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第四帖 萬神騒威~八十万の神の凱旋か零落~ 参

前回の裏筋


 己の危機を悟ったとき、人はどう行動するか?

 訓練されていない人間なら、情報の整理が追いつかず、認識した時には手遅れだろう。

 訓練されている人間なら、状況が打開可能かどうかを冷静に判断し、可能ならば行動を起こすだろう。

 ならば、訓練されている上、状況が打開不可能と判断したらどうするか?

 右腕を大蜘蛛の鋼糸に絡め取られた神代姫子の現状は、まさに絶体絶命であり、戦闘のプロであればあるほど、己の死を受け入れてハイクを詠まざるを得ない袋小路。

 故に。

 姫子は、人の思考を捨てた。

 すべての行動から脳の分析を断ち、視覚と筋肉を直結して脊髄反射で対応したのだ。

 右腕は糸に絡められ、封じられた。そのまま持ち上げられれば、蹴地による姿勢変更も不自由。人間の思考なら絶望して神に助けを請う状況――だから姫子は獣の直感で、左拳を複数発、己にぶち込んだ。

 左手甲『千』は、貯蔵神力の瞬発によって、拳前面に光の膜を展開、着撃のインパクトに小爆発を起こして威力を高める、連打式の殴撃神器。その特性から数メートルなら光撃の発射が可能であり……左拳から放たれた光撃に全身を打たれた姫子は、不規則な軌跡を描きながらも右手を軸に宙を舞い……土蜘蛛の針尾の一撃を、紙一重で避けた。

「いてぇ……」

 あらゆる躊躇いを排除した遠慮無用の連撃だ。常に妖怪相手に向けている拳を自らの肉体と引き替えに受けた姫子は、

「さすが、あたし! どんな体勢でも変わらない威力は神代姫子だけっ!」

 雄叫びに、ヒビの入った肋骨が泣いた。

 振り子のように揺れる全身の体重を受けた右肩関節が、燃えるように痛い。

 一撃を防いだ代償=満身創痍。

 再撃を同じ方法で避ければ……右肩がちぎれるか、内蔵が破損するか、全身複雑骨折か。

「なんて素敵な自殺選択っ!」

 それでも、敵に止めを譲るよりはマシだと、自分の思考に酔うこそ姫子。

 揺れる視界の向こうには、針尾の一撃を無理矢理避けたコチラを、笑って見ている大蜘蛛の鬼面がある。

 浮かんでいるのは、サディストの笑みだ。

 即死しないようにいたぶってくれるのか、それとも即死の一撃をチラつかせて時間を稼いで精神的に追いつめてくるのか。その趣旨は分からないが、一撃で相手を楽にすることを主眼とする姫子には、納得できない思考の相手だ。もっとも、

「楽しい戦闘だったら、相手を回復してでも続行するけどね、あたしっ」

 戦場では、なかなか趣味を優先できないので口惜しいが、今回の敵は彼女の趣味ではない。今すぐ、あのムカつく笑顔に拳をたたき込んでやりたいが、右手を縛る鋼糸は、左拳の光撃を弾き返してビクともしない。

「斬撃が、欲しいっ」

 腰の入った一撃なら鋼糸でも何でも砕けようが、宙ぶらりんの現状では、どんな拳撃も有効打とは言い難い。それでも、諦めないことだけを、姫子は万の神に誓約している。

「諦めたら、そこで試合終了だかんね! 諦めなくても自動的に負ける試合もあるけどさっ!」

 大蜘蛛は、そんな姫子の葛藤はお構いなしに、サッサと止めを刺すことに方針変更したらしい。問答無用と再度構えられた針尾は、先ほどの暴挙を警戒してか、刺突ではなく殴打スタイル。

「意外に小心者だな、おい! そこまで念入れなくても、次が当たったら最後だよ!」

 挑発はアッサリ無視され、大蜘蛛の針尾が、しなり、狙い定め、放たれた。

 逃げる術、なし。

 頓狂な技、なし。

「神様仏様イェス様アッラーシヴァ神アフラマズダー! 誰でもいいから、悔しかったら、あたしを助けてみせろぉぉぉぉ!」

 絶叫は、黒影に遮られた。

 天空から駆け降りた

            世界を区切る一閃

                      ――斬!

