第四帖 萬神騒威~八十万の神の凱旋か零落~ 肆
《前回の裏筋》
神代姫子の必殺技ゲージ、MAX突破で上昇止まず、絶賛オーバーヒート中。
水金治火木土天命戒に四肢の自由を奪われて以降、必殺技を放っていないからだ。
「あー、うー、げー!!」
自由になるのは口だけ。
人体の構造を無視したデタラメな操られ人形状態で、巨大蜘蛛との応戦状況強いられ中。
(自由にしてくれたら5秒で片付けるのにぃぃぃ!)
思うも、霊話が出来ない姫子にはそれを伝える術がない。開き直り、侍従型屍鬼に頼んで戦闘の真っ最中、ありったけの握り飯を口に押し込んでもらいながらの思案時。
黒野乃華に関して、たどり着いた推論。
(あれは、のののんじゃない……月見里野乃華だ)
何を言っているか分からないと思うが、知性を凌駕した回路が確信を叫んでいるので受け入れるしかない。
(にしても、熱いな)
結論がでたからには考えていても仕方がない。問題はどうやって拘束を解除して標的を撃破、あの黒野乃華を追いかけるか、だが。
(なにも出来ね~!)
もどかしい。
ストレスだけがマッハで溜まる。
脳内のどこかにある「神代姫子操縦マニュアル」を姉御に送りつけたくなるくらい、非効率的な戦闘がダラダラ続く。
(あっちは楽しそうなのにぃ!)
白黒の神力の奔流が立ち昇るは、慧凛と佳紅矢のご両人。本隊からは大光量のビーム兵器が2発も大盤振る舞いで、勢いは確実にコッチ寄り。本来ならこんなお祭り状態、最速で最前線を突っ走って、ヒャッハーフィーバーカーニヴァル!
(なのに!)
現状、もっとも似合うBGMは、笑点かサザエさんかって泣きたくなるほど暢気な現場。
いっそ目の前の巨大蜘蛛が、業を煮やして熱く燃えて第二形態に変身してくれないかと期待するも、尾状器官を切り落とされた戦力低下は補い難いか、攻めあぐねてるか。
(やれ! 今だ! あんた、他に技ないんかい!)
手に汗握って相手を応援しちゃうと、思わず胸も熱くなる。
(あ~、そこで避けちゃダメだろ自分! せめてクロスカウンター狙えよ姫子!)
混沌だ。これはこれで楽しい。楽しいけれど熱い。胸の奥からこみ上げてきた灼熱が、いつしか全身に巡っている。
(HOT! HOT? WHAT? WHY!)
操られているとは言え、筋肉が動いていれば熱は出る。けれど、この猛熱は異常事態だ。魂そのものが震動する業熱。外から課せられた枷を、強引に捻じ切ろうとする紅炎。臨界突破してメルトスルー!
(何、これ? こんなの……初めて……)
でもなかった。
(あれ、デジャブる?)
記憶にはない。
けれど筋肉が覚えている。
この焦熱は、既知だ。この衝動は経験済みだ。
(でも、破瓜の記憶がない?)
何かがこみ上げようとしている。
途中の岩戸を破壊して、深淵の奥からコチラを窺う、黄昏よりも昏い何かが蠢いている。
近いのは、地元の篝火祭りで覚える興奮だろうか。神社に集った氏子一同が巨大松明を両手に掲げ、境内から飛び出して集落を激走する奇祭だが、確かにあの興奮は、この衝動に近い。
が、異質だ。
何よりこの衝動、脈動している。
姫子の生命活動とは異なるリズムを刻み、内から宿主を喰い破ろうと策動するのだ。
(これ、使えね?)
自分の中に、得体の知れない何かが、ある。
(未知は恐怖じゃない、希望だ!)
自分の力だけでは、水金治火木土天命戒の影響を抜け出せない。現状を自分好みに塗り変えるには、悪魔に魂を特売するくらいの度胸が必要だ。
ドン! と更なる強烈な衝撃が、身の内で爆発すると、濁った神力の霞が、皮膚の隙間から滲んでシミを広げ始めた。
(これは、あれか? 姫子闇堕ちバージョンって奴? 鎮まれたまえ我が右腕! って邪気眼発症厨二病?)
理性が、これはヤヴァイと警告を発する。
感情的には、ドキドキワクワクが止まらない。
退魔の家系なんていう、オタク的にはこれ以上なく恵まれた環境を与えられ、本能の赴くままに成長限界まで楽しみまくった結果として到達してしまった頂点。
ぶっちゃけ、真っ当な戦闘行為なら負けなし、という退屈。
(最後の敵は内なる自分って、定番だけど燃えるよね!)
慣れとマンネリは快楽の敵だ。
時にはアクシデントが、人生というエンターテインメントには不可欠で、神代姫子には圧倒的に、絶体絶命の危機が足りない。
(まぁ、さっきは一瞬死にかけたけど、それくらいは日常茶飯時だとして、空前絶後のピンチに見舞われて)
その時、不思議なことが起こった。
(ってナレーションが入る奇跡の1つや2つは、ご褒美に欲しいや、ん?)
『野乃華の、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
霊耳が壊れるかと思う程の大音声が、叶から放たれて姫子に直撃。
「な、なんなん?」
続いて望、珠恵が泣き始め、姉御や鈴姉までもが騒ぎだす。
大惨事が起きたらしい、他ならぬ野乃華の身に。
「ちょ、ちょちょちょ、のののん死亡のお知らせ!?」
まったく、人生にアクシデントは憑き物だ。
自分のことばかりかまけていると、他人のイベントに思いっきり巻き込まれて流される。
と、
「おおぅ?」
空中逆さ吊りの状況で、いきなり、戒めが解けた。
思いっきり頭から落下したが、これ以上頭が悪くなるこたない、と開き直って大概丈夫。
水金治火木土天命戒の黒白の神力が消滅している。
「これは……」
大波乱の幕開けの匂いが、する!
だからとりあえず、
「くらえ! 有言実行のフォースブリットォォォ!」
台詞込みでキッチリ5秒、姫子の必殺の右拳が、ここまで散々遊びに付き合わされてきた巨大蜘蛛の胴体に、轟き叫んで風穴を穿った。
(*長らく視点交錯で読み辛い構成でしたが、主人公無事死亡につき、以後主人公視点固定でお楽しみください)
始まりと同じく、何の音沙汰も無しに、水金治火木土天命戒は 、儚くも突然、終了した。
え、ちょ、おまっ!
自分死亡という私事も人生の一大事なんだけれど、この状況はそんなの些事だとうっちゃって、戦況全体を大きく揺るがす特大事件だ。
ぶっちゃけ、逆転されるっ!
『いったい、本隊になにが?』
霊体なれば移動も自由で、上空へ昇りながら視点を空海女史にズームインしてみれば。
? おおぅっ!?
