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第六帖 万世一継~人世の理の創造は艱難な~ 弐

『あれ? なんで私、九州にワープしてるんですかね?』

『うん、まぁ、拉致したから?』

『サラリとごくごく当然に犯罪告白されたんですがっ?!』

 人間を辞めちゃった今更、法律に縛られる筋合いないからなぁ。

『私、まだまだ当分の間、人間なんですけどっ?!』

 とまぁ、那由多さんも大分、ノリが良くなってきて嬉しいよ、あたしゃ。

『順調に被害者の会会員を増やしてますよね、佐久夜様』

 信者だって順調に増えているのだから、誤差誤差。

『で、なんでまた、私は拉致られたんですかね?』

『高千穂行くって言わなかったっけ?』

『同行者必要ですか?』

 私が寂しいじゃん。

『せめて相手の同意は確認しましょうよ?』

 断られても拉致るんだから、同意とるだけ手間じゃね?

『駄目だこの神、早くなんとかしないと』

 まぁなんとなく、ここを訪れるのなら、生粋の内地の人間では駄目だった気はするのよね。

『なぜにホワイ?』

 勘? あと、異物による第三者的な視点とか。

 ま、それはともかく。

 眼前に、それは聳えている。

 南九州は霧島、その内の一座。

 かつて天孫降臨がなされたという伝説の地。

 高千穂の峰。

『そもそもここって、猿田彦大神が瓊瓊杵尊ににぎのみことを連れてきた山ですよね?』

 その通り。

『どうして、猿田彦大神に同行を求めなかったんです?』

『ここまで世話になっておいてなんだけれど、どーにもあの仮面ライダー、心底から信頼は出来ないのよね』

『でも、その身体、16年も無傷で預かってくれていたんですよ?』

『そりゃ、利用しがいがあるって打算したからでしょ』

 ま、それは私も一緒なんだが。

 さて。

 大雪山の例を思い起こせば、ここにも火山管理神が配置されているはず。

 そもそも高千穂峰を含んだ霧島地方、そして鹿児島湾は、縄文時代の日本を震撼させた、大火山地帯だ。

 3万年前に姶良あいら火砕噴火と呼ばれる破局的巨大噴火を起こし、今も桜島へのマグマ供給を続けている姶良カルデラ。

 7300年前に、日本全国に鬼界アカホヤ火山灰を降らし、薩摩半島、大隅半島の縄文人の生活に大打撃を与え、東北地方を除いた縄文時代の遺跡を火山灰で埋もれさせた鬼界カルデラ。

 そして20以上の火山体を有し、有史以降も現代まで噴火活動を続けている霧島山。

 そんな中でも、高千穂峰は、わずか1万年ほど前の噴火で誕生した、若々しい火山であり、3千年程前に誕生した御鉢と呼ばれる新しい火口は、近代まで噴火を繰り返し続け、日本の火山史にその名を刻み続けてきた。

 若く、荒々しく、そして人々の記憶に新しい火山。

 なぜ、そんな荒ぶる山にわざわざ、天孫は降臨しなければならなかったのか。

『見事に火山ですよねぇ』

 不毛だ。

 地獄の景色と言い換えても良い。

 マグマと共に噴き上がった積年の砂と礫が積み重なり、草も生えぬ荒野。

 往時はまだ、御鉢も噴煙を上げていたであろうから、尚更に地獄の感が増すだろう。

 なぜ、そんな荒ぶる山にわざわざ、天孫を案内などしたのか。

『瓊瓊杵尊って、天津彦火瓊瓊杵尊アマツヒコホノニニギノミコトが本名なんだよ。古事記の解説書とかには、ホの字は稲穂を意味して、天津神が地上に稲作をもたらした、って説明で濁してあるんだけれどさ、日本書紀だとちゃんと火の字が当ててあるわけ。息子だってみんな、火の字だしね』

『じゃ、本来は、火を制す……火山を制御するために降りてきた、とか?』

 もしくは、猿田彦大神が嫌がらせに火山に連れて行って、暗殺を企んでいたか、だ。

 ま、その辺りの事情はもう、どうでも良いのだけれど。

 と言うか、実際の所、細かい噴火は延々と続いていたのだけれど、破局噴火と呼ばれるレベルの大災害が起きていないというのは、意外とちゃんとしっかり、地下のマグマ制御技能に優れていたのではないのだろうか?

