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第五帖 天神地祇~御魂の旅路の終着か始発~ 参

我が浮くは星の大海。

 などと感慨に耽られる光景でも無かった。

「なんじゃこりゃ」

 ふと目が覚めて、見回した景色。

 それは、映画やアニメで散々予習した、無数の恒星が煌めく中、蒼く輝く地球が宝石のように燐光を放つ感動的な光景、などではなかった。

『お早いお目覚めで』

 いや、というかなんというか、ここ、本当に宇宙?

『紛れもなく宇宙空間っスよ。ただちょっと、常識離れしているというか……』

 想像の斜め上を行っていた。

 天国やら高天原が魂の集積地なら、それなりに雲のような魂の塊が浮かんでいるのだろう、と想像していた。

 けれど、現実は全く異なっていた。

 視界いっぱいの上下左右に、無差別な軌道を描いて、むしろ見渡す全球を覆い尽くす密度で、色とりどりの魂の残滓が、宇宙空間に充ち満ちていたのだ。

「これじゃ、地上の方が魂が少ないんじゃないの?」

 とは言え、それらはあくまで残滓。向こうが透けて見えるほど薄いと言うことは、通常の何千倍も拡散してしまっているということだろう。そこには確かに、意思など生じない。けれど、これじゃ、まるで。

「宇宙空間全てが、魂で満たされているみたいじゃない」

 それまで思い描いていたのは、何も無い真空の虚無。

 絶対零度の闇が支配する恐怖の空間。

 それが、霊という視点で見ることによって、180度印象の異なる姿を見せている。

 色とりどりの紗が無限に重なった、万華鏡のような光景。

 あらゆる色彩が無秩序にばら撒かれたお花畑。

「え、つまり、天国ってのは満遍なく魂が湛えられていて、特に濃い部分が、天国とか高天原とか、特定の単語を充てられている?」

『と言うか、重力が安定している場所じゃないと、濃さを保てないんじゃないスかね?』

 けれどそれじゃ、天国に召された魂は結局、無限に拡散してしまって実質「無」に還ることに?

『それより魂って神力じんの燃料スからね。密度が小さいとは言え、宇宙空間から無尽蔵に補充できるのなら、実質、高天原の神は、無敵っスね』

 なるほど、時間さえかけられれば、どれだけでも力を蓄えられるのか。

 え、というか、神力って魂が原材料だったの?

『なにを今更……神力ってのは、魂が物質に干渉できる能力の事っすよ。現世と幽世の両方に影響力を持つって事は、魂の在庫さえあれば、無限に物質を制御できるって事じゃないですか』

 なるほど。なればこそ、全知全能なさしめるわけだ。

 そんなの、どうやったって、勝てないじゃん?

『いや、のの姉、すでにその領域に下半身突っ込んでますからね? あの肉体、魂さえ確保できれば、半永久的に稼働しますよ』

 猿田彦大神、気軽に宇宙空間に派遣してくれたけれど、私が魔王となって轟臨する可能性は考慮しなかったんだろうか?

『直接会話して、そんな甲斐性が無いことは見抜かれてるっスよ』

 うーん。この16年。ただの人間として生活してきた常識が、非常識に圧塗りされて上書きされていってしまう。

 そんな力を手に入れてしまって、この先一体、どうすれば良いというんだ?

『それをわざわざ知るために、ラグランジュポイントまで遠路はるばる来たんじゃないっスか』

 想定以上にハードすぎるわ!

 こんなんもう、新世界の神、そのものやんけ。

『異世界じゃなくても、転生したらチート能力だったわけっスね』

 今までの苦労は一体なんだったんだ。

 と言うか、本当に一体、何を考えてこんな小細工弄したんだ?