本隊、ほぼ壊滅状態。
なぜか全員膝を着いたり地面に横臥したりの大惨事。一見爆発やら地割れのような外的要因は見あたらない。それに、倒れている巫女さんたちに、目立った外傷がないのも不自然だ。
『バイオテロか』
ヤツカがボソリ。
バイオ、テロ? 化学兵器が使用された?
『ヒダルとは、成る程、知恵を絞ったな』
なるほど、って思わず感心するけど、そんな悠長な状況じゃない。
ヒダル神は峠などに居て、旅人に取り憑りついて急な空腹を見舞い、その場から動けなくするカミだ。何か一口食べれば離れる程度の神で、その正体は餓鬼の一種と考えられているけれど、科学的にはメタンガスなどの急性中毒って説もあって、最大の問題は、防ぎようが無いって事だ。
取り憑いたモノを瞬時に無力化する、目に見えぬBC兵器。
今、我らが本隊は全員、その脅威に晒され、地面に臥している。
その光景は、地獄の始まりだ。
空海女史も、アッサリと見落としていた。
何も手出しをせず、ただ漂っていたかに見えた一反木綿の大群は、眼前の処理に追われている間に、本隊上空にまで到達。
それだけなら、本隊後方の対空部隊にも対処は可能だったはず。
それが油断だったんだ。
一反木綿たちは、特攻してきたわけじゃない。
その背中に、見えない悪魔を満載して、空爆を開始したんだ。
ヒダル神への対策は実に簡単、飴玉一つでも口に放り込めばいい。
けれど、一瞬。たとえほんの数秒だろうと、本隊を無力化され、ために切り札の発動を止められた。
水金治火木土天命戒のシステムを詳しくは知らないけれど、これだけの広域を自らの支配下に置くっていう大掛かりな術が、スイッチ一つのような手軽さで起動出来るとは思えない。むしろその維持には相当の手続きと神力が要求されるはずで、その運用も見た目の派手さと裏腹に、繊細で高度な調整を必要とするはず。
故に、崩れた。
一瞬のヒダル憑きによって。
文字通りの霧散。
戦場を彩っていた黒と白の輝きの乱舞は、まばたきの間に晴れてしまった。
『まずいっしょ』
反抗の勢いは、水金治火木土天命戒ありきで進められていた。
こんなにアッサリと、しかもBC兵器によって止められるとは想定していなかった。
細菌やガスが、貧者の核兵器と言われる理由がよく分かる。低コストで戦況をひっくり返す、お手軽な戦略兵器。まさかその威力を、日本の国津神に思い知らされるとは!
事態は即座に全軍に知れ渡る。
当然だ。目の前に漂っていた白黒の神力が一瞬で消えれば、子供にだって何かが起きたことは分かる。
産み出すは、歓喜と絶望。
そして私は、認めたくないけれど、その絶望に更なる彩りを添える、”御瑞姫死亡”という士気低下の立役者。
いや、本当に、これは、まずいですよ、本格的に。
戦場における空気が、士気のバランスが、反転してしまった。
水金治火木土天命戒によって萎縮していた国津神たちが、今までの鬱憤を晴らさんと、舌舐めずりして、コチラを獲物と見定めている。
まんまチンピラの思考パターンだけど、気が変わるだけで動きが大胆になって、傷つくことを恐れなくなる単純さが脅威だ。さっき折角怯えさせたのに、そんな恐怖も忘却しちゃって、私たちを小兎か何かだと勘違いしてるっぽい大馬鹿共。
『本隊堅守だ! 総員、奮起せよ!』
悔しさの滲む声で、空海女史から指令が迸った。
良かった、総崩れは免れたらしい。
ヒダル憑きって種が割れてしまえば対応可能な戦術だからこそ、本隊は踏ん張ったに違いない。但し、そんな賭けにも似た方法で戦況を覆された屈辱は、胸に重く残るだろうけど……。
『あんの腐れ神ども、児戯にも劣る卑怯な手を用いよって、格の違いを思い知らせてやるわっ!』
前言撤回。
こちらの士気はちっとも衰えてないどころか、逆鱗に触れられてレッドゾーンに突入したっぽい。
さて。
本隊はどうやら、空海女史が空元気で支えてくれるらしい。
問題は、それがどれだけ保つか。
数十分か。
数分か。
数秒?
『で、お前は高見の見物というわけか?』
さて、私が問題だ。
『ヤツカの神通力で生き返ったりしない?』
いや、本当、頭痛いわ、心底。
まさか死ぬとは。
『というか本当に死んでるの? ビックリして魂抜けちゃったってオチじゃない?』
『心肺脳波停止で、間違いなく死んでるぞ』
『ていうか、私が肉体に戻れば良いだけなんだよ、ね?』
『人体、魂があるから動けるんじゃなくて、動いているから魂が介入できる、が正解だからな……接続が切れた時点で終了だ』
あう。
普段さんざん生き死にネタにしといて何だけど、もっとこう、劇的な最期がふさわしいもんじゃないの? 高天原の娘としては。
それが、事故死って、ねぇ。
事故死?
事故?
事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故事故死?
ちょっと待った。
私、なにも間違ってないぞ?
記憶を巻き戻してみよう。
あの時、確かに、前方に障害は無かったはず。
『事故った奴は皆そう言うもんだ』
うっさい、黙ってろ。
で、自分の遺骸を見下ろしてみる。
明らかな違和感。
想定外だ。
なんで私、前に進もうとして、横に跳んでんの?
『だから、足を踏み外してだな……』
だ・か・ら、それがおかしいって言ってんの!
神寄してて、神樹とヤツカが制御してて、こっちの意志が前向きで、どうして何もない足下を、踏み外すなんてドジが生じるわけ?
『それって、ヤツカの責任問題になるわけよ』
『……』
黙秘すんなし。
疑問は尽きない。
そもそも、あの黒影は誰、というか何だったのか。
どうして”私”が、あそこに立っていたのか。
しかも黒色の神力の霞を立ち昇らせた、まるで2Pカラーバージョン。
って、おい、待て、ちょっと静かにしてろやコラ。
こっちが思案する時間くらい寄越せや。
鎮まれリアル! 邪魔だ強制イベント!
ど う し て 私 の 遺 骸 、 再 稼 働 し て ん の よ ! ! ?
『ゾンビ化したか!?』
日本神話舞台設定でゾンビとか言うな!
というか、なんで神力やら髪やらが真っ黒になってるかな、かな!
『おやまァ、すっかり黒くなっちまって……』
『死ぬとみんなそうッスよ』
ヤツカも神樹も暢気なこと言ってんじゃねぇ!
あう、なんだこのホラー。もうギャグと紙一重。死んでたはずの私が2Pカラー化で動き出して、何か七星剣持ち上げてるんですけど!?
『あれ? どうしてボク、七星剣から弾かれてるんスかね?』
知るかボケーーー!!
