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❄❄ 6 ❄❄ おしゃべり達のテセレモニー

「う、うむ。では……」


 ボクの「落・ち・着・い・て・ね?」の()()が効いたのか、オシドリはおずおずといった様子で喋りだした。


「いや、本当にワタシは『ニンゲン』があまりに面白い存在に思えて、ただ単にずっと会話をしてみたかったのだよ。キミ達は――」

「あ、私はエルシーっていうの。こちらの猫は、親友のアウロラ」

「『ニンゲン』や猫にも様々な種類があるのだな。覚えておこう」

「ううん。種類分けじゃなくて、私たちはみんなそれぞれ『名前』を付けて、お互いを区別してるの」

「ほぉほぉほぉ、『ナマエ』とな! そうだ、そういうのが知りたいのだ。『ニンゲン』はどこから来てどこへ行き、何をして何を考えて生きているのか」

「うふふ。興味を持ってくれるのは、誰だって嬉しいよね。たぶん、他の人たちもあなたと喋ることができたら、同じことを言うと思うよ」

「そうか、そうなのか!」

「でも、ごめんね。()()()()()()が出来る人は、私とおばあちゃんぐらいだろうけど」

「そう、なのか……」


 一喜一憂に合わせて、くるくると表情を変えるオシドリ。『表情』といっても、まん丸い目をキョロキョロさせたり、冠羽が色鮮やかな頭をプルプル震わせたり、白い斑点が浮かぶ両翼をパタパタさせたり――といった細かい動作から感情が伝わってくる感じなのだが。

 エルシーもその様子が面白いのか、しゃがんだまま左右に揺れて、クスクス笑いながら会話を楽しんでいる。


「それにしても、何をして何を考えて生きているか、か。(まと)が大きくて、難しい質問だね」

「すまない。知りたいという気持ちは溢れんばかりにあるのだが……いかんせん、()()()()()()()何から聞けばいいのやら」

「あぁー、確かにね。私もオシドリさんのこと、なんにも知らないし。名前も――そっか、オシドリ界には名前の概念自体が無いんだものね」

「ワタシは未だにその『ナマエ』の意義が判りかねるのだが……あぁ、そうだ」


 オシドリは思い出した、という風にぴょこりと立ち上がり、雪に埋もれていた右脚を上げて見せる。釣られるようにふたりで覗き込んでみると、そこには青色の足環のようなものが巻き付いていて、黒い手書きの小さな文字で『A-03』と書かれていた。

 おそらく野鳥保護のための管理タグ、のようなものだろうか。


「これはずいぶんと前、『ニンゲン』がワタシにくっつけた物だ。他のオシドリ(仲間)でも付いている奴はたまにいるのだが、色が違っていたり、模様が違ったりしているのだ。もしかして、これはキミたちの言う『ナマエ』なのだろうか?」


 オシドリのその問いかけに、ボクは思わず「へぇ」と声を漏らし感心してしまった。

 確かに、個体識別という意味ではほぼ名前と同義かもしれない。それに気が付くとはこのオシドリ、思っていた以上に(さと)いぞ。

 ボクもだんだんと、彼への興味が湧いてきた。


「まぁ、そんなものかな。でも、私達的にはちょっと呼び掛けしにくいから……じゃあ、うん。『()()()』だから、アオサンって呼ぶね!」

「……語呂合わせの安直ネームだね」

「もうっ。細かいことはいいじゃない、アウロラっ」

「す、素晴らしい! これでワタシにも『ナマエ』が出来たのか! 感謝するぞ、『ニン――おっと。あー、ええと……」

「うふふ。エルシー、ね。よろしくっ、アオサン!」

「失敬。こちらこそよろしくだ、エルシー! それと、アウロラ! ……はっはっは!」


 心から嬉しそうに体を震わせる『アオサン』とエルシーが、笑いながら嘴と指先を合わせる。人間同士でいう、握手を交わした感じだろうか。

 エルシーが下げた目尻で促してくるもんだから、ボクも仕方なく彼女の指に自分の肉球を重ねてやった。

 こうやって習慣が全く異なる動物ともコミュニケーションが簡単に取れるのは、道具や彼のおかげじゃなくてエルシーの能力の一つだろう。

 村周辺の野生動物なんかはもっとずっと警戒心が強かったのに、彼女にかかればどいつもイチコロだった。

 とはいえ、熊に躊躇(ちゅうちょ)なく近づいて一緒に遊び始めた時は、流石にどうかと思ったけど。


「ごめん、話逸らしちゃったね。――それで、アオサン。人間ってさ、動物さんたちと比べたら、個体差がものすっごく大きい生き物なんだよね。しかも育っていくにつれて、どんどん変化していくの」

「なるほど。それが、様々な色形の『ニンゲン』がいる理由なのか?」

「そんな感じかな。でも、見た目だけじゃないよ。みんな考えてる事は、てんでんバラバラ。だから生き方もみんなそれぞれ違う。そこが、アオサンには面白そうに見えるのかな?」

「かもしれんなぁ。『ニンゲン』の生き方は、本当に自由なのだな」

「アオサンは違うの?」

「……少なくとも、ワタシが知っているオシドリの生き方は、二通りだけだ。――ワタシか、それ以外か」


 その時アオサンは、ほんの一瞬だけ湖の方へと視線を移した。ボクは思わず視線の先を追ったけど、どこを向いたのかまではわからず仕舞い。

 でもほんの少しだけ――本当に少しだけ、彼の黒目が不安定に揺れた気がして、ボクは気になってしまった。


「それは、どう違うの?」

「あら? アウロラも気になってきたんだね!」

「……ちゃ、茶化さないでよ」

「はは、単純だよ。オシドリというのは、暖かくなればこのように美しい羽を使って(つがい)を必死に探し始める。――まぁワタシほど美しい奴は、そうそう居ないがね。そして、見つけた伴侶と共にたくさんの子を()す。その子らが大きく育つ頃には、いつの間にかここは寒くなっている。寒さで水が凍ってしまう前に、もっと暖かい場所を目指してみんなで『渡り』をする。そして、空の暖かさと同時にまた戻ってくるのだ。それを、できるだけ安全に、ずっと繰り返す。それだけだ。しかし――」