『もうすぐ、それも聞けるっスよ。そろそろ座標ポイントが見えてくるっス。正面……琥珀色の濃い霞が、指定座標っスね』

 言われて目を凝らす、までもなく、確かにその空間は異質だった。地球と月の間に存在するラグランジュポイントに浮かぶ、黄金色の雲。それが見えるのは霊視が可能な者だけなのだけれど、むしろこんなに堂々と、宇宙に浮いていたのかと驚きを通り越してあきれてくる。

 なるほど、かぐや姫の「月の方から来ました」とはこういう意味だったのか。せめて月の裏側のラグランジュポイントかと思いきや、これでは確かに、「月の方」からお迎えが来るのも理解できる。


 にしても。

「地球から昇ってくる魂って、やっぱり無いよね」

『ボクらだって、膨大な神力を消費して、専用の剣を用いての行程っスからね。過去には、天国へと連れて行かれた魂もあったかも知れないスけど、基本、自然死で宇宙まで昇ってくることはないのでは?』

 よほどの善行を積んで、迎えに来てもらう、しか天国の扉は開かないのか。

 でもそうなると、今は世界中の誰も、神様から掬ってもらえてないのかしら?

 ここに来るまでの間、それらしい魂とか神様、すれ違ってない?

『いや、無いっスね。少なくともボクが宇宙に上がってからは、高天原の出入りは確認されてないっスよ』

 けど、本当に神様が宇宙に居るとして、毎日数千人以上は天に召されているわけだから、本当だったら宇宙空間、お迎えと回送がひっきりなしに往復していないと辻褄あわなくね?

『言われてみれば、そうっスね』

 昔は天女が頻繁に降臨していたっていうけれど、実在しているのなら現代だって、目撃情報があって然るべきだしな?

 ここに来て、やっぱり高天原なんて存在しねーよ、疑惑が浮上?

『いやけど実際、あの空間は不自然ですし、何よりボクらの存在自体、地球の技術じゃ説明不可能っスよ』

 つまり、あれだ。神様は外宇宙からの侵略者だったパターンか!

『パターンとか言わない!』

 古代文明も太古の神も、全部宇宙人のせいにしちゃえば、とりあえず説明つくもんね。その宇宙人がどうやってそこまで文明を発展させたかの説明さえ省けば!

『平衡感覚失ってパニクってるのは分かるっスから、無軌道に多方面に喧嘩売るの止めません?』

 こんな状況で一体誰が聞いているって言うのよ?!

『あ、反応した』

 え? 私の悪口雑言に?!

『いや、それはどうか分かりませんけど』

 確かに、高天原に動きがあった。

 光点がひとつ、ふたつと、1秒ごとに一直線にコチラに向かって増えてくる。

『ガイドビーコンっスかね?』

「ガイドビーコンなんて出すな! と言うべきなん?」

 が、確かにそれは律儀に等間隔を置いて伸びてくる。あまりに不自然な、ゆえに人為的な光。それも花丸印となればそれはもう、人間の仕業としか思えない。

 あの空間には確かに、意思を持った誰かがいて、そして私たちの接近に気付いてコンタクトを取って来たのだ。

 それが、神なのか人なのか宇宙生物なのか。

 その謎を解くために、我々調査隊は遂に、宇宙深くまでたどり着いた。

 そして高天原の黄金の霞が、視界半分を占めるまでに近づいてくる。

 果たしてそこは、無数の人型をしたナニかが、寄り集まって蠢く、魂の坩堝だった。



 今、目の前に広がる景色を、なんと形容すべきか。

 見たままを述べれば、見渡す限りの黄金の原。

 見方を変えれば、一面の光り輝くお花畑。

 月を見る里、その野に咲く華。

 確かにここは、争いも無く、穏やかな世界が延々と続く場所なのだろう。

 私と神樹を迎えたのは、無数に整列した、円柱の体に球体の頭を乗せて、足下が世界と融合してしまっている、「かつては人の形をしていた魂のなれの果て」の群れだった。

『ようこそ、天国へ』『ようこそ』『こそ』『いらっしゃい』『待ってた』『誰?』『人間じゃない?』

 戸惑う間にも、複数の声が同時に語りかけてくる。しかし、その見分けは不可能だ。すでに人であった頃の名残が融けてしまった目の前の円柱の群れには、個性というものがゴッソリと失われている。逆に言えば、これはもう、精霊の森だ。ジブリの森にいるような木霊がズラリと立ち並び、悪意もなければ知性の欠片も感じられない、ファンタジックだが意思の疎通を拒絶した世界が広がっている。