『けど、桜島は、相変わらず元気ですけど?』

 と言うわけで、その辺り、どうなんですかね?

『むちゃくちゃな無茶ブリに正直ドン引きなんじゃが?』

 一瞬で御鉢の底にジャンプして、鎮めの星の隣で微睡んでいた女神に直撃した。

 見事な真珠色の六角柱に寄りかかっていたのは、若干疲れ目な古代美神。

『そなたは、あれじゃろ。先日大演説やらかした変人じゃろ? 河姫から聞いとる』

 それは話が早くて助かるわ。

 そういうあなたは、どこの誰ちゃん?

『カミ姫で構わん。とうの昔に忘れられた存在じゃ』

 けれど、今もこの地で、霧島火山の制御を担当なさっているのでしょう?

『それはお役目ゆえな。が、聞いたぞ。高天原に天津神はすでになく、今後の補給はすべてそなたが担うとな?』

『まぁ、当初は全部引っこ抜くつもりでしたが、事情が事情なので、火山の制御は引き続きお願いいたしたい所です、はい』

 カミ姫は、心底安堵した表情を浮かべた。

 どーやら、相当懸念されていたようだ。

『それならば、優先的に頼む。本来ならそっちの御瑞姫を通すべきなのだろうが、最近の御瑞姫はこちらの要望を聞いてくれなくなっているのでな。この辺りも火口が多すぎて、管理が大変なのじゃ』

『え? 私があなたを担当していたんですか?』

 那由多さんも知らなかったのだから、多分、御瑞姫全員、そんな太古の盟約は忘れてしまっているのだろう。

『そもそも、お主の役目は、薩摩隼人の意見をまとめ、中央へと直訴することであろう。それが恭順の条件なのじゃからな。琉球は薩摩の監督下ではなかったか?』

 まぁ、そんな時代もありましたよね。

『いや私、ニライカナイとの繋がりの方がむしろ濃いんですけれども』

『先代や先々代は、いったい何を引き継いでおるのじゃ』

『好きにしろ、としか聞いてないですよ』

 大らかって言うか、相当テキトーだな、御瑞姫システム。まぁ、私だって16歳まで引き継ぎらしい引き継ぎなんてなかったし……あ、そうか。野宮ののみや殿が先代の稲田姫になるのか。もっと話を聞いておくべきだったかな。ま、こんど交信してみよう。

『そんなだから、根の国の神々が騒ぎ出すんじゃ。奴らは、御瑞姫が自分たちの言い分を届けてくれる、と信じていたからこちらの管理に委ねてくれたのじゃぞ。今手綱を緩めたりしたら、いくら天津神の援助があっても力だけではなんともならん』

『ちなみに、この地域の国津神の荒長神って、どなたになるんですか?』

『それは、弥五郎殿やごろうどんじゃろう。久しく見かけておらんが』

 ふむ。つまりはそっちが本命か。

『では、瓊瓊杵尊をこちらに案内したのも?』

『しかり。天津神の権能が出雲に続いて示されたのじゃ。そうでなければ葦原中津国、とても民草が安心して生活を育める地にはならなんだであろうて』

 なるほど。中国地方の火山を鎮めたからこそ、次に鎮めるべきを九州に定めたわけか。そして、火山の神を慰めるために、各山に女神を配した、と。

 うん。思った以上に面倒なバランスの上に維持されてるな、現状。

 しかしまぁ、それはそれとして。

『皇祖神にまつわる神聖な地にしては、皇室とか神宮からの崇敬が足りてないですよね、この辺り』

『実際、この地では余りにも農業に不便であったし、大陸との交易にも支障があったからの』

『その結果が、隼人の反乱ですか』

『王が民を見捨てて都を遷したとなれば、王の帰還を待ち望んでいた民はそりゃ、暴れるじゃろうて』

 カミ姫様、案外皇室にも辛辣なんですね。

『そんな事より、新しい神とやらよ』

 まだまだ未熟な支配者ではありますが。

『そなたに深謀遠慮なぞ求めはせんが、とりあえず、各地の事情には配慮をしてくれ。そなたが望むほど、この国の支配構造は盤石でも無ければ粗も多い。寄せ集めた欠片を細い糸で繋いだだけじゃ。そなたの力であれば全てを従えるのも無理ではないかもしれぬが』

