第五帖 天神地祇~御魂の旅路の終着か始発~ 弐
「やぁっと還ってきましたか、遅すぎでわ?」
「こっちはずぅっと、スタンバってたんですからね!」
二度目の根の国到着は、冒頭から騒がしい事になっていた。
「へぇ、これが、天津神の完成体……」
「中身ははじめまして、の誰さん? 今は地上が、野乃華さんです?」
猿田彦大神に抱きかかえられるようにして降り立った地下迷宮。底の広場で待っていたのは、先ほど声を聞いた、二人の御瑞姫だった。
片や、半眼で短髪な生真面目系の女子高生。
片や、頭の緩さを全身で表現しているお色気系お姉さん。
共に、人類代表として国津神と争うのが主任務のはずの御瑞姫だが、何故、よりによって敵地のど真ん中で、猿田彦大神に手を貸したりしているのか。
「やっぱり、氷璃霞ちんと那由多っちだ」
「ゲッ! なんで姫子まで……」
「あー、お久しぶりー。相変わらず派手だねー」
「那由多っちも変わらずオッパイ大きくて、イェスだね!」
知り合いか、お前ら! て、御瑞姫同士、多少の面識はあって当然なのか。
一足先に姫子が談笑を始めてしまえば、こっちは蚊帳の外に出るしかない。わざわざ咳払いで注目を集めたりするのも癪だし。と言うか、必要な説明は全部これからキッチリ隅まで、丁寧にやってくれなきゃ来た甲斐がない。
『多少の計画変更は仕方あるまい。むしろ、神狩がコチラに来てくれるのなら、願ってもない増援だ』
さて、と猿田彦大神は一呼吸置いて、御瑞姫四人を睥睨する。
『手荒な出迎えとなってしまったが、我ら国津神一同、天津神の娘と、神狩の後継者を、心から歓迎し』
「で、単刀直入に聴きますけどさ」
氷璃霞と呼ばれた、全身カッチリ硬そうなイメージの少女が、大神のセレモニーを遮って、私を真っ向から凝視。
「高天原、行く気あります?」
はぁっ??
『そういうのは、順を追ってだな』
「いや、その気が無いなら説明の無駄ですし」
「氷璃霞さん、そーゆーところですよ!」
「那由多さんがトロトロなだけでしょ」
うわー。なんだか収拾つかない感じになってきましたよ、これ。
『と!に!か!く!』
大神の大轟音が地下いっぱいに鳴り響いた。
『時間がないのは確かだ。歓待の宴もなくて申し訳ないが、今後の打合せへ移行させてもらいたいが?』
まぁ、私に異論があるわけがない。
「あたしが聴いちゃっても大丈夫な話、それ?」
姫子が、自分は場違いじゃないか、と珍しく気を利かせるも、
『むしろ、君にも積極的に加担してもらいたいところでね』
猿田彦大神の、仮面ライダーな両目が眩く発光する。
『神宮をぶっ壊す、悪巧みに、な』
打合せ、と堅苦しい響きは、実際、車座の雑談形式で始まった。
地下深く、案内されたのは四方が板張りの十畳部屋。御瑞姫四人と大神一柱でも広すぎるくらいだけれど、その上、全員生身は捨てての魂にての雑談と相成った。
おのおのの肉体を丁寧に寝かせて、自らは宙に浮いた状態で適当に雑魚寝という、緊張感の欠片もない極秘会議も、それでこそ根の国、と言われてしまえば納得しそうになるから恐ろしい。
ま、形式はともかく、中身は特一級の秘匿事項が目白押しだ。
さて、何から尋問くべきか。
彼らが全てを知っているのだと仮定して、こちらが聞き出すべき事柄は山とある。
故に、優先順位が重要だ。
まず、私という存在の始まり。
そして、高天原から託された神託の内容。
猿田彦大神の言った「神宮をぶっ壊す」に至った背景。
その実行手段。
高天原と葦原の中つ国が手を結んで成そうとしている事が、現代文明社会の根底からの作り直しであるならば、どうしてそう判断するに至ったのか。
そもそも、氷璃霞氏と那由多さんの二人はいつから、どういう経緯で、そして自らの意思でこの作戦に参加しているのかどうか。
御瑞姫という存在を知らされてから、まだ一月も経っていない。その目まぐるしすぎる状況の進行にあって、なぜ、16年間も放置され続けてきたのか。
分からない。
何もかもが。
そもそも、天津神の娘、なんていう曖昧な存在を手に入れただけで、神宮をぶっ壊すなんていう大それた事が本当に可能なのか?