隣に浮いてる神樹の首根っこ掴んで揺らして八つ当たりしている内に、黒野乃華は完全に起動。
何が起こっているのかサッパリわからずパニック目前狂いたいコッチを仰視、
「 」
何を言ったか聞こえなかったけど、挑発されたことだけはハッキリと伝わった。
というか、何で神樹が剥がされたのにヤツカは七星剣に健在なのよ……て、まさか!
『その、まさかッスね』
『いやいやいやいや、あんたそれ、存在意義に関わってくる一大事っしょ!』
『七星剣に”鞘”は要らぬ、とそういう事ッスねぇ』
たそがれてんじゃねー!!
どーにかしろよ、おい。ついで私も生き返らせてさ、なぁ!
と、空中漫才に興じている暇もない。
どこの誰だか知らないけれど、月見里野乃華の肉体ってことだけは確実な黒い女が、七星剣を軽々と扱いながら、戦場へと歩を進めていく。
と、立ちはだかる影があった。
当然だ。
あまりのショックに忘れてたっ!
当事者がこれだけパニクっているんだから、それまで私の突進を阻もうと肉薄していた国津神たちが、驚愕と畏怖と混乱の坩堝に叩き込まれて騒然としているのは当たり前で、それでも一際大きい白狐だけは、再動した巫女を叩き潰さんと本気の態で対峙する。
おぉふ。一体どっちを応援すれば良いんだ?
『いや、普通に自分を応援してくださいッス!』
『でもあれ、明らかに何かに取り憑かれてるよね?』
『もし負けて七星剣奪われたら元も子もねッスよ!』
うーむ、とりあえずお手並み拝見といった処か。
どうせ高見の見物以外に選択肢はないんだけれど。
先手は白狐だった。
飛びかかってくるかと思いきや、跳びすさりながらの毛針攻撃!
うぉ、ちょっとこれは予想外。思わず七星剣を盾にして身を守りたくなる衝動にかられるも、
『プロっすね』
黒野乃華は私とは違った。怖じず臆さず前に出て、降りかかる毛針は七星剣を浅く構えることで跳弾させ、詰めた間合いから更に踏み込んで一撃を見舞う!
疾いっ!
『のの姉の肉体でアソコまでの動きがっ!?』
『あんた、今まで私をズブいと思ってやがったな!』
白狐も即応。軽快なステップで間合いを計りつつ、七星剣の空振りを誘った直後に剛尾による重撃を見舞ってくる。
それすら、紙一重で、見切るか、野乃華!
『え、嘘、そんなこと出来るんですか私!?』
『本当にのの姉の身体使ってるんすかね』
捨て鉢なのか思い切りがいいのか、はたまた実力の差が大きいだけなのか。流れるような滑らかさで、まさしく舞の如く、大剣が弧を描く。
白狐が防戦一方だ。時折前足で弾こうと構えるも、黒野乃華はフェイントでいなして、即座に首を狙いにかかる。
えぐい。
殺る気だ。
『のの姉には無い素養ッスね』
『チキンでご免なさいでしたぁぁぁぁぁ!!』
しかし、一体どうなってるんだ?
そりゃ、死後硬直始まるような時間経過してなかったけれど、心肺停止状態から立ち上がって暖機なしのフルスロットル……なにより、七星剣を操れるのは選ばれた御瑞姫だけじゃなかったのかよ!
てか、なんでヤツカは七星剣に留まって、シレッと舞闘に協力してるのかな、かな!?
『つまり、今操っている魂も、月見里野乃華に相違ないと、判断されたんすかね?』
『ここにきて、死に別れたはずの双子の姉さん、とか言わないでよ、ややこしくなるから』
『それを言うならむしろ……本来の肉体の主、とか……』
ハッ!
その線か!!
もう、すごい昔の様な気がするけれど、実質2日経過していないあの山中で、ヤツカに指摘されて沈黙せざるを得なかった茫然自失の出生の謎。
『人間? 汝が? それはおかしいだろう。だったら、そもそも肉体に宿っていた魂は、どこに消えたと言うんだ?
……汝のように日毎夜毎に肉体を支配するとなれば、当然、本来の魂は弾かれることとなる……滅したのか?』
本来の魂。
正統な”月見里野乃華”。
まさか、そんな、いくら昨今の1クール速攻フラグ回収が流行りだからって、この土壇場でその展開が来るわけっ?
『いや、というかむしろ、いろいろ謎も解けるッス』
例えば?
『初めての神寄で、のの姉もボクも反応できなかった安倍晴の一撃を、肉体が勝手にスウェーした事とか。
安倍明の無表情突撃に対応できた事とか。
咄嗟の危機に身体が勝手に動いた理由が、彼女だったのだとしたら……』
え? ちょっと待て。だとしたら大いなる謎が一つ追加だわよ。
『んじゃ彼女、自分が肉体を乗っ取るために、わざと足を踏み外して事故死させたって事になるわよ?』
『……ですよね~』
ですよね~、じゃねぇ!
あぁ、頭が(ないけど)こんがらがってパニック症候群なのに、現実は待ってくれなくて白狐と私の舞闘はヒートアップが止まらない!!
鋼と鋭爪が火花を散らす激しい攻防は、第三者が近づけないどころか、積極的に周囲を巻き込んで動き回る迷惑極まりない局地災害。
当然、みんな遠巻きに避難するわけで……あぁ、逃げた先に量産型茶吉尼が待ちかまえていて一網打尽になってたりするけれど、運だよね、運、うん。
と、
『あっ!』
決定的瞬間を見逃した。
『うわ……』
白狐の首が、飛んでる。
そりゃもう、スパーンと綺麗に、元々そこに切取線が存在していたのかと思うくらいにアッサリと。
勝敗が、決した。
噴き上がる血潮をまともに浴びて、”私”はほぼ無表情で、その戦果を見下ろしている。
『なになになに! なにがどうしてこうなった!?』
『地面の泥掬って目潰し、顎先強蹴して脳を揺らした隙に、下からかち上げるように一閃ッス』
白衣が、鮮血に染まっていく。
睫から濃密な死を滴らせ、彼女は、月見里野乃華は、七星剣で高々と天を指した。
裂くような鋭い視線を周囲に巡らし、
「ヤァヤァ、遠からん者は音にも聞け!
近くば寄って目にも見よ!
百々山が稲田姫、戊の剣姫!
白狐・乍鹿文、討ち取ったりぃ!」
名乗ったぁぁぁぁぁぁ!!
私の顔で、私の声で、名乗り口上ぶち上げるなんてキャラ崩壊しでかしやがったぁぁぁ!
ぎゃぁ!
もう、恥ずかしくてお嫁にいけないぃぃ!
『あ、残念なお知らせがもう一つ』
この期に及んでまだ追い打ち?!
