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第六帖 万世一継~人世の理の創造は艱難な~ 壱

 全世界が震撼した一日が廻った。

 各地域で正午に聞こえた神の声は、その名称が日本的であったことから、即座に日本政府と神社庁と宮内庁に問い合わせが殺到し、ネットもテレビも、謎の神の声の話題で沸騰して、しかし音声を収録して繰り返して再生するという技が禁じられた結果、誰も彼もが、真相には至っていない。

 全人類の脳に直接語りかける、という奇跡が神業以外のなにものでもなく、おまけに言葉はともかく意味が伝わる、という謎の体験までセットでお届けしたのだから、神が実在する、という証明には十分だったろう。

 当然、御瑞姫をはじめとする神宮と、あの戦場で戦った国津神たちは、最後の神を名乗った者の正体を知っている。

 が、こちらにコンタクトする伝手を有していなかった。

 あくまで一方的な、ゲリラ広報だからだ。

 ここでノコノコと出て行くような愚は犯さない。いま露出を増やすのは悪手だ。少ない情報で勝手に盛り上がらせて推論だけ積み重ねさせ、とりあえず瞬間沸騰の時期が過ぎ去ってから、次の行動を起こすのが王道。

 世界中の宗教関係者が、唯一絶対神の侮辱だって大激怒のコメントを連発しているのは笑うしかないけれど、彼らだってお仕事なんだから、同情はしよう。

 そもそも、沈黙を維持するしかない日本という国の方が情けない。

 調査中、で逃げ続ける政府も宮内庁も、そのどちらも多分、動けないだろう。

「い、いい加減、ごまかしきれなくなってきたんすけど」

 一方、氷璃霞ひりか氏と那由多なゆたさんと姫子は、実家に問い合わせが殺到しているらしい。

 主に神宮関係者から。

 氷璃霞氏と那由多さんは、国津神側に加担した疑いでの出頭要請が。

 姫子は、戦場から蒸発したために、実家に戻ったら出頭させろ、の命令が。

「姫子はともかく、氷璃霞氏と那由多さんは、地上に戻ってしらばっくれるしかないのでは?」

「いや、あたしは誘拐されたんだから被害者なんですけど? というか、実家に生存連絡だけでも入れさせてよ、せめて!」

「今更戻っても、ここ数日の居場所を吐くまで許してもらえないだろなぁ」

「というか、神宮に反旗を翻すって決めた時点で、失踪する覚悟決めてたんじゃないの?」

「そんな選択肢もなく強引に拉致られたんですけど!」

「というか、こんなトンチキな方法で、宣戦布告やらかす馬鹿な事態はそーてーしていなかったので」

 氷璃霞氏にめっちゃ冷たい視線を向けられた。

「もっと穏便に、というか秘密裏に、世間に知られない方法で事を進めた方が良かったのでは?」

 だって、全世界に神の不在を知らしめてくれってのが、野宮ののみや殿の要請だったし。

「まーまー、やっちゃったものは仕方がないじゃないですか。私なんて、神様に唆されて失踪するのが十八番だったので、実家は心配すらしてくれないですよー」

 那由多さんのそれはそれでどーなんだ。

「で、実際の所、これからどうするつもりなんです?」

「え、別に。どうもしないけど?」

 全員一致で「なんだこいつッ!」という視線を向けられた。

「いやいやいやいや、ここまで全世界敵に回しておいて、ノープランすか?」

「のののん! 今まで通り神様ぶち殺しても良いって言ってたじゃん」

「せめて沖縄に帰れる身体にして下さいよぉ」

 とりあえず、神宮との折衝は面倒だから後回しにするとして、

「んじゃ、全国各地に設置されている決戒、引き抜いて周るとか?」

 全員、ポカンと無反応だった。

 なるほど、情報統制完璧だわ。

「……決戒って、なんのことです?」

 私も野宮殿から聞いただけだから確証はないのだけれど、

「高天原からの神力を受け取るために、神宮に天津神の魂を奉納するのは分かったけれど、んじゃ、私たちが操ってた神力は、わざわざ神宮に繋いでいたわけじゃないでしょ?