ま、それを今、判断するのは早計だ。
どちらにせよ、聞くしかない。
「ここ、食べ物とか大丈夫なん?」
そう、食料の心ぱ……そーじゃねーだろ。姫子が真っ先に案じたのが胃袋の事だとは!
「いやだって、伊弉冉尊ですら、黄泉戸喫で地上に帰られなくなったじゃん? あたしらだって、そのルールは同じなんでしょ?」
あ、意外とまともに考えてた。
「というかそもそも、根の国って食べ物あるの?」
「厳密に言えば、無いですよ」
いかにも面倒げに応じたのは氷璃霞だった。
「本来、根の国は生身で来る場所じゃないですから。天国も地国も、魂の集う場所。肉体から解放された魂が集まり、澱み、混ざり合って一つに融けて、やがて再び生命に注がれる。ここは昔も今も、そーゆー場所なんで」
「じゃ、黄泉戸喫ってのは?」
「魂の外膜が融けて、集合魂に取り込まれちまった状態ですね。しばらく意識は残っているそうですが、やがて地球規模に攪拌、拡散されて、生前の意識が残ることはありません。けど稀に、強固な記憶が核として残って、転生後の肉体でも前世の記憶が蘇る例はあるらしいすけど」
なるほど。それじゃ、
「あたしらが地上でどれだけ国津神を成敗しても、結局根の国に戻って復活しちゃうんだったら、あんまり意味なくない?」
だよなぁ?
「応急処置としての意味ならありますよ」
答えてくれたのは那由多さんの方だった。
「魂の輪廻って、ゆっくり、じっくりと進むから。魂の記憶だって、強固な人は七代後まで残るって言いますし。それ以降はみんな、祖霊に溶け合ってしまって、もとの魂とは違う形で、コロコロと生まれかわるんですけどね」
なるほど。輪廻転生ってそういう理屈だったのな。
「その例外があんただ、姫子。神代家の魂は代々、神狩の魂に吸収させて、延々と同族だけで需要と供給を完結させてる。そーやって、神代の魂を現在まで継続させてきたんだ。まさか末の世に、神様の魂ごと食っちまうバカが生まれるとは想定してなかったでしょーけどね」
「へへへ。褒められた?」
「バカって言いましたよね?」
まぁ、バカなのは事実だからなぁ。
「で、もう一柱の例外が……」
那由多の視線が私に向けられる。
「魂と肉体が、高天原から降りてきた、野乃華さんですよね」
その生誕からして、この星の輪廻から切り離されている存在、か。
「そもそも、そんなことが、可能なの?」
「どっちが?」
氷璃霞氏は、話し方はテキトーだけど、頭は超回転だよね。
「姫子の方。その、神様の魂を飼い続けるために、自分たちの魂を注ぎ続けているって話でしょ? 秘伝のタレを注ぎ足し継ぎ足し使ってきたって事だろうけど、そんなの、今まで聞いたことが」
「え、私ん家って、そんなヤバい事やってたん?!」
ま、姫子はひょっとして、知らされていたのに理解できていなかっただけなのかも知れないが、そもそも、そんな荒っぽい事、どうして可能だと考えたのか。
「あ、それについては、本家本元があるんですよ」
? そんなヤバい家系が他にも?