 喉から手が出るほど欲しかった斬撃が、姫子の戒めと、大蜘蛛の針尾を、情け無用と両断した。

「え、え? のののん?」

 スーパーハイスピードカメラの如き動態視力と野生動物並の嗅覚が、姫子にその下手人が、月見里野乃華であると知らせる。

 が、黒い。

 その姿が、漆黒くろい。

 艶なしマットな清楚な髪も、輝きを宿さない瞳も、宵闇を染めたかの如き巫女装束も――その全身から立ち昇る神力の霞まで含めて。

「のののん、何時の間に2Pカラーなんか出てたん?」

 もちろん、姫子にも理屈は分かる。目の前にある人影が、自分の知る『野乃華』ではないはずだと。

 だが同時に本能が告げるのは、その影が『月見里野乃華』本人に違いないという、確信だ。

「ど、どゆこと?」

 理解が追いつかぬ間に、黒い野乃華はこちらを一瞥すらせず、森へと走り去っていく。

「あ、ちょ、まっ」

 慌てて追おうとした姫子の脳裏から、今まで闘っていた大蜘蛛の事など、スッポリと抜けていた。姫子の背中に向けて、針尾を斬られたカミが、どれほど憤怒の複眼を向けているのかも……。

 がら空きの背中に、カミは憎悪の全てを叩きつけようと身構える。

 自分を救ってくれた影の謎を解くは今しかないと、姫子は逃げる2P野乃華に追いすがり――そんな両者の思惑を押し流すように、白と黒に明滅する神力の奔流が、窪地一帯へと流れ込んで来た。

「う、ぬぉ? なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」

 姫子は知らぬが、水金治火木土天命戒の真の狙いは、常在戦闘であり命令違反が日常茶飯事のひのえひのとの御瑞姫の制御にあり……周囲一帯を埋め尽くした黒白の神力は、その思惑を達成せんと実体化して、丁の御瑞姫=姫子の手足に絡み付いていく。

 そして、四肢の自由を空海たちに握られた姫子は、空中逆さ吊りの体勢で大蜘蛛と乱闘と繰り広げる操り人形と化した。

 国津神側の一反木綿の群れが戦場の空へ舞い上がった朝っぱら、戦況は、着実に、傾きを変えつつあった。


 転がるように斜面を駆け降りた。

 落ちる、と言っても過言じゃない勢いで。

 泥地に横たわる木々を、八艘跳びよろしく渡って、白と黒に色を変える粒子が景色を異様に彩る戦場へ一目散。

 私と望は、空海女史の指示を受けて、敵の脇腹へと躍り出る。

 国津神たちは、水金地火木土天命戒の影響に苦しみながらも、戦線を固持。塗り壁隊による圧進が跳ね返されてもまだ、圧倒的な戦力が後方に控えていて、

神樹みき、ヤツカっ!」

『何すか?』『どうした?』

「半径50メートル位、まとめてムラなく吹っ飛ばせ!」

「あたしの存在忘れんな!」

 ち、望がいたか。

『まとめてムラなく?』

「1%手加減でっ」

『なら、構えよ』

 グッと腰を落としてバネを溜め、蹴地ッ!

 一際高く跳び上がった眼下には、猪や狼、鎌鼬などの獣怪がひしめき、覚やぬっぺら坊、人型怪異もわんさかで、まるで妖怪の見本市。後方、エンジン音ならぬ奇声を上げて、顔色をレッドゾーンに興奮させるは火車の群れ。その上空を白く染めてたゆたうは一反木綿の隊列で。

 まだまだ、序盤!

