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第一話 また今度

 

 午前三時二七分。

 薄暗い空の下、宮本(みやもと)廉華(れんか)は活動を始める。

 夜とも朝ともつかない未明。街を歩く人の姿は少ない。平日の街路に倒れ込む泥酔者は見当たらない。

 

「……すぅー、はぁ」

 

 季節は春。

 この時刻、まだ肌寒さを感じる。

 

「眠い……寒い、マジでクソ」

 

 青年の口から欠伸が漏れれば、目尻に僅かな涙が浮かぶ。

 

「てか、本当に」

 

 呟いて、目を見開いた。

 

「……こう言う時は来なくて良いんだよ」

 

 腰に穿いていた刀に右手を伸ばす。

 

「おや、一人かい?」

 

 歩いてきた男は無手。

 ラフなジャケットにジーンズを履いた薄桃色の髪、優しげな雰囲気を醸す顔立ち。

 片手にコーヒーカップの一つでも持っていれば駅構内で見かける若者の姿と変わらない。

 

「お生憎様。俺はお呼びじゃないんで、別のお客様の所に行ってくれると非常に助かるんですが」

「……それはちょっと早いかな。みんなで集まるのは二次会って決めてるんだよね」

「……随分とおっせぇ一次会だな。いや、逆か」

 

 左手で鞘を押さえ、右手は柄に。万事、抜刀可能の臨戦態勢。

 

「午前から飲んだくれかよ」

 

 ハッ、と笑い飛ばせば。

 

「悪いね、こんな早くに来ちゃって」

「そう思うなら、さっさと死ね!」

 

 黒のポニーテールを揺らしながら廉華は目の前の男に迫る。一秒以下、踏み込みと抜刀。

 

「おっ、と」

 

 振り抜かれた刀の軌跡は男から外れた。

 外された、と言う方が正しい。

 

「飲みサーの悪い癖だな。しかも講義もなければ暇と来やがる。宅飲みで我慢してろよ」

 

 飛び退いた男を見ながらに廉華は言う。

 

「なんかそう言う事あったのかな」

「ねぇよ。バイトは掛け持ちしてないしな。ただ飲みサーが嫌いなだけの偏見だ」

 

 構えを取る。

 

「……へぇ、君のそれ」

「何だよ」

「や、この前に殺した人も同じ構えだったなぁって」

「そりゃ同門だ」

 

 空気が乾く。

 廉華の目は睨むように細まる。

 

「俺の姉弟子だな」

「姉弟子。姉弟子かぁ……どっちかな」

「ああ?」

 

 警戒を保ったまま。

 

「いや、言葉の話。姉弟子ってさ……姉なのか、弟なのかハッキリしろよってね」

「姉と弟子で分かれてんだろ。てか死線でンな事気にするとか頭ハッピーセットかよ」

 

 廉華は数度に渡り斬りつけるが、全てを紙一重で避けられる。

 

「チッ!」

「僕、紙一重の天才だから」

 

 爽やかな笑顔で言う。

 

「じゃあバカだな!」

 

 突きを放つ。

 

「まあ、天才かバカかは置いといて。バカ正直にくらってはあげられないかな」

 

 人差し指。

 指の腹が鋒を受け止める。

 

「…………」

 

 刺さらない。

 それを理解して廉華は飛び退いた。

 

「敵討ちとかで熱くなってる感じ?」

「……興味ねぇよ。姉弟子って言っても、俺より先に入ってただけの関わりも殆どない人だ」

 

 らしい事の一つもない。

 

「そんな人に入れ込めるほど情緒豊かでもないんでね」

「そっか。僕もね、売れ線小説とか次に来る漫画とか読んでもイマイチ入りきれないから」

 

 瞬間に唐竹割りを叩き込もうとするが、男が身体を開いた事でこれも紙一重。

 

「どうせ切れねぇだろ。当たってけよ」

「怖いからね。てか、何で怒ってるのさ」

「……いや別にキレてねぇよ」

 

 何度も振るうが当たらない。

 

「ゲームとかやるか?」

「程々にね」

「それで敵が強すぎるとイライラするだろ? 攻撃当たらないとか、相手の火力が高すぎるとか。当たってもミリも減らないとか」

「……確かにね」

「お前はそれな訳だ」

「あはは。でもさ、それって」

 

