❄❄ 5 ❄❄ 朝靄と白煙のテュームルト
翌日の、正午過ぎ。
白く光る空から相変わらずの雪が舞い落ちてくる中、ボクたちは昨夜いた湖畔の一角へと向かう。小走りで、絶叫しながら。
「なんでっ、起こしてっ、くれなかったのっ、アウロラ⁈」
エルシーの跳ねる叫び声を聞いた通りすがる街の人々が、クスリと笑いながらこちらを見てくる。
正直恥ずかしいし、そろそろ舌を噛みそうだから口を閉じて欲しい。
しかし当の本人は全く気にせず、薄雪の積もる緩い坂道を靴底滑らせながら走り抜ける。
ボクたちは、あのヘンテコなオシドリとの別れの後、一時間半ほど歩き回ってようやく泊めてくれる宿を見つけることができた。
そこは『とりみ荘』という名の古い民宿で、出迎えてくれた主人は物静かだが柔和そうなお爺さん。受付のとき、肩越しに顔を出したボクともバッチリ目があったが、彼は何も触れずに「お疲れでしょう。ボロい宿ですが、ゆっくりお休みなさい」と、快く部屋へ通してくれたのだった。
彼女が支度もそこそこに深く寝入ってしまったのも仕方ない。なにせ、数日ぶりの暖かいふかふかの布団である。思った以上にぐっすり寝てしまったのだろう。なんだかんだ言って、彼女も結構疲労が溜まっていたのだ。肉体的にも、精神的にも。
そんなエルシーが目をこすり重たい体を起こした時には、窓の外はすでに明るく、部屋の襖の前にはラップをかけられた豪勢な朝食が置かれていた。なんと、おそらくボク用と思われる小さな焼き魚まで付いて。
「……ボクは何度も声かけたからね。ていうか、しっかり朝食まで食べてたじゃないか。寝言で『もう食べられない』なんてベタな事言ってたくせに」
「だって、あんな立派な朝ごはん用意してもらってるのに、残すなんてできないよぉ」
「そりゃそーだけどさ。――あ、そこ右だよ」
「はーい……っとと!」
トサットットットトッ。
ボクの声に反応して、エルシーが器用に歩幅を調整して小道を曲がる。季節外れの降雪なせいか、道はほとんど除雪されていなさそうだ。
そのまましばらく下り坂の住宅街を進むと、ふいに景色が開けてあの雄大な湖の景色が目の前に広がった。
「えっほっしょっ……えっーと。あの辺、だよね?」
「そうそう。ほら、あそこ」
「あっ。ほんとだ!」
エルシーが階段を一足飛びで降りた先は、湖畔沿いの大通り。するとすぐに、見覚えのある観光案内看板が目に入る。そしてさらにその少し先へ視線を伸ばすと、あの目立つ羽をパタパタさせながら忙しなく歩き回るオシドリの姿があった。
だいぶ待たされて焦れている――といった雰囲気が、ありありと見える。
エルシーもそれを感じ取ったようで、さらに歩調を早めて彼のもとへと急いだ。
滑りそうな足を上手く制御しながら白一色の歩道をひた進み、そして最後に幅広い道路の横断歩道を大股で渡り、なんとか無事にたどり着いたのだった。車通りも人通りもほとんどなかったのは、もっけの幸いだった。
「オシドリさぁーん! おまたせぇっ!」
スライディングで雪煙を上げて到着したエルシーが息を弾ませながら声を掛けると、オシドリは瞳を煌かせながら振り向き、小刻みに飛び跳ねてボクたちを出迎えた。
それにしても、このオシドリ。
表情筋がないにも関わらず、動きが大げさなおかげか異様に感情表現が豊かだ。どうにかして人間とコミュニケーションを取ろうとした努力の副産物、なのだろうか。
「おぉおぉ来たか『ニンゲン』、それと奇怪なネコ君っ! 待ちわびたぞ! いやぁ、何故か他の『ニンゲン』と出会わなくてなぁ。暇を持て余して、どうしようかと思っていたところだったのだよ」
「ほんとごめんねぇ! きっと、ずいぶん待たせちゃったよね? あっ、さっきやってたダンス、素敵だったよ! ステップがとっても華麗で、頭の後ろの綺麗な羽がまたイイ感じに揺れててさ!」
「――実のところ、キミたちはもう現れないんじゃないかとも、思っていたんだ。いやっ、決して信用していなかったわけではないのだが……。でも、許してくれたまえ。それに別れた後も踊りだしたいほどの興奮が収まらず、ほとんど眠れなかったぐらいなのだっ」
「――そういえば、自己紹介してなかったよね⁈ 私は、エルシーっていうの! えっと、あっちの方にある森をずーっと通ってね、山の中にある村から来たの! 実は私、村から出たこと無くって。だから、こんな美しい場所初めて見て、ほんっとに感動したの! こんな素敵なところに住んでるオシドリさんも、きっと楽しい方なんだろうなぁって思って、昨日は本当に嬉しかったんだ! それで、こっちの猫は私の――」
「ふ、ふたりとも! いったんストーップ‼」
「……むぐっ⁈」
「なんにせよ『ニンゲ……んむっ!」
あ、危ない危ない。
一見噛み合ってそうで噛み合っていない微妙な会話だったから、つい止めるのが遅れてしまった。
ボクは慌ててフードの中から手を伸ばして、エルシーの頬を両側からむぎゅっと押して黙らせる。そしてすぐさまオシドリの目の前に飛び降りてから、彼の嘴にも片手を添えて制した。
エルシーが持つ『魔女の秘密道具』の多くは、時間や距離などの制限を越えると途端に効力を失ってしまう。特に、昨日使った『理解の石』は効果時間が短く、有効を保つ距離も数メートル程度。そのため、今はお互いの言葉が分からない状態に戻っているのだ。
しかし、このふたり。どうやら互いに話したい気持ちだけが先走りすぎて、実は全く通じてないという事に気が付いていなかったようである。
「……エルシー、もう一回儀式やらないと」
「そっか、そうだった。えへへ、ついね」
「オシドリさんも。悪いけど、ちょっと息を整えながら待ってて」
「う、うむ。しかしなんだ、ずっと理解かり合えるようになるわけではないのか」
エルシーが照れ笑いしながらも、急いで鞄の中から『理解の石』を取り出す。一方のオシドリは、少しだけ残念そうにしながらも、おとなしく雪の上にちんまり座った。
辺りに、ようやく静けさが戻ってきた。
大きく深呼吸してやっと落ち着きを取り戻したエルシーは、昨夜と全く同じ儀式を始める。最後の所作――オシドリの頭から彼女の手がゆっくりと離れていくのを見て、ボクはため息まじりに仕切り直す。
「……さてと。儀式も終わったから、もう話せるようになったね。でもふたりとも! くれぐれも、落・ち・着・い・て・ね?」
「ハイ」
「う、うむ。では……」
アオサンのつぶらな瞳が揺れながら、ボクらを捉える。
そして、口火もとい嘴火を切ったおしゃべり鳥の声が、雪霞漂う湖畔に響き始めるのだった。
騒々しい朝がやってきた。
彼女と居ればいつも通りだけど、でもこんなに賑やかなのはいつぶりだろうか……。
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