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第二帖 剣拳豪合〜京の娘の侠気か凶器〜 弐

 結局、寝過ぎの反動で眠れなかったまま、早朝の稲田姫なだひめ神社へ異議申し立てに出向いたら、

「あ、野乃華、いいところにっ!」

 諸手を挙げて歓迎された。

「いや、というか、私は一昨日の釈明を聞こうと……」

 言う間もなく、のぞみに手を引かれて連れて行かれたのは、以心伝心、まさに最後に気絶したあの現場だったわけで、

「私たちじゃ運べなくてさ。難儀してたのよ」

 当時のまま、証拠物件たる七星剣は、そこに横たわっていた。っていうか、

「わたしゃクレーンか何かですかっ!」

 そこにはいつもの如く、というか、こっちの心配なんてどこ吹く風で、神樹みきがスヤスヤと寝息を立てていやがって、腹いせに蹴飛ばしてやったけど、やっぱり爪先が痛いだけ。

「くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 あんまり腹が立ったので、思わずぶん投げてやりました……それでも起きんか、こん畜生。

「野乃華、仮にもご神体なんだから、丁寧に扱ってよね」

「この程度で壊れやしないわよ、まったく」と収まらない怒りを抱えて七星剣から目を逸らし、白日の下に照らされた現場は、予想以上に荒れていた。

 考えてみれば、あれだけ銃弾撃たれて、こっちも全力で地面を蹴っていたわけだから、まぁ、抉れてること抉れてること。最終的に七星剣を握った状態で幽体離脱したんだから……冷静に考えれば、運が悪かったら、身体潰されてたんじゃないか? 

 ま、いいか。

 現場にいたかなえ珠恵たまえと合流して、とりあえず喜ぶは、全員の無事。なんたって「殺し合いをしてもらいます」からまだ2日だ。とりあえず、その結果がどうなったかも気になるし、そもそもそんな神事を行うに至った経緯を、私は問い詰めにここまで来たのだから。

「今日、宮司さんは?」

「お昼まで、御山の中の片付けをしてると思うけど」

 んじゃ、そっちは作業を手伝いながら聞き出すとして。

「とりあえず、七星剣納めてくるよ」

 この世界でこれを素手で運べるのは、今のところ私だけ。望たちに別れを告げて、一人目指すは麓の宝倉ほこら

 そしてそこには、今回の馬鹿騒ぎに関して、恐らく根幹に関わっている存在が、人知れず、居る。

 伊佐利いさりだ。

 曰く、神代からこの地に根付いているとかいう大法螺吹きの御神木。だったら七星剣に関して、神樹に関して、何も知らない道理がない。

 ハッキリさせるのは、あの黄金のカミの正体だ。

 七星剣を包んでいる布を吹き飛ばして私の肉体を乗っ取ろうとしたり、人形と巫女さんに憑依して私に襲い掛かってきた、あの黄金の光のカミ。それが七星剣に端を発しているとしたら、いったい何が目的で、七星剣の一応の主たる私に牙を剥いたというのか? いやそもそも、じゃ、神樹って何なの? 私がずっと10年間、七星剣のカミ様だと思っていた神樹は?

 推測はできる。というか、した。色々妄想たくましく考えてはみたけど、こういうのはあれこれ考える時間が勿体無く、結局本人に問い質すのが最短だ。

「説明して」

 怒髪天を突き抜ければ、肝が据わってやたらと頭脳が回転し始めるのが月見里野乃華の特質で、そのモードが発動したら、相手の都合なんて知ったことかで、あらゆる言語が短刀と化して直入する。

 七星剣を肩に担いで、言い訳しようものなら御神木をなぎ倒す覚悟で。

 私は本気。

 というか、そういうジェスチャーでもしないと、相手に怒りは伝わらない。

 幸い、周囲は無人。いきなり臨戦態勢の私にいつものごとく小さなカミ様たちが騒ぎだすけど、脳内ノイズキャンセラー発動で、意識的には伊佐利とタイマンの睨み合い。

『とりあえず、落ち着け』

「落ち着いてるわよ、十分に。どの角度で振り抜いたら一番効率的に幹を砕けるかを、シミュレートできるくらいには」

『……吾輩が黒幕じゃない。むしろあの時、暴走しようとしたヤツカを封じ込めた方だ』

 あの時って言うのは、一度七星剣が膨れ上がった時のことだろう。じゃ、

「ヤツカって言うのが……?」

『そう。本来の七星剣の御魂。十種神宝とくさのかんだからの内、もっとも獰猛で強力な、荒々ぶるカミ。奴は今回の神事を最後の機会と感じたか、強引に封印を排除しようと、あがきよった』

「じゃ、ヤツカを封印したのは、伊佐利なの?」

『神樹という、鞘を無理矢理被せてな』

「それじゃ、結局伊佐利が黒幕じゃない!

