睦月12
下旬。
数日前から寒さが厳しく、夕方から綿のような雪がたくさん降ってきて、積もり始めた。
祢子と健太はわくわくしながら眠りについた。
朝起きてカーテンを開けると、窓の向こうには真っ白な世界が広がっていた。
祢子の家の屋根も、ご近所の屋根も、塀や木や電柱の上も、田んぼも畑も、庭も、道路も、一面ふんわりした雪で覆われている。
降る雪は止んでいる。
「学校は休みかなあ?」
健太が期待して母さんに聞いた。
「そんなわけないでしょ、このくらいの雪で。さっさと支度しないと遅れるよ」
祢子と健太は、あわてて服を着替えた。
集団登校の班の子たちは、みんな手袋をしてきた。
祢子はいつものように先頭を歩き始めたが、後ろの子たちが、手で雪をかき集めては雪玉を作り、お互いにぶつけるので、なかなか前に進まない。
車もたまに通るが、今日はタイヤにチェーンをつけていて、じゃらじゃらと音を立てながらゆっくりと走っている。
わだちの跡は歩きやすいが、滑りやすくもあるので、新雪の上を歩いて行く。
低学年の子たちは長靴をはいてきている。
上級生は長靴はカッコ悪いので、はかない。
ズック靴の底には雪がついて重くなる。
時々ブロックの角に靴底をこすりつけて雪を落とすが、またくっつく。
靴の中に入り込んだ雪が溶けて、靴下が濡れる。足が冷えてじんじんする。
教室に入ると、石油ファンヒーターが置いてあった。周りで何人かが手を温めている。
ランドセルを机に置くなり、祢子は、こずえちゃんを誘って校庭に出た。
校庭の隅で、二人で雪だるまを作っていると、雪玉が祢子の背中を打った。
ぱっと振り返ると、そりかわくんが雪玉を投げようと構えていた。
祢子はこずえちゃんと目を合わせて、うなずいた。
雪だるまを放り出して、こずえちゃんと祢子は雪玉を握り、そりかわくんに投げ返した。
そりかわくんは、「おっとー」とよける。なかなか当たらない。
そりかわくんに、他の男子たちが加勢し始めた。
祢子は、そこらへんにいた下級生たちみんなに声をかけて、加勢してもらった。
こっちの人数が増えると、あっちも増やしてくる。
敵か味方かわからなくなってきて、とにかく雪玉を作ってはそこらの誰かに投げつけた。
大乱戦になった。
始業のチャイムが鳴った。
みんなぽかぽかに上気した頬で、教室に入った。
教室は温かい。
ぐっしょり濡れた手袋は、後ろの棚の上に並べて乾かしておく。
やがて、日が差してきた。
昼には、雪が溶けて校庭の地面が見え始めた。
日陰には少し雪が残っているが、あの真っ白のふわふわではなく、かき氷のようになっている。
もう雪遊びはおしまいだ。
その日の夕食の時に、みんなの前でおじいちゃんが言った。
「春になったらわしは、向こうの家に帰ろうと思う」
父さんも母さんも寝耳に水の顔をしている。
しばらく、誰も何も言わなかった。
母さんは父さんを見たが、父さんは黙ったままだ。
「……おとうさん、なぜですか?」
母さんがおそるおそる聞いた。
「わたしが至らなかったのなら、あらためますので、そんなこと」
「ちがうちがう、志賀さん、あんたはほんとに良くしてくれている。そうじゃなくて」
おじいちゃんは、遠くを見るような目になった。
「向こうの家が気になるし、向こうは知り合いがたくさんいるし……」
父さんはやはり何も言わない。
父さんをちらっと見た母さんは、そうですか、とつぶやいて黙った。
子どもは何も言わない方がいい。
健太にさえ、それがわかっていた。
食事は、いつもよりもなお、静かに終わった。