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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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如月5

 先生たちの研修とかで、祢子はいつもより、かなり早く家に帰ってきた。



 「ただいま」と言ってから、ランドセルを下ろす。


 おじいちゃんは相変わらずこたつに入ってテレビを見ていた。


 健太は道草でも食っているのだろう。母さんもまだ帰って来ていない。



 おじいちゃんはちょっと祢子を見て、「お帰り」と言った。


 おじいちゃんは手を洗えとかうがいをしなさいとか、言わない。

 だから、祢子は手も洗わないし、うがいもしない。



 祢子は、戸棚の前にあったビスケットの袋を開けて、二、三枚口に放り込んだ。

 おじいちゃんに隠れるようにして急いで食べたので、口の中がぱさぱさに乾いた。

 むせそうになったので、急いで水を飲んだ。



 その時、何かおじいちゃんに言うべきことがあったような気がした。

 

 なんだったかな。

 考え込んでいるうちに、誕生日にもらった図書券のことを思い出した。



 どさくさに紛れて渡されたから、ろくにお礼を言っていなかった。

 もらったなら、きちんとお礼を言わないと。



「おじいちゃん」

 祢子は、居間の入り口に立ったまま、おじいちゃんに声をかけた。


「ん? どうした」


 おじいちゃんは、顔だけ祢子の方に向けた。


「……この前、図書券たくさんありがとう。欲しい本がたくさんあるから、ほんとうに嬉しかった」

「それはよかった」


 おじいちゃんはにっこりした。

 入れ歯の歯ぐきが黒ずんでいる。 




 ああ、おじいちゃんは、あと少ししか家にいないんだ。


 しわくちゃの顔、禿げ上がった頭、汚い口元を見るのも、あと少しなんだ。


 急にそれが、すとんと祢子の胸に落ちてきた。


 

 

 それならば。

 本当に言わねばならないことが、あったはずだ。

 




 祢子は口を開けたり閉じたりした。

「おじいちゃん」


「ん? なんだ?」

 おじいちゃんは不思議そうな顔をした。




 でも、なんて言ったらいいんだろう。




「わたしたちが冷たかったから……おじいちゃんはあっちの家に帰るんでしょ?」

 そんな言葉しか、思い浮かばない。


 でも、そんなこと聞いたら、おじいちゃんは困るのじゃないだろうか。

 そう思っていたにしろ、そうだよ、なんて答えないだろうし。



 そもそも、わたしの態度は、本当に冷たかっただろうか?



 祢子はおじいちゃんが来てからの生活を思い返す。




 普通に接していたつもりだったから、冷たくはなかったと思う。

 話が合わなかっただけだ。


 おじいちゃんと孫の話が合わないのは、よくある、仕方がないことで、わたしのせいじゃない。



 健太はおじいちゃんになついていたし、母さんだってがんばって尽くしていた。

 冷たかったのは、父さんだけだ。


 父さんが冷たいのは、わたしのせいじゃない。


 父さんと、おじいちゃんの関係だから、わたしが口を出すことじゃないのかも。

 わたしが謝るのは、おかしい。ような気がする。




 だいたい、わたしは、おじいちゃんが向こうの家に帰ることになって、ほっとしているのに。


 今さら、いい子ぶるなんて。

 きたない。


 



 テレビで、ぎゃはぎゃはと芸人が笑った。

 おじいちゃんは、自然にそっちに目を戻した。



 まもなく、健太が騒々しく帰ってきた。



 祢子は、いつものように二階に上がった。



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