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❄❄ 9 ❄❄ 切りかえしのレコンシリエーション

「さぁ行くよ! アウロラっ!」


 時計の針は、ぴったり6時。窓の外は、今日も雪。

 布団を綺麗に畳み終えたエルシーは、元気いっぱいに気炎をあげて、見開いた目を爛々(らんらん)と輝かせ、両拳を腰に当て鼻からフンスと息を吐いた。昨夜ここに帰ってきた時のしょぼくれ姿が嘘のように、やる気と気合いに満ち溢れている。


「アオサン、もうあそこに来てるかな? えっと、どんな顔して会えばいいんだろう。とりあえず謝罪、だよね? あーん、でもそれじゃあまた逆に気まずい空気が――」

「……エルシー。とりあえず行ってから考えよう。その方が、キミらしい」

「そっか、そうだよね。オッケー! よいしょっと」

「今日は鞄、置いていくの?」

「うん。たぶん邪魔だから」


 そう言って彼女はいつも通りボクをフードへ放り込み、『とりみ壮』の階段を駆け降りていく。といっても、足音を立てないように最低限の配慮は忘れず。

 しかし玄関も音を立てずそろりと出ようとした時、後ろから声が掛けられた。


「――お嬢ちゃん、おはよう。今日も雪だから、足元お気をつけて。これ、持って行きなさい」


 老主人が差し出したのは、鶯色(うぐいすいろ)の風呂敷。何かが包まれているようで、こんもりしている。


「頼まれていた例の物。あとはおにぎりをいくつかと、()()にパンも少し入れておいたからね。簡単な物で申し訳ないけども」

「おはようございます、おじさん! わざわざこんなに、ありがとうございます! 遠慮なく頂いていきますねっ」

「なになに、これくらい。……あぁ、あと申し訳ついでに。一つだけ、頼みがあるんだ」


 エルシーが受け取った風呂敷をたすき掛けに結び、見届けた老主人は再び何かを差し出す。

 それは随分と使い込まれた、古い型のフィルムカメラだった。


「このカメラで、彼の写真を一枚でいいから撮ってきて欲しいんだ。いや、自分で行けばいいんだけれども……その、妙に気後れしてしまってね」

「もちろん、いいですよ! 一枚と言わず、フィルムが切れるまで撮りまくってきますから!」

「……ほっほ。そりゃありがたい、助かるよ。使い方はわかるかい?」

「はい。イサクのじっちゃんに教えてもらっているので、ばっちりです!」


 快諾したエルシーはカメラストラップを首に通して、得意気にカメラを構えて見せる。

 そういえば確かに村では、『(いか)れる農夫』――ことイサクに度々(たびたび)付き合わされて、畑を荒らす()()()の指名手配写真を撮らされていたっけ。それが実際に何か役立ったのか、彼のただの腹いせだったのかは、今となってはわからず(じま)いだけど。