「誰か、話せる人、いませんか?」

 どこへ向かうという宛ても無い。

 せめて猿田彦大神のような、太古の神の出迎えでもあれば希望が見えるのだけれど、視界に映る範囲のどこにも、円柱体以外の存在が見えやしない。

「本当に、こんな所で産まれたの、私ら」

『それは、間違いないっスけれど』

 いっそ、宇宙人の置き土産と言われた方がシックリくる。

 と、

『おー、来た来た。本当に来た! すごいな、あんな適当な伝言で』

 私の腰ほどの黄金っ原の中に突然ニョッキリと、まだ髪の毛と表情の判別がつく輪郭と、指先まで分かれた両腕が残っている魂が生えてきた……その両足はすでに、地面と同化してしまっているけれど。

『うちのこと覚えてるか? って、そりゃ無理やわな。まだ赤ん坊やったし』

 ズカズカと近づいてきて、ニッカリと満面の笑みを浮かべるその姿は、二十歳くらいの女性に見えた。どことなく見覚えのある風貌だけれど、魂で黄金色って時点で、そんな知り合いは存在しない。

「えっと、はじめまして、ですか?」

『うちは、野宮ののみや和華のどか。言うなれば、あんたの産みの親にして創造主。おまけに、七星剣の先輩ってとこやな』

 お、お、おおう?

 いきなり属性てんこ盛りで戸惑うけれど、要するに全てを知り尽くしたキーマンって事でよさそう?

「え、と。月見里やまなし野乃華、でした。元御瑞姫です。猿田彦大神に唆されて来ちゃいましたけれど、ここって、高天原で、あってますか?」

 相手の勢いに飲まれて声が小さくなってしまったけれど、とりあえず、当初の目的は果たせそうだ。

 私が何故産まれて、どうして地上に使わされたのか。

 その全ての謎を、目の前の野宮殿は、片っ端から解き明かしてくれるのだから。



『高天原でも天国でも浄土でも極楽でもヘブンでもヴァルハラでも良いけれど、ま、かつてはそう呼ばれとった場所やね、確かに』

「かつて、は?」

『そう、過去形。残念ながらもう、ここには神様がいないからね。今取り残されているのは全員、地球から登ってきた人間ばかりだよ』

「え、じゃ、かつては居たんですか? 高御產巣日神も神產日神も天照大御神もタケミカヅチも、え、というか、高天原とヴァルハラって同一のものだったって事? じゃ、ここにはゴッドもアラーもアフラマズダーも、そのほか天界の神とされるあらゆる神々が、ここから地球を見下ろしていたって事?」

『地球が一つなら、天国だって一つでしょ。ま、言語が違うんだから、発音は地域によって変わるやろうけれど。そう、かつてはここに、神様が居て、人間の魂をかっ攫ってきてはハーレムをつくって遊んでいた時代があったみたいよ。もう1000年以上前の事だけれど。最期の使者をムハンマドだか誰だかに送って、それがギリギリのタイミングだったんじゃないかな?』

「ムハンマドに最期の使者って、つまりイスラム教だから西暦600年代……じゃ、それを最期に、神様たち、死んでしまわれたって事なんです?」

『うちも伝聞でしか聞いていないからどこまで真実かは不明だけどな。うん、神様が居たのは真実。で、その神様たちは今も宇宙のどこかに漂流中で、存在はしている。ただコンタクトが不可能になっただけ。