 なのに、空海女史は切り札(ジョーカー)を切ってしまった。切らざるを得なかった。最初から余裕なんてないいくさ。短期決戦を強いられたのは、内線の国津神ではなく、外線の私たち。

「うぉら! 吹きとべぇぇぇぇ!」

 敵のただ中に飛び込み、野生動物のムッとする熱量に圧されつつも、それを振り払うように力任せの一閃で、大地に大円を描く。

 大剣に伝わるは、肉を打つ重い衝撃。神樹とヤツカ(和)とヤツカ(荒)と、黒白の神力に後押しされた七星剣は、何者にも止められないフルスイングであらゆる物体を薙ぎ払い、

「ふん、ぬぅ!」

 肉の塊が、竜巻の如く噴き上がった。逆巻く肉の間欠泉に、周囲がドヨメキ、後ずさる。

「違う、こんなの、私の知ってる、のののんじゃない」

『本当、出鱈目だよね、御瑞姫』

 望、叶……出鱈目でなくて何が御瑞姫か。

「文句があるならついてくんな」

「私も、負けてられないって話だよ!」

 振り返ると、望の振り上げた釘バットが黄金に輝いていて、その神力にすっごく親近感を覚えるや否や、

「まとめて、飛んでけ~~~~!」

 まっすぐ振り下ろされた釘バットから、輝く柱が迸り――大光芒が戦場を駆け抜けた。あらゆるモノを、抗う間もなく押し流す、濁流と形容する他ない神力じんの奔流。

「なに、そのチート技」

「これが、百々山巫女の力、よ」

 台詞は格好いいけど、息切れしてて。

 親近感を覚えた神力から推測するに、珠恵が蓄えていた百々山のカミガミの力を、叶を通して望に直結、釘バットをホースに見立てて放出した合体技、かな?

 無茶するなぁと呆れながらも、現実はせいぜい、二人合わせて数百柱といった戦果。推定戦力30万には程遠く、私たちがちょっと暴れたところで、焼け石に水じゃないかと嘆息してたら、

『デュアル・インヤン・ウェーブ!!!!』

 本隊の方角から、窪地一帯を一直線に貫く、野太い光柱が放たれた。

 砲、というより、むしろ道。光の筆が大地を撫でれば、そこに一筋の空隙が描かれ、ひしめきあっていたカミたちが蒸発。動揺が怒濤の勢いで戦場に広がっていく。

「望、本当の出鱈目ってのは、アッチよ」

 山と接続して目撃したは、割烹着姿の鈴瞳さんと黒メイド姿の空海女史が、背中合わせに両手を握り、謎の神楽舞いの終わりに、膨大な光砲を発した様子だ。

 ついで、逆鉾さかほこ慧凛えりんちゃんの陣から白い神力が、那須なすの佳紅矢かぐやちゃんの峰から黒い神力が、それぞれ猛烈な勢いで噴き上がる。

「あれも、水金治火木土天命戒の影響?」

『この条件下だ、みずのとかのとの巫女も当然、強化されようよ』

「……じゃ、その制御下にさらされる、ひのえの晴と、ひのとの姫子はどうなってんの?」

『他人の心配してる場合じゃないっすよ!』

 神樹の警告は真っ当で……私と望の二撃で近場のカミは吹き飛ばしたけど、まだまだ周囲一面見渡す限り、敵に取り囲まれての孤立無援――だった所に、

『遅れてゴメン! 援軍送るわ!』

 叶から、涙がでるほどありがたい申し出が新着。

 木々を割り、山裾へ滑り来たは、安倍家が誇る自立駆動絡繰『茶吉尼』をサイズダウンした量産型。3メートルの体躯が隊列を組んで壁を成し、両肩に固定された砲から間断なく光弾を吐き出して、戦場へ混乱をまき散らす。

