❄❄ 3 ❄❄ 物好きオシドリのカプリース
淡い月明りに照らされる中。
色と模様入り乱れる派手な羽毛をブルリと震わせて雪をふり払う、オシドリ。
主張激しいこの見た目は、確かオス鳥の特徴だったはずだ。あの羽を振りかざして求愛し、意中のメスにアピールするんだとか。
そんな薄っすらとした知識を反芻しながら、ボクは欄干から彼の前へと飛び降りる。いくら無作法な相手とはいえ、さすがに見下ろしながら喋るわけにもいかない。
厄介な奴ほど丁寧に扱え――というのは、誰の教えだったろうか。
トシャ。
ボクの小さい足が雪を踏む軽い音に、彼は満足そうに頷いた。
「うむ。――別に、用など無い」
な、なんだそりゃ!
オシドリの無駄に堂々とした言い切りに、ボクはわざとらしく大きなため息をついてやる。
しかし、やはり彼は意に介さず続ける。
「ただ単に、ワタシはここいらに来る奴へ声を掛けて回るのが好きなのだ」
「そりゃまた、良い趣味をお持ちで」
「まぁ、同族以外でまともに口を利いてくれたのは、キミが初めてだがね」
「……だろうね」
そりゃ、突然オシドリが「ピーピー!」などとフレンドリーに話しかけてくるなんて、他の生き物からしたら不審なこと極まりない。ましてや言葉の通じない人間相手なら、なおさらだ。
もっとも、『喋る猫』である自分が言えたことでは無いが。
「そう厭な顔をしてくれるなよ。こう見えて、ワタシは心の底から喜んでいるのだ」
「手あたり次第のナンパ相手に選ばれて喜ぶ奴は、そうそう居ないと思うけどね」
「いやいや、手あたり次第ではないぞ。何故かキミは応えてくれるだろうという、確信があったよ。なんというかこう――引き寄せられるような。そんな、妙な感じがあったんだ」
引き寄せられる、ね。
それは、本当にボクに対してだったんだろうか。もしかしたら、エルシーに宿る『雪を降らせる魔法』の気配の影響とかもあり得る。
そんなことを考えて彼女の方を横目で見遣ると、相変わらずの不思議そうな表情でボクたちの方を眺めていた。
彼女からしたら、彼の言葉は単なる『鳴き声』にしか聞こえないのだから、当然だろう。
しかし、エルシーを気遣うわずかなボクの仕草に気が付いたのか、オシドリはこちらを交互に見ながら尋ねかけてくる。
「ところで、キミ。先ほどそこにいる――えっと、二足立ちの……」
「……エルシーの、こと?」
「うむ、そうだ。その、『ニンゲン』とやらだ! キミはそいつと会話できるようだね?」
「まぁ、一応ね」
「おぉっ……おおおぉぉぉ!」
その瞬間、オシドリの円らな瞳がキラリと光り輝いた、気がした。
ボクは努めて控えめに返答したつもりだったのだが、どうやら彼の面倒くさいスイッチを押してしまったみたいだ。
カチカチ鳴らす赤い嘴をこちらの顔先まで近づけ、興奮しきりといった様子でまくし立て始めた。
それこそ、『ニンゲン』であれば唾を飛ばしそうな怒涛の勢いで――。
「それはすごいぞ! すごいじゃないか、キミぃ! 得心したぞ、驚嘆した感動した尊敬したぁっ! ワタシはね、『ニンゲン』という存在にずっとずっとずぅーっと関心があったのだ! ここいら中を闊歩する『ニンゲン』たちは、どいつもこいつも全く違う色形をしているっ。おまけにどんどん数は増えていくし、わけのわからない行動ばかりするし、大地を均してデカい巣やら何やらを作りまくって、この辺りの景色をあっという間にすっかり変えていった。こんな面白い生き物が他にいるか、いやいないだろう⁈ だからずっと話しかけているのにワタシの声はさっぱり届かない! あぁーなんと虚しい、なぁんと悲しいっ‼」
「あのっ、ちょっ……もしもーし⁈」
ボクは思わず制止の声を上げる。
しかし、当然の如く聞き流されてしまった。
