❄❄ 10 ❄❄ 矜恃と虚勢のトリシュリー
ボクは昨日のアオサンとの会話の中で、彼の喋りに小さな違和感を覚えていた。
彼は以前、こう話していた。「ワタシは渡らない」と。
物理的に渡れないとかではないのならば、その理由が分からなかった。
そのことを入浴中のエルシーに伝えたところ、「たしかに、そうかも!」という反応。重ねて、彼女の口から返ってきたのは
「ソレと関係しているかもしれないんだけど……アオサンってさ、一度も飛んでいるところを見たことなくない?」
今度はボクが「……たしかに」と唸る番だった。
言われてみれば、記憶の中の彼はずっと雪上を『歩いて』移動している。
ボクの違和感とエルシーの違和感。これを素直に足し合わせて考えるとつまり――
『飛ばない』から『渡りをしない』、ということになるんじゃないだろうか。
そして、その推測は概ね正解だった。
アオサン、曰く。
彼は若い頃に翼への大怪我を負って弱っていた折、運よく地域の人間に保護されたことがあるらしいのだ。
長期にわたる手厚い看護とリハビリ飼育によって、傷はすっかり完治し体力も十二分に回復。いよいよ野生へ返されるという段になり、当時オシドリたちが群生していたエリアへ、若きアオサンは放たれることになった。
彼自身、安全で楽しかった保護生活はどうにも捨てがたかったが、大勢いる野生の仲間のところへ戻れることもまた、心から楽しみにしていたようだ。
檻の扉が開かれ、目の前の水辺に浮かぶ懐かしいオシドリたちの顔ぶれ。しかも偶然にも、そこには親や兄弟の姿もあったらしい。
アオサンは喜び勇んで駆け出し、勢いよく飛立って彼らの許へ向かおうとした、その時。
「――その時だよ。完全に治ったはずの翼がズキン、とした気がしたのだ。それに意識を取られたワタシは、結果バランスを崩して離陸に失敗した」
今でも時々思い出すよ、と白い斑点模様が散る翼をちらりと見て溢すアオサンの顔は、悔しさ・哀しさ・寂しさ・怒り……などの、様々な感情がない交ぜにされたような感じに見えた。
「一度崩れてしまったら、もう取り戻せない。まるで、右と左の翼が別々の意思で動いていたみたいだった。その先はもう――悲惨の一言だ。空中で力を失い、嘴から水面へ落ちた。口から情けない声が出て、身体は水に沈んでいく。慌ててもがくワタシの視界に入ったのは、そんなこちらをじっと見てくる……仲間や、親や兄弟たち」
ぶるり、とアオサンが体を小さく震わせた。
身体に積もっていた薄雪が、ハラリと落ちていく。
「それ以来、だな。飛ぼうとする度に、あの日の失敗が頭をよぎるのだ。そうすると、どうなると思う? ――はは。飛ぶための力が、翼から勝手に抜けていくのだ」
「……」
「どうだ? 情けない話だろう。もちろん、何度かは試してみたぞ。しかし毎回結果は同じだった。だから、ワタシは……」
「ううん、情けなくなんかないよ」
優しい笑みを浮かべたエルシーの両手が、震えるアオサンの体へそっと添えられる。そのままゆっくり摩りながら、彼女は表情と同じく優しい口調で、静かに語りかけていく。
「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう、話してくれて。そっかぁ、そんなことがあったんだ。……怖かったんだね」
「…………そうだ、怖かった。怖くなった」
「ごめんね、さっき謝ったばっかなのに。また嫌なところを掘り下げちゃったよね?」
「いやまったくだぞ。――だがしかし。不思議と嫌な気分ではないな」
「ふふ。そっか」
「まぁそんなわけで、だ。オシドリとしてあるまじき事だが、ワタシはそれ以来飛べていないのだ」
「『あるまじき』かぁ。何をしようがしまいが、アオサンはアオサンでしょ? アオサンは飛ばなくたってこうして元気に面白可笑しく生きているし、何よりこんな沢山の事を考えられる、すごいオシドリだと思うよ!」
「……うん、ボクもそう思うよ」
慰める気持ちからではなく、自然と同意の言葉が口をついて出てきた。
ボクもこれまで何回か野生動物と交流するエルシーに帯同してきたが、ここまで『考察』をしながら生きている奴に出会ったことは無かった。そもそも、まともにコミュニケーション自体が成立しないことも少なくないのだ。
それだけ、人間と野生動物の価値観は根本から違う。その違いを理解した上で歩み寄ろうとするアオサンは、相当に特別な存在と言えるんじゃないだろうか。
「ありがとう、二人とも。その賞賛は素直に受け取っておこう。そしてその通り、心配には及ばない。ワタシは飛ばずとも、生きる楽しみを学んでいるのだからな」
「あーうん、それはそうだろうけども……」
また飛ぶことができたらもっと、などと言いかけたエルシーを、アオサンは首を振って制する。
「本当に良いんだ。ワタシには他にも、使命と責任があるのだ」
そう言って、アオサンは脚を上げて見せる。そこにあるのは、名付けの由来にもなった青色の管理タグ。
使命と責任。その言葉面通り、彼の顔はどこか誇らしげだった。
胸を張って生きていくためには、いつだって誇りが必要。
下げた頭じゃ、未来を見つめられないから。
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