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第二帖 剣拳豪合〜京の娘の侠気か凶器〜 肆

 濃かろうが薄かろうが、万民に等しく流れるのが時間というヤツの特性で、この一週間は、特濃という言葉が事更似合う、素敵なウィークでありましたよ。

 急転直下の非常事態は、ややこしさを加速度的に増していって、全国の神社の総本山たる伊勢神宮から査察の連絡のあった翌日には、京都の巫女二人の同席が確定。

 私たちは私たちで、神事の状況説明用の資料作成に借り出され、デジカメ片手地図片手で、現場写真をバシャバシャと。

 翌々日の月曜日には、拍子抜けするほどアッサリと私の退学届が受理され、めでたくも社会的に、未成年無職少女Aが誕生。

 かといって、昼間から家でゴロゴロインターネットとは甘くなく、朝から夜まで神社に通い、神宮・御瑞姫みずきの仕組みにしきたり、祝詞や神楽を詰め込まれ、質・量ともに、高校レベルを超越した内容をとにかく鵜呑み。

 そんな平日が終わり、まったくと言っていいほど準備が整わないまま、裁きの日は訪れた。

 宮司さん、私、のぞみかなえ珠恵たまえはともかく、野次馬根性で姫子ひめこが参列。一直線に参道に並んで、高野たかや空海あけみ女史をお迎えする私たちの向かいには、あの日の京都の巫女二人。プラス、その母親と、なぜか巨大人形までが直立不動でこちらを睨み、歓迎ムードは一触即発。天までが空気を呼んで、暗雲渦巻く絶好の査察日和。

 私ってばここ最近、運気下落傾向にあるんじゃなかろうか?

 あぁ、知らない人は本当に知らないだろうけど、運気っていうのは波の連続で、注意して観察していれば、おのずと自分の幸不の運勢っていうのが見えてくる。

 それは言わば、補正値みたいなもので、運気絶好調の時は、何をやってもプラス補正がかかっていつもより上手くいくし、運気が底値の場合は、何をやっても失敗するマイナス補正がバリバリにかかる。

 ここで注意すべきなのは、自分の運気の読み方を知らない人は、運勢が底値の時にバリバリ頑張っちゃって、何をやっても大失敗して力尽きる。もしくは運気絶頂のときに自分の実力を勘違いしちゃって、波が降下し始めたにも関わらず強引に事を推し進めて大失敗、の二パターンに陥りやすいってこと。

 つまり今、私は本来なら新しいことなんて一切やらず、おとなしく運気が回復するまで待てば海路の日和あり、を貫くのが本当の対処法なわけで。

 でも、ま、こうなったら、なるようになる。

 始まったら終わりがあるのは自明で、自分から墓穴を掘りにいかない限り、よっぽど悪い方向には転がり落ちない、と思いたい。

 そうして、生唾を飲み込む音すら響くような緊張感の中、時間ぴったりに、その女は現れた――轟音と落雷を引き連れて。

 激しい閃光をバックに、鳥居に姿を現したその影は、巫女を形容するに相応しいかどうかと言われれば甚だ疑問なのだけれど、巨大な威圧感の塊だった。

 単純に背が高い、というだけじゃない。シャンプーのかわりに砂塵を浴びてきたかのごとく潤いのない長い髪は、そんじょそこらの男からは感じられない野生をビンビン感じさせるし、姫子に匹敵する巨乳の谷間を惜しげもなくガバッと開示しているにも関わらず、その谷間に顔を埋めたが最後、胸筋の働きだけで首をもぎ取られるような殺気が、見るものを圧倒する。何よりその、姿勢だ。礼儀正しく見目麗しい姿勢を、竹尺を背中に差し込んだ如き一直線の立ち姿だとするのなら、彼女はその竹尺を、背筋の働きでへし折ってやろうというほど上体を大きく逸らし、普通に立っているだけで、相手を見下ろす捕食者の視線を、右目のモノクルごしに獲得している。

 高野空海。神宮から使わされた御瑞姫。

 彼女は参道の両脇に並び立つ私たちの顔を一巡すると、銜えていたパイプを外し、野獣の笑みで私を激視する。

稲田姫なだひめ野乃華ののかっ!」

 破裂するような激しい言葉。声量ではなく、突き刺さる鋭さでもって相手を屈服させる声だ。

「はいっ!」

 だけど、負けない。負けずに見返す。男の勝負が筋力なら、女の勝負は眼力で決まる。彼女が境内に入ってくるとき、大勢のカミ様たちが「やれやれ、狙って神鳴かみなるのも一苦労ですぅ」愚痴をこぼしてたのを聞き逃さなかった私だから、ハッタリかまして場の空気を乗っ取ろうなんて魂胆に、屈したりしない。

