❄❄ 13 ❄❄ 気付きのクモンセール
ボクたちはアルバムに降りかかる雪を時々払いながら、アオサンと共に写真を一枚ずつじっくりと眺めていった。
最後のページまで捲り終えた時、アオサンは俄かにぶるりと身を震わせ、薄く開いた嘴から漏れるのは深く長いため息。
「――いやはや。本当に、『ニンゲン』とは計り知れない生き物だな。ここにある姿は確かに、かつてのワタシなのだろう。そうか、こんな風に見えたのだな……」
「ううん。写したのは昔のことだけど、今のアオサンに繋がる姿だよ。消えてなくなったわけじゃないんだよ」
「はは。そうはいっても、随分と衰えているさ。さっきも言っただろう……」
アオサンは何かを確かめるように、首を回して自分の体を、脚を、そして翼を見つめる。
「湖に戻った時以来、ワタシは一度も飛んでいないのだ。一度たりともだぞ? 飛び方だって忘れてしまったさ」
「うんとさ。アオサンは、この写真の自分を見て……どう思った?」
「どう、って――」
エルシーの真っすぐ瞳を見つめながらの問いに、アオサンは思わず顔を逸らして言い淀む。
「私は、すっごく気持ちよさそうだな、楽しそうだなって……そんな風に見えた」
「うん、ボクもそう思うよ。……ほんと、お世辞じゃなく」
本当にそう思ったから、ボクも彼女に続けて同意した。
昨夜の老主人との夜会で、沢山の野鳥の写真を見せてもらっていた。しかし鳥の事を特段観察したことのないボクらですら、写真の中のアオサンの姿は他と何か違うように見えたのだ。
「今の生き方を楽しんでるアオサンを否定はしないよ? それにアオサンが本当に飛べない体だったなら、私だって無理にこんなこと言わない。でもそれは、たぶん違うと思うんだよね。――それはアオサン自身も、わかってるでしょ?」
「……そうだろうか」
「大事なのは……飛んでいたころのアオサンも、飛んでいない間のアオサンも、今のアオサンも。全部全部つながってて、みんな同じ『アオサン』なんだよ?」
「しかし、怪我もしていないのに飛べてしまったら……飛べてしまったら!」
アオサンは少し震え、泣きそうに瞳を揺らす。
「――今までのワタシは、なんだったのだ? 最低じゃないか! 怪我を治して飛べるようにしてくれた『ニンゲン』たちの尽力を無下にし、心配したであろう仲間を遠ざけ……楽しんでいたころの自分を忘れて! そうだ、全部無駄にして……全部、裏切ったことになってしまうじゃないか」
「アオサン……」
「私が今を楽しんでいることにしなければ、そうしなければいけないんだよ」
言葉を吐き出す赤い嘴が、小さくカチカチと鳴っていた。
そんなアオサンにエルシーがそっと手を差し伸べ、優しく撫でる。
「……アオサンは、真面目だね。人には『他人がどう思うかなんて、生き方に関係ない』なんて言ってたくせに。あれは、自分が誰よりも気にするからこそ言えた言葉だったんだね」
「はは……違うさ。キミは元よりそういう存在だっただけだ。ワタシは違う。オシドリの生き方を恥に負けて自ら捨てて、愚かな道を選んだのだ」
「もう、そんなことないよ? アオサンは、本当にすごいんだから。……私も、アオサンに出会うまでは考えもしなかったし、ただただ何となく当然だと思ってた」
そうだ。エルシーは、雪が毎日降る世界を当然と思って生きてきたのだ。魔女の日記で知ったことにしたって、彼女が『雪を降らせる存在』だという単なる事実がわかっただけ。
彼女もアオサンとの出会いで、初めてその先を考え始めたのだ。
――だから私も恩返ししたい。
それが、昨晩眠る直前に誰へともなく彼女が小さく漏らした言葉。
「でも、アオサン言ってくれたじゃない? 雪は好きだって、面白いって。だから……えいっ!」
そこで、エルシーはアオサンをワシっと掴み、立ち上がる。
アオサンは突然の出来事に固まってしまっているが、何となく予見したボクは、無言で彼女の背中を登ってフードに潜り込んだ。というか
