JKですが〝ハイスペスマホを毎日1回、前日の生成可能台数×2台生成するスキル〟を手に入れたので無双します! …いややっぱ無理かな…それに無双とかめんどくさいしやめよっかな…どうしよ…?
「……ぐふふ……」
スマホ画面を見つめて、少女がほくそ笑む。
我知らず、期待に声を漏らしていた。
画面には、アプリのダウンロード状況を示すアニメーション。
描きかけの円周が少しずつ、少しずつ伸びていき、やがて真円を描く。
ダウンロードが終わった。
自宅のWi-Fiを使って少女がダウンロードしたのは、とあるゲームアプリだ。
水上バイクに跨り水鉄砲を撃ちあう独自競技に青春をかける、
美少年キャラクターたちの魅力がサービス開始前から話題を呼んでいた。
3Dで描画されるビジュアルが売りで、それはもう素晴らしい魅力がある。
「……ふへへ……」
少年たちの腹筋や胸板に思いを馳せながら、少女はアプリのアイコンをタップ。
ゲームプレイを開始。
「あれ?」
ゲームを始めることはできなかった。
タップしても、アプリが起動しないのだ。
何かの間違いだろうと思って、2、3度アイコンをタップしてみる。
しかし、やはりアプリは起動しない。
「……なんでぇ……?」
少女は自室の床に仰向けに寝転ぶ。
視点を変えたことで、一つ閃いた。
アプリの動作条件と手持ちのスマホとが、合致していないのではないか?
少女はアプリストアのページを下方へスクロール。
〝動作環境〟と書かれた項目を見る。
CPU:SnackDragoon835以上
少女はそのCPUの名前で、検索をかけてみる。
すると、それは数年前のハイエンドモデルに良く搭載されたものだと分かった。
少女のスマホは数年前の格安品だ。
はるかに低性能なCPUが搭載されているばかり。
必須環境にさえ届かないのだから、推奨環境はなお遠い。
ゲームプレイは不可能だ。
「……はぁーあ……ちくしょー……」
デモムービーで見た、美少年たちの腹筋や胸板、その魅力。
そしてそれらを堪能することが叶わない現実、その失望感。
不都合な現実に高揚感が去る。
少女はだらりと手足を投げ出した。
地元中学のジャージの裾がめくれあがって、へそが出ているのにも頓着しない。
「……ハイスペスマホほしいな……」
「いいですよ、ユイさん」
「!?」
少女――ユイがひとりごちたところ、はっきりとした声で応答があった。
自室に、ひとりきりでいるというのに。
「それではユイさんに、
〝iPh〇ne15 pr〇maxを毎日1回、前日の生成可能台数×2台生成するスキル〟
を授けましょう。
初回サービスということで、今日は1台だけ生成できます。
前日は0台ですが、こうしないとスキルを渡す意味がないですからね」
謎の声はごく穏やかな調子で、とうとうと語る。
「えっ!? あの……」
ユイは理解が追いつかず、ただ上ずった声を返すばかり。
「スキル使用にあたっての代償などは特にありません。
ご安心を。
では、スマホとスキルを使ってよい人生をお送りください、ユイさん」
それきり、謎の声は途絶える。
「あの、ちょっと! すみません! ねえ!」
ユイはなおも呼びかけるも、謎の声はもはや聞こえない。
ただ、いつもの自室の沈黙があるばかりだ。
「……ふぇぇ……」
ユイは驚きとも恐怖ともつかぬ感情に打たれ、声とも言えない音を漏らす。
……性欲と物欲のあまり、白昼夢を見たのか。
あるいは今も自室で寝ぼけて見る夢の中なのか。
なんともはっきりしない。
頬をつねったり、眉に唾をつけるといった行動をとっても、特に変化はない。
いつも通り、自室でだらけるときの雰囲気――つまりは現実感があるばかりだ。
「……よし」
言ってユイは起き上がり、自室の床に座る。
幻覚ならそれでいい。
しかし、万一事実であった場合、とても嬉しいことだ。
ここは自室で一人きりなのだから、
突飛な嘘に騙されて行動しても、恥をかくはずはない。
そう考えて、ユイはスキルを使ってみることにした。
「――出ろ!」
床に手をかざし、唱える。
すると音もなく、白く洗練された印象の箱が手のひらの先に出現した。
高級スマートフォン、『iPh〇ne15 pr〇max』の箱だ。
「えっえっえっ!? なにこれ! すごい!」
ユイは驚愕しながら、夢中で箱を開ける。
高級スマホとイヤホンや充電器などの基本アクセサリー類が収められていた。
メーカーの直営ストアで買ったものと、なんら違いはないだろう。
「……うっわー……やばぁ……」
手に入れたハイスペスマホを、さっそく充電するべくユイは手を動かす。
「……製造番号とかどうなってんだろ……?