知流姫ちるひめあかりっ!」

「はい」

 続いて呼ばれたのは、安倍家の長髪の巫女。空海さんと比べると蚊の鳴く様な声には、感情がこもらず、不気味に響く。

「こたびの御瑞姫認定、両者の舞闘をもって再神事とする」

 はい?

「空海様!」

「高野御瑞姫!」

 突然の申し出に、宮司さんと安倍家の代表者(=双子の母)が同時に上げる抗議の声。

「異論は認めん。

 両者の報告書には目を通した。双方の言い分には食い違う点が多々あるが、安倍芙由美ふゆみの言うような、稲田姫側による、謎のカミの煽動は証拠がない。また同時に、安倍晴きよいに襲われた望、野乃華の両名からは、現場での晴の発言に、本人の意思が多分に含まれていたと判断するしかない語彙が多々、報告されている。

 謎のカミの乱入が、稲田姫神社による神事撹乱であったにせよ、安倍晴の暴走が本人の意思によるものであったにせよ、神事は行われ、安倍晴と茶吉尼だきにが、そこなる野乃華に撃退されたことは、疑う余地がない。

 疑わしきは罰せず。双方の憤りは、実力行使によって、それを発散するが良い。

 月見里野乃華、異論は?」

「……ありません」

「安倍明?」

「……私に同意を求めるは、無意味です」

「よろしい。安倍晴は先の神事の怪我の治療中ゆえ、その代理として明を安倍家の代表者とし、明日夕刻、高野空海が見届けの下、稲田姫神社御瑞姫認定再神事を執り行うこととする!」

 あ、カミ様たちが騒ぎ出し……(打ち合わせと言葉が違うっ。とりあえず、落としとこっ)

 落雷!

 あぁ、まぁ、カミ様を使役して劇的演出を試みるってのは凄い発想だと思うけど、リハーサルなしの一発本番で、人神のコミュニケーションをスムーズにするのは難しいよね。

 一瞬遅れの落雷に、片眉がピクッと反応した空海さんは、私のそんな思いを見越したのか、殺気をこめた視線で、私の臓腑を抉りにかかる。

「何か、異論が?」

 ありませんともっ!

 むしろ助かったっていうか、見事なお裁きって言うか。

 けど、私にとっては、一難去っただけのことで。

「安倍、明……」

 視線の先にいる、少女の名前。

 感情を見せぬ視線を、まばたきすらせずに私に投げかけ続けている、人形遣いの御瑞姫。

 明日、彼女と、闘う。

 っていうか、その隣にそびえる、六メートルの巨大な人形と、だけど。

 また一難、だわね。

 というか……七星剣、ちゃんと稼働するんでしょうね?





 極度の緊張を強いられた謁見は、実に十分に満たずに終わった。

 そう考えると、この一週間の地獄のような資料作成はなんだったのよ、と愚痴も言いたくなるところだけど、実際は気を抜いている時間なんて全くゼロで、

「作戦会議〜」

 やたら嬉しそうな姫子の発案で、私たち稲田姫巫女軍団+1による、対茶吉尼戦ブリーフィングの唐突開催。

「作戦会議はいいけど、誰かアレを見たことあるわけ?」

 プルプルプル、と私以外首振る四人で、

「駄目じゃん」

「あ、でもでも噂なら聞いたことあるよ」

 と、これまで何度も、空海さんや他の御瑞姫と、作戦なる対妖怪戦争を勝ち抜いてきた(らしい)姫子の言。

「俊敏にして正確無比な攻撃。軽快にして難攻不洛の装甲。右の拳は神速で獲物を破砕し、左手は異次元から召喚することで、遠距離から防御まで、あらゆる戦場に適応する、死角皆無の戦略的半自律駆動兵器。はっきり言って、並みの相手じゃ、その動きを捉えることすら無理だねっ!」