『今の口上、人形に録画されて全軍に生放送されたっぽいッス』
にゃ、にゃんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
気絶したいほどの衝撃をグッとこらえて耳をすませば、聞こえる聞こえる皆さまの、驚愕と歓喜の歓声が。
『野乃華が生きてた!』
『おまけに、銘有りの神の首を獲ってる!』
『なんか血塗れで七星剣高々掲げてるけど、戦場ハイでブッ飛んでる?』
『衝撃で頭がおかしくなっただけなら、生きてる方が万倍マシっしょ!!』
『大丈夫、前からおかしな娘ですから!!』
お、おう。
なんてこった。
いますぐ全員七星剣で張っ倒して、この口上に関わる記憶を物理的消去してやりたひ……。
『え、と……のの姉、生存って事になるんスか?』
『少なくとも公式記録じゃ、そういう扱いなんじゃない?』
『え、じゃぁ、生き残ったら乗っ取られたまま、日常回帰ッスか?』
んな訳に行くか、こん畜生。
『隙を見つけて逆ハックするしかないっしょ!』
『そんな、上手くいきますかね?』
相手に出来たんなら私にだって出来る!
そう思わなきゃやってらんないでしょ!
うん、死んでるけど生き生きしてきたぞ、死んでるけど!
『錯乱してるか自暴自棄になってるか、どっちですか?』
七星剣から追い出されたアンタに言われたかないやい。
『あ、移動するッスよ』
とりあえず、追いかけるしかあるまい。
”私”は、周囲を取り囲む国津神たちを一瞥して黙らせると、七星剣を担いで、本隊とは逆方向へ足を向けた。
あっちは確か、安倍晴が派遣された方だ。
とにかく、彼女の目的が何で、その正体が誰なのか、見極めなくちゃならない。
なんか、一人だけ戦場の主旨が変わっちゃってるような気がするけれど、実際ほかに出来ること無いんだから、仕方ない、よねっ?
『いったい誰に同意求めてるんスか?』
え~と、神?
『……自分も場合によっちゃ、八百万の一柱ッスよ、のの姉』
それより、ちょと思いついたんだけど。
『なんすか? 策士策におぼれる様な薄ら笑い浮かべて』
溺れる前提かよ!
『いちいちツッコミ要りませんからっ』
うん私、死ぬ前にさ、チラッと見たのよね、たぶん彼女。
『ほうほう、で?』
その彼女、真っ黒な衣装着て、変な剣持っててさ。
『ふむふむ、それからどうした?』
そっちの肉体、使えないかなぁ、と。
『……』
あによその、この世のケガレの元凶を目の当たりにしたよな目は。
『のの姉が基本悪党だったって、思い出しただけッスよ』
人聞き悪いこと言わないでよね。知らない人に聞かれたら誤解されるじゃない。
『知ってる人はみんな、首を縦に振るッスね』
もう、私の周囲には天の邪鬼しかいないんだからっ☆
『……』
うん、ゴメン、調子のりました、マジすんません。
死んでるからって、すべてが赦されるわけじゃないよね。
『当然、本気なんすよね?』
探してすぐに見つかるようなところに置いてあるとは思えないんだけど……あ、そうか、こういう時の。
『なんでス?』
神頼み。
まさか、本当に見つかるとは。
『見れば見るほど、のの姉の生き写しっすねぇ、無乳ま』 右手をちょっと動かしたら何かスゴイ衝撃を感じて神樹が吹っ飛んだけど、うん、気のせい気のせい。
それにしても、いともアッサリと、黒衣に身を包んだ”黒野乃華”の本体を発掘できたのは、ひとえにこの山のカミガミのお陰である。
無理を承知で山に直結、こんな娘見なかった? と検索をかけたら、出てくる出てくる目撃情報。どこからともなく戦場へと舞い降りて、なぜか姫子のピンチを救ったりして、ここで肉体を隠して、私を外部から操って殺したらしい。
うぅむ、これは……陰謀の匂いがする。
私の預かり知らないどこかで、私を中心にした陰謀が渦巻いているに違いない。でなきゃこんな手の込んだ人形代、わざわざ創って大事に埋めてく理由が分からない。
って、今更か。
”高天原の娘”なんて存在が、自然からポッと出てきて、巫女の頂点に偶然シレッと着任した、なんて言うのを信じる方が、土台無理だ。
我が、出生の謎。
今まで散々追い求めて、こんな戦場くんだりまで来てしまった甲斐があったと言うもの。
ついにその手がかりが、自分からノコノコ出てきてくれたのだから。
『で、本気ですか?』
もち。
『本当に?』
当然。
『考え直しません?』
くどい! あんた何年、月見里野乃華と付き合ってんのよ!
『本っ当、人の忠告聞かないッスよね、のの姉』
分かってるんなら、黙って付き合え。
『ボク、泣いていいですか? いいですよね?』
とりあえず外野無視して、ピトッと寄り添ってみた。
触れた指先から吸い付くように、魂が肢体と一体になっていく。
なに、この感触……こんなの、初めてっ。
『ちょ、待っ、勝手に合一始めてるっ?!』
なじむ、実になじむぞっ!
吸い付くなんて生やさしい、むしろ吸い込まれるっ!
え? ウソっ! 気持ちよすぎて離れられない!!
まるで最初から私のために用意されていたっていうか、刀が鞘にカチッと収まるかのように、至極当然、拒否反応皆無で、入っちゃっ、た?
『……まさか、これほどとは……』
『あの、これ、泥棒っていうか、間男っていうか』
あ、動くわ。
『のの姉! 自制してっ!』
神樹が騒ぐけれど、実際はスンナリ、何の問題もなくアッサリと、私は”黒野乃華”として生き身を手に入れた。
うん、指先から頭の先まで、完全に合一できてる。
白磁のような透き通る肌は、張りがあってちょっと冷たく、
『それ、人形ですからねっ!?』
あぁ、そういえば心臓とかないね、コレ……へ?
『だから、迂闊に合一とか……』
えっと、こりゃ、本当に、碌でもない陰謀が渦巻いてるみたいだわね。少なくとも今の科学技術で、魂を入れたら駆動する人形、なんて創れていないわけだし、オカルト除けば。
ま、そういうのはとりあえず、後回しで。
『うしっ、追うか!』
身体が動かせるのなら、行動に移すのみっ。
『もうっ! どうなっても知らないっすからね!』
うん。口では文句言いながら、ちゃんと剣の方に神寄って手伝ってくれるから、神樹大好き。
『単なる貧乏くじッスよね?!』
『ネガティブばっかじゃ人生損するわよ』
『さっきまで死んで錯乱してた人が、いきなりポジ思考ってむしろ既知が……』
……さて。
目立たないように追跡しなきゃいけないけれど、この人形代じゃ本隊との連結が不可能なんだよなぁ。自動マッピングとかナビとか便利だったんだけれど、ま、死んでる身じゃ贅沢も言えないか。
うん、今更ながら、本当に波瀾万丈だな、私。
『驚くべきは、とにかく動こうとするモチベーションの方ッスよ!』
しょうがないじゃない、世界は四角くないんだから。
『理由になってね~!』
個性重視のゆとり教育様に理屈なんか要らないのよ!