……ま、いいか……考えたってわかるわけないし……」
その夜。
件の水着美少年3Dゲームを、ユイは心行くまで楽しんだ。
†
「ユイおはよ~」
「おはよ陽菜~」
翌朝。
校門の前で出会った2人の女子高生が、どちらからともなくあいさつを交わす。
同じクラスの友人であるユイと陽菜は、しゃべりながら教室へ向かう。
話題はさまざまに揺れ動き、ふと例の水着美少年ゲームのことへ及んだ。
「昨日配信開始だったけど、ユイはもうやった?」
「やった!
やばいね! エロエロのエロだわ!」
「ほんと?
……いーいなぁ~ 私のスマホロースペすぎて、アレ動かないんだよね……」
陽菜はふと言葉を切り、訝しげな顔をする。
「――ん?
てか、ユイのスマホもわりと古いやつじゃなかった? 動いたの?」
「あっ、ううん。
持ってたやつじゃダメだった。
けど、なんかちょっと、iPh〇neの新しいやつが手に入って、それで……」
「えー! いーいなぁ~ 私も新しいスマホほし~」
友人の顔を見て、ユイは昨日の謎の声のことを思い出す。
〝iPh〇ne15 pr〇maxを毎日1回、前日の生成可能台数×2台生成するスキル〟
確かそう言っていた。
この言葉が真実なら、昨日1台を生成した以上、今日は2台生成できるはずだ。
そして、1台は真実生成できた。
常識で考える限り、どう考えてもおかしいことであるというのに。
すると、生成可能台数が毎日倍に増えていくというのも、おそらく事実だろう。
「……もしかするとプレゼントできるかも……」
「えー、どゆこと!?」
「期待しないで待ってて。
そういや、数学ワークだけど――」
陽菜にそう言って、ユイは話題を転換。
休み時間にトイレの個室でスキルを使ってみることにして、時が来るのを待つ。
†
「……えい!」
1時間目と2時間目の間の休み時間、トイレの個室。
ユイが能力を使ってみたところ、白く洗練された印象の箱が2つ出現した。
2台の『iPh〇ne15 pr〇max』だ。
「わっ、わぁっ!」
便器の中に落としかけた2つの箱を、ユイはどうにかキャッチ。
なんとなく制服セーターの内側にしまって抱え、教室に戻る。
†
その日の放課後。
ユイは陽菜を自室に招いた。
「じゃーん、プレゼント~」
菓子とコーヒーの載ったローテーブル。
そこに、ユイは『iPh〇ne15 pr〇max』の箱を置いて言う。
「わぁーっ! すご! えっマジ!?
iPh〇neの中でも一番高くて新しい奴じゃん! ええぇ……! はー……!」
陽菜は感嘆の声を上げながら、箱を手に取って、様々な角度から眺めた。
「……ユイ、これどうしたの?
くれるっていうなら私とっても嬉しいけど、めちゃくちゃ高いものだし……
ちょっとユイの負担が大きすぎない?
私の財力で見合ったお返しができるかどうか……」
「いいよ、そんなこと気にしないで。私にとっても貰いものなんだから
実はね……」
ユイは昨日起きたことを話した。
謎の存在から、
〝iPh〇ne15 pr〇maxを毎日1回、前日の生成可能台数×2台生成するスキル〟
を授かったのだ、と。
「……嘘でしょ、ユイ?」
「私も嘘みたいだと思うけど、マジなんです」
「嘘だぁ」
「ほんとだって!
そうじゃなかったらこの2台目はどうやって説明すんの?」
そう言って、ユイは今日トイレで生成した2台目の箱を示して見せた。
「そんなの、最初っから3台手に入れたって考えるのが普通だよ!」
陽菜は気負いこんで言った。
メーカーストアでの窃盗、強奪、その他もろもろ……
何かしらの良からぬ手段をユイが為したのだと確信している口ぶりだった。
「……確かに……」
ユイは反射的に反論したく思った。
しかし、常識で考える限り、陽菜の反応はごくごく真っ当なのだ。
「じゃあ陽菜ー。
明日、4台生成するところ見たら、私の話を信じてくれる?」
この場で口論をするより、明日に証拠を見せるのが一番だ。
そう考えてユイは言った。
「うん。
……ほんとに、そんなことができるのならね……」
†
翌日の放課後、陽菜の部屋。
「…………」
ユイは床へ手をかざす。
3回目ともなれば、声も発することなくスキルを使うことができた。
ごくごく自然に、白く洗練された印象の箱が4つ出現。
まぎれもなく、4台の『iPh〇ne15 pr〇max』だ。
「!?
