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第一帖 神器一転〜御山の姫の奇勝か絶望〜 肆

 ビックリした。

 例えるなら、安全ピンを引き抜いた手榴弾が、投げる前に手の中で暴発した感じ。

 いやもちろん、そんな経験した事ないけど、今、私は背中を大木にしたたかに打ちつけて、まだお星様が回っている頭で、目の前の光景をなんとか理解しようと奮闘中。

 七星剣が、浮いている。

 琥珀色の風が、内側から猛烈な勢いで噴き出していて、刀身を覆っている布や符を、吹き飛ばさんと暴れている。生まれて初めて見る、鋼色の七星剣の輪郭。

 片や布や符も、千切れまいとポンポンに膨れ上がり、必死で風に抗っていた。私の目に映る両者の力比べは、拮抗。光と風は止むを忘れて、木々をしならせ木の葉を舞い上げ、巫女服の袖と裾が激しくめくれて喧しい。

 かなえを降伏させて、さて次の準備と急いでいた私は、崖の上でいきなり爆発した七星剣に吹き飛ばされて、からくも崖際の大木に受け止められた……全身打撲の鈍痛という対価を払って。でも方向が悪かったら、木々のすき間をランナウェイ、そのまま虚空へミラクルダイブだったんだから、命よりは安い買い物だったと喜ぶべきで。

 で、何?

 何が起こったの?

 神樹みきからは何の警告もなく、今も彼女との回路は途切れたまま。

 そして疑問に答えの出ぬまま、さらに七星剣は展開する。それまで全方向に噴出していた琥珀色の霞が、数本の光の柱に集束した――かと思いきや、それらが空中でねじ曲がり、こっちに向かって全力で来やがった!

「はうっ!」

 あわてて両腕でガードするも、覚悟していたダメージ皆無。

 その代わり巫女服の周囲を、まるで霞の衣を羽織ったみたいに、琥珀色に輝く粒子が覆い尽くしていた。

 さて、野乃華。ここが勝負どころよ。

 狂った方が楽だと思うけど、まだまだ踏ん張って分析してみよう。

 ここは百々ももやま。今は神事。七星剣が暴発して神樹が消えて、かわりに何かが吹き出て、私を求めて巻き付き中。

 って、ちょ、ま、やん。

 考える間もなかった。光の手は、ひとしきり私の身体を嘗め回したかと思うと、次は裸にせんと、その指先を端に絡めてきたのだ。

 魂の。

「いや、待って」

 頭では分かる。

肉体と魂は別だって。

だからって今、この光の手がやろうとしていることは、私の魂を肉体から剥ぎ取ろうっていう行動で、うわっ、本当に爪先から魂が剥がされていく。視える。気持ち悪い。

「って、こいつ! やめろっ!」

 抗う。けど私の魂は光の手に雁字搦めにされて、意図が肉体へと伝わらない。その間にも爪先から魂が、音もなく逆剥ぎされて。

『奮えよ』

 野太い声。多分、カミ。この光の主。すなわち、七星剣の。

『弾けよ』 

 一瞬、私の魂が数ミリ分、肉体から弾かれた。さっきの幽体離脱とは全然違う、外部からの霊的介入。

 本当にヤバイ。既にくるぶしまで剥がされた魂。

「やめろって、言ってんでしょうが!」

 意識を向ける。本気で抗う。全意識を足元に集中して、捲られようとする魂の強度を上げる。得体の知れないカミとの、気合勝負。ここで負けたら、体ごと乗っ取られる!

『湧き立たせ』

 魂の表面が波打ち始める。それを意地で押さえつける。相手の意図が肉体の乗っ取りなら、齧りついてでも離れてなんてやるもんか。

『燃え上がらせ』

 更に、魂に加わる力が増す。こなくそっ。男は時に強引が華って言うけど、今の乙女にゃ選択権ってもんがあんのよ。処女に未練はないけどさ、花の16、ピチピチ乙女。脱がす男くらい、自分で決めるわっ!

『煮え立たせ』 

 うわっ、強烈な波動きた。つうか神樹! いつまで遊んでるつもりよ! あんたもカミの端くれなら、自分の刀身くらい自分の意地で制御しよや!

