0. 序章
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その日は快晴で、見渡す限りの青空の中に、時折どこからともなく現れ、迷ったような小さい雲が漂流していて、そんな雲を眺めながら行き詰まったアイデアを何とかしようと散歩していたユキオだった。
「あぁ~・・・。あると分かっているのに何故見つからないのだろう・・・。」
ユキオは博士号を取ったばかりの理論物理学者で、この世の理を高度な数学を用いて解き明かそうとしていた。殊に、存在しているはずなのに全く認識されていないダーク・マターとか、ダーク・エネルギーに興味を示していた。博士論文は、波動として観察されている物体が観察された途端に粒子へと変貌を遂げる奇妙な現象について、方程式を用いてその一端を表現しようとしたものだった。実験を何度も繰り返し、その現象から得られる物理量を精緻に測定し、何とか、方程式で表現できるようにまとめたものだったのだが、完璧にはほど遠く、ユキオとしては、その先にある目に見えていない世界を何とか解き明かしたいと思っていた。それには、宇宙を観測する事によってその存在が予言されている、ダーク・マターやダーク・エネルギーの研究が一番だと考えていた。ところが、研究を進めるための糸口が中々見つからない。考えあぐねた末に、晴天の雲に誘われふらっと散歩に出たのだった。
「ユキオ~!ユキオ~!」
どこからともなく声がして、肩を叩かれて振り返ってみると、カガリの顔がそこにあった。
カガリはユキオと同じ大学の実験物理学者で、博士論文を書くときに実験に協力してもらった仲だった。
「さっきから何ボ~ッと歩いているのよ。溝にはまりそうだったから、声をかけたのよ。」
ふと気がつくと、散歩道は図書館へと続く両脇に溝のある小道に変わっており、下手をするとそこにはまりそうだった。
「良い天気だから、そこでお茶でもしない?」
図書館の脇にはテラスを備えたカフェが併設されており、天気の良い日にお茶をするのには最適だった。
「そうだな~。お茶もいいかもね。」
ユキオはカガリの提案にのることにし、カウンターで午後の気だるい身体をスッキリさせるために熱いコーヒーを注文し、カフェのテラスにカガリと一緒に座った。熱いコーヒーが胃に染み渡って気分が冴えてきたところで、カガリが話しかけてきた。
「何をそんなに考え込んでいたの?珍しくはない事だけど、今日はいつもと様子が違うわね。」
カガリのそんな問いかけにユキオは頭の中のモヤモヤを整理するかのように、カガリに話はじめた。
「いや、博士論文で波動の物質化について取り扱ってたテーマなんだけど、まだまだ不完全に思えててその手がかりを考えていてね。結局エネルギーの物質化に行き着くんじゃないかと思って。それって、ダーク・マターやダーク・エネルギーに関係するんじゃないかって。」
すると、カガリが感慨深げに、
「そういえば、博士論文を書き上げた後にそんな事言ってたっけ~。理論物理学って、まだ得られてない現象を理論的に方程式に解き明かす事をするでしょ。なんか、見えない世界を現実化しているようで、目に見える現象を取り扱う実験屋の私にはよく分かんないけどね。」
ユキオはそれに対して、
「この世の理は理路整然としているはずで、それを解き明かそうとするのが理論物理学なのであって、宇宙を観測する事によって予言されているダーク・マターやダーク・エネルギーが説明できないってのは、納得いかないんだよね~。」
カガリはまた怪訝そうに、
「それってまるでSFだよね。感知出来ないエネルギーって、最近流行りの異世界ファンタジーの魔法みたい!魔法が使えたら世の中もっと便利になるのにね~」
それを聞いてユキオは、
「魔法・・・」
「魔法って、どういう原理で発生するのかな~?何もないところからエネルギーが得られる訳ないし、興味あるかも」
「それだったら、異世界ファンタジーでも読んでみたら?ちょうど隣が図書館だし、何かヒントがあるんじゃない?」
異世界ファンタジーと理論物理学が関係ある訳もなく、カガリは何気なしに適当に応えたつもりだったが、ユキオはかなり真剣な表情に変わり、コーヒーを飲み干すと図書館に向かって足早に向かって行った。
「ユキオー、なに~、急にー、待ってったら~」
カガリも自分のコーヒーを飲み干し、ユキオの後を着いていくのだった。