 望と二人、その暴威を避ける間に、第二陣―白符の列―も戦場へと流れ込み。それは空海女史が夜なべでこしらえた、対神護符・屍鬼しきの一群で、折符の波が、戦場に出ると同時に人型へと続々展開、刃性表面加工ブレードコーティングされた紙の腕を刃として振り抜いて、悲鳴と肉片を周囲にばら撒いていく。

「……なん、とか、体勢立て直した?」

『まだまだこれからよ! 反攻を一気に、蹂躙に変えるわ』

 喜々とした叶の宣言が、頼もしくも恐ろしい。

 が、兎にも角にもなんとか一息。

 私と望は額の汗を拭いつつ向き合って、互いをねぎら……うかと思いきや、交錯した視線が火花を散らして静かな決闘に突入で。

「あんた、私を置いていく気でしょ」

 刺さる指摘。

「二人で闇雲に突き進んだって、敵中遭難するだけじゃん」

 とっさの嘘。

「そうならないために、本隊の援護射撃があるんじゃない」

「いやいや、御瑞姫の場合は、そういう負担を求めずの、単騎駆けだし。望、叶、珠恵の本分は後方援護のはずだし、そもそも望の本当の持ち場はどこよ?」

 図星に単刀直入だったら尚更、私はムキになって望と対峙……したけれど、その程度でたじろぐ柔な望じゃないわけで。

「ここまで来て、水くさい!」

「望に死なれたら、こっちが後味悪いのよ! それに、退路は確保してて欲しいじゃん」

「いや、敵中突破に退路必要ないでしょ」

「分かった。私が斥候として先行するから、安全確保できたら着いてきて」

「戦場のど真ん中の、どこだったら安全なのよ?」

 あぁ言えばこぅ言う。

「ちょっと野乃華、自分の価値を軽んじ過ぎじゃないの?」

『まぁ、私ら極論したら、野乃華の盾になるために、戦場にいるようなもんだし』

「そういうのがなんだけど」

『上に立つ者の権利と義務なんだから、慣れるしかないわね』

「ていうか、私らの代わりはいても、御瑞姫の代わりなんかいないっつぅの!」

 双方譲る気配は毛頭なく……けっきょく、私が折れた。

「おっけー、わかった、いちじきゅうせん」

 幸い、こちらは増援のおかげで一息つける状況だ。

 私は単騎突破をあきらめた代わりに、戦況を把握すべく、再度”山”へと接続し、

「ぬほ、姫子?」

 いの一番に繋いだ「姫子チャンネル」では、なぜか姫子が逆さまになって無茶軌道で戦っていた。

「姫子が、また何かやらかしたの?」

 望の声には、姫子への不信しか含まれていないけど、

「やらかしたっていうか、やられっぱなしっていうか」

 私は、見たままを説明するしかない。

『あ、それ、水金治火木土天命戒の効果ね……姫子は火だから、空海さんが操り放題』

 相変わらずジャストな叶の解説に、

「そんな便利な方法があるなら、うちにも是非欲しいよね」

 なぜか首筋に視線が刺さったけど、うん、無視で。

 姫子であれなら、丙の御瑞姫である晴も、同じような目にあっているんだろうか?

 あのトリガーハッピーがどんな目にあってるか、見たい気もするけど、先に気になったのは勢い良く神力を噴き上げている、慧凛ちゃんと佳紅矢ちゃんの動向で。

 狼の群れに囲まれて、おまけに國摩呂くにまろとかいう鹿の化け物みたいなカミに突進されてた慧凛ちゃんも、天狗たちをはね退けた直後に龍神の襲撃を受けた佳紅矢ちゃんも、この出鱈目なバックアップを力にして、どんな反撃に出ているのか。