『無意味に各方面に喧嘩売るのやめません?!』
うん、そのテンションそのテンション。
クヨクヨしてたって事態は変わらないんだから、立ち位置変えて視点を動かせば、ぜんぜん違う景色が見えたりするじゃない。
『見本写真もアングル変えたら、ぜんぜん別物だったりしますけどね』
言うなっ!
『ていうか、急がないと見失うわっ』
『あ、それなら、素敵な移動手段があるッスよ』
素敵な移動手段?
『文字通りの、神業ッス』
うん、もう、こうなったら人だったことなんて忘れて、とことん人並み外れた体験いってみましょうか!
で、やっちゃいましたよ、瞬間移動。
『いわゆる、龍脈とか霊脈とか言うやつかしらん?』
『神網と言ったりもしますけれど、ま、そんな感じッス』
神惟の道、っていう言葉もあるけれど、文字通りカミが利用する見えない通路が、空間に張り巡らされているとはねぇ。
と、感心している場合じゃない。こんな状況じゃなかったら、根掘り葉掘りありったけ全部まとめて、吐かせてメモって論文にまとめたいくらいだけれど。
『で、私と晴は?!』
『そろそろ混乱してきたんで、黒野とか名称固定しません?』
見つけたっ!
『スルー?!』
盆地の外縁部。設定された戦場の境界線で、晴もまた、大型のカミと対峙していた。
あれも怪鳥、だろうか。見た目は、明が相手していた夏羽に似ている。ただし、夏羽が“天空の王者”だとしたら、晴が相対しているのは“大地の女王”だ。立ち並ぶ木々をものともせず、時に折り切りねじ伏せながら、剛力でもって山地を乱走、縦横無尽を体現して、一方的な蹂躙で晴を追い詰めている。
いや、追い詰められては、いないか。
「あっぶねぇな、この野鳥が!」
回避に専念しているとは言え、晴は無傷で動きも軽い。両手の得物も健在ならば、あとは隙さえつければ反撃可能……つくづく、御瑞姫ってのは、単騎で戦況を変えちゃう白い機動戦士ポジションなのね。
となれば、あとは隙をつくる手伝いをしたいところなんだけど。
『いきなりこの姿を晒すのはリスク高過ぎッスね』
それもそうだし、神樹言うところの黒野は一体どこにいるのよ?
瞬間移動してしまったが故に先回りになったのか、晴の助太刀に向かったという推測がそもそも見当違いだったのか……案外、あの身体で瞬間移動できるものと勘違いしていて、今頃肉の重みに苦しめられてたりして……?
と言うか。
楽過ぎんのよ、この擬体。
神力の供給だけで駆動するっていう、超科学的神技工芸品。
触覚や抵抗によるフィードバックで、一応肉体と同じように動かすことができる上に、余分な重みや疲労の蓄積がないから、スムーズに動く動く。これで重力制御機能がついていたら無敵じゃないかと思うけれど、現状で十分オーパーツ。科学技術を卑下する気はサラサラ無いけど、人類は21世紀を迎えて未だ、神の領域に達することは出来ていないんだ、なんて無常観に沈みたくもなる。
で、その人の身に神の力を降ろして、カミすら調伏しようなんて巫女が、眼前で奮闘している。
否、奮闘なんて生易しいもんじゃない。むしろねじ伏せて泣き喚かせて生まれてきた事を後悔させてやる! な勢いで銃弾を雨あられと撃ち込んで、その堅牢で傾斜のついた外殻に跳弾されても尚めげず、実弾ダメなら零弾喰らえって開き直りで、フィギュアスケートみたいなアクロバティックな姿勢から、狙い違わずに命中させ続ける、女子中学生がここに一人。
「だぁ、もう! 焼き鳥にして喰ってやるっ!」
怪鳥の突進を横っ飛びで避けて、片手で地面を軽快に跳ねて晴、クルリと身を翻して標的を視界に捉えると同時に、その胸の弾帯から一発の祝弾を取り出している。
「ひたむきなる燃える魂、亥!」
叫びと同時にハジけた爆炎が、巨大な火の玉に瞬変、大気を焼いて怪鳥へと轟突した。
着弾の衝撃が森を震わす。
1発が天災級の必殺の祝弾は、着弾するや相手に吸着、激しい火柱となって周囲を焼き尽くす……かと思われた。
『「まじかよっ?!」」
思わず晴とセリフがシンクロ、その驚愕の理由は、胸を反らせて羽根を拡げた怪鳥が、超音波を発することで火球を消滅させた現実だ。
夏羽とは異なり、物体に干渉する超音波口撃。その余波が空気を硬化させ、鼓膜と肌を震わせる。私はなんとか大丈夫だとしても、晴はあらがえずに耳を塞ぎ……その隙めがけて五体満足な怪鳥の突進が、巫女を押しつぶさんと襲いかかる!
『危なっ』
思わず手が出るけれども時すでに遅し。助けるつもりなら戦場から遠すぎで、一瞬グシャグシャに挽き潰された晴の姿を幻視。
『オオゥ、臓物ーーーー!!』
『ここまで来ておいて、なぜに見殺し……』
というかそもそも、この人形で戦闘できるかどうかも怪しいのに、目の前の危機を救うなんて芸当、即応できるほうがふしぜ……あ。
『あ?』
天空から、バカが一人降ってきた。
七星剣をまっすぐ握って前方宙返りのまま高速回転、落下の勢いを全部斬力として怪鳥の尾羽根を切り落とし、怪鳥のバランスを崩して結果として晴を救ったのは、まぎれもなく『黒野ッス!』。
思えば、なんでアッチは肉体の限界性能引き出して活躍しまくってるんだ?
『センスの問題じゃないッスか?』
いや、どっちかというと、
『単なる不慣れでしょ、あれは』
眼前、黒野がバテてた。
地面に大の字描いて、息も絶え絶え、水揚げされた魚みたいに口をパクパク酸素を求め……あ、吐きそうになってる……入部したてでハード練習に耐えきれなかった中坊じゃあるまいし。
というかね、持ち主の私が言うのも何だけど、あの肉体、そんな雑技団みたいな芸当に向いてないから。姫子とは違う方向に鍛えてたから。
『ザ・省エネが信条なのの姉に、あの曲芸は無理っスね』
長丁場に適応したと言ってちょうだい。
あと、身軽が売りの姫子と違って、こっちは見るからに鈍重な大剣だ。あんな長尺物振り回して四六時中瞬発運動繰り返していれば、誰だって遠からず限界迎えるに決まってる。
『あ、再稼働したっスね』
それでも、ヤツカという外部バッテリーがあるかぎり、どれだけ筋肉が乳酸でパンパンになっていようと、強制介入で無理矢理肉体を動かすことは出来る……あとから地獄の筋肉痛待ってるけど。うん、あれは酷かった。というか、今からあの肉体取り返したら、またあの地獄の筋肉痛にのたうち回る羽目になるのか……もう、見捨てちゃおっかなぁ……。
『ここまで無茶苦茶しておいて、そんな理由で死を受け入れるんすか?!』
でまぁ、そんな裏事情知らずに、目の前で御瑞姫が登場した途端に力尽きて倒れたりしてたら、
「稲田姫てめぇ、助けに来たのかお荷物になりにきたのか、どっちだよ!」
うん、まぁ、晴に罵倒されても仕方がないよね。
「足引っ張るだけなら来んなボケ! 死体背負って帰る身にもなれや、アホ!」
うん、でもまぁ、格好はどうあれ、命救ってるんだけどね。
「大体、てめぇが絡むとろくな目に遭わないんだよ! もう帰れやこの疫病神!」
うん、開口一番お礼が自動的に出てこないってのは、躾がなってないんじゃないかなぁ?