 その労力に見合う見返りは、なさそうですよね。

『人と神が、共に笑い合える国であれば、よい』

『肝に銘じます』

『であれば、我もそなたに順じよう。なに、変わらずこの山と、添い遂げるだけじゃがな』

 そのために必要なのは、御山への民草の信仰なんですよなぁ、と。

 にしても。

『すごい景色ですよね、ここ』

 霧島という名は、雲海に覆われて山頂のみが姿を表した一帯を表現するに、他に無い名言だ。

 日本全国に風光明媚な自然は数あるけれど、神が降臨するのにこの地を選んだ、と言われても納得をしてしまうくらいには、風情がある。

 瓊瓊杵尊は、この地で木花開耶姫と子を成し、その子は炎の中から産まれるという壮絶な運命を背負い、そして兄と弟で競い合った結果、海神と結ばれた弟が次世代を継いだ。その海神も、半漁の姿での出産を恥じて姿を消してしまい……そして海神の孫である神武天皇は、「東に治めるべき国がある」と故郷を見捨てて旅立ってしまう。この時、すでに大和地方には別の天孫が降臨していたのだから、実際、日本各地で天孫が地上統治を始めていた可能性は高い。

 けれど、最終的に、天照大御神が日本を平らげた。

 故に、他の伝承は、今に残されていない。

 天の神と山津神の娘が結ばれ、その息子と海の神の間に産まれた子が地上を治めた、というのは都合の良すぎる話ではある。

 というか、天津神が実在したのであれば、山津神と海津神は一体どこから発生したのだろう。それこそ、ニライカナイから?

 天津神が、宇宙を漂う霊的存在であったことは、まぁ、受け入れた。

 けれども、国津神はいつから存在していたのだろう?

 最期に降りてきた天津神が天照大御神だとしたら、その前に降臨していて滅ぼされた天津神たちは、「国津神」として処理された?

 いや「神」という集団が数万年単位で地球とのニアミスを繰り返していたのだとしたら、何万年か前に地上に降臨して居着いてしまった異なる神の末裔、という可能性もあるのか。

 世界各地に残る巨人伝説とかを考えれば、今とは違う神が跋扈していた可能性は、当然あるし……もし「次の天津神」が来たら、その時私は、現世人類の存続のために全力を出せるのだろうか?

 

 

 4日目。

 もはや日課としてネットを巡回している氷璃霞ひりか氏の定時報告。

『世界各国で、月見里野乃華佐久夜比咩命《つきみのさとのののはながさくやびめのみこと》の降霊会を大々的にやってますね。どこかにゲストとして飛び入り参加してきたらどーです?』

『んな事したら、お墨付き与えちゃうから益々駄目でしょ』

『紛争地帯やら難民キャンプから、御指名が殺到していますけれど?』

 うーん、まぁ、そっちはボチボチやってくべきかもね。

『要人暗殺でも始めるんですか』

 というか、武力介入?

『本気でやるんなら、組織化して継続的に支援しないと、意味なくないです?』

『というか、世界中のカミ様を叩き起こして、民衆のために蜂起させたいわ』

 そこにメリットを見いだすかどうかはともかくとして。

『月見教として、世界宗教の統一とか?』

『雑多なカミ様が跳梁跋扈しているから面白いんだけどな』

 唯一絶対一神教の否定になっちゃうけれど。

 それはそれとして。

『自然災害で難儀しているニュースとかはない?』

『大規模森林火災とバッタの大群による農業被害、ですかね』

 それだ!

