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あをノもり  作者: 小野島ごろう
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水無月4

 家に着いた祢子は、おそるおそる勝手口を開けた。



 ドアの隙間からそっと中を覗くと、すぐ脇の、流しの前に立っていた母さんと目が合った。


 母さんは、黙ったままうなずいた。


 祢子はうなだれて、ドアの内側に入った。



「……ごめんなさい、かあさん。お財布はあったんだけど、

……中身が無くなってた……」



 涙がぶわっと出てきた。

 祢子はつっかえつっかえ、やっと言葉を絞り出し、空の財布を差し出した。

 涙はぽたりぽたりと落ちて、コンクリートを濡らした。



「ごめんなさい……」


「しょうがないから、靴を脱いで上がりなさい。もう落とさないでよ」



 母さんが言ったことを、全部は聞いていなかった。祢子は声を上げてわんわん泣き出した。









 傘立てから傘を急いで抜いて、祢子はかーこの後を追った。


 雨はやっと上がっていた。


 祢子は、傘をたたんで小脇に抱えながら、小走りに追いかける。

 かーこは知らんふりしてずんずん先を歩いていく。




 登校は地区で集団登校しているが、下校はまちまちだ。近所には同級生の女の子は、あまりいない。

 かーこくらいだ。


 誰か必ずお友達と一緒でないとだめよ。

 先生からも、母さんからもきつく言われているので、下校は必ずかーこと一緒に帰っていた。



 かーこは背が高くて、大人っぽい。

 背の低い祢子が隣に並ぶと、大人と子どもみたいだ。



「かーこ、待って」

 祢子は本気で走り始めた。


 かーこは聞こえないふりをして、わざと小走りに先を行く。




 かーこはとなりの一組だ。


 終わりの会の時間がずれて、今日は祢子の方が廊下で待っていた。


 待たせていたのならわかるけど、なぜこんないじわるするのだろう。



「待ってって」

 半べそをかきながら祢子は追いかける。

 

 かーこが急に立ち止まった。祢子はかーこのランドセルに顔をぶつけた。


「あ、いたっ」


 鼻を押さえる祢子を見下ろして、かーこは大笑いする。

 でも、その後は並んで歩いてくれた。




「今日さ、給食時間に、給食当番のかいの君がふざけて、牛乳瓶のケースを持ってた子に当たって。

ケースが落ちて、牛乳瓶がいっぱい割れちゃって。

それであわてて片付けていたら、教室に入って来た田貫先生に見つかって。

先生がかんかんに怒って、クラスのみんなを立たせてお説教が始まって。

それが長くて長くて、お腹が空き過ぎて気持ち悪くなってしゃがんだんだ」


「ふうん」


「そしたら、先生があわてて、お説教をやめてみんなを座らせてくれた」


「ふうん。そんなの、どうでもよくない?」


 祢子は黙る。今日はなにを話しても、だめな日なのだろう。




 ガードレールが切れた川岸に、かーこがずんずんと歩いていった。


 ここ数日の大雨で、川は増水していた。

 いつもは丈の高い岸辺の草むらが、茶色い水の底に、海藻のようになびいている。


 その向こうには、いつもの倍くらいに膨れ上がった茶色い川が、巨大な生物のようにうねっている。



 かーこは、水際ぎりぎりまで近づくと、傘をちょっと持ち上げて、ひたひたと打ち寄せる茶色い水の中につっこんだ。


 かーこのズック靴のつま先が、べちょべちょにゆるんだ土にめりこんでいる。

 





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