 日本各地の霊山に、そのためのアンテナになる鎮めの星が埋められていて、神宮からの神力を中継すると同時に、国津神の頭をずっと押さえつけているのよ」

「それを?」

「全部取っ払う」

「正気ですか!?」

 氷璃霞氏はツッコミが冴えてるなぁ。ノリが良いというか。

「じゃなきゃ、国津神を解放するって約束が果たせないでしょ」

「日本中に妖怪が湧き出てきて、パニックになりますよ」

「大丈夫よ」

 と姫子を見る。

「人に徒なす妖怪を駆逐するスペシャリストがいるから」

 ふん、と鼻息荒く親指立てる我が親友。あんたは暴れる場所さえあれば満足だもんな。

「それに、それを抜いて御瑞姫を弱体化しておかないと」

「やっぱり、最終決戦、ありますかねぇ」

 那由多さんは乗り気じゃなさそうだけれど、こればっかりは断言する。

「ある。神宮がアッサリと、私に統治権を譲ってくれる道理がない。

 むしろ政治的、経済的に無理でしょ。あっちはもう、人間社会の維持が大前提で動いているから、今更、神様の都合が変わったからって、方針変更はできないもの」

「けれど、佐久夜様だって、別に人間社会の崩壊を目論んでいるわけじゃないでしょ?」

 うーん。佐久夜様って呼び方は、まだ馴れないなぁ。ま、仕方ないんだけれど。

「既存勢力の一掃って意味じゃ、いまのオッサンたちにとっては粛正だろうけど。

 ま、別に命まで取りゃしないよ。

 私は神力を、必要な人たちに開放するだけだから、特権階級にとっては脅威だろうけどね」

「そんなに上手く行きますかね」

 ま、氷璃霞氏の不安は分かる。けど、

「こっちには、無限の時間があるし」

「私たちには無いんですけど!?」

 別に一生を捧げろ、なんて言わないわよ。生活くらいは補償するし。

「というか、放っておいても神宮の天津神力は枯渇するんじゃないです?」

「うん。だからこそ、神宮は攻め込んでくるよ。いっそ、私をバラして神社に埋めるんじゃないの?」

「それで言うこと聞くような神じゃないですよね」

 うーん、氷璃霞氏の信頼が篤い。

「ところで、サルタヒコ」

『御意』

 虚空に呼びかけると瞬時に応答があった。こちらは主従関係になってしまったけれど、まぁこれも、慣れるしかない。私としてはどっちでもいい。けど、永い付き合いになるのだけは確実だろう。