『他人様の不幸を喜んでるみたいで駄目ですよ、その顔』

 やらない善よりやる偽善って言うじゃないの。

『それより、いい加減、神宮に出向かなくていいんですか?』

『そっちは、鎮めの星を全部終わらせてからでも良いかなぁって。相手の戦力は抑えておきたいし』

 言うてもまだ、具体的にどういう方向に持って行くのかは決めかねているけれど。

『……猿田彦大神に、確かめておかなくていいんです?』

 珍しく、氷璃霞氏が声を潜めた。

 昨日の大雪山で初めて判明した「御瑞姫が国津神の意見をとりまとめて神宮に諮っていた」件についてである。

 かつてはそれが機能していたのなら、猿田彦大神が知らないはずが無いし、その機能不全の改善が目的なら、私たちに言っていないのは不自然だからだ。

 けど、あえて不問とした。

 猿田彦大神だって、無償で力を貸してくれているわけじゃない。

 あっちはあっちの目論みで、私を利用しているだけだ。

 油断はしないけれど、敵対する段階ではない。

『氷璃霞氏こそ、アイヌのカムイの神意、確かめておかなくていいの?』

『以前、鮭の不漁までカムイの責任にされるくらいなら、いっそ放っておいてくれた方が良いって言われましたよ』

 アイヌも自然との共存、とか言いつつ、最低限の分け前は寄越せ、ていう教義だもんね。

『それでも、居ないモノ扱いされるよりは、頼られた方がまだ、嬉しいんじゃないの?』

『もう、食糧調達を、カミに頼る時代じゃねーですし』

 では。

 ちょっくら山火事でも鎮めてくるかね。

 そろそろ国際社会も諦めてくれた頃だと思うけれど、「月見里野乃華佐久夜比咩命なんて神は存在しない」という風評被害は、とことんまで駆逐しないと。


 

 さて。

「私で良かったんですか? 姫子さんの方が良かったんじゃ」

「うん、まぁ。けど、こっちはまだ、那由多さんの領分かなぁ、と」

 ちょっと迷った結果、南から埋めていくことにした。

 別に北から行っても良かったのだけれど、まぁ、単に勘?

「でも、私、阿蘇山は門外漢ですよ?」

「それを言うなら、姫子だって専門外でしょ」

「目を離して、大丈夫なんでしょうか、彼女」

「そもそも、どうして姫子を引き入れちゃったんだっけか」

「いや、神狩がどうとか、空海さんに処理されそうになったんじゃなかったんでしたっけ?」

 あぁ、そうそう。そうだった。

「あれが余りにもいつも通りだから、油断してたよ。姫子のご先祖、私が仇敵なんだもんな」

 天照大御神とは別ルートで降臨していた星の神。最期まで服従しなかったというのだから、尚更その神力は膨大だったのだろう。あれ? だとすると姫子は、ご先祖解放すれば、宇宙空間の神力を利用することも可能なのか?

「ふむ。その可能性は、ちょっち厄介かも」

 誰も手綱を握れなくなる。

 まぁ、姫子に限って言えば、あれが権力に酔うなんて姿が想像できないけれど。

「あれが、阿蘇山の火口ですか」

 30万年前から大規模噴火を繰り返し、日本全土に火山灰の地層を刻んできた、世界有数のカルデラと外輪山で構成された「火の国」のシンボル。桜島と並んで、現代までも噴煙を上げ続ける中央火口。その祭神は、神武天皇の孫と称される健磐龍命タケイワタツノミコトで、カルデラに水が溜まって湖になっていたのを、外輪山を蹴破って水を抜き、田畑を作ったと伝えられている。

 阿蘇カルデラは、一説では邪馬台国にも比定されているが、それよりも阿蘇信仰が、火焚き神事と呼ばれる、60日間少女に火の番をさせるという特殊な神事を伝えていたりと、独自性が濃い。

 そもそも北九州という地域は、古代から中世にかけて、大陸との玄関口として日本の文明国化に多大な貢献を果たした地だ。鉄も稲も、文字も仏教も、中国大陸からの恩恵は九州を通じて大和へと伝えられた。

 そして神功皇后と仲哀天皇が神託を受けた際に、天皇が天照大御神に祟り殺され、皇后が天皇の遺体に天照大御神の魂を封印したのも、北九州は筑紫の地だ。その後、新羅平定を果たした皇后は応神天皇を出産し、応神天皇は八幡大菩薩として全国一の信仰を得るまでに勢力を拡大して今に至る。

 ぶっちゃけ、天皇家の祖神が天照大御神と言いながら、神明神社の数は思うよりもずっと少ない。八幡神社や稲荷神社の方が遙かに信者が多くて信仰が篤い時点で、本当にこの国は天照大御神を大事にしているのかどうか、疑問に思うほどだ。