 キラリと歯を輝かせて、サムズアップ。

 ……相手を持ち上げてどうするよ。

「で、実際に戦ったことは?」肝心の問いに、「無い」即答された。

「帰れ」

「ひどっ」

 せめて建設的な意見を頂戴よ。

「ところで、のののん?」

 効いちゃないし。

「必殺技ってあるの?」

「必殺……技?」

「そうっ!」

 目をキラキラ輝かせ、さらに身を乗り出して迫ってくる。

「なんたって稲田姫の七星剣は、歴代最強の誉れを欲しいままにしている、最有力優勝候補だもんね。

 晴ちゃんや茶吉尼だって、七星剣特有の必殺技があったから、のののんでも倒せたんじゃないの?」

「歴代最強って? というか、優勝候補?」

「……知らないの?」

「何にも」

「まったく?」

「全然」

「さっぱり?」

「だって、御瑞姫認定一週間だし?」

「……プリンセスインザボックス」

「誰が箱入りじゃ!」

 そんなわけで、茶吉尼対策も重要だけど、いったい御瑞姫って何をするわけ? という根底の疑問を明らかにする方向に、話題をシフトさせようか。




 ああだこうだと、望、叶、珠恵と姫子から、御瑞姫とは何ぞやという事情を聞きだすこと三時間強。

「あぁ、もう我慢できない。お腹すいた」

 唐突に話題をブツ切りやがったよ、姫子め。

「どうせ今日はこのまま合宿コースだろうからなぁ、鍋にでもする?」

 望の提案に、反対する理由もなく。明日は決戦という緊張感を欠片も滲ませずに、スーパーマーケットにキムチ鍋の材料を買出しに行く巫女五人。

「というか、私たちはともかく、あんたそれで平気なわけ?」

 姫子の、胸元全開超絶ミニスカートは、いわゆるコスプレ衣装と間違われても言い訳できない代物で、おまけに彼女は巨乳持ちでもあるわけだから、なんていうか、パッと見、痴女だ。

「でも、地元じゃ、この格好で仕事してるしなぁ」

 動じやしねぇ。

「仕事って、何の?」

「カミ様退治。ちなみにうちの町のネット掲示板、『今日の姫子たん』コーナーってあってさ、盗撮写真が匿名で続々と……」

「中止させろよっ」

「あれ、知らなかったの? のののんたちの写真も、ネットで投稿されてるよ。その筋じゃ、超有名人、私ら」

 マジですか!

 思わず周囲に殺意を撒き散らせど、カメラ小僧は見つからない。

「別に悪いことじゃないじゃん。地域密着型の巫女さんって、今じゃ貴重な存在よん」

 逆に明日から引き篭もりたくなったよ、私は。

「じゃ、何? あんたの町じゃ、みんながカミ様と闘っているって知っているわけ? この平成に?」

「ま・さ・か! そんな危険地帯にパンピー巻き込んだら、プロの仕事じゃないよ。あくまで、見えないところで大活躍が私のモットーだし。写真はまぁ、神社のPRかなぁ。ちょっとしたアイドル気分」

 とことん前向きでいやがりますね、この露出少女は。

「逆に言えば、巫女さんの需要って、その程度なんだよねぇ、今」

「どゆこと?」

 急にしんみり、遠くを見つめ始めた姫子。いきなりガバッと、私の首に腕を回して、

「というわけで。今日はとことん、騒ぐぞぉ!」

 恥ずかしいから、右腕振り上げて宣言すんの、やめれぇ〜。




「あ、この鳥団子の軟骨入り、美味〜」

「てか姫子っ! 白菜も食べなさいよっ!」

 こんなことしてて良いのかなぁと思いつつも、豚肉をシャブシャブするのを止められない私。

「この各務原かかみがはらキムチ、イェスだね」

「と、言うかさ。なんで普通にキムチ鍋してるの? あんたら」

 叶のツッコミキタァァァ! でもいち早く雑炊の準備してて説得力ねぇっ!