「実は、天皇家がそれをやってましてね。ま、実行組織は神宮なんですが、結論から言っちゃうと、私たち御瑞姫って言うのは、現人神たる天皇さんの、天津神の魂を、延々と補充し続けるのが至上命題だったんすよ」
な・に・そ・れ?
「へー」
分かってないのに適当に相槌うってんじゃねーよ、姫子。
第十四代天皇、仲哀天皇。ヤマトタケルの子にして、神功皇后の夫、そして応神天皇の父とされる人だ。
その御代において、九州の熊襲征伐のために筑紫に軍を率い、その最中、天照大御神を降ろした神功皇后の神託に異を唱え、神の怒りに触れて祟り殺された、と古事記に載る。すさまじいのは神功皇后で、仲哀天皇と天照大御神を仲介する巫女でありながら、神託を信じた彼女は韓国へ出兵。応神天皇の出産と韓国平定を同時にこなした上、天皇不在の間に都を乗っ取っていた反逆者どもをとって返して滅ぼして、応神天皇を無事、十五代天皇に据えたというのだから、その活躍は神がかっている。
ここまでは、一般常識の範疇だ。
「いや、その一般常識は歪みすぎですし」
と、氷璃霞氏は初対面の癖に容赦がない。
準備があるとかで那由多さんが席を外した今、ひたすら説明役を務めている。そんなわけで、続きをプリーズ。
「ま、今では御瑞姫の系譜は神功皇后が始まりという説もあるんすけれど、この時、神功皇后が神がかった力を振るえた理由って、文字通り、神力の加護を受けていたからなんですよ。仲哀天皇が崩御したとき、神功皇后は咄嗟に、天照大御神の魂を天皇の遺骸に封印したとされていて、以後、仲哀天皇の遺骸から直接、神力を抽出して戦に勝利したんだそうで」
そもそも天孫なんだから、天照大御神の魂とは相性が良いだろうけれど、なんとエグい事を。
「もしかしたら、それは天照大御神の助言だったのかも知れないすけどね。で、神功皇后は無事に韓国を平定した後、息子の応神天皇以降、歴代天皇の御代が平安であれと願って、仲哀天皇に封じた天照大御神の魂を、継続して封印し続けている」
いる?
「いるんです。現在進行形で。で、それを担当させられているのが、私たち御瑞姫なんですよ」
え、と。それは、どーゆー事?
「仕組みは姫子と同じす。天照大御神の魂は、放っておいたら散逸します。それでなくとも、神力を抽出したら無くなっていく一方なわけで。だったら、方法は一つしかないですよね?」
新しい魂を、注ぎ足す。
「そゆこと。かつての天皇は、自らを触媒として巫女に神を降ろし、神託を得ていました。だから当時は、降りてきた魂をふん縛って、仲哀天皇の亡骸に無理矢理押し込んでいた、らしいです」
んなメチャクチャな。
「元々天皇は、崩御した亡骸から天津神の魂を霊継してきていたわけですから、その辺りは抵抗なかったんじゃないですかね? ま、しばらくはそんな感じで天皇家一強を維持して全国平定を成し遂げたわけですが、天武天皇の御代においてそれが躓きまして」
天武天皇だから、壬申の乱の後か。確か、第四〇代だから、数百年は注ぎ足しを維持できていたことになる。
「間違えて、遺骸を捨てちゃったとか?」
さすが、姫子の発想はひと味違うな。
「神託が降りてこなくなったんですよ。高天原から」
へぇーって、え?
『ちょ、ちょっと待って。じゃ、何? 日本は西暦七〇〇年くらいからずっと、高天原とは連絡不通になっちゃってるって事?』
「えぇ、まぁ。で、それじゃ天皇家の存続に関わるってんで、大慌てで伊勢神宮の整備を始めてですね。それまで内裏で管理していた天照大御神の魂も伊勢に運んで、それを管理する斎宮を制度として整えて、以後は伊勢において、天津神の魂の注ぎ足しをしてきていたんですが」
『けど、天照大御神の降臨なくして、どーやって?』
「降りてこないのなら、こっちから昇っていって」
はい?