『己が身に流れる熱き血潮に従え』 

 既に暴風圏内。バタバタと脈打つ魂は、いつ吹き飛ばされてもおかしくないくらい、たった一点で肉体と繋がっている。逆剥ぎされ、ひっくり返った魂の、首筋だけに必死で歯を立て身を繋ぎ。

これでも16年、さっき一瞬離れたけれど、寄りそってきた愛着がこの身にゃある。どこの誰だか知らないけど、不意打ち力づくで清い身体を乗っ取ろうだなんて、

『その御魂、解放せよ!』

「『やなこった!」』

 瞬間、神樹の声が聞こえた。

 直後、光の手が消えていた。

 バチンッと盛大な音を立てて布と符が元通りに七星剣を包み込んで、グサッと100キロ超の塊が地面に刺さる――その数瞬、大急ぎで、身体を魂で抱きしめた。

 両手両脚の指先まで、蘇ってくる感覚。

 あぁ、やっぱりこの場所が一番落ち着く。

 すぐ真横には七星剣。管理者であるはずの神樹が、ぜぇぜぇ息を弾ませて、四つんばいで凹んでいる。

「もう、大丈夫なの?」

『すいません』

「二度と、ないよね?」

『善処しまっす』

「そう、願いたいものだ、わっ!」

 倒れている暇はない。ズブズブと自己嫌悪の墓穴に沈んでいきそうな神樹を両手で引き抜いて、尋ねる。

のぞみ珠恵たまえは?」

 そう、まだ神事の最中だ。一体何が起こったのか、その分析はすべてが終わってからで良い。

『反応が……4つ! いや2つ、消えて……』

 神樹の感じている気配が、両手を通して伝わってくる。見知らぬ神力が2つ。よく知った神力が2つ。今、前者と後者が交錯して……望と珠恵が、散った。

「そう来たか」

 事情は分からない。生死すら不明。現状で分かることは、悪意を持った存在が2つ、百々山を徘徊しているってことだけで、

「神樹!」

『はい!』

「予想会敵場所は?」

『……磐堺いわさか斎場さいじょう神楽かぐら舞台っす』

「仇、討つわよ」

『はい!』

 悪いけど今私、相当ご立腹だから、手加減できると思うなよ、闖入者!




『のの姉』

 現場にたどり着いたのは、私の方が先だった。夜はなお濃くなり、下界の光が届かない斎場は、質量を感じるほどに闇が重い。

「ちょっと待って……そう、良かった。ありがとね」

 いつもはうっとうしいカミ様たちも、こういう時には役に立つ。百々山中のカミを動員して、聞き出したのは望と珠恵の生存。とりあえず、ホッと一息。ついでに聞き出したのは2人を倒した相手の特徴で……こちらは、私の予想を半分満たして、半分は度肝を抜いた。

 一人は確かに、宮司が連れて来た、あの中学生の巫女の片割れ。けど、もう一人の方が、

「巨人?」

 三間二尺と言えば、6メートル弱。いくらなんでも人間ではあり得ない。んじゃ何? 妖怪? 隻腕という以外には有効情報は得られなかったけど、現在地から近いのはその巨人の方だと皆が言う。

「あとは、見てのお楽しみってか」

 霊世かくりよから顕世うつしよへ覚醒する。カミとこうして話すのは、楽しいけれどハイリスク。小学生の時なんて、何度電柱やガードレールに激突したことか。意識をしっかりこちらに向けて、

「お待たせ。で、なんだって?」

 神樹のシリアスは不気味だけど、事態が事態なだけに笑えない。これから対峙するのが6メートルの偉丈夫だっていうなら、尚更七星剣には期待してしまう。全くどこで歯車噛み違えたか、今日の午後は異常でいっぱいだ。大きな岩が坂道を落ちるように、一旦転がりだしたら速度と威力は増す一方。乗ってる私は目を回さないだけで精一杯。パニック&ちゃぶ台返しは、したいし楽だし魅力だけれど、仮にもこちとら剣の巫女だ。悪霊退治が生業ならば、百々山を賑わす2人の振る舞い、見て見ぬするには目に余る。

『このままじゃ、のの姉に、勝ち目はないっす』

「このままじゃ?」

『このままじゃ』

「んじゃ……」

 言葉を選ぶ。

「どんなままなら、勝てるわけ?」

 神樹は、戦うと決めた私を止めなかった。勝算がゼロなら、望たちが倒された時点で、退却を進言するのが当然の義務のはず。つまり七星剣には、まだ知らされていない機能がある。もしくは相手を倒す奇策が。だったら神樹、

「可能性があるなら、とりあえずやってみるわよ」

『じゃ、のの姉。ボクと合体してください!』

 ガッタイ?