 再度、樹上で佇んでいるであろうモモンガへと、接続を試みて……一反木綿の群れが漂う戦場の底、土中から吹き上がったカミの襲撃に見舞われた少女の映像に、ズームイン。




 逆鉾慧凛が白黒の神力の介入を受けたのは、國摩呂の突進によって吹き飛ばされた直後だった。

 泥地とはいえ叩きつけられた衝撃も、それまでの疲労も、細かい怪我も、あらゆる穢れが、身の内で活性化する神力によって禊がれ、癒され、更に力が湧き上がってくる。

 なによりその装束が、ドレスの様に変わっている。巫女装束とは相入れぬ、黒のメイドドレスはフリル付き。

「トラジマッ!」

 訳が分からない時は、相棒の猫又に聞くに限る。

「水金治火木土天命戒か……おまえに分かるように説明するなら、番組後半の販促的パワーアップイベントだ。時限式だが、まさに反則的パワーを得るぞ」

「具体的に、どうなるわけ?」

「まず、オレは、神器と合一する!」

 言う間に光と化した猫神は、戦場へと投げ捨てられていた火愚鎚へと突入……元々少女の身長をオーバーしていたハンマーサイズが、見る見るうちに表面積を膨大させ、

「ぶっちゃけ、ありえねぇっ!」

 全高にして7メートル、鎚径5メートル強の、燃える巨大鎚メガ・ハンマーが爆誕した。

『長くは保たんぞ、オレを握れ、慧凛!』

「とに、かく、やっちゃらぁぁぁぁぁ!」

 色んなゴチャゴチャ振り切って、少女は得物に突進した。巨大化ゆえに両手持ち専用となった愛鎚は、変化を感じさせぬほど手に馴染み、一息で軽々と持ち上がる。

「これならっ!」

 慧凛が喜々と、國摩呂と向き合えば、黒白の神力の流入に戸惑っていたカミたちも、その不快さを無視するように戦意を高揚させて睨み返す。

『やっちゃれ、慧凛!』

かのとの暴姫が降伏ごうふくは、古今無双の荒療治!

 荒振る神をガチ潰し、打てば響くは断末魔!

 我が鎚は石鎚山の神の鎚、何潰すとても叶わぬは、なしっ!!」

 口上の終わりに、神力じんの爆発が重なった。

 身に余る荒魂あらみたまが溢れだし、少女の肉体が純白の輝きに包まれる。

『ぶっ潰したれ!』

吐普加身依美多女とをかみえみため 吐普加身依美多女とをかみえみため

 祓給清給はらいたまえきよめたまえ

 退給たいらげしめたまえ!」

 横薙ぎに振り抜いた火愚鎚から、炎の龍が躍り出た。まっすぐに大軍に噛みついた龍の熱牙が、獣たちを炎上させ、周囲一体を灼熱に彩る。

 そして、慧凛は大上段、跳び上がって大鎚を振り被り、

「鎚もてとちの主に告ぐ! 土に、還れぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 國摩呂の誇る大角に、渾身の一撃が炸裂した。