「では、行ってきます!」

「いってらっしゃい」

「にゃあー」

「ネコ君も、いってらっしゃい」


 手を振って笑顔で見送る老主人に、ボクたちもまた手を振って応え、出発した。

 ボクを載せたエルシーは、雪片を蹴り上げて湖畔のあの場所へと向かう。迷いの無いその足取りは、昨日よりもさらに軽くそして力強い。

 坂道を滑り()り、静かな住宅街を駆け抜け、階段を一気に飛び越し。最後に横断歩道を三段跳びで渡り切れば、あっという間に目的地だ。

 ちゃんと居るかどうかボクらが懸念していたアオサンは、すでにその場にいた。しかしこんなに早く到着すると思っていなかったのか、彼は明らかに驚いた様子である。


「き、キミ達――」

「アぁオっサぁぁあぁぁぁああン‼」


 昨日の倍ぐらいの雪煙を上げて滑り込み、勢い余って欄干に激突してエルシーがようやく止まった。ちなみにボクは巻き込まれたくなかったから、衝突直前に飛び降りたけど。


「ぜぇぜぇぜぇ……すぅーっ、はぁーっ」

「……お、おぉ。大丈夫、か?」

「大丈夫。彼女、ああ見えて頑丈だから」

「そう、なのか? いやしかし、それにしてもまさかこんなに早く――」

「ん゛んっ……アオ、サンっ!」


 急いで息を整えたエルシーが『理解の石』を取り出し、三倍速で儀式を()り行う。そんなでも所作の神秘的な雰囲気が失われないところは、流石というべきか。

 彼女は儀式を終えるなり、彼の嘴先(くちさき)まで顔をぐっと寄せて、狼狽するアオサンの言葉を強引に遮った。そして――。


「昨日は……本当にっ、ごめんなさいっ‼」


 轟くような大声の謝罪と、(ひたい)を雪原にこすり付けての見事な土下座。次いですぐさま(おもて)を上げて、顔じゅうを雪で白くしたまま怒涛の勢いで喋りだす。


「――私、不用意にアオサンの心へ土足で踏み込んじゃった。本当に、不躾(ぶしつけ)だったよね。アオサンは私のこと、あんなにも丁寧で真剣に向き合ってくれたのに! 今まで誰にも話していなかったことをいっぱい聞いてもらえて、正直浮かれてたんだと思う。馬鹿だよね私。でもねでもね、アオサンがしてくれたように私も今度はアオサンの話をいっぱいいっぱい……」

「ちょっ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 (たま)らず、アオサンが羽をバタつかせて制止をかけた。


「とりあえずわかった、キミの謝罪は受け入れる。だから、もう少し落ち着いてくれ。な? さぁほら、深呼吸して……そうそう。というか、アウロラ。こういうのを止めるのは、キミの役目なんじゃないのか?」

「そうだっけ?」


 アオサンの抗議に、ボクは小首を傾げてわざとらしく(とぼ)けてやる。

 朝まであーだこーだ悩んでいたエルシーだが、結局こんな感じになるだろうとは予測できていた。でも、今回ばかりは有効なんじゃないかと思って、あえてボクは止めなかったのだ。


「まぁ、アオサンもそう言ってることだし。ほら、落ち着いて話そう」

「ふーっ……。う、うん。そうだね。えへへ、つい興奮しちゃった」

「もーだめじゃないかエルシー」

「……白々しいな」


 恨みがましくこちらを見るアオサンのコメントは、無視する。


「ごほん。えっと、アオサン。改めて……ごめんね」

「はは。本当に、いいんだ。気にしないでくれ」

「でも私ね。アオサンに聞いてもらって、自分が本当は悩んでいたんだってことに、初めて気が付けたんだよね」

「……そうか。そりゃ、なによりだ」

「勝手に『私のせいなんだ』『私がどうにかするべきなんだ』って思いで、心に蓋をしてた。……今はまだ、そうも思ってるけど。でも、他の気持ちも同時に抱いていいんだって、アオサンに教えてもらったの!」


 だからね、とエルシーがアオサンの小さな体を優しく掴む。


「今度は、アオサンの(ばん)。私が、アオサンの『蓋』を一緒に探すよ! ……ううん、一緒に探させてほしい。お願い!」


 キラキラと輝く彼女の瞳に真っすぐ見据えられたアオサンは、しばらく右に左にと目を泳がせていたが――最後には、溜息をついて観念した。


「わかった、わかったよ。降参だ! ……はぁ、キミには敵わないな。『ニンゲン』とは、皆こんなにも強引な生き物なのか?」

「いいや。エルシーの特殊能力だよ」


 これは本当の事だ。

 ――誰だってあの(アメトリン)に正面から見つめられたら、「放っておいてくれ」とは言えなくなってしまうのだ。


「まったく。しかしながら、毎度出合い頭にこうも勢いよく喋れるものだね」

「流石のエルシーも、キミにだけは言われたくないと思うよ?」

「そうか? ……まぁいい。それで、腹を()えさせられた哀れなオシドリは、一体何から話せば良いのだ?」

「えへへ。じゃあ、アオサン。いきなり私とアウロラの()()(もと)に話しちゃうけど……ずばり!」


 エルシーがピンと人差し指を立て、顔の横でくるくる回してからアオサンの眉間へと突きつける。


「アオサン。――あなた、どうして()()()()の?」


 自称・哀れなオシドリは天を仰ぎ、今一度大きく深い溜息をつき、そして……らしからぬたどたどしい口調で喋り始めたのだった。

踏み込むのは怖い。一度転んだ道なら、尚更。

でも進む。一緒に前を向いてみたいから。


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挿絵(By みてみん)

超絶素敵なイラストは「ハレのちハレタ」様より

 └ Pixiv:https://www.pixiv.net/users/1079498

声優・船戸ゆり絵様による朗読動画も、Youtubeにて公開中!

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❄❄❄❄❄

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