「ところで、どうして今日は、生身で来たんです?」

「まぁ、火口から1キロ圏内は立ち入り禁止になってるから一般人に会わないだろうし、こっちはまだ、寒くないじゃない?」

 たまには人形体に戻らないと、勘が鈍る、という理由もある。

「いや、まだまだ特一級の指名手配みたいな扱いなのに、勇気あるなぁ、と」

「と言ったって、顔が割れてるわけじゃないから。まぁ、この格好は目立つけれどさ」

 ちなみに天醒剣てんせいけんは今、地上に存在しない。神樹は高天原に向かっていて、天女たちの地球帰還作戦を進めているからだ。野宮殿の目論みとこの16年の境遇から察するに、どうも神樹は文字通り「世界樹」的な変貌を遂げるのではないか、と邪推している。そうなれば私も、高天原との往復がすこぶる楽にはなるのだけれど。

「そう言えば、阿蘇にも天女伝説があったよね」

「琉球にも多いですけどね。最初に降りたって琉球を作ったのがアマミキヨですし」

「けど、天女と子供を成した伝説が多いって事は、天女って言っても実際は、漂流者だったって事?」

 それにしたって羽衣を隠しておいて、いけしゃあしゃあと子作りに励む男共が美談っぽく語り継がれているのって、どうなんだろうね?

「天女は天に還るのに、天孫はそのまま地上に留まって子作り続けるんですよね」

「天孫は好んで子作りに降りてきているんじゃない?」

 多分、地上の男の身体を乗っ取って、だろうけれど。そう言えば、木花開耶姫と岩長姫を紹介されて、岩長姫を醜女だからと帰してしまったせいで子孫が短命になったって伝説は、単に天皇家が人間並みの寿命しか持たないことの言い訳だったんだろうか。

「そう考えると、天孫って、次男坊みたいですよね。実家を飛び出して帰らなくてもいいって」

 言われて気付いたけれど古事記って、兄より弟の方が活躍する話、多いよな。神武天皇も、東征したらそのまま大和に留まっちゃったわけだし。

「日本自体が、世界各国から地元を飛び出して居着いちゃった人たちの坩堝みたいなもんですからかね」

「なるほど……人種のサルガッソ」

「せめて桃源郷って言いません?」

 さて。

 やっぱり霊脈は火口に伸びている。となるとそこに鎮めの星と、火山管理神が在るはずか。

「ちょっと待って下さい」

 違和感がある。

「神力の反応が、2つ!」

 咄嗟に那由多さんが神宝を構えた。

 扇を模した、闇蝶扇あんちょうせん「九十九」。

 あの戦争の撤退時、中空に無数の琉球紅型びんがたを描いてバリアを張った、その正体だ。よくよく仕組みを聞いたら、現実の物体を一度原子レベルまで分解して、特定の魂を与えて再生する、という神業を実現する神宝だという。

 直後、足元にあった無数の火山礫が跳び上がって、ブーゲンビリアの花型に変化した。ドーム状に整列した花型の向こうには、まだ動きが無い。

「まさか、待ち伏せ?」

 まぁ、空海さんなら、昨日の今日で手を打ってくるよねぇ。

 それに、本気で殺る気だったら、こちらが到着した時点で攻撃があったはず。向こうも私の神意を諮りかねているんだろう。

 さて、誰がいるかな?

「行こうか」

「そんな、無防備な」

 神力の1つは噴煙の底。もう1つは噴煙の反対側。

 果たして、火口をグルリと回り込んだ先に、宙空にビッシリと神札を整列させて、市女傘を被った巫女が待っていた。

 間合いを、互いの声が届く距離まで、無言で歩んで埋めていく。

 双方共に、再開を喜ぶ感情は浮かばない。

 先方にあるのは、疑心と戸惑い。

 こちらにあるのは、獲物を前にした喜色だ。

鈴瞳すずめさん、お久しぶりです」

「……本当に、野乃華はん、なん? それに、那由多はんまで」

「いやだなぁ。月見里やまなし野乃華なら、ちゃんとそっちにいるでしょ。私は、月見里野乃華佐久夜比咩命《つきみのさとのののはながさくやびめのみこと》。最期の天津神ですよ」

