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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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弥生3

 教頭先生が卒業式が終わったことを宣言する。

 急に体育館内がざわめき始める。


 五年生は五年生の先生に促されて、教室に戻っていく。

 六年生はこの後どうなるのだろう。

 そこまでは、練習に含まれていなかった。



 あちこち見回していると、今田先生が保護者席の前で説明を始めた。

「このあと、六年生は教室に移ります。

保護者の方たちも、ご自分のお子さんの教室に移動してください」





 祢子は途中でトイレを済ませてから教室に戻った。



 机の上には、プリント類と、卒業証書を入れる黒い筒と、細長い箱が置いてあった。


 箱を開けると、紅白の敷紙の上に、大きい紅白饅頭が一つずつ入っていた。

 やった。

 半分ずつじゃ足りないから、一つを五分の一に分けて、家族みんなが白と紅と両方食べられるようにしよう。



 クラスの女子たちは、感動しただの涙が出ただの、ハンカチがぐっしょりになっただのと話している。


 とすると、自分はやっぱり心が冷たいのだろう、と祢子は結論付けた。




 保護者たちも教室前の廊下に集まり始めた。


 おとなたちもみんな、着物だのよそ行きだので着飾っている。

 ただならぬ雰囲気で、授業参観の時よりも緊張する。



 母さんも来た。


 きれいに髪を結っている。

 黒い羽織の下は、ウスバカゲロウのような色の付け下げだ。


 とても上品で、やっぱりきれいだ。

 がんばっておしゃれしてきた他のお母さんたちよりも、ひときわきれいだ。


 祢子の胸は、誇りで膨らむ。




 しばらくすると田貫先生が書類をかかえて入ってきた。

 先生の目の縁も赤くなっている。




「保護者の方たちも、教室の中にお入りください」

 先生が言うと、ちょっとためらったのち、保護者が教室の後ろにどんどん入って来た。

 夫婦で来たところもあるらしく、後ろだけでは収まりきれない。両横にもどんどん広がっていく。



 祢子の席は後ろから二番目の窓際だ。

 母さんが横に来ないかなと思ったが、すぐ左わきを保護者が続々と通り過ぎていって、最終的にどこかのおばさんが真横に、しかもこっち向きに立った。非常に落ち着かない。


 母さんは、離れたところから祢子を見て、ちょっと手を上げてにっこりして見せた。



 みんながうちの母さんを見ている。



「今日は、ご卒業、まことにおめでとうございます。少々お時間をとりますが、先にお子さんたちに話をさせてください」


 田貫先生は保護者にそう断ってから、生徒たちに話し始めた。

「まず、卒業証書を配ります。出席番号順に呼ぶので、きてください」



「うえだきよしくん」

 うえだくんは、はいっと言って立ち上がり、机の間をすり抜けて受け取りに行った。


 先生は卒業証書を教卓越しに渡しながら、「おめでとう。中学校でもがんばってね」と声をかけた。

「あ、それから通知表も」


 うえだくんは思わず「えー」と言った。子どももおとなもみんな笑った。

 うえだくんは照れながら両方受け取ると、深々と礼をしてから席に戻った。



 男子がみんな受け取ると、女子の番になる。


 祢子も呼ばれたので、返事をして、受け取りに行った。

 田貫先生に、「元気でね。毛野さん」と言われて見上げると、涙が浮かんでいた。


 祢子は、はっと胸を衝かれた。



 嫌な先生と思っていたのに。



 席に着いて、卒業証書の名前を確認してから、丸めて筒の中に収め、ふたをした。

 続いて残りの女子が受け取るのを見ながら、祢子の胸はもやもやとくすぶっている。



 これでお別れだ。せいせいする。

 二年間も、田貫先生のために無駄にしてしまった。

 

 だけど、田貫先生は田貫先生なりに、がんばってきたのかもしれない。

 祢子たちが望む方向ではなかっただけで。


 生徒たちのためと信じて、がみがみ怒ったり、長々と説教したり、扱いに差をつけて競争させたりしたのかもしれない。

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