「結局、誰も二十年前の七星剣の巫女さん、知らないんでしょ? だったら、どんな必殺技だったかとか、分からないままやるしかないんじゃないの、明日は」

「でも稲田姫神社って、毎回優勝候補なんだけどなぁ、葦原舞闘神事の。それなのに、誰も技を継承していないって、不自然じゃないの?」

 姫子のツッコミはもっともだけど、

「というかさ、舞闘神事って、カミ様への奉納の舞じゃないの? 優勝云々って、おかしくない? そもそも、舞闘神事って、何するの?」

 私の疑問にも答えてくれ。

「御瑞姫十人が、五組に別れて闘うらしいって事しか、お母さん教えてくれなかったからなぁ。で、最強の一組を決めることで、神事は終了するって」

「優勝することに、意味はあるわけ?」

「特に無いんじゃないかなぁ。あるんだったら、最初から教えておいたほうが、やる気でるわけだし」

「だったら別に、勝つことにこだわる必要はないんじゃない?」

「あ、それは諸説あってね」

 叶、説明モード。

「昔の巫女さんたちって血気盛んでさ。訓練にかこつけて、誰が一番か、決闘が頻発したんだって。

 でもそれじゃ、肝心な時に怪我で動けない危険があるっていうんで、神宮側が神事を利用して、巫女さんたちの名誉欲を誘導したらしいって」

「野蛮人過ぎない? その巫女イメージ?」

「……姫子みたいなのが、たくさんいた?」

 地味に酷いこと言うよね、珠恵って。

「でもそれじゃ、カミ様への奉納が、後付って聞こえるけど?」

「そういう説もあるってこと。これ以上突っ込んだことは、神宮の研究職でもなけりゃ、調べようがないけど」

「そもそも、なんで巫女同士が闘うことが、奉納につながるわけ?」

「相撲だって、元を辿れば、カミ様を前にして行う八百長神事だったわけだから、無理はないんじゃないかな。それに日本じゃ代々、カミ様と人間を繋ぐシャーマンは、巫女独占だったわけだから……カミ様も、むさくるしい男の相撲より、乙女の舞のほうが好みだったってことじゃない? 野乃華だって毎年、御山の中で舞ってたでしょ? それと同じだよ」

「でも私たち、普段はカミ様退治してるんだよ?」

「崇拝対象が違うでしょ」

「というかさ、叶」

 私は、いまいち腑に落ちていなかった事を、これ幸いと、切り出すことにする。

「なんで稲田姫神社って、祭神が稲田姫じゃないの? それじゃなくても一応神宮の系統だったらさ、古事記由来の神様、合祀なり分祀してもらうのが、筋なんじゃないの?」

 さすがに、叶が黙した。

 突然訪れた沈黙を、しかし思いもよらない人物が切り拓く。

「もともと、神様なんていらないんだよ、この神社は」

 望だった。あらかた鍋の具材をさらえきった彼女が、仕舞いに白米を投入してコンロに火をつけて、言葉を繋ぐ。

「稲田姫神社は、いわゆる前線基地だから。

 そりゃ、名前の由来は諸説あるけど、一番有力なのは、この神社を基地とする軍団の、代々受け継がれてきた軍団長の称号じゃないかっていう話。実際、他の神社もほとんど、同じように『姫』って名前の神社ばっかりだし。

 日々カミ様と戦うのが目的の、戦乙女の拠点だもん。それに、伊佐利と七星剣ってだけでも、十分崇拝の対象として、箔はあると思うけど? こまごまとしたカミだって、全部『御山』として祀っているわけだし」

 うん。その説明はもっともだ。

 もっともなんだけど、多分、望と私とでは、絶対に共有できない感覚がある。

 カミと、触れ合えるかどうか。

 日常的に八百万のカミと対話をしている私から見れば、カミは崇拝するものじゃなくて、共生する対象だ。

 なのに、日本を守護しているはずの天津神を、私はこれまで、見たことがない。

 私の目に映るのは常に、名前もない、国津神とすら言えない、自然神ばかりなのだ。

 この、現実との食い違いを、違和感と覚えるほうが間違っているのか。

 多分望たちは、目の前のカミを調伏するだけで精一杯だ。

 世界に仇なす存在を退ける。それは掃除と一緒で、絶対に怠ってはならない職務であり……職務に従事し続ける限り、現場作業員にはその『意味』までを理解する必要はない。

 グツグツと、キムチ汁を吸った白米が、芳しい匂いと共に咆哮を上げ続ける。

「……えと、卵ほしい人」

 結論の出ない議論を断ち切って、珠恵の質問に、全員が挙手をした。

 煮えきる直前に投入された生卵を崩さないように、各自にキムチ雑炊が振舞われ……五分ほど、フーフーと箸に息を吹きつける音と咀嚼の響きだけが、社務所内を支配した。

 ごっつぉさん、といち早く器を置いて、ゴロンと畳に横になったのは、神代姫子。抜け目なく楊枝を抜き取っていた彼女は、それまでの議論をまったく気にしていなかったかのごとく、