『合身のほうが好みっすか?』

 いや違わないし。ていうか七星剣と合体? それって何? 七星剣がバラバラに分裂して、私の身体に鎧みたいにくっつくの?

『変なこと考えてますね?』

「変なこと言うからよ」

『絶対、その想像間違ってますから』

「じゃ、何? そのでかくて長くてぶっとい白いのを、私の中に無理矢理挿入しようってか!」

『悪化した! のの姉のボクに対する信頼が手に取って分かるくらい悪化した! 違いますから! 肉体的な意味じゃないですから! 魂の合体ですから!』

「魂?」

『です』

「どうやって?」

『百聞は一見にしかずッス』

 瞬間、こっちの魂が肉体から分離。

 って、早っ! 

何? さっきあれだけ抵抗したのが嘘みたいに剥がれてるよ。綺麗サッパリ後腐れなし。てか幽体離脱って、やりすぎると癖になったりするわけ? 

『違いますから! のの姉がボクを信頼してくれてるからっすよ』

 スルリと、そりゃもう滑らかに、神樹が私の思考に横入り。

「つかあんた、なに勝手に私の身体に取りついてるのよ」

『のの姉は、ボクの上に乗ってください』

「はぁ? 二人羽織れって? そんなことでき」

 言う間もなく、魂が肉体に吸い寄せられて、神樹をサンドイッチして。

「ふむ……」

指先を感じる。指は曲げられる。ちょっとだけ、間に神樹を挟みこんでいるのが違和感だけど……言うなれば、全身タイツを着込んでその上から服を着ているような感覚。慣れたくないけど、慣れれば多分、大丈夫なんだろう。

 で、

「これが?」

『神寄ッス』

「かみより?」

『カミを、羽織るってことッス』

「それって、イタコが霊を憑依させるのと違うの?」

『目的が、全然』

「……なんで光ってるの? 私」

『それが、神寄の光なんすよ』

 落ち着いて見れば、周囲がほのかに黄色く照らされている。さっき七星剣から噴き出ていた色にも似てるけど、あっちはもっとギラギラしてたな。

「神樹の、神力じんの光ってわけ?」

 あてずっぽう。

『大正解っ!』

 マジっすか?

 とりあえず七星剣を握ってみる。相変わらずミイラみたいにグルグル巻きで、今はもう、引っ張っても切っても解けそうにない、2メートルの鋼の平棒。

「特に変化ないけど?」

 強いて言えば、手袋越しに握っている感じ。 

舞闘ぶとれば、一目瞭然ッスから!』

 語呂わるっ! けど、まぁ、

「お客、来ちゃったしか」

 リハーサルどころか、レクチャーの時間すらないぶっつけ本番。

昼間に一生懸命飾りつけた斎場に、招かれざる巨人が、ほら、

『のの姉っ!』

 奇妙な偶然か出来すぎた必然か、三間二尺の巨人が七星剣の神楽舞台に、大気を震わせ落ちてきた。振動は、ない。その素材がやたら軽いのか、それとも未知の重力制御か、フニャフニャな関節なのか。

「巨人、ね」

 黄金の霞に覆われた、6メートルの『人形』が今、立ち上がる。見上げるほどの巨躯。だいたい二階建て一戸分。

「頭で分かってても、実物はやっぱデカイわ」

 真なる闇。その中で光り輝く隻腕の巨人は、思わず拝みたくなる神々しさに満ち溢れ……その黄金の輝きが、ついさっき経験したばかりの暴力じゃなかったらね。

「神樹、あれって」

『ノーコメントでお願いしまっす』

「……後で怖いわよ、後で」

 全身、触れれば刺さりそうな鋭い外装。その素材が何かは分からないけど、普通の金属光沢ではありえない光り方。で、一番気になるのは、まとっているその霞。ついさっき、七星剣の刀身から吹き出ていたのと同じ神力の輝きで、

『来ます!』

「見りゃ……」

 分かる、と同時にその拳が降り下ろされて、私の胴ほどもある暴力の固まりを避けようと反射的に……あれ?

