睦月7
おぜんざいを食べたら、母さんが、「そろそろ帰る準備をしなさい」と祢子にささやいた。
「え? まだみんないるんでしょ?」
「うちはほら、おじいちゃんが待っているから。遅くなると、おじいちゃんもお腹が空くし」
「……はあい」
母さんは、本家の伯母さんのところに行って、耳打ちした。
本家の伯母さんは、母さんを台所に引っ張っていく。
帰る準備と言っても、何もない。祢子もついて行ってみた。
「志賀さん、ほら、残り物だけど、おじいちゃんに持って帰ってあげて」
「おねえさん、うちにもおせち料理はあるから」
「それは分かっているけど、ちょっと変わったのもあると思うから。もう、うちでもそんなに食べないし」
「いいの? じゃあ、おじいちゃんのだけ、少し」
母さんは、ラップやアルミホイルに少しずつ料理を取り分けさせてもらった。
「片付けも……」
「いいのいいの、まだみんないるから、他の人に手伝ってもらうから。
そんなこと言ってたら、いつまでたっても帰れないわよ。おじいちゃんが待ってるだろうに。
ねえ、祢子ちゃん」
隠れていたつもりの祢子は名を呼ばれて、驚いた。
おばさんたちの目はすごい。
「祢子、おばちゃんにお礼を言いなさい」
「おばちゃん、本当にありがとう。お料理、どれもとてもおいしかったです」
「祢子ちゃんは、どれが一番おいしかった? 今度は、それをたくさん作ってあげようね」
「えーと、えーと、カニの酢物!」
本家の伯母さんと母さんは、笑った。
「グルメだねえ。まあ、伯母さんもがんばろうね。
今日は来てくれてありがとう。おじいちゃんによろしくね。」
祢子は上座で真っ赤になっていつらうつらしていた父さんと、従兄たちと遊んでいた健太を呼んで、帰る準備をさせた。
祢子たちがこっそり帰ろうとすると、みんなが立ち上がって、玄関と台所口に分かれて見送ってくれた。
本家の伯父さんと伯母さんは、外まで見送りに出てくれた。
もう夕暮れだ。
お互いに何度もお辞儀をし合って、父さんも母さんも自転車を漕ぎ出した。祢子と健太も続く。
別に、最後までいたからと言って、特別に楽しいことがあるわけでもない。
早めに帰って、家でちょっとほっとする時間がある方が、祢子はいいと思う。
父さんも、これ以上酔っ払わなくて済むし。
だから、おじいちゃんが留守番していてくれてよかったと思う。
でも、母さんはもう少しいたかったかもしれない。
久しぶりにそろったきょうだいたちと、ゆっくり話したかったかもしれない。
母さんはどう思っているのだろう。
家に着くと、おじいちゃんは居間でテレビを見ていた。
母さんは「遅くなりました、ただいま帰りました」とおじいちゃんに言って、すぐにいつものように、お風呂の準備をして、洗濯物を取り込んだ。
祢子は洗濯物をたたむ。
母さんは、夕食の準備を始めた。
そうか。本家にいたら、夕ご飯まで食べて帰れたんだ。
夕食は、炊き立てのごはんと漬物、おせち料理の残りだった。
本家でもたくさん食べたので、おせち料理はもう欲しくなかった。
祢子と健太は、ご飯にお茶漬け海苔とお湯をかけて食べた。
それが無性においしくて、おかわりした。
おじいちゃんは、いつものように黙って食べて、ごちそうさまと言って書斎に引き上げた。