………………うわぁ。
ほんとに、ほんとだったんだ……信じらんない……」
超自然的に現れた箱を見て、陽菜は息を呑む。
そうして、驚きの言葉を返した。
ここは陽菜の家の陽菜の部屋だ。
訪れたことのないユイに、トリックを仕込むことは不可能。
あらかじめ体中を触って、ボディチェックも済ませてある。
制服の中に仕込んでおくことも不可能。
つまり、眼前の4台は真実スキルによって生成されたものなのだ。
少なくとも、陽菜は信じるよりほかにすべを持たなかった。
「ねー?
陽菜も、これでわかってくれたでしょ」
「うん……これはユイを信じざるを得ないかな……」
「せっかくもらったスキルだからさー、色々使ってみようと思うの。
陽菜なんかいいスキルの使い方思いつかない?
とりあえず余ってるのは売ろうと思うけど、転売っていけないことだし……」
「うーん……
……流通を妨げてるわけじゃなさそうだし、別にいいと思うけど……
でもそのうちお巡りさんとか来そうだしね……
またあんまり数を売ると、市場が暴落しそう……」
悩みながら、陽菜は勉強机に移動。
ノートパソコンを立ち上げる。
表計算ソフトを開き、日数を3日分入力。
その隣に〈前日のセル×2〉の式を、これもまた3日分入力。
オートフィル機能を使って、
スマホ生成スキルの1日当たりの生成可能台数をとりあえず100日分算出する。
「……うわ、やっば……やっぱ倍々ゲームってすごいね……」
「私にも見せて見せて~」
ユイは陽菜の後ろに立って肩に手を置き、ノートパソコンを覗き込む。
「すっご!
8日目で学年全員に配れるじゃん!」
「しかもこの数〝その日1日に新しく生成できるスマホの数〟だからね。
これまでの累計で行くと、既にひどいことになってそう……」
「ねー。
めちゃくちゃな数字の増え方だね……
……そもそも、iPh〇neの1日当たりの製造数ってどれくらいなんだろ……?」
ユイは愛用の格安スマホで検索。
年間製造数を2.4億台とする記事を見つけた。
「365日で割って……65万7千台……?」
「とすると、21日目にはユイの生成能力が上回ることになるね。
工場の生産能力を。
翌日にはさらに倍」
「なにそれこわい」
「28日目には、新しく生成するiPh〇neだけで日本人全員にプレゼントできるね。
34日目には世界人口より多いかな」
「もうやだぁ! こわい!
……ごめんなさいゆるして……
……えっちな3Dゲームがしたかっただけなんです……ごめんなさい……」
「安心してよ、ユイ。
謎の声は、『スキル使用にあたっての代償などは特にありません。ご安心を』
って言ってたんでしょ? 大丈夫だよ。
ところでちょっと思いついたんだけど……」
「ん、なーに陽菜?」
「ユイの作るスマホで、発電できないかな?」
「えっ、スマホ生成スキルで発電?
どういうこと?」
「ユイに高いところに立ってもらって、下に向かってスマホを生成するの。
スマホの落下地点には、あらかじめ発電機と繋がったタービンを作っとく」
「うんうん」
「で、上からスマホを落としてタービンにぶつければ……
スマホの質量と位置エネルギーで、タービンが回る。
上から流れてくる水の位置エネルギーで、水力発電のタービンが回るみたいに」
「うん」
「つまりさ。
水力発電の水をスマホに変えた、スマホ力発電ができるんじゃないかな?」
「えっ、何それ?
よくわかんないけど、私そんな変なことしたくないな」
「だめ?
……毎日、スマホの生成量が倍になるってコトは、
日に日に発電量が増やせる夢のエネルギーになり得る気がするんだけど……」
「ていうか、陽菜、もうね、私、スキルとか使いたくないや。
わけわかんないし」
「そっか。ユイがそう思ったんじゃしかたないね。
……エネルギー問題が解決できたかもだけど……」
「だいじょぶだいじょぶ。
私たちが何もしなくても、そういうことはどうにかなるから。
えらくて頭のいい人が悩んだらいいんだよ」
「そだね、ユイの言う通りだ」
「スキルで世の中を良くしようなんて考えたら、私が責任係になっちゃうからね。
命令されて誰かに強制されるまでは、何にもしないのが一番だよ。
どうせ、こんなのバレっこないし」
「うんうん」
「私は、陽菜とか身の回りの仲のいい人と自分が幸せならそれでいいし。
プレゼントしたり中古で売っても目立たない数を生成したら、
もう一生、このスキルは使わないつもり。
……ていうか、使ってもしょうがないし。
今は〝最新ハイスペスマホを出せるスキル〟だけど、
来年には〝型落ちハイスペスマホを出せるスキル〟になって、
年々価値は下がるしね」
「……なるほど……」
「さ、陽菜もえちえち水着3Dやろ~」
「うん! やりたい!
