水無月5
「かーこ、危ないよ。傘を川に入れちゃだめだよ」
祢子は、少し離れたところから必死に呼びかけた。
かーこは黙って、自分のつま先を眺めている。
「ねえ、かーこ、こっちにおいでよ。一生のお願いだから」
もしもかーこが川に流されたら。
気をもみながら、祢子は叫んだ。
かーこがのろのろと振り返ると、ゆっくりゆっくり、祢子の横に戻って来た。
祢子はほっとした。
「なーに泣いてんの。じょうだんに決まってるじゃん。ばっかみたい」
それから二人は、黙って並んで歩いた。
ごうごうと水音だけが鳴っていた。
「祢子、見てて」
また少し行くと、かーこが急に走り出した。
「待って、かーこ」
かーこは、何かを見つけた猟犬のように一目散に走って行く。
足の長いかーこは走るのも速い。
見る間に目標に接近すると、
「アル中、アル中、」
大声で囃したてながら走り去った。
「かーこ……」
かーこの後ろ姿は、もう豆粒ほどになった。
祢子は、絶望した。
かーこはなんであんなにいじわるするんだろう。ひどい。かーこなんて、かーこなんて。
あの財布事件から、おじさんに会わないように、びくびくしながら気をつけてきたのに。
何もかもおしまいだ。
祢子は、のろのろ歩いた。
のろのろ歩いている間に、おじさんがどこかに行かないかな。