『……そろそろ殺すか……』
『なにしに来たんスか!!』
『なんかもう、諸々面倒くさくなって、いっそ見境なく灰にしたほうがスッキリきれいに片づくんじゃないかなって』
『めっちゃ爽やかな笑顔で悪魔みたいな事いわないで下さいよ!』
うん、けど流石に本気で、神樹のツッコミ聞くだけの時間に飽きてきたよ。
武力介入、いっとく?
『ちょい待っ!』
ま?
慣らし運転で晴の助太刀に一歩踏みださんとしたタイミングで、珍しく神樹がマジに声を上げた。
『これは、好機かもしれません、のの姉』
……うん、本気でマジだ。声のトーンがいつもと違う。ギャグ声優の素の声がすごいイケボで、戸惑うくらいのインパクトがある。
正座で傾聴すべきだろうか。
『……だから、晴と共闘すれば、あのカミを倒せるチャンスじゃないの?』
『そうではなく……戦況全部をひっくり返す、いわば、御瑞姫の性能こそが戦場の趨勢を決定する……そういう場面で今! のの姉は、奇跡的に配布されたジョーカーとして、活きる可能性があるってことです!』
……こいつ、キャラ変わってね?
あ、状況が動いた。
黒野、晴、怪鳥の三すくみ……じゃなかった、御瑞姫二人とカミ一柱。
なるほど、確かにこの状況なら、私がノコノコ出ていく必要はない。
むしろ姿を晒せば、『野乃華が二人?!』と友軍に無用な混乱をもたらすだけ、か。
『黒子に徹して、ピンポイントで状況に介入、ありえない一姫当千の第三軍として立ち回れば……誰の予想も追いつかない、戦場の覇者にもなれます』
……柄じゃないんだけどなぁ。
『好き嫌い言っていられる状況ですか!』
……ま、主役は姫子に譲るとして。
『んじゃ、最強の黒子として、再出撃しますか』
戦況攪乱がため、いざ、参る!
……と格好つけたい場面だけれど。
『どこ行こう?』
『ざっと戦況を整理して、一番クリティカルな部分を突けば良いんじゃないっすか?』
それを素で出来たら、最前線なんかに立たずに後方指揮官やってるわい。
『そういうの全部、叶姉に押しつけてきた自己責任ッスね』
適材適所と言ってちょうだい。
『ま、でも、深く考える必要はないのか』
『……完璧生物と化して、のの姉は考えるのを止めたんスね』
確かにこの義体じゃセックス必要ないけど、
『そうじゃなくて、普通に考えればさ、相手にとって一番嫌な状況って、挟み撃ちしかないじゃない』
『そんな、安直な……』
うん、でも、開戦前に叶に蘊蓄たれられたのは、外線として、いかに相手を包み込むか、という課題だった。
結局あの後、自分と晴が遊軍として臨機応変に走らされるって結論になったけれど、その命令を拡大解釈すれば、
『相手の嫌がることを優先的にやれって事だよね、要するに』
『有史以前から連綿と続く戦争の歴史の中で、幾百万の男たちが延々と議論を続けてきた戦術論を、いきなりバッサリと切り捨てるような極論を……』
『いや、本質ってシンプルなもんでしょ。枝葉を茂らせゴテゴテ装飾して、見た目と耳障りをデコるうちに、どんどん芯が見えなくなったりするけれど』
ま、そんな悠長な雑談をしていられる状況でもない。
さて。
黒野と晴は、ノープランのアイコンタクトすら取らない臨機応変、にも関わらず、奇跡的なツープラトンで、怪鳥を順調に蹂躙している。
しょーじき、このまま黒野を尾行して、あの泥棒猫の首根っこ押さえて拷問にかけて、私を殺した真意を問いただしたい気持ちは抑えがたいけれど、それも無事に生き残れたらの話だ。
まずは、この状況を終わらせないと、しゃれにならない被害が出ちゃうからして、
『私情を殺して任務に励む……健気だなぁ、わたし』
『……』
放置かよ!
『……ツッコミの在庫切れッス』
神樹のツッコミがなかったら、暴走する一方で止まらないじゃない、私!
『止めて止まる暴走列車じゃないッスよね! アメリカの超人だってのの姉の超特急を止められないッスよね?!』
そうそう、その調子その調子。
さて、気を取り直して、
『サクッと切っちゃいますかね』
誰にも認められない戦いの火蓋でも、さ。
てなわけで。
完璧生物とは言わないまでも、死んでしまったことで仮の肉体を得た私は、それまでの常識には縛られない、反則としか言えない特質を得ていた。
神網による瞬間移動である。
……いや、これは反則というより明確なルール違反、ご都合主義と批判されても文句の言えない主人公補正で、戦争という極限状態で、死なない、物理跳躍、無限のエネルギー、を体現したりしたら、それは『神』にしか許されない暴挙なのであって。
『いや、のの姉は実質、カミですし』
そういう問題じゃねぇよ。法が許しても創作者としての倫理に抵触するって話だよ。
『立っているものは親でも使え、が信条じゃなかったです?』
子供の喧嘩にドローン爆撃機持ち出すレベルの卑怯じゃないかしら、これ。
『まぁ、死んでいて人形の躰って意味じゃ、ドローンと言えない事もないッスねぇ』
……そうじゃねぇだろ。
『のの姉の亡霊がドロローンって戦場を徘徊……』
さすがに投げた、剣を。
ドスッと一直線、草場の陰からこちらの隙をうかがっていた国津神の脳天に直撃したりしたけれど、うん、それは不幸中の幸いってやつで。
『ひどい、あまりにも扱いがヒドい!』
いや、敵がいたからさ。
『偶然ですよね!?』
その偶然を呼び寄せる運も実力のう、ち……。
『ひ、ひぃ? ヒィィィィィィィィィィィィィ!!』
そこに、ホラーが立現した。
脳天に大剣が突き刺さったまま、悠然と身を起こし、近づいてくる一柱の国津神。
無頓着なのか器が特大なのか、ユニコーンの角よろしくそそりたつ凶器をなんとも思っていないか、その神は私を見据えると、白髭に覆われた口元を煌々と輝かせて……て、いや、ちょと待て。
ちょ、ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ、ちょっと心の準備って奴を。
その鼻の長さ七握、背の高さ七尋余り、口は赤々として眼は爛々と、上は高天原、下は葦原中つ国を照らし、精力絶倫、いかなることも成し遂げる不堯不屈、健康無比な道祖の神にして興玉の神、白髭大明神、岐神、田中神、土公神、地蔵や稲荷にも比定され、天孫降臨の導きをしたという、
「吾は国つ神、猿田彦大神なり」
ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!