 鈴瞳さんの困惑を深める。

 互いの臨戦態勢は解かない。

 まぁ、この人ならまだ、話し合いが出来る、はず。

「で、どうして鈴瞳さんがこんな場所に? 一人で? 一般人は立ち入り禁止ですよ?」

 完全武装の相手にすっとぼけにも程がある。

「そっちこそ、何しにこんな山頂に降りて来たん?」

「一生に一度は、阿蘇山を観光したいじゃないですか」

 深々と、それはそれは深々と、ため息を吐かれた。

 まぁ、腹の探り合いに慣れていないのは認める。

「大雪山と高千穂峰。神様の悪戯って理解でええんやね?」

「悪戯じゃないですよ。必要な新陳代謝です」

「全国の戦乙女から戦闘力を奪って、何が目的なん? 仮にも天津神なら、この日本を平穏に治めるのが、使命とちゃうん?」

 うーん、まぁ、この平行線はお互いの立場の違いだから受け入れるしかないなぁ。

 ぶっちゃけ私の使命は、「神はいない」という宣言と、高天原に取り残された魂を地球に返す、の2点に集約されるわけで、それ以外は趣味の領域に等しい。

「どうして地球唯一の天津神にして支配神の私が、日本なんて辺境領域の些事に囚われる必要がありますかね。鈴瞳さんこそ、日本、なんていう区切りで職務を考えるの、間違ってますよ。

 御瑞姫がどうして十姫もいたのか。それを、あそこの神様に聞いてみて下さい。御瑞姫が本来、何をお役目としていたのか、教えてくれるはずです」

 まぁ、ここの姫神様は、昨日までの二柱と違う答えを持っている可能性はあるけれど。

「一体、あなたは、何を見て来たと言うん?」

 それを一々説明していかなきゃならないの、だるいなぁ。

「だから最初に、高天原にはもう天津神はいないって、宣言したじゃないですか。それとも詳細に説明して納得できれば、私に協力してくれるとでも?」

「……最初の質問に戻るけど……貴方達の最終目的は一体、何なん?」

 うーん、まぁ、一週間も経ずにかつての部下が魔王化して寝返って、おまけに味方陣営の兵站に手を出したりしたら、敵対行為と見なされるのは仕方がないよねぇ。

 と言って、今更勝手に供給源を切り替えて鎮めの星を支配下に置いちゃったのをゴメンなさいして、一から神宮と協議して、国津神との敵対関係を解消するように交渉しても、そんなのは通らないだろう。

 そもそも、一週間前まで国津神を斬りまくっていた私が、突然手のひら返して、猿田彦大神と手を結んでしまったのが事のズレの始まりなんだ。

 そこからやり直すのは不可能だし、氷璃霞氏と那由多さんの協力を裏切ることになってしまう。

 ま、何と言っても、今の私は良心が痛まない。

 これを押し通すことに、何の躊躇も抱かない。

 だから、最っ高に、悪堕ちした笑みを浮かべて、放つ。

「神宮の支配体制を、ぶっ壊す事、です」

 瞬後、爆煙が生じた。

 鈴瞳さんがゼロ動作で神札を全数投擲、それを那由多さんの花型が片っ端から相殺して、破片が煙幕と化したからだ。

「さ、ささささ、佐久夜様! もうちょっと言葉を選んで!」

「いやだって、最初っから話し合いは無理だって、分かっていたじゃない」

「それはそれ、これはこれ、です!」

 言う間にも、相殺して失われた花型は、足元に無数に転がっている火山礫を変化して補充されていく。とりあえず、神力の補充は無限なのだから、あとは那由多さんの意識が落ちない限り、こちらの敗北もないだろう。

 と思ってしまったのが油断。

「ふんぬっ!」

 と鎧袖一触、右腕1つで旋風起こして煙幕を散らそうと思ったら、

「なん……だと?」

 煙幕はより濃く、まとわりついてきた!

「チャフ!?」

 やばい!

 直後に那由多さんを投げ飛ばしていた。こちらからは鈴瞳さんが見えないのに、こんな煙幕の中に静止していたら格好の標的だ。相手は無数の飛び道具を四方八方から撃ちまくれるチート技量の持ち主である。いくら完璧な防御が出来ても、反撃が見当外れならジリ貧……煙幕が一斉に赤熱化した!