跳びすぎていた。

「ちょ、これって」

 ほんの1メートルのつもりが、実際には5メートル以上の大跳躍。標的を外したことを不思議がっているように、ギシギシと謎の巨大人形の頭部が、消えた標的を捜している。

『神寄の力ッス』

「聞いてないわよ!」

『聞かれてないッスよ!』

 さって、落ち着け野乃華。人形の大きさも去ることながら、肉体の反応速度と筋力の大幅アップの方が、現状では致命的になり得るから。ここは斎場。つまり大岩の上。避けすぎたら、投身自殺になっちゃうよ。

「じゃ、聞くけど……受けられると思う?」

 あの拳。

『……』

 答えろよ。

『……』

 ま、良いか。もたなかったら折れるの神樹だし。

『!』

 巨人が向きを変える。

        両脚を大きく開いて待ち構える。

 巨大な一歩が寄ってきた。

        七星剣を握りなおす。

 見下ろしてくる人形。

    交錯する視線。

 ギリギリと、巨大な右腕が巻き上げられる。馬鹿の一つ覚えか、相手が小娘と思って油断しているのか……ま、普通はあんなの一発くらえばペシャンコだわな。

「神樹っ!」

 後方へ、神剣を大きくふりかぶり、

「砕けろっ!」

 スタートは同時だった。

 隕石の如く、容赦も感情もない空からの一撃と。

        地を這う如く、相手の足元を狙って跳びだした蹴地。

 破砕される神楽舞台。

        空を疾しる七星剣。

 知覚できない速度で大気を切り裂いた神剣が今、火花を上げて人形の脚に喰らいつき、インパクトッ! 全身を反動が駆け抜ける。硬い。弾かれる。相手の脚を軸に、七星剣を振り抜いた動きは私を、人形の背後へと運び飛ばした。

「うわっ、と、とぅ」

 崩れるバランスに反射的に身体が回転し、たたらを踏むも何とか着地成功。見上げる視線の真ん前には、例の巨人の背中が……白い?

『のの姉っ』

 黄金の霞が消え去った巨人が、糸の切れた操り人形のように、足元からコキコキと関節を折りながら、見る見るコンパクトになっていく。

「……勝った、の?」

『……ですか、ね』

 待つこと1分、動きなし。

 恐る恐る七星剣の切っ先でチョンチョンしてみるけど、

「反応、しないね」

『縛り上げますか?』

 6メートルの巨体を? 

「却下。それに……」

 まだ、お客さんが残っている。宮司さんが連れてきた、双子中学生の片割れが。嫌らしく笑ってた短髪か、無言能面を貫いてた黒髪ストレートか。

 ドミノのように連鎖的に襲ってきた苦難も、試練も、ようやく次でお開きか。

 全くひどい一日だわよ。聞き出さなきゃいけない事が山ほどあって、何から吐かせればいいのか検討が進まない。

 やっと一息。ためいきついたら幸せ逃げるけど、さすがに肩が凝るわよこれ……と、巨人との一戦終えて、ホッと肩を回したならば、シュカっと熱線が一瞬、私の頬を掠めて過ぎた。

って、おい!

 頬に触れる。

火傷したのか、ちょっとだけヒリる。血が出てないのが嘘みたいに。

「あれ? うっそ。茶吉尼だきに、やられちゃってるじゃん」

 私の右頬に銃弾(仮)を掠めさせた張本人が、森の中から全く悪びれていない様子で出てきた。その発声源に首を向ける、私の動きの方がまるで人形のようで……こいつ、何故撃った。

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅん」

 双子の片割れの短髪……その両手に握られている、真四角な箱状物体。その片方は真っ直ぐ伸ばされた右腕の延長線上にあって、見る者を無条件で不安にさせる真っ暗な穴が、その短辺に確かに刻まれコッチを睨み。

「あなたが、暴走した茶吉尼を、黙らせたってわけね?」

 その物騒な物体を、私に向けて黙って発砲したのが、あんたか。

「とりあえず、お礼を言うべきなのかな。あたしはきよい安倍あべ晴って言うんだ。今回はこっちのミスで、妹の人形が暴走しちゃってさ。ま、あたしが止めるつもりで追いかけてたんだけど、その途中で稲田なだ姫の巫女さんには襲われるし、散々な目にあったけど、まぁ、茶吉尼を圧倒できるだけの巫女さんが、稲田姫さんに居て良かったよ、本当」

 んじゃこっちも、望と珠恵のお礼と、茶吉尼とか言う人形の落とし前、つけた方がいいのかねぇ。

『の、のの姉? とりあえず、落ち着いて』

 何よ神樹。私は落ち着いてるわよ。これ以上ないほど冷静よ。クール! むしろコゥルド! 思考は冷たく、肉体は熱く。復讐するなら無慈悲じゃないと。

「えぇと、野乃華、だったっけ? 聞いてる?」

「……一つ、聞いてもいいかな?」

「何?」

「外した? それとも、外れた?」

 この後の展開を決定付ける、クリティカルな質問に対して、晴と名乗った少女はアッサリ、

「やっぱ、普段からしっかり手入れしないと駄」

 最後まで聞き取れなかった。

 一足で、肉薄したから。

 七星剣を振り上げて!

