弥生7
月曜日になった。
健太と同じ時間に起きて、外を見る。
何日も降り続いた雨は、ゆうべのうちに上がったようだ。
よかった。自転車で行ける。
下に下りると、母さんが「あら、早起きね」と嬉しそうにからかった。
祢子はかいがいしく母さんの手伝いをして、健太、父さん、母さんを見送った。
おじいちゃんは書斎にこもった。
祢子は気合を入れて、急いで準備をした。
母さんが前に作ってくれた、刺繡入りの手提げ袋に、机の引き出しにしまっておいた図書券を入れた。
本当に入っているか、何回も確かめた。
本当に二冊買えるだろうか。
でも、おこづかいはもらっていないので、現金は持っていない。
足りなかったらしようがない、一冊で我慢しよう。
祢子は書斎に行って、戸の外からおじいちゃんに声をかけた。
「おじいちゃん、ちょっと遊びに行ってくるね。お昼、待たなくていいから、先に食べといてね」
「おお、そうか。気をつけてな」
おじいちゃんは、戸越しに返事をした。顔を見られなくて好都合。
祢子は自分の小さい自転車を道路に出した。ハンドルに袋をかけて、さっそうと漕ぎ出す。
内山書店にだって一人で行ったことはないが、本の買い方くらいは、隣で見ていたのでわかる。
図書券は、お金の代わりになるのだ。堂々と出したらいいだけだ。
明るい日差しに、まだ冷たい風が気持ちよい。
川面はきらきらと輝いている。早咲きのサクラやコブシの花が咲いている。
うきうきする。
おとなみたいに、自分だけで本屋に行くというのが、こんなにも心躍ることだなんて。
後先考えずに、祢子は小さい自転車のペダルをせっせと踏んだ。
○九に着いた。
駐輪場に自転車をとめて、手提げ袋を持って正面入り口に行くと、まだシャッターが閉まっていた。
休みだろうか。
そんな、せっかく来たのに。今さら休みだなんて、困る。
誰かに聞こうとまわりを見回しても、だれもいない。
がっかりして、もう帰った方がいいのかなとうろうろしていたら、入り口の脇に、営業時間が書いてあるプレートを見つけた。
十時からだ。
向こうの広場の時計を、目を細めて見る。よかった、あと少しで十時だ。
なあんだ、早すぎただけか。
祢子の胸は、また期待に膨らんだ。
あちこちからお年寄りが、入り口前に集まり始めた。
十時のチャイムが鳴り、がらがらとシャッターが開いた。
お年寄りたちと一緒に、祢子は中に入る。
本屋は二階だ。カバンを買った時に確認済みだ。
二階に行くエスカレーターの上には、祢子だけしかいない。
やっと、本屋に着いた。
ああ。
内山書店よりも広い。
ものすごく広いわけではないが、二倍くらいある。
学校の図書館よりも、トドさんの図書室よりも広い。
世の中には、こんなにたくさんの本があったんだ。
神様、ありがとうございます。
本の種類もたくさんある。
上から下がっている案内板を見て小説のコーナーに行くと、ハードカバーだけでなく、文庫本もたくさんあった。
ざっと見ると、出版社別に、著者名のあいうえお順に並べてあるらしい。
本棚の手前には、人気がある本が、平積みにして置いてある。
ここら辺もゆっくり見てみたいが、あとにしよう。
ハードカバーは、大人が読むような小難しい本ばかりだ。
祢子の探している本は、ここにはなさそうだ。
店員さんに聞いたらすぐにわかるのだろうが、祢子は自分で探し当てたかった。
祢子は、児童書のコーナーに行ってみる。
手前には小さい子が好きそうな絵本やおもちゃが置いてあった。
奥に進むと、一番奥の本棚に、ハードカバーが並んでいた。