「戦力になりそうなの、どれくらい?」

『先日に相当無理をしたので、せいぜい2万という規模かと』

「なにをやらかす気ですか」

 氷璃霞氏が私を信頼してくれない。

「別に、討って出やしないわよ。御瑞姫に攻め込まれたときに防衛として使える駒の確認」

 あとは、

「海外の土着神とは、連絡つきそう?」

『手近なところで、蝦夷と琉球から交渉を。少しずつ、大陸からも問い合わせが届いている』

「必要なら、神力の供給を考えるって、餌撒いておいて」

『御心のままに』

「全世界同時クーデーターでも興すつもりですかっ?!」

「んな物騒な。私はこれでも平和主義者ですわよ」

「必要だったら躊躇わないだけだよね、のののんは」

「それが質が悪いって言ってるんです!」

 うーん。氷璃霞氏は有能だけど真面目すぎるな。

 ま、現状を楽しめ、と言っても無理があるだろうけど。

 さて、次はどこから手を着けるかね。




 2日目。

 とりあえず把握した範囲で、「月見里野乃華佐久夜比咩命つきみのさとのののはながさくやびめ」を祭神とする新興宗教が、53団体勃興した。

 うち12団体に至っては、「我こそは唯一、月見里野乃華佐久夜比咩命に選ばれた人類の代表」として、私が与えた覚えも無い預言を高らかに宣伝した。

 世界各地の怪しげな宗教施設では、月見里野乃華佐久夜比咩命の召喚に成功した、とアピールする団体は数知れず。

 かと思えば、

「月見里野乃華佐久夜比咩命が『月』を名乗るのは、月読尊つくよみのみことの使者に相違ない。つまり、天照大御神の太陽の時代が終わり、世界は月が支配する夜の時代に切り替わった。これまでの常識は通用せず、世界中に夜の住人が溢れ出す新時代が到来する」

 と、こちらの思惑の斜め上を全力疾走する思想家も乱舞している。

 以上はまだ、新たな神の実在を疑わない、という点においては現状分析に優れていると言わざるを得ない。その解釈のトンデモはさておき。

 その一方、早くも神の実在に盾突く、文字通り神を神とも思わぬ不信心者が現れた。こちらは主に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を原点とする、唯一絶対神しか神と認めない民衆の支持を急速に集めつつある。

 曰く、某共産国家による宇宙進出政策の結実。人工衛星から携帯電話ネットワークへハッキングを行い、特殊な電磁波を携帯電話から発生させて、人間の脳へ干渉した、というトンデモSF説。

 そんなことが本当に出来るのなら大した物だけれど、現実、SNSにわざとデマをばらまいて真実を数で覆い尽くすのが関の山、という感じなので、とてもとても、世界中の携帯電話を乗っ取って全人類にメッセージを届けるレベルにまで達していない。

 というかさ、いい年して基礎教養を身につけた大人が、子供だましのネタにコロリと騙されて、恥ずかしくないのかね。

「というか、かなりの労力を投入した割に、肝心の国津神への信仰に繋がっていないの、単純に失敗なんじゃないですかね?」

「千里の道も一歩から、だし」

「そのうち、芸能人の不倫と覚醒剤ネタで、過去に押し流されるだけなんじゃ……」

 新世界の神の降臨イベントに対して、あまりにあまりの仕打ちじゃないかね、それじゃ。

「にしても、新興宗教はどーすんです? 虱潰しに潰していくんですか?」

 そんなの、放置しておいても、勝手に自滅するんじゃないの?

「逆に、そいつらが馬脚を現したら、連鎖的に月見里野乃華佐久夜比咩命の評判も落ちますけど」

「んな、理不尽な!」

「先に商標登録しておいて、商業利用禁止の利用規則を宣言するべきだったんじゃ」

 こっちは紛う事なき神の末裔なのに、なんて世界の無理解! いっそ一回滅ぼして更地にしてやろうかしら、人類。

「既知外に刃物の生きた見本になるつもりですか」

 けれどまぁ、このままだと沽券に関わる。

 とは言え、ノコノコと出張って言い分を晒すのも情けない。

 ここは1つ、神の怒りを天罰という形で下すべきではなかろうか。

「物騒なこと、止めて下さいよ、本当。今だって相当、面倒な感じなんですから」

「基本は人助けに徹しますよ、だ。私だって神様として、無意味に嫌われたくないからね」

 そんなわけで、ちょっと日本を飛び出して、タイミング良く眼前で行われようとしていたえげつない行為を、指先1つで止めてきたのだけれど。



 3日目。

 世界は真っ二つに割れた。

「一体、なにやらかしたんですか?」

 日に日に氷璃霞氏の声音が硬く平坦になっていくけれど、まぁ、平常運転。

「ユダヤ教の某国が、現地住民に無差別爆撃しようとしていたから、戦闘機撃墜した。ちなみにパイロットは母国に送り届けた」

「あんたって神は、何でサラッと国際問題起こしてるんですか!」

「神に縋るしかない無力な民の祈りを無碍に断るなんて出来るか!」

 まぁおかげで、月見里野乃華佐久夜比咩命を巡って、ユダヤ教某国を支持する民主国家と、現地住民を支援するイスラム教国家を始めとする複数の国が、支持と非支持を表明して論戦繰り広げていて、まぁ、国際ニュース欄が騒がしいことになっている。