『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』

 神樹が泣く。関係ない。振り抜いた先では、予想通り、

「クールだなぁ」

 晴の姿が跳んでいる!

「でも、嫌いじゃないよ」

 喜色満面。

 纏うは黄金の霞。

 両手の拳銃(仮)をこちらに向けて。

「初めまして、始めましょう、か!」

 2丁の銃口が光った瞬間、迷わず森へと抜けていた。樹皮に食い込む銃弾2発。甲高い、木のカミの絶叫。着弾点から導き出される相手の狙いは、頭部と心臓!

 こいつ、殺る気だ!

「あれ? また外れた?」

 冗談じゃない。そんだけ精密射撃しといて、よく言うよ。っていうか、

「彼女も七星剣の手先?」

『ノーコメントで』

「しばくぞ、後で!」

 拳銃で撃たれた事を、嘆いている暇はない。遠距離射撃なら叶の符でも体験してる。ただ厄介なのは、

「ねぇ、あれも?」

『間違いなく、神寄っすね』

「じゃ」

『めちゃんこ、強いッス』

 戦力的に、五分か不利。いや、得物から言っても狂いっぷりから言っても、圧倒的に相手が上か。幸い、森の中は障害物が一杯。晴の銃弾が、叶の符みたいに追尾性能もってたら最悪だけど、とりあえず戦術的に正しそうなのが、

「一時撤退!」

 付き合ってらんないわよ!

 そりゃ宮司さんは、「殺し合いをしてもらいます」言ったけどさ、それって言葉の綾であって、実際にはそうじゃなくても良いって確約させたじゃん。なのに頭部と心臓かよ。洒落にならんわ。そもそもこの神事、望、叶、珠恵がリタイヤした時点で私の勝利だし、あの人形はおまけとしても、何が悲しくて、拳銃持った猟姫に追いかけられなきゃならんのよ!?

 嘆きたい。投げ出したい。ど平日のゴールデンタイムに、巫女服着込んで夜の山を逃げ回るなんて、そんな同年代中コンマ数パーセントの希少価値、いらないから。

 逃げる、とにかく、射線から。

 思い通りに動く身体でどこまでも。

 こんな極限状態で、何を呑気な、と思うけど、私は実際この逃避行を、わずかでも楽しいと感じ始めている。

 危ないなぁ。そこまでドMな自覚は無いんだけど、ひょっとしたら何厘かの割合で、自分の中に苦境で感じる回路があるのかもしれない……けど、今の楽しみは、そういう快感レベルの話ではなくて、

『跳べるっす!』

「はいよっ」

 あまりにも思い通りに動く、肉体に、だ。

 星明かりさえ届かぬ闇の底、人間の都合なんてお構いなしな自然林の中で、全長2メートルの長物携えながら、なぜ全力疾走が可能なのか?

 神寄は、思いを現実に変える力だ。

 私の、こうあれかし、という願望を、神樹というフィルターが実現可能な出力として肉体にインサート、足りない身体能力を文字通り神の力で補って、私は5メートルくらいの崖を、一跳躍で飛び越える。

「捲けた?」

『全然だめッス』

「こっちはホームなのに」

『相手のカミが悪いッスよ』

 逃げても逃げても、背後にピッタリと追いついてくる着弾と、撃たれた木々や岩たちの悲鳴。

 これだけ跳んで走って、息切れしない肉体には感謝するけど、埒があかないのもまた事実。なにか、反撃の狼煙をあげないと。

「神樹、しばらく肉体預けても大丈夫?」

『はい、って、何をするつもりっすか?』

「電話!」

 言ったそばから、私は肉体制御を神樹に任せて、もう日常動作並みの気安さで、幽体にて離脱した。

 携帯電話が電波を利用した誰にでも扱える電話なら、特性と鍛錬は必要だけど、霊波を利用して直接魂同士で交信することが、できる。俗に言えばテレパシーだけど、双方が霊の扱いに長けていないと会話が成立しないのが、一般普及しない最大原因。基本料金も通話料も無料なのにな。ま、メール機能もないけどね。