「で、結局さ。のののんは、どうするわけ? 明日の作戦」

 とりあえず、人に楊枝向けるの、やめい。ま、私も、埒の明かない議論をしていられる立場じゃないと、覚悟を固めて。

「相手の出方が分からないから、なんともなぁ。この前は、動き自体が単調だったのと、勝手に倒れてくれたから良かったけど……参考程度にさ、姫子ならどうする? あのデカ物相手。御瑞姫の先輩として、よろしく御教授」

 姫子の次に食べ終わって、後ろに手をついて寛ぎモードに突入して私は、楊枝でシーシーしている姫子に水を向けた。あぁ、ちょっと食べ過ぎたかなぁ。

「昔、見越を倒した時は、どうしたかなぁ。あ、あん時は、相手が鈍間だったから、脚を折ってやったんだ」

「折れなかったら? 脚」

 実際、七星剣の全力でも、斬れなかったし。この前。

「攻撃は、絶対に受けない。真正面から殴られたら、衝撃で身体飛ばされそうだしね。表面が堅いんだったら、関節狙うか、頭を狙うかかなぁ」

「……意外にえぐいんだね、御瑞姫って」

「相手、化け物ばっかだからね。双頭なんて、ザラにいるし」

 本当に、今、平成?

「他には? 気をつける点、ある?」

「あ、さっき他の神社の人からメールで聞いたんだけどさ」

 おっと、叶の乱入だ。

「戦闘中、明御瑞姫の姿は見えなかったらしいよ」

「見えないって、どうやって操ってたの? 一応、操り人形なんでしょ、あれ」

「でも、基本、山の中が戦場だから、多分無線なんじゃないかな。で、弱点たる操者は、なるべく身を晒さないようにするって事じゃないの?」

 無線って。太古からあるにしてはハイレベルなエレクトロニクスだこと。まぁ、カミ様のやることだからなぁ。理屈じゃないんだろうけど。

「でも、明日は一対一でしょ? 隠れる場所なんてないんじゃない?」

「じゃ、のののんは、明ちん狙いで行くと? 意外にえぐいね、君も」

「んな事言ってないでしょ」

 思っていたけど。

「姫子ってさ。有効射程が広い敵に対しては、どう出るわけ?」

 なんたって姫子は、私よりも間合いが狭い、拳と拳のインファイトの達人だ。彼女の武器たる神宝は、両手の手甲。信じられないけど、生身での殴りあいを日常にしている彼女の敵は、言い分を鵜呑みにするなら化け物たるカミ様たち。まともに真正面から、正々堂々と試合をしてくれる相手だとは思えないけど。

「速攻で間合い潰して、一方的にボコる」

 聞いた私がバカだった。

「結局、相手を自分の間合いに閉じ込められるかどうかが勝負でしょ、一対一なんて。のののんの得意レンジと、明ちんの守備レンジがどのくらい交錯しているのか分からないけど、相手の死角を狙っていくしか、狙いどころなんてないと思うけど。

 そももそ、のののんって、何が出来るの?

 剣を振り上げて竜巻飛ばすとか、超音速居合いでリンゴを切り刻むとか、衝撃波に指向性もたせて地面を走らせるとか、鷹に掴まって空から急降下とか、そういう必殺技、ないわけ?」

「そんなゲームみたいな技、無いわい。私は基本、七星剣を振り回す、だけよ。振り下ろすか、横薙ぎするか、振り上げるか。まぁ、力を溜めて強撃するのも、一つの手だけど。刀身でガードして、機を探ったりとか……」

「地味っ娘め」

「胸見て言うなっ! 大体あんたはどうなのよ、必殺技、あるわけ?」

「それは言えないなぁ。将来、ライバルになる可能性もあるわけだし」

 ぐぬぬぬ。おのれ、こやつ。

「姫子の技ったら、手甲内で呪符を炸裂させて、拳の破壊力を上げるってのが無かったっけ? 確か、六発装填式の……」

「叶っ! なんでバラすの!」

「なんでって、私、百々ももやまの女なんだけど」

「おおっ。そうだった。ここ、超アウェイじゃん」

 と言うか、姫子がここにいること自体、おかしいんだよね、この部外者め。大体、地元の平和はどうしたのよ。

「ん〜、まぁ、私がいなくても大丈夫なんじゃないの? 他にも、退魔の家系あるし」

 つくづく、この子と同じ現実を生きている気がしないなぁ。

 ま、私も、御瑞姫とやらになったら、そういうカミ様退治に本格的に参入しないといけないんだろうけど。

 今までも妖怪相手に戦ってはいたけど、死線を潜るようなのは少なくて、大半は実体もろくにない、霊体が寄り集まって意思を生じたみたいな、幽霊のような霞の方が多かった。そんなのでも、悪霊の重力みたいな場を発起して、時には交通事故を誘発する、現実干渉を行ったりする。