「さすがに肉体を打ち上げるわけにはいかないですけど、相応の神力を集中的に運用することで、一人分の魂くらいなら宙にぶっ飛ばせるんですよ。で、そうやって二十年に一回、一番強靱な魂の持ち主を宙に送り込んで、天津神の魂を回収してきたのが、斎宮の最重要使命だったわけで」
つまり、それが?
「葦原舞闘神事の、真の目的」
と言ったところで、
「氷璃霞さん、交代です」
那由多さんが帰ってきて、氷璃霞氏が退散した。魂のまま部屋の外へと向かっているけど、いったい何の準備なんだか。ま、それはさておき。
「で、天津神の魂を回収するために行われるのが葦原舞闘神事だったわけなんですけど、実はそれも、二十年前の神事を最後に、途絶えていまして」
二十年に一度なら、途絶えるっていう表現は間違いなのでは?
「二十年前、遂に天津神の魂が、降りてこなかったんですよ」
なんと。というか今まで千年以上、それで注ぎ足し出来ていたことの方が驚きだけれど。
「ほら、昔は天女とかいたじゃないですか。かぐや姫だって、天から来て天に帰っていますし。天空と地上って、行き来がなかったわけじゃなくてですね、天に昇った人が還ってきたりとか、可能な時代があったんです」
けどそれが、途絶えた。
「理由は?」
「それが分かれば苦労はないわけで。で、のののんさん」
私?
「そう。のののんさんが遣わされたのが、十六年前。それも神宮宛てではなく直接、猿田彦大神に。少女の形をした人形と大剣に、赤子の魂が乗せられて、届いたわけです」
『文が添えられて、な』
当事者が沈黙を破る。
『次なる葦原舞闘神事までに、その魂を人間として育て上げ、しかる後、天に還せ、とな』
はい?
『最初は、何の冗談だと思ったが、ご丁寧に直近で生まれる赤子の指定までされている。その間、本来生まれるはずだった魂は、人形の方で入れ替わりの時まで大切に維持するように、と念入りにな。吾は神宮側の不備を知らなかったが、何か尋常ならざる事情があるのだろうと察し、乗ることにしたわけだ』
んな適当な。
ん? でもそれだとどうして、神宮は私を『高天原の娘』と知りながら、天皇への注ぎ物として活用しなかったんだ?
「前例がなかったから対応しきれなかった、が実態みたいですよ、その辺り。野乃華さんが神の声を代弁するか、別に神託が降りてくる可能性を考えると、下手に手を出せなかったそうで。事実、斎宮には夢枕で、高天原の娘を与えるから大事に育てるように、という伝達があったそうで」
その夢枕に立ったのは、天照大御神ではなくて?
「その辺りは、ぼやかされてるので、斎宮しか分からないんですよね。ただ、今までの話から考えれば、天照大御神以外の天津神、の可能性の方が高いと思いますけど」
綿密なんだか杜撰なんだか分かんない計画だな。
「月見里野乃華」の十六年の人生を弄ぶという自覚があるのかどうか。
「で、これ以上はもう直接、高天原に昇っていって、直談判するしか真意の知りようがない、という現状なんですね」
ま、そんな適当な計画なら、どこかのタイミングで計画の摺り合わせは必要になるよね。
で?
「のののんを、高天原に打ち上げるわけか!」
姫子はなんでそんなにテンション爆上げかな!?
「天醒剣と必要十分な神力の貯蓄があれば、それが可能になるわけで。あ、打上げに必要な神力は、先の戦場で一反木綿隊が回収してくれたので、準備万端ですよ」
いや、そんな笑顔で言われても即答できんが、というか、そんな理由でヒダル神を投入していたんか!