『叶っ! 二丁拳銃ぶっ放つ巫女なんてアリなの!』

『の、野乃華っ! 今どこ? 何?』

『人形倒して、馬鹿娘と鬼ごっこ!』

『茶吉尼を倒したっ? 二丁拳銃って、晴の方じゃない。珍しく猫かぶってると思ったら、やっぱり暴れやがったのね、あの狂姫くるひめ

 野乃華、御瑞姫相手に、馬鹿正直な正面衝突じゃ勝てないわ』

『分かってるから霊話してんのよ』

 言いあう間にも、晴の放った弾丸が、背後の空間を突き抜ける。神樹を信用しないわけじゃないけど、落ち着いて談笑できるほど人間できてないから、

『助けて!』

『合点。私たちも、奇襲されて泣き寝入りなんて、稲田姫の沽券に関わるからね』

 身体に戻る。肉の重さとありがたさを知る。闇を切り裂いて風に乗り、意外に複雑な山の地形に感心しながら、それが逃亡速度を遮っていることに舌打ちもする。

『野乃華っ! 受け取って!』

 霊話から数分、叶の声と同時に、それは地を這うようにして現れた。

 私の周囲をグルリと取り巻く、十を下らぬ白符の壁。

『防弾性能を付与した特別版!』

『でかしたっ』

『でも、気をつけて。彼女の弾は、実霊二種類あるから』

『りょーかいっ!』

 私の周囲を守れ、という単純な命令においては、叶との距離が関係ない符のシールドは、急停止した私の動きに、遅滞なく同期する。普段は辟易する叶の粘着質な几帳面さも、こういう場面では感謝感激貞操進呈ものだわ。

「反撃、開始っ」

『イェスマム!』

 それまでとは逆行、晴に向かって地面を蹴る、全力で! 一瞬の虚をつく間に稼いだ距離に、それでも驚愕的な反応速度で迎え弾が、放たれる二発。一発は符が防衛、お餅のような粘りで弾丸を呑み込んで、衝撃を完全吸収したけれど、もう一発は符を、

『貫通したッス』

「霊弾か!」

 右肩を掠める。魂がちぎれる。血は出ないけど、精神的な苦痛は免れない。一瞬だけど、右手との接続が切断され、

「っくそ!」

 それでも肉薄、唐竹割一閃。上方からの重力加速度も加味した一撃は、重い衝撃を伴って、甲高い音を周囲に響かせた。威力が足りなかったのか、相手が化け物なのか。両手の拳銃をクロスして、七星剣の重量を受けきった中学生が、笑ってんじゃないよ、この野郎。

「そうそう、これこれ。このくらいの刺激がなきゃ、御瑞姫みずき同士の舞闘って言えないよね」

 ありえない。押し返される。

 慌てて跳び退るも、容赦なく襲い掛かる銃弾、四発! 思わず七星剣を盾にするけど、叶の符が二枚減って、一発は刀身に激突、もう一発が刀身をすりぬけて、

「くぅっ」

 神樹が私ごと、豪快に魂を捻った。見た目に気持ち悪いけど、なんら抵抗を感じずに、心臓部分を弾丸が通り抜けていく。でも、泣き言ってる暇はない。折角ここまで詰めた距離。格闘戦に持ち込めば、いくらなんでも拳銃じゃ、

「はっ!」

 気合が乗った一撃を、足元スレスレに叩き込む。こっちの攻勢を、むしろ喜んでいるのか、彼女はあえて距離をとらずに跳び越えて……両手の拳銃を、叩きつけてきた!

 それを、反射と呼んでいいのか分からない。でも瞬間、この肉体は、私と神樹という2つの魂の制御を振り切って、『自分の意思』で晴の攻撃をスウェーした……紙一重で。

「んなっ!」

 胸元を走った熱と、続いて痛み出した裂傷が、何が起こったのかを想起させる。一瞬の確認。切り裂かれた胸元。もしおっぱいがもう1カップ大きかったら……その傷口は、おそらくパックリと肉を見せていたに違いない……違いないんだけど、喜んでいいのか、それ。

 そして見る異常の解答。晴の両手に握られている拳銃の、その側面にキラリと光る、刃の存在を。

「銃剣……」

「そそそ、ま、ここまで近接されること、滅多にないけどね」

 私も神樹も見落としていた隠しだねを、この身体は見破っていたというのか……それとも、16年かけて培った直感が、何かを視界の端に捉えていたのか。肉体には肉体の意地があるっていうか、そりゃ、馬鹿な魂に操られて、勝手に斬られちゃ、嫌だろうしね、身体の方も。