 けれど、姫子の言うカミは、童話の鬼とか妖怪のように実体と意思を持った、実在の悪意だ。

 もちろん、そういった存在を、今更私は否定しない……むしろ、手厚く保護して共存出来ないものか、と思うくらいで。

 無理だろうなぁ。互いに縄張りというか、望む環境が異なれば、どちらかの住み良い土地にしか変貌しないだろうし。

 ん? でも、いまだにそういう敵対意思が生きているって言うのは、どういう理屈なんだろう? 人間を敵視していて、巫女さんたちも撃退上等だったら、一方的に虐殺の上、滅亡させる方が、日常平和の理に適う気がしないこともないんだけど?

 そういえば、考えたことなかったな。私の場合は徒党を組まない単体ばっかりだったから、偶然強い相手に襲われたとしか思わなかったし。

 倒しても倒しても、祓っても祓っても、悪霊と言われる存在は生まれてくるってことは、もともとそれらは、穢れみたいなものってこと? つまり、エントロピー増大? 

 あぁ、もう、わけ分かんない。

 これ以上、考えるの、よそう。

「んじゃ、姫子。最後に一つだけ、質問」

 私は、自分の決意のために、真剣に問う。

「御瑞姫になって、後悔したこと、ある?」

「ないよ」

「一回も?」

「まったく」

「なんで?」

「なんでって言われてもなぁ……御瑞姫になれるだけの力があって、周りがそれを望んでいるんだったら、八方丸く収まってみんなハッピーなんじゃない?」

 うん、ま。私が御瑞姫になる理由も、それくらいで十分だろうな。

 



 翌日は、日曜日だった。

 学校を辞めてから、毎日のように神社に通いつめていたおかげで、曜日感覚があやふやになっている。そういやこの一週間、テレビどころか新聞すら読んでいないわ。ネットサーフィンなんて贅沢言わないけど、世間の常識くらい知っておかなきゃいけないんじゃないだろうかねぇ。

 そんな事を思いながら、朝ぼらけの薄ら白い世界の下で、私は七星剣を握っていたりする。

「ちょっと聞きたいんだけどさ。あんた、必殺技とかあるの?」

「なんですか、藪から棒に」

 神樹みきは、拍子抜けするくらいに、普通だった。

「いや、今日、決闘でしょ。何か切り札みたいなのがあるんだったら、知っておきたいじゃない」

「……なんだったら、また解放しますか、ヤツカ」

「却下よ」

「だったら、七星剣、性能半減っすからねぇ。この前みたいな、幽体離脱戦法は、必殺技じゃないんですか」

「あれもねぇ。考えて見たら、生身野晒しだもん。失敗したら、あっけなく殺されるし。

 大体あんた、限界とか言って、勝手に神寄解いちゃったじゃない。おかげでこっちは、満身創痍の肉体に強制送還で、地獄の苦しみを味わったわよ」

「仕方ないじゃないっすか。前回のは急だったこともあって、全出力の八割を、こっちで負担していたんすから。最初っからフルスロットルだと、絶対にのの姉がもたないと思って……あと二三回は実戦しないと、のの姉だけの魂じゃ、あの出力は維持できないでしょうし」

「……そりゃ、一方的に負担かけて悪かったわね。おかげで助かりましたぁっ!