私の打上げ、大勢の戦乙女の犠牲の上に成り立ってる?!
「というか一体そもそもどうしてそこまで、私と高天原を接触させて、神宮をぶっ壊す必要があるんです?」
「あれ? あたしも神宮に謀反を起こす勢力に含まれてる?」
実質的に拉致されてきた姫子は仕方が無いとして、私もそこまで剣呑な案件だと覚悟してきたわけじゃない。とはいえ、そこに相応の事情があるのなら、協力するに吝かではない、という立場であって、
「あと、那由多さんと氷璃霞氏が国津神に協力しているの、何故なんです?」
「んーと、そこまで大仰な動機でもないというか、ぶっちゃけ、単に地方の事情というか。
氷璃霞さんは蝦夷で、わたしは沖縄の神様に奉職しているわけなんですけど、双方、高天原というか、天津神系との接触は皆無なんですよね。天照大御神どころか、内地に祀られている神様たちとは、全くの無縁で。そうなると自然、知り合いは土着神一色になるわけですよ。
おまけに私たちが御瑞姫に選ばれた理由って、神宮の支配地域を内外に知らしめる以外の理由がない上に、神宮が土着神にとって有益な事をするわけでもないですし。
だから私も氷璃霞さんも、はなから神宮に協力する謂われがないだけでなく、可能なら、中央からの支配は脱却して、地元の神様を最優先に守りたいわけでして。
昔はそれが、出来ていたんですけどねぇ」
「昔って、どのくらい前の話?」
「諸悪の根源は、明治維新ですかねぇ。あれが国家神道なんていう神話を創新してくれたおかげで、国が認めた神様以外は神社ごと潰されるという悪業が平然と行われたわけで。仏教修験道神道がごちゃ混ぜだった時代は、なんだかんだで日本人、素朴な信仰を維持していたので神様たちも元気だったんですけどねぇ。
それに琉球は元々、ニライカナイを奉じていたわけですし、地元の事情を無視した信仰を押しつけられても、土台無理だったんですよ。
で、そうやって土着の神様たちが弱体化していく様を、代々のノロたちは煮え湯を飲まされるような想いで見送ってきたわけで。ぶっちゃけ私たちも、このまま神宮に地元の信仰が殺されるくらいなら、神宮の支配から脱却すべきという結論に、自然と達しちゃうわけです」
あぁ、なるほど。
ストンと腑に落ちてしまった。
どうして私がここまでたどり着いたのか。
ぶっちゃけ、土着の神様たちを最優先にする、という同士に、巡り会うためだったのだ。
「けれど、国津神の企みに加担して、それでも結局、神宮の支配体制を覆せなかったら?」
「それはまた、その時考えましょー。動かなきゃ、結果どころか課程も残りませんし。それに、心の底から『これや』って思えた事に全力投入できるの、けっこう気持ちが良いですよ?」
「けれど、那由多さんも氷璃霞氏も御瑞姫なら、葦原舞闘神事で優勝して、神宮で正当な発言権を握るっていう選択肢も、あったんじゃないの?」
「それにはまず、あたしを倒せるかどうかが問題だ!」
あんたが出てくると話がこじれるから黙ってろ、姫子。
「あぁ、それも、暴露っちゃいますけど」
那由多さん、思わせぶりに一呼吸置いて、
「あれ、八百長ですよ」
なんですと?
「そんな話、あたし聞いてないよ!」
姫子だけには言うわけないだろ!
「え。それってでも、どゆこと?」
「ほら、のののんさんの持ってた七星剣。あれ、特別製だったでしょ? とびきりヤバい神様を憑かせて、巫女そのものを操っちゃうって」
思い当たる節がありすぎて頷くしかない。
「結局誰がどれだけ研鑽を積んでも、最終的には稲田姫が勝つように、仕組まれていたんですよ。もう何十年も前から。建前上は公明正大を謳ってますけど、神事の本当の目的が目的なので、優勝者をコロコロと変えて、高天原とのパイプを増やしたくないってのが、理由の一つ」
ほ、他の理由は?