 元々神様ってのは、宇宙空間を漂っている霊的存在だったのさ。それがたまたま、一万年くらい前に地球周辺に漂着して、知的生命体がいるってちょっかいだして、遊んでいただけの話』

「え、じゃあ、ゴッドとアマテラスは同一神って事ですか?」

『あぁ、違う違う。神様も複数いたみたいよ。ただ、人間からは普通見えないし、個体識別もできなかったじゃん。だから全部まとめて「全能神」って扱いにされちゃっただけみたいよ。で、神様たちも気まぐれで適当だから、同じ地域に複数の神様がちょっかいだして、無駄な争いを生んだりしたさ。

 ま、文明を発展させたっていう意味じゃ功績大なんだろうけれど、結局、途中で見捨てていなくなっちゃったんだから、無責任この上ないよね』

「つまり、神様ってのは魂だけの存在で、みんなで集まって宇宙空間を漂流生活していて、たまたまこの何千年かだけ、地球に寄航して現地生物で遊んで、また旅に戻った、と?」

『そうそう。その程度の話。だから、神は死んだ、わけじゃないのよ。どこかで生きてる。多分死なない。けど、戻ってきたとしても何万年か何億年か何兆年先になるってだけの事。お互いがもし、覚えていたらね』

「え、じゃぁ、宇宙空間には、他にも神様が存在しているって事に?」

『無数に居るみたいよ。宇宙が広すぎるから交流はほとんどないけれど。だから何千年かしたら、新しい神がヒョッコリ、地球に降臨する可能性は否定できないけど、それが元通りの神様かって言ったら、それは絶対にない』

「な、なるほど……」

『えーと、あれ、なんだっけ。天地初めて發<ひら>けし時、だっけ、古事記の別天つ神。あれだって要は、イザナミとイザナギが国産みをする前に、伝承されているだけでも6回、別々の神様が地球を訪れては去っていたって解釈すれば良いわけでさ』

「そうか! 独神と成りまして身を隠したって、死んだってだけじゃなく、別の太陽系に旅立ったって考えれば、そりゃ二度と現れないですよね! もしかしたら縄文時代以前の古代宗教は、そういった別天つ神を信仰していた跡って可能性もあるわけで、現代がたまたま、次の神様が来るまでの空白期間だとしたら……」

 理路は通ってる。納得するしかない。けれど、それじゃ。

「神宮は一体、なんのために葦原舞闘神事なんて無駄な神事を……」

『そう。無駄なのよ。前から警告し続けてたんだけどね。もう天津神はいないから無意味だって。

 新しい御瑞姫を送り込んで来るたびに、前の御瑞姫に天津神の魂の欠片持たせて帰して、二度と送ってくるなって伝言していたんだけれど、それも無駄だったみたいね。神宮は結局、20年前の御瑞姫の肉体を処理しちゃうから、帰っても生き返れないのよね。うちの体も、もう残ってないだろうし』

「え、そんなエグい最期だったんですか、優勝者? 文献上は、誰も戻ってこなかったって」

『じゃ、誰が天津神の魂の欠片を神宮まで運んだのよ。って、もう過去の話だけれど』

「その、天津神の魂の欠片って、要するに、伊勢神宮に奉納するやつですか?」

『今はそうなってるみたいね。天津神の魂の欠片を介して、伊勢神宮の心御柱<しんのみはしら>から、宇宙空間の魂にアクセス、その圧倒的な神力を利用して、日本全国の国津神を押さえつける決戒を維持するっていうシステム、だったんだけれど』

「だった……過去形」

『天津神の魂の欠片。私の先代で枯渇しちゃったのよね。それまでも、20年かけて、無理矢理かき集めて対応していたらしいんだけれど、とうとう遂に、逆さに振っても何しても、米一粒大すらも出てこなかったの。だからもう、完全に終了。あなただけが、この地球圏で唯一、天津神として宇宙の魂にアクセスできる、唯一の神力の使用者ってわけね』