「……はぁ。だから、今日は鞄を宿に置いてきたんだね」
「おいっ⁈ 一体なに――」
「おばあちゃん、言ってた! 『|食欲は食べているとやってくる《ラピティ・ヴョント・モンジョン》』だよ! まだるっこしいお喋りは一旦おしまいっ!」
「ま、待ってくれ」
「待たないっ! ……んしょっと!」
エルシーはアオサンを小脇に抱え直し、目の前の欄干を躊躇なくひらりと飛び越えた。
さすが普段から猫を脇に抱え慣れているだけあって、そんな状態でも身のこなしは軽やか。ボクは一拍遅れてやってくる浮遊に備えて、ぎゅっと首にしがみつく。
なぜなら、彼女が飛び越えた先。
――そこが、雪に覆われた急斜面だと知っていたから。
「とりゃあああぁぁ!」
「ぬぉぉぉおぁああぁっ⁈」
エルシーの喜声とアオサンの奇声が響き渡った。
数瞬の空中浮遊の後、踵から着地した彼女は両足をハの字にしてバランスを取る。
そのままスキーよろしく、雪煙を上げながら崖のゲレンデを直滑降していく。
風を切り、雪粒がボクらの顔にビシビシと当たる。
幸い、と言うべきか斜面は短い。滑り切るとそこは、なだらかな浜辺。彼女の靴底が雪原を噛み、雪越しに砂利の硬い音を鳴らす。
まだまだエルシーは止まらない。
慣性のまま身を翻しながら、脇に抱えていたアオサンを今度は掴んで、両腕を伸ばして彼女の頭上へと掲げた。
そこで彼女の一声。
「アオサンっ! 翼、広げてっ!」
「なんっ……こ、こうか⁈」
言われるがまま、アオサンが翼を伸ばす。
「そう! 行くよっ! やあぁぁぁぁあっ!」
エルシーは気合の雄たけびと共に、浜辺を爆走し始めた。
確かに、彼女は足もそれなりに速いし、雪には誰よりも慣れてる。似非スキーの勢いも借りて、そこそこのスピードで駆け抜けていく。
が、しかし。それにしたって。
「――どっどお? アオサンっ! 飛んでる? 飛んでる感じするっ⁈」
「あの……エルシー。流石に無茶だって」
「……」
「アオっサン! はっはっ…… ほら今っ、風を切ってる、でしょっ? 楽しい? 思いっ、出せそう⁈」
エルシーはたぶん必死の形相で、問いかけながらなおも走り続ける。
頭上のアオサンの返事はない。
気が済むまでやらせようとも思ったが、流石にそろそろ止めるか。とボクが肉球を振りかぶった、その時。
「……くははははははっ!」
アオサンの笑い声が、破裂した。
「ははっはははははっ! さ、流石だな! やはりキミは面白いっ! 退屈しないっ! 楽しいかって? ――あぁ、楽しいとも!」
「そっ、そう! よかったっ……うわったたた!」
嬉しそうなエルシーだったが、そこで急ブレーキをする。
彼女の眼前には、行く手を阻む用水路。浜辺はそこで途切れていたのだ。
「はぁ、はぁ……ぜぇ……そんなぁ……」
「いやぁ、こんなに笑ったのはいつぶりか! ……もう大丈夫だ、エルシー。下ろしてくれ」
がっくり肩を落とす息も絶え絶えなエルシーは、言葉に従ってアオサンをゆっくりと地面に下ろした。
「あの……アオサン……あっ」
エルシーが何かを言いかけた、その時。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
今度は、獣が唸るような音が辺りに鳴り響いた。
――あぁ、そういえば忘れていたね。
「…本当に食欲が来ちゃったみたいだね」
「え、えへへ」
「はっはっはっは!」
「はぁ……もうじゃあ、とりあえずご飯食べて仕切り直そう」
「そ、そうしよう」
ボクの溜息混じりの提案に、エルシーも照れ笑いで同意する。
こうして、雪交じりの湖のさざめきを聞きながらの、少しだけ遅めの朝食会が開かれるのだった。
「――んんっ! おかかとクリームチーズのおにぎりって美味しいねっ!」
寒いと気がついた時、大抵体はもう冷えている。
でも、強ばる身体を動かせば。段々と血は巡ってゆくもの。
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