 ちなみに、日本政府に月見里野乃華佐久夜比咩命を国際犯罪者として逮捕しろという要請が出されたけれど、「神は国民じゃないのでノーカン」と断ったらしい、日本。

「けどまぁ、月見里野乃華佐久夜比咩命などという神はいない、という謎論は封殺できたので良しとしよう」

「ますます外を出歩けなくなっただけでは?」

「そのうち飽きるから大丈夫でしょ」

 氷璃霞氏のため息が日に日に深く重く長引いているけれど、私は無関係だ。

 それに、信者がベラボーに増えた。

 体感で、昨日の一万倍増し。

「信者が増えると、何か変わるん?」

「単純に出力上昇する」

「のののんを倒すなら、今しか無いっ!?」

 姫子は絶対に敵に回しちゃいけないけれど、味方にしても制御が難しいよな。

「けれど、信者が増えた分、要求だって青天井ですよ? 一柱で対応できる能力超えるでしょうし、政治的に利用されるリスクだって」

「別に、気が向いたら助けるだけだから、そこまで責任もてないよ」

「それだと、信仰率落ちますよ」

「別に宗教興さないし。というか、国津神の信仰を復興するのが先だし」

 在野じゃ勝手に、私をご神体にした新興宗教が雨後の竹の子だけれども。

「それより、決戒の破壊はどーするん?」

 姫子が、外出自粛に耐えきれずにウズウズしはじめていた。

 まぁ、本来は一回実家に帰した方が良いんだろうけれど、そうなると直後に神宮に把握されて、空海姉御に拷問受けそうだからな。

「とりあえず、大雪山と高千穂峰から行くかな」

 富士山を始めとした、国内の10の霊山によって構成されている国津神封印の決戒の損壊。それは同時に、神宮からの神力の供給を断って、地方の戦乙女を無力化するのと同意だ。その前に、地方地方の国津神と調整して、人間社会を襲撃しない、という約束を取り付けないと大混乱が生じる。というか、地方地方の戦乙女が、サクッと信仰対象を土着神に切り替えてくれれば、国津神から神力が供給されるから問題ないんだけれどね。そんな策士がいたらだけど。

 とまぁ、面倒な背景があるものの、北海道と沖縄地方は、氷璃霞氏と那由多さんが土着神と懇ろなので話が早い。それに何より、高千穂峰は、かつて天孫降臨が成された御山だ。ご先祖様がせっかく国譲りを成し遂げた国を、アッサリとちゃぶ台返ししちゃう罪悪感なんて微塵もないけれど、単純に神話マニアとして押さえておきたいパワースポットではある。

「というか、普通に考えたら、のののんのやってる事って、クーデターだよね?」

「為政者が権力を還すってんだから、大政奉還じゃないの?」

「? あれ? なんか違くね?」

「大政奉還の結果、廃仏毀釈と神仏分離と修験道廃止と国家神道創設がまとめて行われたという意味じゃ、最悪の信仰破壊ですよね……」

「いや、だから、素朴な信仰心の復興のためにこうして、神の奇跡を大盤振る舞いしてんですけど?」

「いきなり天国に神様はいない、って言われても、普通にパニックですけど」

「だから、地下には土着神いるって強調したのに……」

「そもそも天津神が唯一絶対神なんて押しつけなければ、もっと穏便に世界が進んでいたのでは?」

 うーん。天津神が人間で遊んだ結果、文明が進んだって側面もあるから、一方的に糾弾も出来ないんだよなぁ。というか、国津神とか土着神が、天津神よりも過去に地球に来訪してきた存在なんだろうし。