名台詞きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
『のの姉、落ち着け』
これが落ち着いていられるか!
猿田彦大神だよ、地祇の親玉だよ! 伊勢神宮に匹敵する日本最古級神社、椿大神社のご祭神だよ。知る人ぞ知るとは言え、関わったことがない日本人なんて皆無といって過言じゃない、全国に偏くご威光を行き届かせ、天狗の面と手塚治虫の「火の鳥」で知名度もグンバツの!
『……つまり、敵のアタマっすよ』
て、き?
『総大将』
ボス?
ハッと吾に帰り、あわてて獲物を握ろうと、無いっ?! 剣が無い!
『のの姉がぶん投げたんでしょうが!』
神樹、そんなところで油売ってないで、とっとと帰ってきなさいよ!
ていうか!
どこからどう見ても、仮面ライダーでしょ、あれ!!
アーモンド型の目が縦に二つ並んでその間の突起が盛り上がってついでに頭部まで髷のように延長して、白髭のような造形は陽光を反射して口元にあたるマスクは剥き出しの歯のようなモールドを刻まれて、首から下は装束に覆われているから直視できないまでも、首元や手首の半光沢な輝きとツルリとした表面、なによりも間接を覆う外殻が、どこからどうみても特撮系変身ヒーローのスーツにしか見えないんですけど!!
『問おう。汝が天津神の娘か?』
そんな私の驚愕も露知らず、簡単にスポッと大剣を引き抜いて、逆手に持ったまま悠々と近づいてくる仮面ライダー・サルタヒコ。
え、と。どう答えておくべきか。
というか、なぜ仮面ライダー。
いや、宇宙刑事かもしれないけれど、まるで昆虫のそれのように大きなアーモンド型のツインアイは、どう見ても平成ライダーの面影。いや、まぁ、元々の日本書紀の描写が生物離れしていた化け物だったから、むしろ設定に忠実にすればこういう解決方法しかないよねって、納得できないこともないこともないっちゃないんですけど?
『問おう。汝が天津神の娘か?』
眼前に、見上げる距離に、仮面ライダーがいた。
ズズッと私の投げた大剣の柄を差し出す仕草には、敵意がない。よく見れば、額のぶっ刺さった痕が、自然修復されつつある。その一点だけでも、これは生物ではない。というか、理解してしまった。電光石火の勢いで。
これ、私の今の義躰と、一緒じゃね?
剣を受け取りながらも、私の中の警報は止まない。けれど、スルリと移譲された剣の重みは、眼前のカミの交戦の意思の有無を、ズシリと主張しているのだ。
ザッと、受け取った大剣を地面に刺し穿ち、私はその答えとした。
見上げ、頷くしかない。
相手がその気なら、これまでのやりとりの間に、何十回でも首を獲られる隙はあったのだ。このタイミングで声を掛けてきたと言うことには、対話の意図があるに違いない。
『ずいぶんと、アッサリと認めてくれるものだな』
その表情は変わらないが、荷を下ろした肩の大げさなジェスチャーが、猿田彦大神の緊張の度合いを如実に表していた。
『こっちは、そなたのためにこれだけの舞台を整え、決死の覚悟で地上に上がってきたというのに』
は?
いや、ちょっと待って?
昨日からこっち、というか規模の大きさから考えて数週間から数ヶ月は掛かったであろう大軍の進撃を、まさか私一人を捕まえる為に準備してきたと言うの?
生身であったなら、背筋を間違いなく、いやな汗が伝っている。
こんなちんけな娘のために、捧げられた犠牲が大きすぎるのでは。
いやいやいや、そもそも、なんで、地祇の長たる猿田彦大神が、今更敵対する天津神の娘なんかにこだわるわけ?
『天孫降臨を導くのは、吾の役目と昔から決まっている』
そして大神は、私から視線を逸らせると、戦場すべてを見回すかのごとく、その長身からの視界すべてを、よくよく吟味してみせた。
『付いて来る度胸はあるかね?』
この状況で、私の自由意志を尊重すると?
『なぜ、吾を敵だと思う』
だってあなたは、この国津神軍の総大将なのでしょう? そして私は、巫女を束ねる御瑞姫の一角。どう考えても、友好的な接点はないでしょうに。
『御瑞姫だった、の間違いでは?』
……いや、そうなんだけど。そうなんだけど、さ。
『そもそも剣の巫女は、今も壮健で、戦場を血に染めているぞ』
笑いを堪えた声音だった。
そうか、あっちの野乃華はまだまだ元気なのか。
と言うか、戦場のど真ん中で、私は暢気に立ち話なんかしていられる立場なのか?
『立ち話が不服なら、茶席でも設けるが』
そーじゃねーだろ!
けれども、こーなったら、肝を据わらせる他はない。
今ここで、大剣を瞬秒でかちあげて猿田彦大神の首を刎ねた所で、問題が解決するわけじゃないのだ。
そもそもの大問題は、「この魂が、猿田彦大神すらも動かすほどの、最重要アイテムであった」という現実を、どう処理するか、なのだから。
『ふむ、話が早いのは助かる』
そう、驚天動地で空前絶後のどんな突拍子もない話でも、秒で呑み込んで順応してしまうのが、月見里野乃華の魂の、唯一の取り柄ともいえる特長なのである。
というか、私の捕獲が目的だったのなら、こんな素っ頓狂な危ないだけの戦争、とっとと終結してくれませんかね?
『戦争というものほど、始めるほど易き、終わらせるのが難いものはあるまいよ』
それって責任放棄じゃないですか!
思わず大剣を抜きかけたけれど、我慢我慢。私だって相当の数のカミを斬り伏せてきた、国津神の怨敵だ。憎悪のタネを撒き散らした自覚はなくとも、知らずに買った恨みの数は知れたものじゃない。
『そもそもこれは、生まれ変わりの儀式なのでな』
歴代の神々が、こんな僻地で無駄に命を散らすのが?
『国津神の中では、地上の巫女に斬られることで、来世に人間に生まれ変わることが出来るという根強い信仰が生きている』
……それ、迷信なのでは?
『戦場で華々しく散ることで、楽園に導かれるという信仰は、世界共通のルールであろうが』
少なくとも人間界、あなた方が羨むほど、楽園でも極楽でもありませんけれど?
いや、というかそもそもどうして、こんな馬鹿げた方法でわざわざ、私なんかを捕獲する必要があったわけで?
『捕獲ではない、確保だ。仕方があるまい、なるべく穏便に、しかし不自然じゃない事故を装って、事を運べとプランを下したのは、他でもない、高天原なのだから』
な、ななななななな、なんですとっ?! 高天原!? 実在したんですか、それ!?