「あぁ、うん、ダイジョブソダネ」

「何よ、その片言台詞?」

 あまりの荒唐無稽っぷりに頭が痛くなった私に、望が怪訝な目を向けた。

「なんか私、御瑞姫やってく自信がなくなたよ」

「……いや、私からみたら、あんたも相当、化け物だから大丈夫」

 失敬な。私はまだ良識ある巫女だと思うわよ……あんな、アニメの世界から抜け出してきた幼な巫女と一緒にしないで欲しいわ。

「つい一ヶ月前まで一般人だったくせに、初めての戦場で異様に肝が座ってるのはチートって言わないのかね?」

「日本人は平和なくせして、日常的にアニメやマンガで戦争分を補給してるから、許容範囲」

「……それ、日本人一般に押しつけるなよ。ついでに言うと、頭で分かってても、動ける健康的な肉体をもってるほうが少数だかんね」

「あぁ言えばこぅ言う」

「それはこっちのセリフだ!」

「大体、小学生の時から10年も除霊ごっこやってる奴を、一般人とは言わないでしょ」

 ついでに言うなら、私には神樹っていう助言役ナビゲーターもついてたしね。

 うん、現場での立ち居振る舞いから、妖怪やカミの蘊蓄まで、私に全部色々教えてくれたのは、間違いなく、神樹だ。

 もちろん、百々山のカミガミの見守りもあってだけれど……神樹という先導者がいなかったら、今の私は絶対にない。

 今更感謝って言うのも照れくさいというか馬鹿らしいけどね。居て当たり前の存在なわけだし。

『また、何か悪いこと考えてないっすか?』

 つき合い長いと、こういう時に勘が鋭いのが弾にキズ。

 ともあれ。

 慧凛ちゃんであれなら、佳紅矢ちゃんも多分、似たようなパワーアップしているんだろうか……なんか、見る前から疲れてきたけど、それでも確認しないわけには行かないよなぁ。

 見上げれば、一反木綿の隊列の向こうに、黒き神力の噴き上がり。

 私の意識はコウモリ達の群れに混じり、彼らが聞き取った立体的情報から、現場を脳内で再現していく作業に没入する。




「弓矢立つ、ここも高天原なれば、あつまりたまえ、四方の神々。千早振る、高天原の神集い、魅入る憑物、退けんため」

 山肌を駆けあがってきた黒白の神力に包まれて、山頂の広場が異様な色彩を魅せる中、那須佳紅矢は一心に、己が声帯を震わせて、祝詞と言う名の鳴弦を場に響かせる。

 音の震えはたまの震え。

 言霊は水金治火木地天命戒が生み出した神力に干渉し、みずのとたる佳紅矢に味方する力場は、空中にて8つの人影へと変貌する。

 神力が揺らぎ、濃く集った影が折り為すは、空中にて矢をつがえる少女の姿で、

「斉射っ!」

 佳紅矢の意に沿い、猛烈なる射を開始した。

 実体のない、故に物理法則に縛られぬ8つの射手が放つ矢が、空中、風と雷を自在に操る龍へと殺到。

 装束を純白のドレスと変じた佳紅矢もまた、自ら射狩禍に矢をつがえ、天を広く駆ける龍を捕らえんと猛射を重ね……紡ぐ唄は止まない。

蟇目ひきめのこの弓矢に、厳の神霊を幸え給いて、上津代に凡て仇なす物を射払いたる奇しき神蹟の随に、生弓生矢と守り給い、天の鹿児弓天羽羽矢と幸え給え、如此守り給い、幸い給いて……」

 彼女自身も知らぬ言葉が、しかし溢れて止まらない。黒白の神力に押された魂が膨れ上がり、握る神器に宿った神と触れあってから、彼女の口は人間のものであって、同時に神の口上を述べる道具と化している。

「しかし、みずのとの佳紅矢に、よりによって水神たる龍をぶつけてくるとはな」

 ククク、とヤツフサが喉で笑う。 

 津頬つららは風を纏い、雷を使役し、水を産み出す龍神だ。空と言う舞台を自在に飛び交う相手に、矢をつがえる佳紅矢は天敵とも言えるが、何と言っても日本最古の物語で、かの大伴のみゆきの大納言に『龍のくびの玉』を所望したのは誰だったか。

「いささか出来過ぎか……いや結局は同じ事よ」

水金治火木土天命戒のバックアップを受けて、8つの分身を従えた九方同時射撃は、他の御瑞姫には不可能な芸当だ。結局、この水龍の相手は佳紅矢でなければ務まらず、故に、

「龍の頸に、五色に光る玉あなり。わが弓の力は、龍あらばふと射殺して、頸の玉は取りてん。おそく来る奴ばらを待たじ」

 ヤツフサが、佳紅矢を焚きつける。

「大伴のみゆきの大納言が口上よ、それを現代のかぐや姫が成し遂げようや」

 巫女は、無言で弦を弾く。

 九つの雷光が、虚空に龍を縫いとめる。




「あぁ、うん、こっちも平気だわ」

 心配するだけ無駄だった。

 というか、他人の心配してる場合じゃなくて、現状、確たる戦果を上げていないのは私の方で。

「今頃、あかりも夏羽を倒しちゃってるんじゃ……」

 ふと思い出した山頂に想いを馳せようとすると、その中腹一帯は、今にも一反木綿の一群に覆い尽くされようとしていた。

 あれ、いつの間にこんなに展開?