「え、じゃぁ、それをわざわざ伝えるために、私と天醒剣を創るなんて労力を割いて、16年間、待っていたんですか?」

『んー、というか、いい加減、神宮に昔ながらの統治を止めさせなきゃだしね。無駄に御瑞姫を殺す必要も無いでしょ。だったらもう、あんたみたいな新しい神様を地上に降ろして、神宮に変わって直接統治させちゃった方が、時節にかなってるんじゃないかな。てのが、理由の一つ』

「べ、別の理由は?」

『ここのみんなを、地球に還してあげたいのよ。実際』

 そう言って、野宮殿は両手を広げ、周囲一帯を見回した。

『みんな、天国へ行くのを最初は有り難がっていたけれどさ、じゃ、ここの生活が極楽かって言ったら、ご覧の有様なわけ。おまけに、神様たちはお気に入りの魂だけを集めて、次の太陽系へ旅立っちゃったわけだしね。

 今ここに残っているのは、地球への未練を断ち切れなかった人たちばかりなのよ。けど、宇宙空間で神力を振るえるのは、天津神だけの特権。元が人間の私たちじゃ、無限の魂があっても、それを物理的に変換できない。だから、指をくわえて、ここで地球を見下ろし続けるしかなかったわけ』

「つまり、私に、地球帰還作戦の指揮を取れ、と?」

『そんな堅苦しいもんでもないけどね。

 あんたを最期の希望として生み出したのは、単に2つ。

 1つは、地上に戻ったら、「神様なんてもういません!」て宣言すること。

 もう一つは、気が向いたときで良いから、一人一人でもこの無数の魂たちを、故郷に還してあげて欲しい。

 そのためにあんたには、無限の命と、無限の力と、天津神の欠片で作り上げた、究極の人形体を与えたんだから』

「そして、宇宙空間にアクセスするための天醒剣、ですか」

『そゆこと。ゴメンね。ワクワクしてここまで辿り着いたのに、面白くも無い面倒ごと押しつけちゃってさ』

  あまりに、あまりに空虚な話に、現実感が湧いてこない。

 だってそれじゃ、この千数百年、信仰を持ち続けてきた人たちは一体どうなるんだろう。

 それに、無駄に抑圧され続けた国津神たちは?

 唯一神も万能神もいなかった。

 それはいい。

 けど、信仰を振りまくだけ振りまいておいて、勝手に去って行っちゃってたって。

『あと、神は死んだっても、国津神は別だからね。世界中でも、天津神はいなくなっても、精霊や妖精のような土着の神は、どっこい生き残ってるから。自棄になっちゃ駄目よ』

「自棄になっちゃいませんけれど……あまりにも勝手じゃないですか、天津神って」

『ま、彼らには彼らの言い分があるんでしょーよ。今となっちゃ、直接聞き出すことも出来ないけれどね』

「ちなみに、ここにいる魂を地上に還すって、天女の羽衣とかも、残っていないんですか?」

『残ってはいるけど、圧倒的に数が足りてないのよ。羽衣に往復分の神力を補給するのは、天津神の領域だし』

 あー、生身の身体だったら、間違いなく髪を掻き毟っていただろう。ちょっと幾ら何でも、理解が追いつかない過ぎる。

 まぁ、天津神の娘、なんていう時点で、ほぼほぼ限られた人生が約束されちゃっているのは仕方が無いとして。

 諸々の尻拭いを何も知らない女子高生に押しつけるとか!