 ヤツカは、封印されてたから、他人を巻き込んでまで自由になろうとしたわけでしょ? そもそも、なんで封印したわけ? 今までずっと、この地域を守ってきた神剣じゃなかったの?」

『だから、落ち着け』と、伊佐利の魂が御神木から滲み出る。その柔らかな緑色の光は、決して主張せずに、周囲に溶け込んだまま。

 驚いた。今までそんなことしなかったのに。

『ヤツカがあのまま解放されていたら、魂を剥がされて乗っ取られていたのは、野乃華の身体の方だぞ』

「だからって、他人を巻き込んだら……」

『そもそも、他人じゃ意味がない。ヤツカは確かに強いカミだ。神寄かみよった場合、おそらく他のどの神宝かんだからよりも、強力に相違ない。

 だがな、人間の魂にとっちゃ、カミの魂を羽織るのは、皮膚に酸をぶっ掛けられるようなものだ。ヤツカは強酸だよ。歴代の使い手も皆、やつの魂に侵されて、言いなりにされていった。ヤツは、他人が自分を握るのを許さない。ヤツにとっては、巫女なんてのは、自分を振るう為の道具だ。だから封じた。野乃華、お前に、ヤツを操りきってもらうために』

 と、と、と、待って。ちょっと待って。

 色々言い過ぎ。

 追いつかない。

『じゃから』と聞えたが早いか、「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 喰われた。

 視覚的に。

 頭から。

 伊佐利の御魂が、私の上に覆いかぶさり……浸食する浸食する浸食してる!

 理屈なんか知らないけれど、伊佐利の御魂が、こっちの魂の隙間から浸透して、そのまま身体と魂の間に、まるで水のように滑らかに広がっていく……って、これって、神寄かみよりなんじゃ?

『そうだ。これが、お前の神寄だ』

 気がつくと、ものの数秒で、全身が伊佐利に包み込まれていた。身体・伊佐利・私の魂のサンドイッチ構造で。一昨日の神樹の時と同じ。カミの御魂と重なることで、人体を限界以上に振り回すことを可能とする、カミの御技。

『野乃華、お前はこの神寄を、体得しなければならない。カミ“を”羽織るのではなく、カミ“に”羽織らなければならない。それだけが唯一、あのヤツカを押さえ込み、七星剣の外法の性能を引き出す、正解だ。お前はそのために生まれ、この地に遣わされた……』

 って、やめい、このエロ!

 伊佐利の話に真剣に耳を傾けていたら、いつの間にか伊佐利が勝手に肉体を操って、七星剣を捨ててシャツをめくりあげ、ジーンズのベルトを緩めてチャックを下ろそうとしていることに気付いた。

『この程度の暴走を抑え込めずして、ヤツカを制御できると思うな』

 って、カッコつけんな! そんなことして何の得があるっていうのよ! 慌てて伊佐利の御魂を羽交い絞めして、自分の肉体の暴走を止めたと思ったら、

『ところで、ブラのホックが見つけられなかったんだが……』

 黙れボケカス! 必要ないんじゃ、悪かったな!

『……かわいそうに』

 憐れむな!

「えぇと、野乃華さん?」

 その瞬間、境内の空気が凍りついた。

「何をしているのかな?」

 山から降りてきた宮司さんが目撃したのは、御神木の前でシャツの裾をまくり上げ、ジーンズを半脱ぎした、ストリップ真っ最中の女子高校生(夜は巫女)の痴態だったわけで、

「見んなァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 思わず足元の小石をシュートしたら、上手いこと宮司さんの額にジャストミート! 額が割れてそのまま後頭部から倒れちゃったけど、乙女の照れ隠しとして許されるよ……ねぇ?