 ただ浮いて漂っているだけで、攻撃してくる気配はないけれど、と、明たちがいる峰は、夏羽によるジャミングを受けているんだっけ。

 私は大地を通して山と直結、意識をかの地へと向かわせれば、見えてきたのはこれまた頭が痛くなるよな、大怪獣空中大決戦のクライマックスだった。




 安倍明はたじろがない。

 だが、焦れていた。

 すでに夏羽との交戦は、四半刻に及ばんとしている。

 が、その内8割は、睨み合いだ。

 相手の狙いは時間稼ぎ。こちらの霊場を乱すことで本隊との連絡を断ち、結果として制空権を確立できずにいる現状。

「これ以上は、待ちません」

 眼下、戦場は白く覆われようとしている。

 水金治火木土天命戒が発動される前からジワジワと拡がりつつあった一反木綿の大群が、本隊に近づいているのだ。

 女の勘が、警報を鳴らす。

 が、それを伝える手段が妨げられている。晴との心話すらなぜか封印状態で、有線で本隊に報告を送るも、空海と鈴瞳が神楽舞の途中とやらで取り次いでもらえない。

 頭上、トリッキーな動きで迎撃を翻弄し続けている怪鳥・夏羽。その放つ音波が無線操作を乱すために、茶吉尼の肩に直乗りして、操球を直結しなければならない歯痒さ。

「だから、賭けます」

 ベットは己の命だ。

 慣れた手つきで、茶吉尼を自律駆動へ移行。

 巨大絡繰は、命令に忠実に、明をその右掌へと導いて、

「!」

 操者を力いっぱいブン投げた。

 人形遣いは人形だけに頼るにあらず。それは対野乃華戦でも体現したように、必要とあらば自ら肉体言語に訴える覚悟。

 今を、その必要と認めて、明は夏羽に肉薄。

「……」

 鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒しているその頭蓋に、無言で全力の殴打を叩き込んだ。

 一瞬、夏羽が静止する。その隙を逃さず、茶吉尼はプログラムされた通りに、怪鳥の尾をその右手に握りしめることに成功し――



 ビタン! ビタン! ビタン!


 単調なリズムが延々と刻まれる。

 メトロノームの如く正確に、その半円運動は繰り返される。

 茶吉尼が、淡々と、夏羽を地面に叩き付け続けている。

 すでに相手の意識はない。

 ジャミングも解除されている。

 それでも、叩き付けはやまない。

 たとえ夏羽が泣いて謝り降伏しても、往復は終わらない。

 その凄惨さに、周囲の戦乙女、総ドン引き。

 古来より、安倍家に黒い噂が絶えた例がなく……明の執拗で容赦ない報復は、この先10年は語り継がれるであろう悪評の末尾に、満場一致で追記されるのだった。




「安倍明……残念な娘っ!」

「あー、うん、おまえもなー」

 外野のノイズは自動でキャンセル。

「人の話聞けよっ! あんた、そんな性悪だと、碌な死に方しないかんねっ?!」

「望、仮にも神職なんだから、忌み言葉使わないと♪」

「先に行き死に言ったのはそっちだよ!」

 そうだっけ?