『いや、その辺り、あんたがどこまで実行するかは、全部あんたの自由だからね。今現在、地球圏であんたに勝てる人間、一人も居ないわけだし。そりゃ、一人の人生をメチャクチャにしてまで、今ここに居る魂を戻すのが重要な事かっていったら、それは押しつけになっちゃうけれど』

「ノブレス・オブ・リージュ、高貴なる者の義務、ですか?」

『んにゃ。こっちは無力な犠牲者からのお願い。残念ながら、それを実行できるのがあんたしか存在しないってだけ。方法は任せる。好きに暴れてきて良いよ』

「16年、地上で人間やらせたのは、世俗を知って常識を身につけさせるため、ですか」

『ま、よっぽど偏狭な思想に嵌まらなきゃ、人類抹殺とかはやらないだろうと思ってね』

「人間抹殺しちゃったら、信仰を糧にしている国津神が滅んじゃいますからね」

 うむ。考えれば考えるほど、路は一本道だ。

 とは言え、これから数百年、数千年? 一体何をどうすればいいと言うんだろう?

『あー、将来のこととか、まだ悩まない方が良いと思うよ。正直、明日のことだって見通せないんだから』

「例えば、小惑星が地球に衝突しそうになったら、全力で止めなきゃならないんですかね、私」

『可能性はあるかもね』

「宇宙人の侵略を、月の最終防衛ラインで一人で食い止めたり」

『そんな状況が訪れればね』

「地球を見限って、外宇宙へ旅立っていく人類を、寂しく見送ったり」

『むしろ率先して乗り込むんじゃないの?』

「……まさか、本当にスーパーヒーロー的な役割が降りかかるとは」

  私が知りたかったのは、こんな現実じゃ無かったのに。

『ま、とりあえず……』

 いきなり肩を摑まれて、クルッと後ろに回された。

『ここからの景色でも見なさい』

 それは、絶景だった。

 蒼い地球の美しさは言うまでもなく、色とりどりの薄いレースが延々と重なり合って複雑な色彩を成し、ゆらゆらと揺らめいて、果てが無い。そしてこの一枚一枚のレースは、遙か彼方、何光年先までも続いて、まだ知らぬ外宇宙へと繋がっているかも知れないのだ。

 それを見渡すここは、月を見る里。そして黄金の野に咲き誇る輝く華々。

『この景色を知るだけでも、ここに来た価値はあるでしょ』

 それは、つまり、

『うちらは、かわいそうなだけの被害者じゃないって事。あんたに全部背負わせるような期待は押しつけないよ』

「……私は、かわいそうじゃないんですか?」

 たった一人で永劫の時に放り出され、いつ終わるかも分からない使命を果たすために創られた、神という名の機関。

『この世に産まれて、こんな綺麗な世界が見れれば全部丸儲けでしょ。

 けれど本当に嫌なら、その力を譲る方策でも考えて、逃げてもいいよ。

 でも、あんたは、逃げるためにわざわざ、こんな僻地まで来たのかい?』

 それは、違う。

 私は、私が産まれた意味を、自分探しのために、ここまで、自分の意思で来たんだ。

 そしてそれは、自分の望む世界を、築くための力だと知った。

 だったら、私がするべきは……!

 そして、歴史を動かした。

『我は、月見里野乃華佐久夜比咩命《つきみのさとのののはながさくやびめのみこと》。

 我は、告げる。我が、最後の天津神である事を。

 天国に神は残らず、全ての神は宇宙の彼方へ去りきった。

 故に、天に神は無く、しかし、地にカミは満ちている。

 告げる。

 我、月見里野乃華佐久夜比咩命が、今後の地球を統治する。

 これは要請ではない。厳格な事実である』

 同一標準時間帯で生活する全人類への、同時霊話。

 電波ジャックならぬ、霊波ジャック。

 圧倒的な神力を動員してのみ可能な、文字通り神の業。

各標準時間帯が正午になる時間を狙って、直接魂に「意」を押しつける、翻訳いらずの神の言葉。

 まだこれは、第一歩に過ぎない。

 新たなる神の世の、夜明けは今だ。

『これよりは、我が唯一、天神である』

 ただ一柱、高天原に最後まで転がっていた魂の煮凝りによる宣戦布告が、その日、全人類の常識を撃ち砕いた。


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