 そんなわけで。

「説明してもらうかな」

 社務所に連行されて、額のガーゼも痛々しい宮司さんと向かい合わせで正座させられているわけで。

 あれ? おかしいな。今日は確か、私の方が説明を強要しに来た日のはずなのに。

「えぇと、それは、そのぉ……」

 さすがに、有史以前からこの地を見守ってきたと伝えられている御神木を、女子高生の身体を操ってストリップ紛いのセクハラを強要した変態に陥れるに、抵抗がある。

「実は先ほど、京都から電話があってね」

 キョート? 脈絡のない単語に、キョトンと相手の顔を凝視。予想できない展開のときは、とりあえず相手の出方を観察するに限る。

「君が壊した人形と、病院送りにした巫女さんについて、訴訟の用意があるそうだよ」

「はぁっ?」

 訴訟? 訴訟ってあれ? 検察と弁護人が丁々発止の舌戦を繰り広げるあれ? 意義ありのちょっと待ったコールで逆転するあれのこと?

「ちょっと待って下さいよ。

 あれは、向こうが一方的に襲ってきたからです!

 宮司さんだって、あの山の損傷見たでしょ?

 100発は撃ち込まれましたよ、銃弾。

 人形には神楽舞台穿たれるし。

 叶と神樹に助けてもらったからなんとか生き残ってますけど、そうじゃなかったら本気で殺されてましたよ!

 大体、望と珠恵も、むこうに襲われて退場させられてるんだから、被害届を出すのはむしろウチのほうでしょっ」

「……なるほど、そういう事情か」

「は?」

 興奮して前のめりになった私を無視して、一人首肯するおっさんは爽やかに、

「訴訟云々はウソ。

 ただ、事実確認をしたいから、近日神社の責任者が話を聞きに来るそうでね。

 私も、大体の事情を知っておきたかったんだが……結局、勝ったの? 負けたの?」

 つ〜か、おっさん。フェイントかよ。

「どっち?」

「一応、勝ったことに、なるのか……あぁっ!」

 思い出した。というか、結線した。やばいやばいやばい。めちゃくちゃやばい。ばれたら、殺される。

「何々? どしたの、いきなり」

 考えてみれば、一昨日のあれ、七星剣に封印されていたヤツカが引き起こした、お家騒動じゃん。京都の双子巫女なんて、たまたま居合わせて、便利そうだから利用されただけなんじゃないの? あれ全部、ヤツカが私を乗っ取るために暴れてたんだとしたら、むしろ京都の方が完全被害者になるんじゃね?

「おおおおおおおお、落ち着いて聞いてくださいね」

「いや、君が落ち着け」

「一昨日のあれ、全部七星剣のカミ様が操っていたって言ったら、信じます?」

「んじゃ何? 野乃華さん、七星剣のカミ様と喧嘩したってわけ?」

「そそ」

「七星剣のカミ様が、京都の双子を乗っ取って、野乃華ちゃんを襲わせたってわけ?」

「そそそ」

「……」

「……」

「それは……やばいね?」

「ですよね」

「うぅん」と唸りモードで両手を組んで、黙考3分。

「シラを切ろう」

 ですよねっ!

「折角野乃華さんが、一応形の上では稲田姫神社の御瑞姫みずきとして神宮に認められるっていうのに、そんなスタートじゃ印象が悪すぎる。

 あ、忘れてた。野乃華さん、これからは正式に、うちの神社の御瑞姫だから。よろしく」

「……御瑞姫って、なんです?」

「……説明してなかったっけ?」

「というか、一昨日の神事の説明自体、全然」

 おおっ、と、右拳で左手の平をわざわざ叩く、少数派がここにも1人。

「忘れてた」

 でしょうよ。

「ま、それは置いといて」

 置くなよ、というか、今度は何?

