VR 蚊
(さてと……まずは可能な限り、音を立てず静かに羽ばたいて、視界の外から少しずつ距離を詰めていけばいいのよね。人間の一挙手一投足をつぶさに観察して、ひたすら隙ができるまで焦らず息を潜めて待つしかない。何かに意識を集中している瞬間を狙うのがベストらしいけど……)
(あっ、スマホを取りだした! 夢中になって何かを熱心に読んでいるみたい。これは絶好のチャンスね! 今のうちに接近して……そのままうなじに針を突き立てて……とっても順調だわ! このまま一気に最後まで……)
背後から迫りくる巨大な手。
バチンッ。
真っ暗が画面の中央にGAME OVERという赤い文字。その下にはヒントとして「一度に目標量まで吸血しようとせず、こまめに安全確認を行いながら少しずつ血を吸いましょう」と書いてあります。
既に数十回以上同じステージで失敗を繰り返し、ついに癇癪を起してVRゴーグルを放り投げ、涙目で地団駄を踏む蚊の子供。
「もう嫌だ! 早く本物の人間の血を吸いたいよお!」
「駄目よ。ちゃんと練習して、全コースクリアできるようになってからじゃないと危険だわ」
「お願い、ママ! ボウフラ幼稚園を卒業したお祝いに、一度だけでいいから、人間を近くで見てみたいの! 絶対に大人しくしてるから~」
上目遣いの猫なで声でおねだりする娘に、溜息をついて頭を振る母親。
「しょうがない子ね。本当に一回だけよ。ママの隣でお行儀よく静かにじっとしているって約束が守れるなら、連れて行ってあげる」
「わあああい!!」
二匹は、密かにマンションの一室に潜入しました。初めて目にする人間の姿に興奮する子供。
「うわああ! これが現実の人間かあ! ああ……すっごく美味しそうなにおい……ようし、ママにも練習の成果見せてやるんだから!」
「こらっ! 待ちなさい!」
初めて嗅いだ人の体臭に食欲を刺激されて、思わず飛び出す娘。母親の制止も全く耳に入っていません。そして急接近する大きな羽音に気付いた人間は容赦なく……。
バチンッ。
「嘘っ……か……蚊鳴子ぉおおお!!」
暗転する画面。字幕と音声が流れます。
『PlayあればPreyなし。蚊だってVRで訓練する時代。人間ならば、なおさらです』
『本年度より1日3時間のVR家庭学習は義務教育の一環となりました。子供達の身を守るのは仮想世界における充実した社会経験です』
『明るい未来のために、レッツVR!』
『J~C~♪ 日本公共広告機関』