『ま、それを説明するのが吾が役目でもあるのだが……』
猿田彦大神は、遙か遠くを見据えている。
『やはり、その血が騒ぐか……』
その視線の先。
『神狩っ!』
戦場に野太く一本、赤黒いラメ色に輝く、夥しい勢いの禍々しき神力の噴出っ!!
なに、あれ?
『あれこそ、今日までそなたを秘匿せねばならなかった元凶よ』
天を突く勢いで噴き上がる神力の柱が放つ不吉さは、筆舌に尽くしがたい。
けれども私の魂は、その神力の波動に押さえがたい親近感を抱いている。
『見ろ、そして構えよ。あれは、そなたを狩るためだけに生きてきた猛獣よ』
その言葉に導かれるように、私は魂を山の視界に接続した。
爆心地へと一気にズームする流れる視界の見慣れた景色に、さっきまでその地で、両の拳を振るっていた親友の像が想起される。
けど、どうして?
果たして、そこに、姫子はいた。
目を充血させ、上体を限界まで反らし、体内から噴き上がる暴力的な力の奔流に喜びの雄叫びを上げている、よく見知った姿。
理性も、正気も、倫理も道徳もあらゆるしがらみを力尽くで解除した、暴力の本能に身を任せるだけの、獣と化したその姿。
その瞳が、遙か遠隔地から神なる力で視線を跳ばしている私の視線を、化外の能力で逆探知をしたのか、明らかに喜色に満ち満ちて、私の現在位置へと向けられた!
ゾッと、人形では感じないはずの怖気が、この魂を震わせる。
あれは、あかん。
人の手に負えるもんじゃない。
この世で最も悍ましい、何かだ。
『かつて、天津神によって地に墜とされた星神、天津甕星。以降、ありとあらゆる憎悪と怒りだけを糧に、天津神を滅ぼす、ただそれだけの為に命を繋いできた、神狩の一族』
姫子が、私を、獲物としてロックオンする。
『天津神絶対殺す巫女、それが、神狩だ』
なんで今更っ!?
この16年は牙を剥かなかったのにっ!?
『この事態を想定していたからこそ、時期が来るまで、そなたを人間の身体に封じて擬態させてきたのだ。それでもあやつは、本能でそなたを嗅ぎつけ、人間の化けの皮が剥がれる瞬間を待ち受けていたのだがな』
んじゃ、姫子は、私を最初から獲物かも知れないとマークして、友情に見せかけて、その実は、いつでも殺せるようにストーキングしてきたって言うのっ?!
『本人は無意識であろう。今表面に出てきているのは、天津甕星の方だ。あの一族は、血を継承する巫女の肉体を、いつでも乗っ取れるように呪いを施してきたからな。実に千年を越える妄執だ。まさか、結実の時が来るとは想定していまい』
なんでそんな物騒なものを味方にしていたんですかね、神宮はっ!
『神宮も、完全なる天津神が降臨するとは考えていなかったのだろう。それは、現体制が根本から揺るがされる事態だからな。ゆえにそなたを、御瑞姫として手元で管理しようとした』
天津神と猿田彦大神は、それを見越して、こんな手の込んだ茶番を準備してきたと?
『雑談はこれまでだ。今はなんとか、あれを叩き伏せねば』
今や、赤黒き柱は霧散し、代わりに戦場は、血と悲鳴の惨劇に彩られていた。
一直線に獲物に向かう、その先にある全てを、殴り倒してでも。
それが甕姫、暴走の殴姫たる、神代姫子のスタイル。
けれど、人を人たらしめる理性や知性を欠片も感じさせない、ただの狂える暴力の塊と化してしまった今の姿は、哀れを通り越して喜劇でしかない。
あらゆる神を殴り殺すと宣言しておいて、己の胸の内の神に呑み込まれて操られるとか、どういう間抜けよ。
『こうなっては仕方がない。全兵力をもって、神狩を押しとどめ、そなたを黄泉へと連れて行く』
そこで、私の生まれた意味の、全てを知ることが出来るというのなら、頷くしかなかった。
大剣を握りしめ、とにかく姫子を黙らせようと、意思を固め、
『景品みずから、ノコノコと狩られに行く馬鹿があるか』
両肩をグッと、背中から握りしめられて動きを封じられた。
さすが仮面ライダー。膂力が半端ないって。
いや、でもあれ、御瑞姫レベルの戦力をぶつけないと止まりませんよ?
すでに戦線は崩壊し始めている。
国津神側の進撃は止まり、方向転換して全てが姫子に向かっているけれど、姫子の進軍速度は一ミリも揺るがない。そもそもが、両の拳で殴って進むという非効率スタイルだったのが、神に操られるようになったせいか、両腕から神力を放出させて巨腕を形成し、密実な力の奔流で辺り一帯を薙ぎ散らかすという、まるで人間重機のような圧倒的な暴力の塊に変じている。
あんなの、まともじゃない。
神代姫子は、殺し合いにも美学や哲学を見いだす女だった。どんな敵だろうと敬意と感謝を拳に込めることを信条にしていた。殴られる方からすれば違いなんかどうでもいいだろうけれど、それでもあんな、立ち塞がる神の軍団を前にして、なんの感情も抱かずにぞんざいに粉砕するような、そんなモンスターではなかったはずだ。
『死ぬ直前ののの姉も、あんな感じだったっすよ?』
暫く沈黙していたと思ったら、余計なことだけ思いだしてんじゃないわよ、神樹。
『もう、戦争どころじゃないっすね』
この便利な身体で戦場を縦横無尽に駆け回って、究極の黒子に徹するなんていう次元は通り過ぎてしまった。全ての事象が神代姫子一点に集約されてしまえば、この場に居合わせた全員でもって、あの災厄をなんとか止める手立てを考えるほかがない。
『のの姉が黙って狩られれば解決するんじゃないっすか?』
弩却下。
『そもそものの姉、一瞬で敵に寝返っちゃってますけど、自覚してますか?』
超弩無視。
『いや、まぁ、あっちには代わりののの姉が残ってるんで、辻褄あってるのかも知れませんが』
その辺の事情を全部、まるっと聞き出すには、今は黙って背後の仮面ライダーに従うしかないって状況でしょうがよ。
神樹だって分かってるくせに。
それはそうとしても、本当にあんなの、止められるんですかね、烏合の衆で。
一姫当千。どんな大群を相手にしようとも、退かずに奇跡を体現するのが御瑞姫という生き物だ。そこから理性を引いて暴力をマシマシにすれば、天災としか形容のしようがない、制御不能の歩くメルトダウンが出現する。
ここまでは何とか戦術で拮抗していた戦線も、相手が戦略級の核ミサイルでは太刀打ち出来ない。
『ならば、出すしかあるまいよ』
振り向けば、決意を秘めた声音で、猿田彦大神の両目が輝きを放っていた。
出すって、何を?
『切り札、だろうがっ!』