「さっきは何で、ストリップしてたわけ?」

 おっさん、いっぺん、死んでこい。



  同刻、稲田姫神社から遠く離れた古都・京都も鴨川から東側の昔ながらの街並みの一角、知流ちる姫神社境内の倉の中にて。

 仮眠のために一度母屋に引き上げたあかりが、母に黙って倉に戻り、いまだ目を覚まさないきよいのベッドに、細工を施した。

「晴」

呼びかけに返事がないのを確認すると、バチンと、何かが派手に弾ける音が響いた。同時、安倍あべ晴の目はパチリと瞳孔が開ききり、ビクンとエビ反りに仰け反った身体が、しばらくビクビク痙攣して、

「目、覚めました?」

「殺す気かっ!」

 野乃華から遅れること半日、無事に覚醒を果たした晴に、

「聞きたいことがありまして」

「あたしの話を聞けっ!」

「はい、だから、あの日の真実を」

「そうじゃなくてっ! なんで電気ショック? というか、どうしてあの時、あたしの魂を見捨てた?」

「見捨てた? 見逃したの間違いでは?」

「開き直んなっ」

「実は、わざとです」

「認めちゃ駄目だろ! 人として! 家族として!」

「起きたてで、それだけ喚ければ十分です。さぁ、吐きなさい」

「あたしの人権無視かいっ!」

「終わったら返します」

「いつから明の所有物っ?」

「細かいことは無視」

「細かくねぇっ!」

 バチン、ビクン、ビクビク

「で?」

「殺す気かっ!」

 バチン、ビクン、ビクビク

「で?」

「……」

「も一度……」

「言う、話す、吐くっ!

 何でも言うとおりにするから、それだけは止めて。せっかく生き返ったんだから」

「素直が一番」

「絶対にNO」

「で、誰に操られたんです?」

「誰って、何言ってんの? そもそも、あんたが先に変なこと言ったんじゃない。私は真剣だとかなんとか。んで、いきなり茶吉尼だきにが起動して、山の中にすっ飛んでったから、仕方なく追いかけてって……」

「……」

「明? ちゃんと覚えてる?」

「追いかけて、何です?」

「いや、せっかく大暴れできるチャンスだったから、稲田姫の巫女さんからかってたら、あの山のカミ様が『チカラが欲しいか?』って聞いてきて……たまには違うカミを寄らせるのも良いかな、とか思って。んで、現場に着いたら茶吉尼は倒されてるし、御瑞姫は神寄してるしで、絶好の機会じゃない。こりゃ遊ぶしかないって、舞闘挑んで、途中までは良い線行ったんだけどなぁ。まさか、相手が植物のカミを操るなんて、思わないじゃんかねぇ? あぁ、喉カラカラだわ。水ちょうだい、水」

「……つまり晴は自分の意思で、仏滅ぶつめつ赤口しゃっこうを撃ちまくったと?」

「うん、だから、そう言ってるじゃない」返事をしながらも晴は、明が動こうとしないのを見て、自分でベッド脇にあった水差しを取り……その時、彼女の後頭部は、双子の妹の眼前に、無防備にさらけ出されたっ! 

 晴の発言は、安倍家にとっての脅威である。

 何より、頭っから被害者だと信じ込んでいた晴が、実はやる気満々の加害者だったのだっ!

 それは断じて公言してはならない、秘中の秘。ことに、これから稲田姫神社に対して損害賠償請求をしようと言うこの瞬間においては。

 そして明は、お家に不利な証言をするこの証人を黙らせる絶好の機会を……捨てた。 

 自分の命の危機も露知らず、水分補給で喉も潤った晴の好奇は、同じカミに操られたであろう妹に向けられる。

「明こそあの時、本当に操られてたの? それとも、操られたフリをしてたわけ?」

「私の意思で茶吉尼を操って……あんな不様な姿、晒す道理がありません」 

「……乗っ取られたんだ」

「……茶吉尼に気絶させられました」

 直後、空気が爆ぜた。

「ひっ、だめ、そこは、いたたたたたたたたた」などと、横隔膜を震わせる反動で全身の傷に深刻なダメージを蓄積しながら、沈着冷静を旨とする双子の妹のありえない失敗に、晴は本気で爆笑した。

