2. はじまりのはじまり
2. はじまりのはじまり
ユキオは研究室に戻って、あらためて方程式を眺めてみた。波動方程式と一般相対性理論の方程式と他の何かを組み合わせたような実に奇妙な形式になっていて、教科書に出てくるのとは異なるパラメータがいくつか当てはめられていた。エネルギーは波動の状態で空間上にもやもやと存在していて、観察により具体化されると粒子状になり時空間の法則に従う。しかも次元数は五次元?いや六次元以上あるようで・・・?
実に複雑な方程式だが、ユキオの頭には次々とその意味する事が浮かんできた。ユキオ自身が書き下したものだから、当然と言えば当然なのだが。
カガリに見せてもちんぷんかんぷんだったようで、これを分かりやすい言葉で表すと次のように言える。
「いわゆるエネルギーには実体がなく色々な形で表現されているが、統合すると波動で表現する事ができる。つまり、存在している場所は特定できないけれど大体存在している場所は特定出来て、性質や大小などの物理的性質は、波の形や振幅、振動数で表す事ができる。それが観察により特定されると、二重スリットの実験でも確かめられているように、波の性質が粒子の性質に変わる。これが、エネルギーの実体化であり、エネルギー=物質の等価原理の基本的性質である。それを人類が感じてはいるが、科学的に証明出来ていない事象を説明するための次元にまで拡張したものが、この方程式である。」
この説明でもカガリには難しかったようで、つまり、
「人が認識すると世界が実体化するの?」
と相当簡単に言いのけて見せた。
これは、先ほどの事象を見せないとわからないだろうなとユキオは思いつつ、もう一度方程式を眺めては、その方法を考えてみるのだった。
次の日、もう一度昨日の現象を再現しようと思い、カガリと一緒に図書館の同じ場所に行ってみた。
「確か、この辺だったよな~」
カガリは、棚に並んだ本を眺めては、
「あっ、これ読んだ事ある~。これも面白かったよね?確か、アニメ化もされてたような・・・」
と、なにやらぶつぶつ言っていた。
「昨日の本はと、・・・。『転生したら・・・・』だったよな~」
と独り言を言いながら、本を手に取ってみた。
「その本、読んだ事あるよ~」
カガリが横から覗き込んでそう言った。
昨日とは少し異なる本の感触があり、本の周りに薄いモヤモヤしたような霞のようなものが見えて・・・。
カガリをさらに近くに招き入れて、一緒に本をパラパラっとめくってみると・・・。パラパラ漫画のように文字が本から溢れ出てきてるように見えて、すると、昨日頭に思い浮かんだ方程式がまた現れてきて。一晩じっくり解きほぐしたこともあり、その方程式は相当に理解出来るところまで進んでいたので、はっきりと式がイメージでき、それが本から溢れ出る文字と絡み合いながら新たな様相を示し始めたと思ったところで、
「ユキオ~。何なの、これ?! まるで、アニメで見るような異世界じゃない!!」
ユキオには馴染みが無いのだが、カガリはよく知っているというその手に取った本の世界が、映画のシーンをのぞき窓から見るように、目の前に展開し始めていた。
「すごい!すごい!本当に本で読んだ世界が広がっている!」
カガリが興奮して、その世界を解説し始めた。
ユキオは、今度は自分が見たものをカガリにも見せる事が出来たと思い、昨晩立てた仮説を思い起こしていた。それは、いわゆる、「エンタングルメント」、日本語では「量子もつれ」と呼ばれる現象なのだが、お互いにもつれ状態にある物質同士が何らかの原因で離れ離れになっても、お互いの情報を瞬間的に交換できるという現象で、実験的には極限の量子状態の物質でしか観測されていないのだが、昨日の方程式を見て、それが通常の三次元物質同士でも起き得る事を確信していた。もっとも、物質の情報とはこの場合、「思念」に相当する視覚を通して得られる電気信号なのだが・・・。
と、考えているうちに、目の前の光景がスッと消え始めた。
「あっ、消えちゃう~」
カガリがそう言い終わらないうちに、目の前の窓が小さくなって、異世界の光景が目の前から消えてしまった。しばらく、映画のエンドロールのような静かな余韻があった後、
「今の光景って、本の内容そのものなのか?」
ユキオは、カガリに確認した。
「そうだよ。本当に本を読んだ時に想像した光景、そのものだった。ねぇねぇ、どうやって、作ったの?」
ユキオはそれを聞いて、昨日と今日の目の前に起こった現象を比較しつつ、思い起こしていた。方程式の内容を理解し始めていたので、いろいろな仮説がより確信へと近づいているのを感じながら、考えをまとめようとした。
「どうやら、本を読んだ人の思念が現実的なイメージとして本にからみついていて、それらが、相互作用を起こし、つまり、共鳴現象のようにどんどん大きくなっていって、一つの大きなエネルギー体にまで成長したようで、その波動エネルギーが、観測による現実化のきっかけを得て、実在したものだと考えられる。もっとも、実在先は、今我々がいる空間と同時存在している異空間上なのだけど。それが、方程式をイメージした俺の思念波によって窓が開いて、のぞき見出来るようになったのだと思える」
「何なのさー、それ!」
カガリにはもう一つピンとこないようだった。
「つまり、本を読んだ人達の妄想が重なり合ってひとつの本の世界を作り出して、そのイメージが現実に見えたって事」
かなり端折ったが、ユキオがこう説明すると、カガリは納得したようだった。
「ふ~ん、人の頭の中をのぞき見したようなものなんだね」
ちょっと違うぞ、っていう素振りは見せずに、まぁ、段々と説明しようと思い、ユキオはうなずいていた。