 に、してもだ。

 ミドルレンジじゃ鴨撃ちで、ショートレンジに持ち込めば超近接で切りつけるってか。2メートルっていう大剣が間合いのこっちとは、見事に被らないキャラだわ。ま、そんだけ、相手との距離の駆け引きが、勝負を一方的に決めちゃうってことで、

「ほら! ほら! ほらっ!」

 当然、彼女の間合いから、簡単には脱させてくれないわな。

 防戦一方。かわす、受ける、受け流す。こんなことになるくらいなら、真面目に体術勉強しとけば良かった、なんて後悔したって意味がない。大きく跳び退けば当然、銃声っ!

 叶の符が減っていく。有効間合いのイニシアチブは向こうが握りっぱなし。と、思っていたら、

「ちょっ、何よ、これ」

 予想外の援軍が、晴の足首をつかんでいた。地面から突如生えでた土の手首と、下草製の縄型罠が、彼女の足首から絡み付いて、みるみる膝下まで這い上がっていく。


『ののか!』           『ののか!』         『ノノカ!』

   『野乃華!』    『ののか!     『ノノカ!』       『ののか!』

『野乃華!』  『ののか!』       

                『ノノか』        『野乃華!』

 『ののか!』      『ノノカ!』 『ののか!』          『野乃華!』

       『ののか!』

 

 湧き出し、辺りに満ちる、聞き慣れた声援の嵐。幼い頃から見守ってくれた、晴の銃弾でやたらに傷つけられた百々山のカミガミが今、大合唱で、私の胸を熱くする。

『やっちまえ!』

 シンプル、単純、わかりやすい感情が込み上げて、震える魂。

『許せん!』

 そう、彼女は山を蹂躙した。こっちに当たらなかった幾多の銃弾は、木々を、岩を傷つけて、その悲鳴が幾層も、私の背中に降り積もっていた。

 今こそ、それを晴らす時。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 迷わない。

 ためらわない。

 前髪しかない幸運の女神の、千載一遇のチャンスを逃すなんて愚挙、犯して後悔したくないから!

「天誅!」

 乙女の全力は、少女を軽々とぶっ飛ばし、ボロ切れのように、という比喩が陳腐に思えるほど彼女は、全速で地面を跳ねて回って転げて終いに、激突した。

 ……生きてる?

『のの姉、本当に全力で叩きましたね』

「いや、だって、調整は神樹の仕事でしょう?」

『責任転嫁ッスか!』

 なんてコントしてる場合じゃない。

 十分な手応えが必殺の予感をビシビシ伝えてくれたけど、心臓止まってたら、こっちはもれなく殺人者だ。頼みの綱は相手も神寄してたことだけで、それでも無傷なんてこと……あり? え? ない?

『の、の、のの姉』

 黄金の霞をまとった少女が、闇の中、立ち上がろうとしている。

 額を切り、身体中の擦過傷から血をにじませ、左手が異様に垂れ下がっているにも関わらず、

「やっぱ、御瑞姫は頑丈だわ」

 少女の声で、ソレは語る。

「えっと、これで、良いのか?」

 右手の銃に実弾を装填しながら、ソレは語り続ける。

「んで、」

 その右手に握った銃を、白目を剥いて気絶している少女のこめかみに押し当てて、ソレは、その黄金の霞の主は、

「こうか」

 引き金を軽く、引いた。

 銃声が衝撃となって、私の心を震わせる。

 オマエハ、イマ、ナニヲシタ?