「実は、神事の進行に、神話をなぞる呪いがかけられていまして。高天原による支配の正当性を強調するために、神事の最中に必ず一人、死者が出るように仕組まれているんですよ」
ナンダソレハ?
「あたし、それなら聞いたことあるあるよ」
なんで姫子が知ってて私が知らないかね。
「安倍家が毎回双子を授かる呪いを受けていて、神事の際に、必ずどちらか片方が命を落とすジンクスがあるって。あれ、マジだったんだ」
「ひ、人の命をなんだと思ってるんだ」
「なんとも思っているわけないじゃないですか。いまだに天皇家による支配を盤石にするために、人間一人の魂を天に送っちゃおうっていう組織ですよ?」
ちなみに、その、天に送られちゃった魂はどうなるわけで?
「文献上、ただの一人も還ってきていない事になってます。つまり葦原舞闘神事って、御瑞姫二人を殺す代償に、天津神の魂を地上に授かるって言う、今も続く人身御供制度なんですよ。そんなの、実態を知っちゃって尚、真面目に取り組む必要あります?」
ないわー、それは、ないわー。
というか、そんな秘中の秘を、なんで外様のはずの那由多さんが詳細に語れるわけ?
「まぁ、氷璃霞さんの神通力が、そういう隠し事を暴いちゃう特殊なものだったので。私だってそんな裏事情聞かされちゃったら、真面目に御瑞姫を続けるの馬鹿らしくなりますし。そんなタイミングで猿田彦大神に声を掛けられたら、一も二もなく飛びつきますよね」
なるほど。そりゃ、たとえ百年の忠誠があったとしても、萎えるわ、そりゃ。
と言うかそんな事、空海さんですら見抜けなかったのか? それともあの人クラスになると、分かっていても組織のために動いちゃうもんなの?
いやいやいやいやいやいやいやいや、これはちょっと真面目に、神宮をぶっ壊したくなってきちゃったぞ、私。
「と言うか、あたしは今後、どうすればえーんや」
あまりの衝撃に、姫子が未来を見失いかけていた。ま、あんた、バトルジャンキーなりに、正義を通すことには誇りを持っていたからな。腐敗した組織の手先として使われていたなんて、認めたくないよね。
「とりあえず、人間社会に仇なすカミは、成敗しちゃっていいですよ? 今まで通り」
「え? いいの! やった!」
一瞬で立ち直ったぞコイツ。
「えと、じゃ、こんな感じで、のののんさんの疑問は解けましたでしょうか?」
あ、それならとっておきがもう一つ残ってる。
「なんでしょ?」
私は、ビシッと姫子を指さし、
「神狩って、結局一体全体、なんなんです?」
「あっし?!」
そう! お前!
そもそもお前が覚醒して私を殺しに来るからって、こんな手の込んだ芝居まがいの戦争まで手配されているんだから、お前には全方位に土下座謝罪する権利がある!!
「いや、そんな権利使わんし。というか、私はそれ、自力で押さえ込んだんだから、感謝こそあれ、謝罪する必要なくなくない?」
お前がそんなんだから、毎回毎回毎回、周囲が振り回されて困ってんだろうがよ!
「だいじょうび。振り回す相手は厳選してるから!」
私はお前の玩具じゃねー!!
『天津甕星は、天津神でありながら、天津神によって誅された星神であり、悪神とされている。元を正せば、天照大御神よりも先に、葦原中津国に降臨していた天津神だ。それがどういう意味か、分かるな?』
空気読まなさは流石っすね! ありがとうございます! 分かりますよ、分かりますとも!