 君が主人公側って思い込んでるだけでしょ。

 男はニヤケ面で告げた。

 

「フッ!」

 

 鋭い突き、男の体に衝突する。

 服を貫いた。

 だが、身体を貫通しない。

 

「……能力、とかじゃないな。お前の純粋な硬さって訳か」

「二回目で分かるんだ」

「姉弟子じゃ勝てねぇ筈だ」

「君なら勝てるの?」

「もし。もしも、だ。俺がお前の硬さを無視できるって言ったら……どうする?」

 

 廉華の問いに男は一瞬瞠目してから、薄ら笑いを作る。

 

「僕の能力を使う」

 

 そうなったとして、男には打開する術があるのか。

 

「……冗談だ。俺にはお前を倒せない」

 

 廉華は嘘を吐いた。

 廉華には確かに硬さを無視する力があった。ただこの力を披露するつもりは無くなった。目の前の男が、まだ力を隠していると分かったから。

 

「お互い面倒は嫌だろ? だから別のとっから行ってくれ」

「んー? でも、君が僕を倒せないだけで……僕が君を倒せないわけではなくない?」

 

 それに。

 

「ここ、重要案件だよね? 本当に君、僕を倒せないの?」

「あ? 重要? は?」

 

 彼は知らなかった、知らされていなかったが、彼の守る先にはとある怪物を封印する為の要石がある。

 この様な要所の守護を任されたのは単に、宮本廉華に倒せない敵は居ないと判断されたからだ。

 喩え、相手が無法の怪物であっても。

 

「クソ師範がッ!」

 

 叫んだ瞬間に衝撃が襲いかかる。

 

「アハ、アハハハハ!! 正直、僕もビビってんだぜ? こんな重要な場所にいるって事はマジでヤバいんだろ!? なら、何かされる前に殺す!」

 

 男は能力を解放している。

 空気の弾丸。ソニックブーム。

 それを無数に。

 

「チッ……クソが! ウザってぇ!」

 

 廉華に致命となる一撃は入っていないもののこのままではジリ貧だ。

 

「お前は格ゲーで遠距離技でネチネチやってるタイプだな!」

「詰められたら君の間合いだしね。さっきまでと同じなら全然良いけど……明らかに何かあるだろ、君はさァ!」

 

 更に勢いが増していく中。

 甲高い、何かを切り裂いた様な音が響いた。

 

「一応、教えてやる。俺にもクソ技がある」

 

 刀を構えて。

 

「万物切断……一切合切の障害を無視し、概念も関係なしに、ただ一刀の下に切り伏せる」

 

 種明かし。

 そして全て、事実。

 

「…………ハッ! マジのクソ技じゃないか!」

 

 だと言うのに透明な弾の雨は止まない。

 ここで止める方が危険だ。

 

「そんなのあるんだったら、最初から出せば良かったろ?」

 

 男の指摘も当然。

 

「この能力の難点はな、俺の筋力が暫く落ちる事だ。使えば使った分だけ……ずっとこの能力使ってれば問題はないんだけどな」

 

 万物を斬り裂く能力だとして、そこに筋力は要らない。力を入れずとも、斬り裂くという結果に変わりはない。

 

「筋力が落ちるっつったが、見た目にも多大な影響を及ぼしててな」

 

 結果がこのザマだ、と廉華は自分の顔を親指で示す。

 

「今一回使った……あと、二回以内にお前を」

「ニッ」

 

 雨が弱まる。

 

「流石に無理! 逃げるね!」

「クソ! 要所じゃねぇのかよっ!」

 

 それはそれ。

 

「頭数揃えて出直すよ! 君相手じゃ肉壁にしかならないカモだけど!」

「ふざけんな! 今の一回無駄撃ちじゃねぇか! 死ね、ここで死ね!」

 

 逃げる男に刀は届かない。

 廉華の万物切断の効果範囲は獲物のリーチに依る。そして、投擲した所で効果はない。効果をなくした刀にあの男を殺害できるほどの威力もない。

 

「────てな感じでしたよ」

 

