❄❄ 12 ❄❄ 彼と彼らのスヴニアメール
――それは、昨夜のこと。
ボーン、ポッポ。ボーン、ポッポ……
壁掛けの鳩時計が鳴き、窓の外の桟に積もった雪が部屋の暖かさで溶けて、ぼたりぽたりと雫を滴らせる。
「――私は元々野鳥の観察と写真が趣味でねぇ。この宿も、それが高じて始めたようなものなんだよ」
「そうだったんですね。どれも素敵な写真です!」
「おやおや、それはありがとう」
ボクを腿に乗せた食事終わりのエルシーは、宿の老主人を対面の席に迎えお喋りを始めていた。ちなみに、山盛りの白飯を二回おかわりした彼女のおなかはぽっこり膨れて、ボクの座り心地が悪くなっている。
話のキッカケは、まさにこの部屋。
最初彼に促されて入室した時からボクも気になっていたのだが、部屋の壁中いたるところに、額縁入りの『鳥の写真』が掛けられていたのだった。
いずれも躍動感に溢れた写真で、撮影者の『鳥好き』がこれでもかと伝わってくるよう。被写体の背後の景色から、おそらくこの湖で撮られたものがほとんどだと思われる。
そして何より気になったのは――オシドリの写真がその半分以上を占めていること。
「オシドリ、お好きなんですか?」
「……そうだね。好き、という表現で良いのかな」
老主人が、少しだけ言葉を選んでから遠い目をして答える。その瞳が若干寂しそうに揺れているのが印象的だった。
「知ってるかい? オシドリはね。普通、もっと小さい池とかに棲むことが多いんだよ。これだけ広い湖の一角で、他の野鳥と交じり合って生息しているのは……私が知る限り、ここぐらいなんじゃないだろうかね」
「へー、そうだったんですね」
「そうそう。だからその意味でもこの美園湖の環境は、オシドリ好きにとって特別な楽園なんだよ。しかし観光地化と開発が進むにつれて、彼らの数もぐっと減ってしまってな」
「昔はそんなに沢山いたんですか?」
「それはもう。昔の写真がどこかにあったと思うが……いや、すまんね。年を取るとどうにも」
「いえいえ。こうしてお話し聞けるだけでも、とっても楽しいです!」
「はっはっは。こんな老いぼれのつまらない話でよければ、いくらでも。……私がもう少し若い頃は、保全活動なんかもやっていたんだがねぇ。情けない話だが、膝を痛めてから思う様にできなくなってしまったんだよ」
「保全活動、ですか?」
「あー、あれならそこにあったな……」
そういうと老主人はゆっくりと立ち上がり、すぐ近くの戸棚から一冊のぶ厚い手帳を取り出して戻ってきた。
ページの間にも何やら色々と挟んでいるのか、見るからにパンパンに膨らんでいる。
「少し恥ずかしいが、当時の記録だよ。――ほら、これが私だ。この写真を撮ったのも、もう十三年ぐらい前になるねぇ」
その写真は、何の変哲もない集合写真。
どこかの施設内で、椅子に座った作業着姿の七人の男女。
中央の小柄の男性、それが十三年前の『老主人』。
その老主人に両手で支えられながら、彼の膝の上で立つ一羽のオシドリ。
そして、オシドリの脚には青い管理タグ。
「――当時、翼をケガしていたオシドリを保護してね。元々湖で優雅に飛ぶ姿がよく目に付く子で、しばしばカメラで追いかけていたんだが……倒れているのを見つけた時は、驚いたよ。それで、この写真の皆が中心となって世話をして、完全に回復するまでリハビリをして。だいぶ時間はかかってしまったが、なんとか野生に帰したんだよ。それにしても懐かしいなぁ」
……いや、まさか。ボクは、写真だけではまだ半信半疑だった。
でも、同じページに書かれていた短いメモ書きを見て、確信した。
「んにゃ……っ!」
「これって――」
驚きのあまり、思わず声が出そうになった。
頭上のエルシーもすぐに気が付いたようで、おずおずと老主人を窺う。
几帳面そうな太い文字で書かれた、写真への注釈。
『A-03 リハビリ課程満了』
「いやぁ、はは。可愛いだろう? この子は飛び抜けて思い出深いよ。以来ほかにも何羽か野鳥を保護したが、これほど印象に残っている子は居ないねぇ。この写真だと分かりにくいか……ほら、こっちの写真。翼の所に雪が散ってるような白い斑点模様があるだろう?」
「はい、綺麗ですよね」
「他のオシドリには無い模様でね。換羽しても残っていたから、生まれ持っての特徴なんだろう」
ページを捲った先に出てきたのは、リハビリ中と思われるオシドリを後ろから映した写真。老主人が言う通り、両翼に白い斑点がくっきり浮かび上がっている。
ボクは目を瞑って、記憶の中のお喋りオシドリの姿を思い浮かべてみた。動きや話っぷりばかりを意識しがちだったが、言われてみれば……確かにあった、気がする。
しかしそんな曖昧なボクとは違って、エルシーの方はハッキリ覚えていたようだった。
「……あっあの、おじさん。私、このオシドリ知ってます!」
「おや、そうなのかい?」
「はいっ。実は初めてこの街に来た時に、湖畔で一緒におしゃ――会ったんです。物怖じしなくて好奇心旺盛で、進んで人に近づいてくる素敵な方でしたよ!」
身を乗り出して食いついたエルシーに、最初は目をぱちくりさせていた老主人だったが、次第に嬉しそうな笑みを浮かべて応える。
「そうかいそうかい、『素敵な方』か! はははっ、お嬢ちゃんはもしかして、私と同じ趣味だったりするのかな?」
「あはは、鳥さんは全然詳しくないですし、おじさんには全然及ばないですよー。でも保護活動ってすごいですねっ。具体的にどういったことをするんですか? この思い出深かったオシドリさんはどんな感じだったんですか? 私、もっともっとお話し聞きたいです! ほらっ、アウロラもこっちでちゃんと座って!」
「……んにゃあお」
顔を輝かせるエルシーの手で隣の椅子へとよけられて、ボクは仕方なくしゃきっと座りなおす。
でも、確かにボクも気になる。彼女ほど言葉を交わしていないにしろ、アオサンに興味が出てきているのは事実なのだ。
何より、モヤモヤした彼の言葉のヒントも得られるかもしれない。
「よぉし、どれどれ。お嬢ちゃんがそこまで言ってくれるのなら、しばらく昔話をさせてもらおうかねぇ。さて、何から話そうか――」
そこから、鳩時計が少なくとも三回は鳴っただろうか。
おかげさまでボクらは、老主人から本当にたくさんの話を仕入れることができた。
昔の湖の環境のこと、保護活動の詳しいこと、オシドリなどの野鳥の生態、アオサンとの出逢いと、別れ。
老主人は表情こそ大きく変わらない人のようだったが、昔を思い出す時の顔はとても楽しそうで、少しだけ寂しそうだった。
そして、最後に約束したのだ。
「この子の写真だけをまとめたアルバムを作っていてね。よかったら、明日までに探しておいてあげよう」
「……気持ちよく飛んでいる姿が、私はとっても好きだったんだが、ね」
「…………すまない。きっと、私達のせいなのだ」
それは遠き日の彼の記憶。
景色はセピア色に褪せても、悔恨の想いは残り続けた。
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