「瓊瓊杵尊いがいは、天孫と認めない、という事ですよね」
『左様。昔は天津甕星だけでなく、天孫と謂われる者たちが、各地で統治に関わっていた。神武東征の時点ですでに、大和には他の天孫が居たのだからな。天皇家支配とはつまり、他の天孫を滅した上での「天孫」統治であったに過ぎない』
「それ、あたしのご先祖様ってただの被害者で、悪神でも何でもなくね? むしろ神狩の復讐神って、正当な権利じゃね?」
だからと言って、当時の記憶も何も無い私に八つ当たりされても迷惑千万なんだけれど。
『そもそも天津甕星が「高天原」所属であったのかどうか、という事だ。吾は確証は得ていないが、「高天原」とは天国の地域名、もしくは部族名ではなかったのか、と考えている』
「つまり、天国の派閥争いを地上に持ち込んで、勝ち上がった天照大御神が、天孫の力をフル活用して地上の統治権を奪い取ったと?」
『でなければ、他の天孫を滅ぼす理由がなかろう。自らの統治を脅かす可能性があったればこそ、先に潰したのだと考える方が、自然ではないか』
「そもそも猿田彦大神だって、天照大御神の天孫を先導した、天孫統治の片棒を担いでいるわけですが、その点については弁明あります?」
『天孫を地上に導いた功労者の最期が、地元の海で水没死とか、あり得るかね?』
あー、つまり、そこの伝承含めて、高天原に都合のいい捏造話という事ですか。
『少なくとも、吾は天津神ではない。だが、吾の信仰力は、高天原にとっては十分な脅威だったのだろう。それはそれで、名誉な評価ではあるがね』
それで暗殺されたんじゃ、寝覚めも悪いすけどね。
『だが、であればこそ、いまだに信仰が残っているおかげで、吾は吾として自我を保ったまま、今もこうして継続している。現状の最大の問題は、全国の信仰心が低下し続けると、国津神としての個を保てなくなるカミが大多数にのぼる、という事だ。地祇の筆頭として、同胞の危機は救わねばならない』
「大神の危機感はよく分かりますけど、そもそも私が送られてきた理由が、国津神への信仰心を取り戻すため、では無い可能性だって高いですよ?」
『だが、現状維持では可能性すら存在しない。選択肢など無いのだよ、実際』
うーむ。勝手に期待のレベルを上げられても応えられる保証がないのだが。
「別に、のののんは好きにすれば良いんじゃないの? サルタヒコは好き勝手に、のののんを利用するだけだと思うよ?」
というか姫子。あんたの中の天津甕星はどう言っているのよ。まだ私を殺したがっている? それとも、神宮を滅ぼす方を優先しているの?
「んんん? なんか、毒気を抜かれたって言ってるよ。のののんには、復讐するに足る悪意が足りないんだって。それより、暴れられる舞台が与えられるのなら、それで良いって」
千年に渡る恩讐の到着点がそれで良いのか?
「そんなに甕星の復讐が気になるのなら、高天原からフツヌシかタケミカヅチを連れて戻って来いって言ってる。その時は存分に暴れ回って、今度こそ喉笛咬み千切るって」
あぁ、まぁ、私が対象から外れているのなら、それで良いか。
というか、高天原ってどんな所なんだろ?
天井を見上げ、地上の上、空を遡って宙に至り、蒼い地球を見下ろす高度を連想するも、科学万能のこの時代、衛星軌道上に天国が存在しないことは証明されてしまっている。そもそも、物理的空間としてあるのかどうか。
月ですら、裏側まで無人探査機が到達してしまっているし、そもそも月は、生物が生存できる環境では無い。
要するに高天原ってのは、魂でしか到達できない、不可視の領域ということなのだろう。
とどのつまり、
「行って確かめるしかない、か」
根の国から高天原へ。
わずか一日で体験するには、あまりにも濃密な観光ツアーではあるまいか。
『こっちは準備万端待ってるんですけどぉ、そっちの心の準備はできたんすかぁ?』
と、いい加減に焦れた氷璃霞氏の霊話が飛んできた。と言うか、思いっきり耳元で聞こえるんだけれど、なにか特殊な飛ばし方してない?