 最大出力で急上昇をかけ、まとわりつく爆炎を可能な限り振り払うべく、デタラメに飛びまくる。

 上空500メートルまで逃げてようやく、視界が晴れた。

 眼下、ジグザグの軌跡を描く紅い雲海が、鈴瞳さんの殺意のえげつなさを実感させる。

『佐久夜様!』

 刹那の間をおいて、ブーゲンビリアの花型が私に追随してきた。那由多さんもどうやら戦闘不能を免れたようだ。

『可能な限り、鈴瞳さんを集中攻撃! 出し惜しみは無しで!』

『か、しこま、りぃ!』

 九十九の制御下におかれた火山礫が無数に浮かび上がり、瞬時に深紅のデイゴの花と化した。空間を真っ赤に染めた花々は順次高速回転を始め、舞い散った花弁が指向性を持って一点へと斉射されていく。

『神宮の奉る天照大御神は、既に外宇宙に旅立ったんです。ならば、神宮の意義とは何なんですか!』

 投射された花弁を無数の落ち葉が迎撃する空間に、私は最大出力で霊話を放つ。

『私は高天原で、神の去った現実をこの目で見ました。私こそが最期の天津神だと確認したんです。だったら神宮が、私に従うのは、ことわりでしょうに!』

 返答は無い。

 それはいい。

 私は既に、噴煙の底に到達している。

『そもそも、天津神が去ってから千年。賜りようも無い神意を偽って人心を惑わし続けたのは重罪でしょう! 仕えるべき神の名を騙り、権力をほしいままに弄んできた愚行は、万死に値します!』

 それでも尚、返事はない。

 まぁ、それもいい。

 組織として成立し、現実の治安維持と結びついてしまえば、敬虔な信仰心や純粋な奉仕だけでは、社会が立ちゆかなくなる。神宮という組織は結局、人に徒なす国津神を人の都合で征伐する機構として、統治に組み込まれてしまったのだ。

 国津神の管理とは本来、互いの利益を尊重し、見返りとして天変地異の制御を依頼するのが筋であったはず。

 それを、力尽くで抑え続けたのであれば、破綻を来さない方がどうかしている。

 おまけに、それを実行するための動力は、天津神の神力頼みという他力本願。

 むしろよくここまで、保たせたものだわ!

 噴煙の底、木星のような複雑な縞模様が表出した六角の石柱がある。

 そこに佇んでいたのは、海女のような装いに身を包んだ美の女神。

 多くを語る必要は無い。

 女神達に必要なのは、今後も火山を制御し続けるための神力だからだ。

『文句があるなら、実力で示しなさい!』

 遠慮など一切なく、神宮からの神力の供給を切断した。

 女神には高天原からの霊脈を繋げ、同時に大雪山と高千穂峰にも接続する。

 それだけで、形勢は決した。

 鈴瞳さんにはもう、神力の供給が及ばないからだ。

「成功、したんですか?」

 那由多さんの隣に戻れば、火口の反対側に、崩れ落ちている鈴瞳さんの姿が見えた。

 ここから伊勢まで直結すればもう一度、反撃の狼煙はあげられるかも知れない。

 けれどそれも、伊勢の貯蔵が十分にあったら、の話だ。

 20年に一度の神事を継続しなければならなかったのなら、天津神の魂の貯蔵が、その周期で尽きてしまうという事なのだろう。

 しかし、それが継続不可能である旨は、歴代の御瑞姫が何度も、警告を発してきたはずだ。

 現状維持こそを是とし、システム改組を決断、実行できなかった組織が壊死に至るのは、珍しい話じゃない。

 そもそも、国津神たちの要望は、聞けないほどに理不尽ではなかった。

 それを、譲歩したら負け、と意固地になって制圧し続けた結果が、今だ。

 制圧そのものが不要であったのなら、有限のリソースを、もっと有意義に割り当てられただろうに。

「戻るよ」

「いいんですか、その、鈴瞳さんは……」

 左右に首を振り、その誘惑は退ける。

 彼女はもう、大人だ。組織の維持を最優先とする神宮の走狗としては優秀でも、革命を夢見て無茶が出来る子供じゃない。

「それより、姫子がっ!」

 すでに空海さんの手が伸びているのなら、

 姫子が、

 四国に向かわせた姫子が、危ない!


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