「アオサンは、違うの?」


 ボクは思わず、彼の朗々とした語りに疑問形を差し込んでしまう。話の流れから、アオサンの言わんとすることが自然と予想できてしまった。でも、猫の身分としては到底信じがたい。

 対する当の本()は、さも当然といった風に「うむ」と満足気に頷きカラッと答えるのだった。


「ワタシは、渡・ら・な・い・。多少寒かろうがずっとここにいて、『ニンゲン』を観察して生きているよ。いつまでも飽きぬし、楽しいぞ? 幸い彼らのおかげで、独ひとりで居ても襲ってくる輩やからなど居おらぬしな」


 はっはっは、とアオサンが快活に笑う。

 表面上こそ簡単そうに言うが、動物が本能による習性に逆らって生きるというのは、かなりすごいことだ。

 ……本当に、そんなことができるのだろうか?


「みんなが飛び立った後、寂しくならないの?」


 エルシーが優しい声音の疑問系で語りかけると、アオサンは少しだけトーンを落として答える。


「何も感じないか、と言えば嘘になる。だがまぁ……もう、慣れたな。それに、この生き方をするということは、『渡り』の時以外でも普段から独りで生きるということなのだ。だから、ワタシの生き方ならではの楽しみ方を見つけたのだよ」

「そっかぁ。すごいなぁ、アオサンは……。前向きだね」

「はっは。前を向いていなければ、先に進めないじゃないか。独り身の特権だよ」


 さも当然といった風に言い切るアオサンを、エルシーは少し眩しそうに見つめた。

 それがボクは――何故だか無性に腹立たしかった。


「……エルシーこそ、前向きだよ」


 言いながらボクはエルシーの傍かたわらから、しゃがむ彼女の顔の下に移動する。

 そうすればアオサンの正面になるし、逆に彼女の顔は見なくて済む。


「エルシーは毎日雪が降る白一色の世界でも、ボク以外に友達なんて出来っこない環境でも、いつもいつでも楽しそうなんだ。日々新しいことを見つけてきてさ。ほんと一体どこから見つけてくるんだって感じ。心のよりどころ――育ての親おばあちゃんがいなくなっても、すぐに切り替えて前を向いた。本当に彼女は強いんだ。そりゃあ、前向きすぎてちょっとは後ろや足元を見てよ! ってこともあるけどね」


 ひゅうっ。

 一気に喋りすぎて、呼吸を忘れていた。

 でも、止まらない。


「エルシーは、自然とみんなを笑顔にするんだ。どんなに怒っても、最後にはいつの間にか笑顔にさせられちゃう。もはやズルいよ。ボクなんかには、絶対できない。厳ついジョージ兄ちゃんだって、いっつもデレデレしちゃってさ。だいたいエルシーは『誑たらし』だって自覚が無さすぎるんだよ。自分の都合なんて後回しで、すぐに他人のところに駆けつけちゃう。今回だって旅の最初だっていうのに、自分の目的なんてさておいちゃうし――」


 ……あれ?

 何の話をしてたんだっけ?


「だからえっとつまり、エルシーは前向きだし、人を前向きにする天才なんだけど、でも常に他所よその方を向いてるというか、もっと自分を優先させるべきっていうか、ボクを心配させる天才でもあるというか。そもそもボクがいるから独りじゃないし、独りだからこそ前向きになれるというのとは、そうとは限らないんじゃないかと――」

「――ははっ、ははっはははは」

「ふふ……ふふふふっあははっ」


 言いたい事を見失いしどろもどろになってしまった所で、堪えきれなくなったアオサンとエルシーの笑い声が響く。

 それで我に返ったボクは急に恥ずかしくなって、真っ赤――にはなれないけど、火が上がりそうな顔を下に向けて口を噤つぐんだ。

 やってしまった。完全に、やってしまった……‼


「おっと、笑ってすまない、アウロラ。ワタシは君を見誤っていたよ」

「ごめん。あの、とっても嬉しいんだけど、ちょっと勢いがすごすぎるっていうか」

「……忘れてクダサイ」

「いやいや。恥じることはないさ。ワタシはね、嬉しいよ。ちゃんと、キ・ミ・も・おしゃべりだったんだと分かってね」


 そう言われても、こちらは嬉しくない。

 ただただ我を忘れたことが恥ずかしくて、ボクはエルシーに身を寄せて小さくなった。ほどなくして背中を優しく撫でる感覚があったけど、顔は上げられなかった。


「ふぅ……まぁ、アウロラが話してくれて良いキッカケになったよ。では、エルシー」


 アオサンの切り替えた真面目な声が、ボクの耳朶じだを揺らす。


「次はキミ自身の口から、教えてくれ。『ニンゲン』ではなく、キミのことを」

「うん、もちろん。えっと、私はね――」


 エルシーの取り戻した楽し気な声が、触ふれる背中越しに響く。

 おしゃべり達のお茶会は、まだまだ続きそうだ。


 ――もちろん、誰もお茶なんて飲んじゃいないんだけどね。

人と鳥、文明と野生。生きる場所が違えば、生き方が違う。

誰よりも実感していると思っていたけど、そうでもなかったみたいだ。


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