「――もちろん珍しいモノを見たという感じでこちらを見てくれる『ニンゲン』もいたぞ。何やら香ばしい土色の塊を差し出してくれる者もいた。しかしあれは実に美味かったな、アレは一体なんだ? いやまぁそれはいい。ワタシが求めているのは、そういうことじゃないんだ。ワタシは対等な立場での交流がしたいのだ。『ニンゲン』のことが知りたかったのだっ! だが、ワタシは諦めなかったぞ! 確かに、ここいらは居心地が良い。仲間の中には『ニンゲン』を悪し様に言う奴らや、必要以上におびえる奴も多い。しかし、ワタシに言わせてみれば論外だね。実にナンセンスだよ! よくよく考えてくれたまえ。ニンゲンが増えてくれたおかげで、ワタシたちを狙う敵は湖に来なくなった! 我々が木陰でのんびり生活を満喫し安全な繁殖生活を享受できるのは、まさに『ニンゲン』様様じゃないか。そんな『ニンゲン』に敬意を払い、願わくば友誼を結びたいと、ワタシはだねぇ――」
「ストップ! ストーーップ‼」
もう我慢できなかったボクは彼に飛びつき、両手の肉球で彼の嘴をサンドして塞いだ。
流石の彼もそこまですれば「むぐっ」と息を詰まらせ、足をじたばた。
するとしばらく目を白黒させ、ようやくピタリと動きを止め、ノンストップで喋り続けていたオシドリをなんとか押し止めることができたのだった。
それにしても……なんともまぁ、姦しい野鳥がいたものである。
「――ちょっとは、落ち着いた?」
「……むぐ」
「よし。じゃあ放すよ」
こくこくと頷くオシドリを信じて、ボクはゆっくりと手を放した。
ぶるりと羽を震わせて、彼が今度こそゆったりと話しだす。
「ふぅ……。いや、すまなかった。ワタシとしたことが、興奮してしまってね」
「うんまぁ、嬉しかったんだろうというのは十分伝わったよ。だから、落ち着いて話そうね?」
「ふむ。では、改めて――ネコ君。キミに、たっての願いがあるのだ」
「もうなんとなくわかったよ……。ちょっと待って」
ボクは、はぁと深く息をついてエルシーを見上げる。
まさか最初の街ですることが、こんなことになるだなんて。『雪解けを探す』という旅の目的からすれば寄り道もいいところだけど、元よりあてなど無かった。さして問題はないだろう。
――何より、彼女なら断るはずがない。
願わくば。彼に付き合いすぎて、今夜の寝床探しに支障が出るなんてことだけはありませんように。
「あーあ、まったく……。ねぇ、エルシー。ちょっとだけ、いい?」
「なぁに? アウロラっ」
即座に応じた彼女は、ようやく出番が来たとばかりに嬉しそうな表情だ。
ボクらへ目線の高さを近づけるためか、いつの間にしゃがんでくれている。
「そこのオシドリさんが、エルシーと喋りたいんだってさ」
「本当⁈ もちろん大歓迎っ!」
「でもすんごいお喋りみたいだから、長くなり過ぎないように……」
「わかってる! えへへ、アウロラ以外の子と喋るのは久々だー」
「……ほんとかなぁ? アレ、使うんだよね?」
「うん、そうだね。ちょっと用意してくるよ」
そう言うと、エルシーは傍らに置いていた鞄に手を掛けた。そして「えっと、この辺かな?」とかブツブツ言いながら、がさごそ大雑把に中身を漁っていく。
そんな彼女の様子を、オシドリは訝しげに見つめていた。
「なぁ、ネコ君。話は付いたのか?」
「あぁうん、いいよって。これから話す準備をするから、ちょっと待っててあげて」
「それは有難い! ……が、いやしかし私はてっきり、キミが通訳をしてくれるのかと――」
「あったあったぁ! よーいしょっと!」
お目当ての物を探し当てたらしいエルシーが、くるりとこちらに向き直る。
にっこりと笑みを浮かべる彼女の右手には、平べったい小ぶりの石が一つ。淡いオレンジ色を帯びてツルリとした表面には、二つの渦巻きを直線で無理やり一筆書きに繋げたような、不思議な紋様が刻み込まれていた。
「……すぅーっ」
彼女が静かに目を閉じ、石を握りこむ。
そして深く鋭く、鼻から息を吸いこむ。
同時にゆっくりとした動作で、握った右手を顔の前へと挙げていく。
――ここから連なる彼女の所作は神秘的な美しさに満ちていて、ボクは大好きだ。
天真爛漫そのものだった彼女の雰囲気と、取り巻く雪混じりのそよ風と。そしてついでに、息を呑み見守るボクとオシドリも。
文字通り空気を変えながら、エルシーの『儀式』が始まる。
騒がしいオシドリとお話するために『アレ』を使うというエルシー。
静かな空気が満ち、一体何が始まるというのだろうか。
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