 午後一二時三分。

 廉華は一人のスーツ姿の男性に向かって報告を行なっていた。

 

「ま、追い払ったってなりゃ上出来じゃねぇの?」

 

 伸ばした顎髭を摩りながら言う。

 

「最悪ですね。俺の能力、無駄撃ちさせられましたし」

「それでまた……こんなにめんこくなって」

 

 言いながら頭を撫でる。

 

「別に時間かければ戻りますけどね」

 

 廉華が撫でる手を払い除けながら溜息混じりに言う。

 時間をかければ戻る事は廉華も把握している。ただ、その時間の合間に能力を使用してしまうから間に合わないのだ。

 

「それで師範。俺は何も聞かされてませんでしたが? 俺は何を守ってたんですか?」

 

 廉華の問いに師範、津嘉山(つかやま)宗玄(そうげん)は仕方がないと言いたげな顔をしてから口を開いた。

 

「ダイダラボッチの一部。それを封印する要石だ」

 

 国産みの伝承もある巨人。

 

「お前に任せたのはコアの部分だな」

「マジでふざけんな」

「お前なら大丈夫だろ。ま、他の部分は四割は負けてな。取り敢えずコア部分を守れれば良かった所もある」

 

 ただ、警護を増やせばコアの場所を教える事になる。だからと言って戦闘力を削げば易々と突破されてしまう。

 そこで白羽の矢が立ったのが彼だった。

 

「俺が追い払えなかったらどうするつもりだったんですか」

「そりゃあないだろ。お前よりも破壊規模がヤバいのも居るが、明らかにお前の方が確実だ」

 

 戦闘の勝利、或いは敵を撤退させるまで追い込むのに破壊規模は関係ない。戦争であるのならば補給部隊を壊滅させるのに必要であるかもしれないが。

 

「暫く休みくださいよ」

「……報酬はたんまり出るらしいぞ」

「中抜きすんじゃねーぞ、クソジジイ」

 

 廉華の言葉に宗玄はそっぽを向いた。

 

「ケッ……まあ、悪いが有給はやれねぇな」

「ブラック企業じゃないすか」

「一応公務員だぞ。有事の際は……って奴だ」

「……姉弟子の葬儀ってのも」

「今が有事だ。警察だって災害が起きれば、自分の家族よりもそっちが優先だ。況してや、儂らは国家を護らねばならんガードナーだ」

 

 ガードナー。

 国家防衛を職務とする、政府に存在を認められた武装部隊。異常事態への対応を専門とし、動く組織である。

 

「それに、この仕事で有事が起きれば人死にが出るのは当然だ。(あかね)も分かっておったろうに」

 

 彼等の命は国に捧げられる。

 

「師範?」

 

 黙り込んでしまった宗玄の顔を覗き込みながら廉華が声を掛ければ、震えた声で「何でもない」と返ってきた。

 

「…………」

 

 廉華は姉弟子との関係は薄いが、宗玄は初めての弟子であった笹本(ささもと)茜を孫娘の様に可愛がっていたのは分かっていた。

 年に似合わないプリント倶楽部で撮影、現像した写真を大事に持ち歩いているのだ。

 

「……兎も角、お前に次の指示が出た」

 

 話を切り替える。

 心のスイッチは、簡単には切り替わらない。ただ少なくとも、意図的に触れない限り表面には出てこないだろう。

 

「楽ーなのでお願いしたいですね。こう、俺が能力を使わないタイプで」

「潜入だとよ。敵にもバカが一人居たらしい」

「一人……?」

 

 少なくとももう一人はいるだろう。

 廉華は口に仕掛けたが、宗玄の話に水を差す事になると考え止める。

 

南和(なんわ)高等学校の制服だと特定出来たガキが居たんだと。お前とあともう一人。その二人で高校に潜入して、そのガキを暗殺しろ」

「…………潜入ですか」

 

 廉華は嫌そうな顔をする。

 

「楽なのが良いんです。能力使わなくても何とかなって……そう。できれば、頭使わなくて良いヤツが」

「ガードナー舐め腐ってんだろ、お前」

 

 宗玄は自らの弟子の態度に思わず顔を歪めた。

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