「ん? 何を睨むよ。ここまで追い込んだのはそっちだろ。

 撃ち込んだのは、代謝を促進させる、言わば回復弾。ま、それでもこのまま動きゃ、死ぬけどな、こいつ」

 少女は白目を剥いたまま。黄金の霞は、その邪気を一層強め、少女の肉体を動かして、来る。

 この瞬間、緊迫感を煽るBGMと同時に、思考の隅でカウントダウン開始。

「神樹っ!」

『晴は完璧に操られてるッス。倒すとしたら、あのカミだけを斬るしかないっすよ!』

「どうやって!」

『わかんないっすけど!』

「不能!」

 文句を言っても仕方がない。あのカミのスイッチを入れちゃったのが最後の一撃なら、一時の怒気に身を任せて気絶まで追い込んじゃった責任がある。あるんだけど、

「腑に落ちない!」

『じゃ、見殺しッスか!』

「できるか!」

 そう。散々追い回され、好き勝手に撃ちまくられた挙句、晴を助けなくちゃいけないっていう展開も理不尽だけど、だからと言って今、限られた時間内で相手を何とか出来そうなのも、半径500メートル以内に残念ながら私だけ。だったら迷ってる暇はなく、恨みはあるけど人命優先が人道に即する道で……人道って、時に人の感情を逆撫でするよね、なんて考えている暇もない。とにかくあのカミ、やり方が気に喰わな過ぎる。そう、今、晴のことは忘れてしまえ。全ての怒り、カミにぶつけて八つ当たれ!

 直後、相手の姿が視界からアウト。野郎、乗っ取ったのを良いことに、限界以上の筋力をフル動員かっ!

『背後っ!』

「分かりやすい!」

 死角を狙ってくると分かってしまえば、逆に対処はできる。そのまま逃げ回れば、多分負けることはない。けど今、思考の片隅ではリミットの分からないカウントダウンが進行中。彼女の肉体が生命活動限界を迎えるのがいつなのか不明な以上、1分1秒でも早くあのカミを黙らせるしかなく、

『霊弾!』

「なるほどっ!」

 いつの間にか持ち変えていた右手の拳銃から放たれた弾丸は、全て叶の符を貫いた。予想でしかないけど、右手の銃から霊弾、左手の銃から実弾っていうシステムだったら、今、左肩が脱臼しているであろう彼女からは、しばらく実弾が飛んでくる気配はない。

 だったら!

「神樹っ!」

 作戦を送る。

『……了解ッス!』

 逡巡、検討の末、実行の価値ありとの答えが来た。

 暗闇の中、黄金の光が舞う。

 舞いながら、銃弾の雨を降らす。

 それは符を貫く弾。

 実体には影響しない攻撃。

 今、その雨の中に、全力で突撃す!

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 即興、アドリブ、思いつき。成功どころか実行できるかどうかも分からない案にすがって、だからって、やると決めたら迷うな私。迷いは重石おもし。覚悟だけが前進力。今この瞬間に、己の持てる全ての力を、ただ、ただ、ただひたすらに両手に込めて 

 銃弾の洗礼に、

 ひるまず突っ込み、

 光り輝け、この身体!

「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」

 銃弾が肉体を蜂の巣にする、その一瞬前に、

「神樹っ!」

『ッス!』

 ズルリ、この魂は、七星剣と化した神樹の御魂を伴って、肉体から飛び出した。

 全力で地面を蹴った肉体をブースターとして、更に肉体を蹴っ飛ばして加速度を追加! 霊弾が私の身体をスカスカと貫いていくのを尻目に、さぁ、今度こそ全力全開、遠慮なし!

 今日の怒りをありったけ込めて、

「っしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 光り輝く七星剣が、晴に一閃。

 その胴を真っ二つに切り裂く軌跡を残して。

 ドッと、少女の肉体が、地面に落ちる音がした。

 って、そりゃ、魂が抜けた私の身体が、推進力を失って頭から地面に激突した音で……めちゃくちゃ痛そうなんですけど。あの身体に戻るの、これから? マジ?

『の、の、姉』

「神樹?」

 静かに地面に倒れる晴の身体から、黄金の霞が拡散していくのを確認する時に、一息つく間もなかった。

『限界……ッス』

「神樹っ!」

 グンッと、それこそゴムに引っ張られたように、私の魂は一瞬で肉体へ。

 同時に、神樹の気配がプッツリ途絶えて……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! な、なななななななななななな、何よこの尋常じゃない痛みは! か、かかかかかか、身体中がめっちゃ痛いんですけど! き、ききききききききき、晴を運ばなくちゃいけないって時に!

 と、悶絶中の視界に、第三の人物の影がインサート。

「姉と人形が、お世話になったそうで」

 って、双子の片割れっ!

「茶吉尼」

 痛みに打ちのめされて起き上がることも出来ないこっちは無視して、長髪の少女が振り返る先に見る……三間二尺のあの巨人。

 ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってよ。

 神樹はいない。

 身体は激痛。

 メインディッシュの後に、デザートなんていらないからっ!

「月見里、野乃華」

 少女の平坦な声が、私の耳に、今日最後の音として、届いた。

「さようなら」

 直後、私を動かす全ての電源は、問答無用に、根本から、ブツ



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