弥生2
体育館は、びっくりするほど静かだ。
咳の音が、やたらに目立つ。
「卒業証書授与!」
司会の教頭先生の声で、一組の一列目がばっと立ち上がった。
あおいけくんが全員の視線を浴びながら、練習通りに壇上に上がる。
今日受け取るのは、本物の卒業証書だ。
保護者席からシャッター音が鳴った。
あおいけくんの保護者だろう。
あおいけくんは見事に卒業証書を受け取った。
次々に流れるように、生徒が階段を上がってステージを進み、校長先生に礼をして卒業証書を受け取って、礼をして下りていく。
保護者席ではシャッター音が途切れることなく鳴っている。
母さんは、カメラを持って来ただろうか。
練習の時はやたらに長く思えたが、本番では、あっという間に祢子の番になった。
足も手も頭も、ふわふわしていて、だれか他の人の体のようだったが、たぶんなんとかみんなと同じようにできたと思う。
みんなが卒業証書を受け取ったら、校長先生は一礼してステージから下りた。
次は、「門出のことば」だ。
「やわらかな春の日差しが」
「大地にふりそそぎ」
「わかわかしい息吹きに満ちる」
「希望の季節!」
…………
…………
「宿泊訓練!」
祢子は言い終わると、やっと肩の荷が下りた。
あとはみんなと一緒に言うところばかりだ。
六年生の部分が終わって、五年生の番になった。
五年生もがんばって大きな声を出している。
五年生のことばが終わって、五年生が「蛍の光」を歌い始めた。
蛍の光、窓の雪。ふみよむ月日重ねつつ。いつしか年もすぎの戸を。あけてぞ今朝は別れゆく。
また六年生の番になった。
地域の人たち、学校の先生たち、保護者たちへの感謝を述べた後で、いよいよ、やっと、フィナーレに向かう。
これからの希望に満ちた前途に、疑いなく、明るくまっすぐに進んでいくことを誓ってから、
「ぼくたち」と六年生男子全員。
「わたしたちは」と六年生女子全員。
「この思い出深いK小学校を 卒業します!」と八坂くん。
「卒業します!」六年生全員。
すかさずピアノの前奏が入る。
六年生全員で、「仰げば尊し」の斉唱。
あちこちからすすり泣きが聞こえる。
祢子の周りでも、のどを詰まらせて泣き声をもらす女子がいる。泣きながら歌う女子もいる。
祢子は内心慌てた。
ここは泣くところなのだろうか。
でも、小学校を卒業したところで、全員同じ中学校に上がるのに、何を泣くことがあるのだろう。
先生と別れるのがつらいのだろうか?
本当に?
それとも小学校に来られなくなるのがつらいのだろうか?
来ようと思えばいつでも来られるのに?
「仰げば尊し」を歌い終わり、今度は生徒全員で校歌を歌う。
校歌は、ただ明るいだけなので、とても場違いに感じる。
それでも、しめやかな雰囲気は壊れないようで、歌い終わって着席しても、体育館のあちこちから感極まったすすり泣きが続いた。
祢子は、自分だけ白けた顔をしているのも居心地が悪いので、何とかして泣こうとした。
かわいがっていた小鳥が死んでしまったことを思い出しても、ずいぶん前の事なので、今一つ足りない。
母さんが死んでしまったら、と考えたら、やっとぶわっと涙が出てきた。
出過ぎても困るので、大丈夫、ちゃんと生きているしここに来ている、帰りも一緒だ、と考える。
そして、袖でそっと涙をぬぐった。