「と、に、か、く。いまは支配者そのものが居なくなっちゃってんだから、地球に居る神様と共存共栄するのが一番良いって事よ」

「ところで、今、野乃華さんて、どういう扱いなんですかねぇ」

 と、那由多さんが難問を提示した。

 言うまでもない。私が16年、弾きだしていた方の野乃華だ。

 無事に、かどうかはともかく、生身の肉体を手に入れて3日。空海さんたちはともかく、望、叶、珠恵の追求をかいくぐったとしても、実の両親との16年越しの初対面なんていう難クエストを押しつけられた上に、自分とほぼ同じ名前の神が名乗りを上げたとあっては、心底穏やかなはずがない。

 というか、あの両親は娘が「高天原の娘」だって事を承知していたのだから、だったら目の前で動いている肉塊の中身は何なのだ、という事になる。

 うむ。月見里家は今、尊ぶべきは肉体なのか魂なのか、という二者択一に頭を悩ましているわけだな。そもそも記憶の共有がなければ、家族の絆ってのはどうなるのだか。

「まぁ、時間が解決するんじゃない?」

「ちょー他人事……」

「というか、こっちでは野乃華、何やってたの?」

「肉体的な感覚は共有していたみたいなので、あなたが馬鹿やるたびに悪態ついてたそうですよ。案外、上手いこと社交性を発揮して、月見里野乃華の社会的地位を向上させてるんじゃないですかね」

 そうだと良いけれど、まぁ、なるべく顔は合わせないようにしよう。

 多分、出会った瞬間殺し合いが始まる気がする。

「んじゃ、氷璃霞氏。案内頼める?」

「あ?」

「大雪山。あなたの庭でしょ?」

「いやいやいや、全然知らんですし。というか、鎮めの星って初耳ですし」

「安心して。私も初見よ」

「……それでもとりあえず現地突撃って、月見神はどんな神経してるんです?」

 うん。10代女子のジト目って可愛いよね!

「のののんのやる事なす事に、事前準備なんて無いからね!」

 いや、姫子のそれは背後から撃ってるだけだよね!

「え、この季節に北海道の雪山行くって、佐久夜様、正気ですか?」

 那由多さん、いまの時期ならどの山行っても雪山だから!

「そもそも……」

 と、氷璃霞氏はおもむろにタブレット端末に地図アプリを表示させると、

「大雪山の、どこっすか?」

 実に、神奈川県面積に匹敵する該当範囲を示されれば、口を×の字に閉口せざるを得ない程度の、全知全能唯一絶対神、月見里野乃華佐久夜比咩命なのであった。



 富士に登って山の高さを、大雪に登って山の大きさを知れ、という言葉があるらしい。

 東西南北60キロに及ぶ範囲にひしめく山々は2000メートル級の火山群であり、北海道最高峰、2291メートルの旭岳はまさしく、北海道の屋根であり、四方に川を産み出す水源地であり、高緯度地方の高山植物の宝庫であり、ヒグマを始めとする野生動物の大生息域でもある。

『生身で来るんじゃないんなら、先にそう言えば良いじゃないっすか』

 神網でひとっ飛び、魂体で上空から大雪の広さを実感していると、隣の氷璃霞氏が噛みついてくる。

『いや、常識で分かるっしょ、常識で』

『非常識の塊が神のかたちをしている月見神が言うことっすか?』

 100万年前から火山活動を続けに続け、1000メートルを超える溶岩を積み重ねてきた長大な歴史を有する大雪山系は、今でも地獄谷と呼ばれる火口で噴煙を上げ続け、温泉という恩恵を地域住民に与え続けている。