 んじゃ、改めて相談したいんだけどさ。今日の決闘、どうしたら良いと思う?」

「と言っても、のの姉、基本は出来てると思うんすよね。足りないのは実戦経験だけで。あと、気づいていないと思いますけど、基本ポテンシャルは、物凄く高いですよ。歴代の御瑞姫に比べて」

「それは、身体が? それとも、魂が?」

「魂っす。特注品すから」

 だよなぁ。私もともと、体育の成績良くなかったし。まぁ、球技が苦手ってだけで、剣道が授業にあったら、評価は一変してたかもだけど。

「神寄っす。のの姉に足りないのは、神寄の習熟度だけっす。今日も、ボクに羽織ってください。のの姉の神寄は、ただマスターするだけで、他の御瑞姫とは決定的に違う特技として通用しますから」

「……相手が、飛び道具持ってきたら?」

「逃げましょう」

「……霊体にダイレクトアタックしかけてきたら?」

「旗色悪いっすね」

「……あんた、本当に歴代最強の神剣なの?」

「神宝のスペックだけが、舞闘の勝敗を決定する要素じゃないってことっすよ」

「それ言ったら、安倍家ってのは、生身でも巫女のスペシャリストじゃないの? 私、ただのアルバイト巫女なんだけど」

「のの姉、自分がこの十年で、どれだけ穢れを祓ってきたと思っているんです? 尋常な経験値じゃないっすよ。それに、他の巫女には絶対に真似できない特技を、のの姉は生まれながらに持っているんす。それは、無視できないアドバンテージっすよ」

「特技、ねぇ」

 それはきっと、この魂の事だ。

 カミと、直に触れ合える能力。

 自分もまた、高天原の眷属であるが故に。

「現人神ってだけでも自信を持ってくださいっす。というか、普通それだけで、十分天狗になれるっす」

 あぁ、まぁ、実感とか目に見えるメリットがないだけで、私ってば巫女の中じゃ、相当選ばれた資質だったんだっけ。

 危ない危ない。自覚してなきゃ、天然で相手を不快にさせるところだった。

「のの姉」

 神樹の声色が、固く、刺さる。

「肉体は、魂の傀儡。

 魂とは、即ち気概。

 神の御魂は、不敗。

 負ける要素は、無。

 あなたは特別です」

 そうだね。そうだった。

「ありがと、神樹。覚悟できたわ」

 私は、高天原の神の娘。

 魂からして、特注品。

 鍛えずして神樹を従え、集中なしにカミと戯れる存在。

 私はそれを、普通の人生と比較して、ずっと負い目だと思っていた。

 あんなモノが見えてしまうから、みんなのように生きられない、と。

 でも、違ったんだ。

 私が知らなかっただけで、社会は、日本は、巫女の魂を必要としている。

 それが表社会で認知されていないだけで、マスコミに報道されていないだけで、実は人間社会の縁の下、ずっと支え続けている。

 私の魂は、いわば縁の下の大黒柱。もしくは大地に深々と突き刺さる基礎杭にも相当する存在。

 それを虐げられていると思うか、公への奉仕と誇るかは、表裏一体の心の構えの問題で。

 今、それは、鮮やかに裏返った。

「うん、勝とうか、神樹。神の娘の魂の力、下界の人間にとくと、見せてやらなきゃね」

 私は、受け入れると決めた。

 迷って立ち止まるくらいなら、迷いが振り切れるまで駆けてみよう。

 気持ちさえ上向きならきっといつか、高みへ到れると思うから。

 これが私の運命なら、どうせ逆らっても無意味なんだから、いっそ腹を括って返り討ちにした方がスッキリする。

 私の魂と神樹と七星剣。

 三位一体、出たとこ勝負。

 駄目で元々勝てば官軍。

 ……痛いのだけは、勘弁だけど。

「ところで、あんたは、前回の御瑞姫のこと、知ってるわけ?」

「え?」

「いや、宮司さんはじめ、望たちも誰も知らないけど、神樹と依佐利だったら、前回とかずっと前までの神事のこと、知ってて当然かなって。あんた自身、闘ったんでしょ、二〇年前も」

「いやぁ、依佐利なら知ってるかも知れないっすけど、ボクは前回のこと、知らないっすよ?」

「はぁ? だってあんた、ずっと七星剣についてたんじゃないの?」

「いや、ボクはのの姉とセットですから」

「……使えない奴だなぁ、おい」

「それに多分、前回までの記憶は、のの姉の参考にはならないと思います」

「また、断言するわね。理由は?」

「前回までのカミは、ヤツカでしたから。歴代の御瑞姫はみんな、ヤツカに振り回されてただけだったと、思うんスよね」

 そう言えば、依佐利もそんな事話してたな。

「だから、のの姉は、のの姉だけの戦い方を、体得してください。ボクはそのために、七星剣を制御しているんスから」

 私がヤツカを、制御下におけるまで、かぁ。





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