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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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如月3

 卒業証書を受け取る練習は、とにかく長い。



 「卒業証書授与!」と今田先生が言うと、最前列に座っている男子生徒がざっと立ち上がる。


 「あおいけみのる!」

 一組の出席番号一番の男子が呼ばれる。


 ステージに向かって一番左端のあおいけくんは「はいっ!」と大きく返事をする。



 一歩前に出てから、機械仕掛けのように、見事に九十度向きを変える。

 ステージと平行に歩き、またかくんと九十度角度を変えて、ステージに上がる階段まで歩く。


 階段をとんとんと上がって、胸を張って演台の前まで来たら、さらに九十度向きを変えて、演台の向こうの校長先生役の先生と、正面から向き合う。



 校長先生役の先生が、「卒業証書。あおいけみのる。……」と、卒業証書を全部読み上げる。

 ちなみに全部読むのは、あおいけくんのだけで、あとは、名前を言って、「以下同文」と言うだけだ。



 あおいけくんは、まず左手をまっすぐ前に出して卒業証書に添え、それから右手を同じように出して卒業証書を両手で持つ。

 その時点で校長先生役の先生は手を放す。


 あおいけくんは、卒業証書を捧げたまま、一歩大きく下がって礼をする。

 それから卒業証書を左脇に挟んで九十度向きを変え、ステージの反対側の階段に向かって歩く。


 階段を下りると、そこにあるかごに卒業証書を入れて、六年生の一番後ろを通って、自分の席に戻る。




 あおいけくんは、最初のころはまごついていたが、回を重ねるごとに堂々と立派になってきた。


 自分が一番初めじゃなくてよかった。

 毎回、祢子はほっとする。



 あおいけくんの次の男子は、あおいけくんが階段を上がり始めたら、同じようにして自分の席から離れて、からくり人形のように移動し、階段の下で待機している。

 あおいけくんが卒業証書を受け取って階段を下り始めると同時に、階段を上っていく。



 一組の男子の次は、一組の女子。

 それから二組の男子、二組の女子。

 そうやって、次々に生徒一人一人が卒業証書を受け取る。




 八坂君が受け取る時、祢子はじっと見ている。

 やっぱり、男子の中で一番すてきだと思う。


 八坂君はほれぼれするほど鮮やかに向きを変えて、自信に満ちて堂々と歩く。

 右手と右足が同時に出るなんて間違いは、決してしないだろう。




 祢子は、列から飛び出して一人で歩きはじめると、とたんに、自分がふだんどうやって歩いていたか、わからなくなる。


 右手と左足を同時に出してよかったのだろうか。


 九十度向きを変えるたびに、ぐらつきそうになる。


 ステージの上では、一歩下がった時にステージから落ちるのではないかとか、左手と右手を出す順番を間違えるのではないかと不安になる。


 みんなちゃんとできているのだから、祢子だけができなかったら、とても恥ずかしいだろう。




 「仰げば尊し、わが師の恩……」


 なぜこんな歌を歌うのか、祢子にはよくわからない。


 たしかに先生たちには、熱心に教えてもらった。

 だけど、そこまで尊敬している先生は、一人もいなかった。



 しかし、そんなことを正直に言っても、怒られるだけだ。


 先生が喜び、保護者は感動し、生徒はほめられる。

 全部が丸く収まるのなら、黙って言われる通りにした方がいい。





 三学期に入ってから、田貫先生はあまり怒らなくなった。

 今までならきっと、長い説教を始めただろうと思われることでも、短い注意で終わる。



「あなたたちも、ずいぶんと成長しましたね」


 事あるごとにそう言うようになったが、祢子には、六の二の生徒がそんなに変わったとは思えない。

 むしろ、先生の方が変わったのではないか。



 あんまりガミガミ怒っていたら、卒業式のとき、先生と別れてせいせいしたと思われるからかもしれない。



 ひょっとしたら田貫先生にも、生徒から慕われたい、別れるときは泣いてほしいというきもちがあるのだろうか。


 そうだとしたら、びっくりだ。


 

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