「あ、明でも、そんなミス、するんだ」

「一生の不覚です」

「そっかそっか、さっきから気になってたんだ。珍しく感情的だと思ったら、そういう理由だったわけね。ひっ、あぁ、笑ったわ痛かったわ、大変だね、こりゃ」

「晴ですら、あのカミを利用できたと言うのに……」

「自分は操られた挙句、人形に、ねぇ。明、一つ良い事教えてあげる。今の感情を、悔しいって言うんだよ」

「悔しい?」

 安倍晴と明は、双子である。故に互いの感情は、魂を感知することで、ある程度共有できるのだ。

「あんた、わざわざそれを聞きたくて、私を起こしたんだ」

「……どういう、意味ですか?」

「だってそうでしょ? 得体の知れないカミに操られて。おまけに茶吉尼まで乗っ取られて。それなのに、あたしは操られるどころか、逆に利用して暴れまわって。明はね、今、自分と稲田姫の御瑞姫と、そしてあたしに対して、めちゃくちゃ悔しいと感じてるんだよ。今まで、こんなに感情揺れたことないもんね。そっかそっか。やっと明も、人並みの悔しさって奴を理解できたんだ」

 得意満面で頷いている晴を、明はただ、冷淡な瞳で見下ろす。

(悔しい? 私が? 晴に?)

「で、明はどうしたいの?」

「晴に、勝ちます」

「どうやって?」

「稲田姫の御瑞姫を、倒して」

「そっかそっか。だってさ、ママ上!」

「っ! 母様?」

 晴の声に、果たして身を隠して聞き耳を立てていた芙由美ふゆみが、笑みを浮かべて現れた。

「ね、言った通りでしょ? 電気ショックはちょっと痛かったけどさ」

「どうして……」

 再び笑い出す晴と、苦笑いを浮かべて乱れた髪を掻きあげる母を、嵌められた明はわけが分からず、視線を往復させるのみ。

「実はね、明が戻ってくる前に、晴の目は覚めてたわけ。でも晴が、私がいなかったら絶対に明が抜け駆けするからって、聞かなくって。じゃあって賭けをしたら、こんな結末だもん。明のせいで、お小遣い半年分、取られちゃったじゃない」

「母さんもまだまだ。あたしと明の双子パワー、みくびってもらったら困るよ」

「あ? な? なぁ?」

 混乱する明、という天然記念物どころか北海道でオーロラくらいにありえない希少な光景に、芙由美は真正面から笑顔で向き合い、

「ま、とりあえず、晴の馬鹿は置いておいて」

「置かないでよ!」

「よそ様の御瑞姫に、無断で喧嘩を売るような娘に育てた覚えはないわよっ! で、明は本気で、その、やりたいわけ? リターンマッチ」

「えっと、その……」

「あぁ、もう、言っちゃえ言っちゃえ。家の方針とか安倍家の利益とか、そんなの考えるだけ損だよ」

「晴は今の百倍は考えなさいっ! で、どうなの? 本当に、明がそれを臨むのなら……」と、芙由美は笑みを潜め、真剣な瞳で、娘を射抜く。

「安倍家は、稲田姫神社に戦争売るのも、やぶさかじゃないわよ」

「か、母様!」

「正直ね、今回の稲田姫のやり方、私はものすごく不快なの。あと3カ月で葦原あしはら舞闘ぶとう神事が開催するっていうこの土壇場に、今まで秘匿していた一般人を御瑞姫にしたり。晴ならともかく、うちの明を乗っ取るような凶悪なカミを神苑しんえんに放してあったり。これでも、20年前は御瑞姫だった女だからね。現役は娘に譲ったけど、きなの臭いは逃さないわよ」

「きな?」

「きな臭いです、晴」

「あぁ」と、娘2人の憐れみの視線を浴びて、それでも芙由美は畳みかける。

「幸い、晴の故意はばれてないはずだからね。このまま被害者面して押し切って、一方的に請求叩きつけてやる。御瑞姫2人を育て上げた母のチカラ、伊達じゃないって思い知らせてあげるわっ!」

 そのまま高笑いをはじめそうなテンションの母を茫然と見やる明の耳元で、晴はボソリと、

「ま、娘を傷物にされてさ、黙ってたくない親心、分かってやってよ」

 的確な解説に、明はようやく、母の怒りの源を知った。

「良いなぁ。あたしも参戦したいなぁ。本当に一週間も安静なの?」

「一週間が嫌なら、茶吉尼に手伝ってもらって、一カ月昏睡コースもあるわよ」

 母のウインクに、

「その方が静かで良いですね」

明は、覚悟を決めた。

「今回は、私が貰います。茶吉尼のスコアボードに、敗北の文字は、ありません」



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