。箱入りだ。
母さんと思われる女の人が、柵越しに熊をさわっている、温かみのある絵。
そっと箱から出すと、中は小さいローラが人形を抱いている絵の表紙。
ざっと初めを読んでみる。どうやら、これが一番初めの物語らしい。
値段は、千二百円。
この次が『大草原の小さな家』で、それから、『プラム・クリークの土手で』らしい。
『プラム・クリークの土手で』は、千五百円。
よし、『大きな森』と『プラム・クリーク』を買おう!
ストーリーを続けて読んだら、もっとおもしろいだろう。
祢子は『大きな森の小さな家』と、『プラム・クリークの土手で』を持って、レジに行った。
胸がどきどきする。
「これ、お願いします」
レジのおばさんが、本を受け取って、値段を確認した。
「はい、二冊で二千七百円です」
「これを使います」
祢子は、図書券を取り出して、三枚全部を台の上に置いた。
「えーと」
おばさんは、祢子の顔をじっと見た。
祢子はどきっとした。なにか悪いことでもしたかな。
「図書券は、おつりが出ないけど、どうする?
お金があるなら、七百円は現金で払った方がいいと思うわよ」
「えっ?」
祢子はびっくりした。
「でも、わたし、お金は持っていないんです」
「でもねえ、図書券で買ったら、三百円損しちゃうわよ。それでもいいんだったら、いいけど」
祢子はちょっと考えた。
三百円は、祢子にとっては小さい金額ではない。
三百円損してでもこの本が欲しいのが本音だが、おじいちゃんがせっかくくれたお金を無駄にしてしまうことになる。
その時。
少しお金が足りなかった母さんが、魚屋さんに値引き交渉をしていた姿を、祢子は思い出した。
母さんが困った顔で「あと二十円足りなくて……」と言うと、魚屋のおじさんは笑って、「しかたないなあ、それでいいよ」と言ってくれたのだ。
そうだ。
すぐに諦めるのは、ローラにも、おじいちゃんにも、申し訳ない。
わたしは母さんの子だから、できるはずだ。
「どうしても、おつり出ませんか?」
「決まりだからね」
「じゃあ、図書券をお金に替えてもらえませんか?」
祢子は食い下がってみる。
「気の毒だけど。できないねえ」
「…わかりました…」
これ以上、どうしようもない。
歯も立たなかった。
祢子はしょんぼりした。
しかたがない。『大きな森』だけにして、『プラム・クリーク』はあきらめるか。
そして、ちょうどぴったり三千円になるように、他の本を探してみよう。
でも。
次に買えるのはいつになるかわからない。
そしてその時に、『プラム・クリーク』があるかどうかもわからない。
あきらめきれずに、祢子はちらっとレジのおばさんを上目遣いに見たが、首を振られてしまった。
「わかりました。……すみません、もう一回他の本を見てきます」
レジのおばさんに言った時。
「その図書券を、千円札に替えてあげようか?」
男の人の声がした。