「準備は良いけれど、どこに向かえば良いの?」
『那由多さん、連れてきて』
「お、遂にのののんが宇宙へ?」
宇宙という言い方は正しいかどうか分かんないけどね。
「まぁ、宇宙空間は宇宙空間ですねぇ。正確にはラグランジュポイントですけど」
え? 成層圏とか静止衛星軌道じゃなくて、もろに宇宙空間?
「だって、魂って重力に引かれるものでしょ? だったら、重力的に安定した空間じゃ無いと、落ちてしまうじゃ無いですか」
え、魂を重力に惹かれるって、そういう意味?
「かぐや姫だって月から来たって言うのは、つまり、ラグランジュポイントのどこかに、魂の集積地があったんですよ」
と、スラスラと見てきたように語る那由多さんが一瞬黙り、
「……多分」
ですよねー。誰も確かめていないからこそ、私が打ち上げられるんですよねー。
お、思ったより大変な長旅になりそうだぞ、これ。
で、その方法はと言うと。
「のののんさんは、天醒剣の中に入っていて下さい。こっちで勝手に月に向かって撃ち込みますから。あとは天醒剣が高天原の座標に向かって、かっ飛んでくれる予定なので」
と、語る氷璃霞氏の旅程も、
「……多分」
ですよねー。リハーサルなんかやっていたら、戻って来なかった時が大変ですもんねー。
「あの、これって、宇宙追放刑とかになりません?」
「可能性は否定しません」
しろよ! してよ! 見捨てないで姫子!
「いや、あたしは全くの無力だし。宇宙空間まで跳べないし。
ま、今まで上手くいってきたんだから、何とかなるんじゃないの?」
うおぉ、超絶無責任。というかこれまで、何かすんなり上手く回ってきた実感がほとんど無いんですけど?
「今更怖じ気づいても遅いんで、覚悟決めなくても良いので乗っちゃって下さい」
おおぅ。マジで天醒剣が棺桶に見えてきた。
「大丈夫ですよ、のののん、生身の体じゃないんですから。いざとなったら宇宙空間泳いで重力圏まで戻ってくれば良いんですし」
魂って、宇宙空間じゃどういう風になるんですかねっ!?
と、狼狽えている間に姫子に尻を蹴られた。
ストン、と天醒剣に収まってしまい、途端に視界が閉ざされる。
おおう。マジで宇宙行くのか。
『ま、多分、大丈夫っスよ』
あ、久しぶりの声。
というか神樹、消滅したんじゃ無かったん? しばらく無音だったからテッキリ。
『相変わらず安定の冷遇っぷりっスよね!』
度重なる新事実に翻弄されていたんだよ!
『ボクは本来、この剣を制御するために創られた魂だって、思い出したっスからね。必要な座標も神力の貯蔵も、抜かりなくチェックしています。大丈夫っス。行けます』
そーいや、一緒にこれに乗って降りてきたって言ったよね? じゃ、何か? あんた十六年間、知っていて全部黙ってたんか?
『いや、さっきのさっきまでキレイさっぱり記憶が封印されてましたからね? それに剣の制御以外、裏事情なんて何も知らされてないっスよ!?』
つまり、ヤツカの鞘と、高天原と地上の往復だけが生きがい、と。
『扱いが超絶、雑、じゃないすか?』
この宇宙の中で、あんたと姫子だけは雑に扱っても良いことになってんの!
『あ、とりあえず、のの姉は眠っていて下さい。それなりに時間掛かりますし、騒がれてもやれること皆無なので』
そっちの方が、私のこと完全に荷物扱いっ!?
『戦場ハイでぶっ飛んでいるかも知れませんけど、のの姉、相当疲弊してますかんね?』
と、その台詞を最後まで聞いていたかどうかで、意識は急速に、スリープモードに入って、い……っ……て……。