 最高峰の旭岳は1万年前ほどから噴火を重ねて現在の標高に至った後、5000年前のマグマ噴火を最期に水蒸気噴火に移行。南方の十勝岳に至っては、1万年前から活発な活動を有史以来も続けていて、大正噴火、昭和噴火と、現代でも人的被害が生じる噴火と、火山性微動が観測され続けている。

『こんな所に、本当に決戒が?』

『わざわざ嘘を教える理由が無いでしょ』

 来れば分かる、と高をくくっていたけれど、見渡す限りの白い世界に、さてどうしたものかと思案5秒。

 いつもの手で行く。

 ひっさつ、幽世ちぇーんじ。

 視界を可視光から不可視光に変換すれば、まぁいつもの通り、魂や霊脈の流れが一望打尽の眼下に晒される。

 天高くにおわす野宮殿の言によれば、宇宙空間に漂う魂を源とした神力が神宮に降臨、そこから日本各地の霊山に送られてネットワークを築いているらしいから、それらしいラインが見えるはず、と……見えた。見えたけど、か細い。

『ふむ、これかな』

 月と地球の間のラグラジュポイントから降ってくる一筋の光道。それが遙か南方に降り注いで、そこから飛沫のようにアーチを描いて方々に線を延ばしている。それぞれの霊山がおのおの結びつき、日本全国をキャンバスにして阿弥陀クジを描いているようだ。

 思わず、月は出ているか、と独りごちたくなる景色だわ。

『月が沈んでいると駄目なんですかね?』

『いままで日中でも問題なかったやん?』

 とは言えこの10年間、自分の振るっている神力が、天上からか地下からかを、あんまり意識していなかったな、という反省はあったりする。

『そうなんですか? てっきり、天津神の神力は、国津神に対して相性が良いから、勝負になってるんだと思ってたんですが』

 そーいえば、ヤツカの神力は人間の魂を浸食していたな。そもそも、相性が悪かったのなら、国津神が総出でかかっても天津神に勝てなかったのが頷ける。ゆえに全国統一成し遂げられたのだろうし、神宮も天津神の神力に固執するわけで。

 さて。

 神宮からの神力ラインは、旭岳の噴気孔がある地獄谷に伸びていた。

 お約束と言えばお約束だし、盗掘を考えれば命の危険のある火口内というのはセキュリティ的に理に適ってはいるのだろう。というか、こう言うのって普通、山頂にぶっ刺さっているものじゃないの?

 新雪に覆われた地獄谷でも、噴気孔付近からはモウモウと煙が上がっている。生身じゃないから匂いは感じないけれど、見ているだけで硫黄臭くなりそうだ。ひとたび噴火すれば間違いなく死を振りまくであろう噴気孔に地獄という命を付けるのは日本中で慣行となっているが、この火口も2千年前に山体崩壊を引き起こした結果生まれた火口だ。その際には麓まで岩屑なだれが達していて、付近の地形を一変させてしまっている。

『何か、いますね』

 ん?

 こんな場所に、ナマモノ?

『いえ、カミの気配です。カムイとも違う、これは』

 なるほど、神力ラインを辿った先に、確かに魂の密がある。

 その足元には、瑠璃色の六角柱が確かに、封じられていた。

 悪意は感じられない。

 臆しても意味は無い。

 近づく。

『誰かと思えば、半端者ではないか』

『半端者?』

 私の問いに、

『お前さんはあれだろ。ちょっと前に天津神宣言した大馬鹿者だろ? なかなかに痛快であったが、もうちょいと手順というものを踏んだ方が良いぞ。で、お前さんではなく、そっちの小っこい方よ。御瑞姫として派遣されてきたかと思えば、アイヌにかぶれて神宮に盾突くとか、どっちつかずな抵抗遊びに興じておる出来損ない様よ』

 と、ヒョッコリと、小さな女神が姿を現した。

 おかっぱ髪に貫頭衣。年の頃は十代半ばに見えるが、カミゆえに年齢不詳。

『お知り合いですか?』

『直にあったことは皆無よ。とは言え、我が庇護下である。知らぬはずがなかろう』

『名乗り遅れました。私は月見里野乃華佐久夜比咩命。ご存じ通りの新米神です』

『うむ。名乗られれば返さねばなるまい。我は河姫。故あってこの地を守護しておる』

 守護?

