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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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如月1

 二月に入ると、卒業式の練習が始まった。


 校歌や「仰げば尊し」の練習、卒業証書を受け取る練習、「門出のことば」の練習。

 立ったり座ったりの練習。


 全員ができるようになるまで、とにかく練習が続く。

 運動会より厳しい。

 先生たちはわずかな失敗も見逃さない。




 椅子に座っているときは、背筋をしゃんと伸ばす。

 男子は軽くこぶしを握って両膝の上に置き、女子は膝の上で、軽く両手を重ねる。


 「起立!」と号令がかかったら、ばっと立ち上がり、そのあとは不動。

 「礼!」で、腰から上半身をまっすぐ四十五度に傾け、一、二、三、と心の中で数えてから、直る。

 「着席!」で、一糸乱れず、ざっと座る。その後髪の毛やスカートなどをさわってはいけない。





 「門出のことば」は、みんなが一斉に言う言葉と、各自に割り当てられた言葉がある。

 はっきりと大きな声で言わねば、何度でも言い直させられる。


 祢子のは、「宿泊訓練!」だ。

 五年生の時の行事である。



 「宿泊訓練」って、どうだったっけ。


 少年自然の家で、所歌を歌わされた。たくさん蚊に刺された。

 初めての二段ベッドでは、あまりよく眠れなかった。


 朝は、使った毛布の四隅をきっちり合わせて、同じ方向に重ねて置いた。

 チェックに来た先生に、何回もやり直させられた。



 いくら考えても、そんな思い出しか浮かんでこない。

 楽しいというよりかは、なにかの訓練に参加しているような緊張感があった。




 修学旅行にしてもそうだ。


 小さな発見がたくさんあった、有意義な旅ではあった。

 だが、楽しかったかと聞かれると、祢子には、楽しかったとは思えない。 

 また修学旅行に行きたいかと聞かれたら、もういいかな、と思う。


 

 自分はどうやら、集団行動は好きでないらしい。

 集団の中で、人に気を遣うのが、窮屈でしかたがない。


 それよりは、一人でいるほうが好きだ。

 少しばかりさみしくとも。



 自分の感じ方は、みんなとは違うのかもしれない。

 みんなは、「門出のことば」に挙げられるような行事を、宝物のように大切に思っているのかもしれない。

 それはそれで、いいと思う。

 祢子だって、そう感じられたら、学校生活がもっと楽しかっただろうと思うから。




 祢子にとっては、楽しくて美しいだけの思い出なんて一つもないのだった。



 目の端にいつも映り込んでいるが、直視するのが怖い。

 けれど、そこに厳としてうずくまっている。


 そして、暗がりから、光る眼で祢子をじっと見ている。



 祢子にとっては、思い出とはそんな怪物なのだった。



 祢子は、怪物のそんな眼から、逃げ出したくて仕方ない。




 過去なんてどうでもいい。

 味のなくなったガムを、いつまでも大事に反芻するのは、性に合わない。


 いつかテレビで見た鯨のように。

 大きい口を開けて、前から流れ込んでくる新鮮な獲物を、貪欲に食らいたいのだ。


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