まずはもらったハイスペスマホの充電からかな~」
ユイと陽菜は、この日の放課後を楽しく過ごした。
その翌日も、2人は穏やかに過ごした。
スキルは、ユイの発言通り、ごく穏当な使い方をされるに留まった。
ユイのスキルは、5日間合計で31台の『iPh〇ne15 pr〇max』を生成。
友人や家族への贈り物となったり、中古で売られてこづかいに変わったりした。
成功したり失敗したり、怒ったり喜んだりしながら、ユイは高校生活を送った。
さらに歳月が過ぎる。
ユイは進学し、成人し、就職し、結婚し、出産し、幸福な家庭の母となった。
そのころのユイは、既にスキルのことなど忘れていた。
†
ユイがスキルを授かってから、90年後。
地球人類は、絶滅の危機に瀕していた。
きっかけは、宇宙探査用のちょっとした電波発信だ。
地球外知的生命体探査を目的として、とある天文台がメッセージを発信。
奇跡に等しい偶然によって、数十光年離れたとある異星文明がこれを受信した。
その異星文明の知的存在は、比較的穏やかな存在だった。
しかしながら、怒りという感情を廃絶するほどではなかった。
その異星文明にとって、地球からのメッセージは、激烈な侮辱と映った。
奇跡に等しい偶然によって、穏やかな異星文明から極大の怒りを引き出した。
決して看過すべからざる無礼に、異星文明は殺戮で報いることを決定した。
超光速航法を自在にする宇宙艦隊を地球へ派遣。
地球人類の絶滅を以って、自らの誇りを保とうとしていた。
地球人類が発信する命乞いを企図したメッセージは、歯牙にもかけられない。
一縷の望みをかけて放たれた熱核弾頭群も、なんの抵抗にもなり得なかった。
孫や子や他の人々ともども、
107歳の老婆であるユイもまた、命の危機に瀕していた。
老いらくの恍惚か、はたまた起死回生の一手か。
偶然、ユイは若き日の珍事を思い出した。
重く強張る老体を強いて動かし、戸外に出て空を見る。
迫りくる宇宙艦隊のあるとおぼしきところを、かすむ目で眺める。
(……ねえ陽菜、陽菜は今どうしてる……?)
偶然思い出せた友人の名を、ユイは回らぬ舌で呼ぶ。
声に出して呼べたのか、ただ思っただけなのか。それすらユイには曖昧だ。
(……ねえ陽菜、結局、私はスキルを授かってよかったのかな……?
……あの使い方で良かったのかな……?
それとも間違ってた?
……宇宙人が地球に攻めてくるのは、良いことのわけないもんね……)
現在の思考と、過去の走馬灯の明滅の境界は曖昧。
過ぎ去った青春の淡い輪郭に酔いしれながら、ユイは皺だらけの手を掲げる。
(……えらくて頭のいい人に悩んでもらって、
私みたいなおばあちゃんはおとなしくしてた方がいいかもしれないけど、
なんだかやっぱり落ち着かないから。
私、スキルを使うね、陽菜。
……責任係になっちゃっても、これ以上に困ることなんてできないし……)
ユイのスキルが発動。
90年間、毎日成長を続けていたスキルは、莫大な質量を生成。
骨董品に成り果てて久しい旧式情報端末『iPh〇ne15 pr〇max』が、
2の32871乗という途方もない個数、新品同然の化粧箱ごと瞬間発生した。
突如現れた天文学的巨大質量に、宇宙艦隊は対応不能。
地球への攻撃行動どころか、航行継続さえもおぼつかない。
かくして、地球は守られた……のだろうか?
巨大質量の出現によって、瞬時に圧死した107歳のユイにはわからない。
ユイのスキルに巻き込まれた、地球人類にはわからない。
異星文明の宇宙艦隊にもわからない。
夥しい数のスマホに満たされた、この宇宙にはわからない。
拙作をご覧くださりありがとうございます。