『そなたらは、何故、この地へ来た』

『天津神によるこの国の支配を質しに。具体的には、その柱を引っこ抜こうと』


『大馬鹿者!!』


 瞬間、噴気孔が大爆煙をぶち上げた。

『そなたは我が戯れにこの地に留まっているとでも甘く見ておるのか! 天津神が降臨するまでこの地がいかに暴れておったか、想像したことがあるか! 山は怒り、地は震え、天は灰に覆われ、川は紅き蛇に埋められた。この暴れる大地は海を渡り、海底から煙を上げ、それでも止まらず、今なお、地の底が安定せずに蠢動を絶えず! 我らが人の子らを活かすため、どれほど天津神に乞い、その御稜威に感謝し、この暴れる山を従えて来たのか、そなたは何を知っておる! それを引っこ抜くだと! そなたらは北の地に住まう子らを再び、紅朱と輝く熱石の底に埋もれさせるつもりか!』

 おうおうおう。いきなり未開示情報がわんさか出てきましたよ。

『そう言いながら、十勝岳の噴火はずいぶんな被害が出ていましたが』

 氷璃霞氏の冷酷な反撃!

『かつての大惨事に比べれば可愛いもんよ! 地の底から湧き上がってくる圧を、いかに平らげ分散し、地上に大災害をもたらさぬように日々尽くしておる我の努力を知らずに、暢気な巫女どもよ』

『とは言え、このままだと、天津神の神力の供給、途絶えますよ。そうなると、どうなるんです?』

『オオアナモチを抑え込むための供給が途絶えれば、火口は再び目覚めるであろうな』

 大惨事じゃねーか、それじゃ。

 うむ。しかし、天津神の神力の全国分配が、その実、かつて日本中を灰で埋め尽くした火山活動を制御するために使われていたとは。

 あ、霊山に火山が多いのは、そういう理由?

 本当にカミ頼みで火山を抑え込んでいたんだ。

『ちょっと待て。神宮からの配給は、それほどに枯渇しておるのか』

『既に高天原の在庫は空っぽです』


『大事ではないか!!!』


 再び、特大噴煙がドッカンドッカンと噴き上がった。

 どっちかと言ったら、河姫の機嫌次第で噴火するんじゃないのか、この山。

『ど、どどどどどどどど、どーするつもりなんじゃ、神宮は。我には何も言ってきていないぞ』

『えー、多分、それほどの危機的状況だと分かっていないんだと思いますよ?』

 でなきゃ、20年も放っておいてないだろうしな。

『で、そなたはいったい、どどどどど、どーするつもりなんじゃ!』

 動揺してる動揺してる。

 河姫が動揺しすぎて地震が起きるんじゃ無いか、この山。

 うむ、けれど当初の想定と大分食い違ってしまったな。

 確かに天津神の神力は国津神を抑え込んでいたのだけれど、その目的が火山活動の管理、となると少し話が違ってくる。うかつに解放したら、妖怪が暴れる程度じゃ済まない、百年スパンの災害に発展しかねない。

 けど、このまま放っておいても天津神の神力の供給は途絶えてしまうのだからして。

『神宮の代わりに、私が直接、高天原の神力を供給する、では駄目ですか?』

『そんなことが可能なのかえ!?』

『一応、天津神ですから、私』

 宇宙空間から一本ラインを拝借すれば済む話だし。

『それは、願ってもない話だが』

 それより、と私は頬が緩むのを抑えられない。

『氷璃霞氏が半端者って、どーゆー意味なんです?』

『このタイミングで蒸し返しますか、それ?!』

 部下の弱みは握っておくに超したことはない。

『そうそう、そのことよ』

 と、燃料の供給が約束された途端にパニックから回復する河姫、マジ現金。

『当初とは違いましたが、目的は果たしたので次行くっすよ』

 氷璃霞氏の抵抗は空しく(彼女の足は私だ)、私は河姫にグイグイたたみかける。

『そもそも、河姫は国津神ですよね? どうしてこんな北海道くんだりまで? アイヌのカムイとの関係とかどうなってるんですか?』

『それより、御瑞姫の役割をなんだと思ってるのじゃ、お主は』

 ビッと、視線レーザーが氷璃霞氏に集中した。

 ロックオン。

 もう逃げ場はない。

『何って、人に仇なす国津神を調伏して、生活の平和を維持するための存在じゃないんすか?』

 直接上位のカミに睨まれては、氷璃霞氏の言にも力がない。

 うん、というか、その質問は私にも刺さる。

『やはり間違えておるではないか。本当に今の神宮は伝達を蔑ろにしすぎておるな。そもそも始めから、御瑞姫が向かい合うべきは神宮であり、地元の混乱など二の次であろうが』

 え、それは、どゆこと?

『この北の地に我と御瑞姫が派遣されておるのは、荒ぶる火の山を鎮めるのが第一。第二は、この地に住まうカミガミの不平不満を受け止め、調整し、神宮へと直訴して、時には実力で配給をもぎ取ってくるのが、本来のお役目では無いか!』

 ドン、と今までとは真逆の指摘が、他ならぬ神宮直轄のカミから示された。

 え、そうなん?

 だったら御瑞姫って、神宮の使いっ走りというより、国津神の使いっ走りじゃないですか。

『この国で荒ぶる10の霊山全てを平等に平らげるのは難儀じゃ。さりとて、通すべき要求は通さねばならぬ。よって、平時はその都度御瑞姫が代表として神宮に直訴し、20年に一度、もつれにもつれた話を実力で白黒つけるために、舞闘神事で後腐れなし、としておるんじゃろーが。

 なのに、そこな半端者は、和人のアイヌ同化政策に罪悪感を持ってか、神宮のために働きたくない、などと青臭いことを抜かしたあげくに本来の仕事すら疎かにしおってからに。

 お前がカムイの声を神宮に届けずに、誰がこの地の声を代弁すると言うんじゃ!』

 へぇ、ほぉ、ふむふむ。

 つまり、いつの時代までかは知らないけれど、御瑞姫は各地域における地方選出国会議員的役割を果たしていたと言うわけか。

『なにか反論は?』

『……そもそも、最初に御瑞姫に選ばれたときに、誰もそんなこと、教えてくれなかったじゃないですか』

 開き直った。

 とは言え、それには激しく同意する。

 私だって知らなかったよ、そんなの!

『ふむ。まぁ、良い。今後は月見神の加護を便りにすれば良いのだろ? これで神宮に差配される道理も消えたわけじゃ。お前様はお前様で、心のままに、カムイの声に耳を傾けておれば良い。我も肩の荷を1つ下ろすとしよう』

『ところで、この線、ほかの霊山とも繋がっていますよね?』

『左様。他の霊山も同様に処置せねば、片手落ちよな』

 まぁ、どのみち全部廻るつもりだったのだから、それは構わないんですけれど。

 御瑞姫の本来の立ち位置、かぁ。

 それはそれとして、クールで省エネな感じの氷璃霞氏も、ちゃんと思春期を病んでいるんだねぇ。

『ニヤニヤした目でこっち見るのキモいっすけど』

『いや、アイヌに嵌まってエコ志向って、なんか青春っぽいよね』

『ハッキリ黒歴史って言ったらどうなんですっ?!』

 うん、まぁ。古事記に嵌まって青春を棒に振った私が言えた義理ではない。

 にしても、これは一回、政策の練り直しだぞな、もし。



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