『のの姉、ほんま、ぱねぇっす』

 あー、うん、おまえもなー、神樹。

『そんな碌でもない御瑞姫でも、サポートしなくちゃいけない世知辛さ』

 おっと、叶からも。

『空海さんからの言付け。これからもう一回、花火をぶっ放して花道つけるから、全力全開で駆け抜けろって』

「全力全開?」

『全力全開』

「望、置いてけぼり?」

『命令だからねぇ』

 なるほど、たぶん、さっきの光砲。あれで敵さんの本陣まで大穴あけて、大将首上げてこいって趣旨なんだろう。

 人使い荒ぇ。

 けど、

「今が、好機か」

『畳かけの潰走狙いは電撃戦の骨子だし』

 そんなトントン拍子に上手くいくかしらん。

「晴とか、他のメンツは?」

『敵の後方部隊に、決戒破壊工作の動きがあるらしくて、加流姫(晴)を制圧に向かわせてる。知流姫(明)と楯姫(佳紅矢)がようやく戦線復帰できたから、支援砲撃を同期させられるわ』

 ま、ないよかマシか。

「目指すルート、ナビできる?」

 さすが叶は、一瞬でルート予想を送ってきて、

『そっちの作戦符にも、同じのが出てるはず……タイミングはこっちで指示するから、その』

 解ってるって。

「望を安全な場所まで送ったげてよ」

『どっちかというと、本来の任務放棄で憲兵隊のお縄な案件なんだけど』

「いや、叶もグルだよね?」

『……』

「黙秘権行使すな!」

 どいつもこいつも、残念ばっかな。

『残念筆頭のの姉っすね』

 ……。

『戦場に七星剣埋めてどうしようってんすか!』

 くっそ。オレ、生きて帰ったら、七星剣バッキバキに折檻してやるんだ。

『無意味に死亡フラグ立てないでくださいっす』

 おちゃらけている間にも、全身スキャンで体調チェック。全力全開、出力120%でも問題なし。その全力で何を成すかは不安だけれども。

「結局、勝たないことにはなぁ」

 ここで負けて事態が好転されることはなさそうだ。

 勝ったところで、元の木阿弥今まで通りなんだろうけど。

 で、相変わらず山のカミ様たちは野球観戦のノリで無責任に大はしゃぎ。

 神なのか迦微なのかカミなのかネ申なのか知らないけれど、なんか引っかかるんだよねぇ、うん。

 鳥獣木草のたぐい海山など、尋常ならずすぐれたる徳ありて、可畏かしこき物を迦微とは云なり。

 本居宣長老も太鼓判の精霊信仰だけれども、うん、まぁ、戦争の最中に他事考えていたら危ないから。

 さて、

『総員、対閃光防御!』

 叶の警告から程なく、再び野太い光砲が、戦場を貫いていく。

 あれがモーゼの奇跡の海開きか。

 戦場を埋め尽くしていたカミたちがポッカリと消滅し、あまりの被害に国津神たちは悲鳴すら上げられず、恐怖に震え上がるのみ。

 うーん、見てるだけなら壮観壮観。蒸発させられる方はたまったもんじゃないだろうけど、

『野乃華、出番よ!』

 これもまた宿命なりと諦めて。

 神か迦微かカミかネ申かは知らねども、今この日この瞬間に、この場所にいて成すべきを成すのが神意であるのなら、   

「まぁ、いっちょ、やりますか」

 私は、スイッチを切り替えた。   

「神樹、ヤツカ! 全力全開!」

 神力、全解放。

 吹き出る琥珀の霞が、渦となり、風を巻いて戦場に広がっていく。

「野乃……気をつけ……」

 私の要望通りな叶の采配の結果、人形に担がれた望の姿が徐々に小さくなっていく。うん、これで後顧の憂いなし。

 だから、

「前に! 前だけに! 万敵、全壊してでも!

 稲田姫、推して参る!」

 神力を発し、唸りをあげる七星剣を握りしめ、私は吼えて、地を蹴った。

 往く。

 花道を。

 圧倒的な暴力に逃げまどうカミの隙間を貫いて。

 鉄塊を薙ぐたびに、暴風に巻き込まれたカミガミが、ゴミのように宙を舞う。

 疾走、全速。

 鳴る甲冑の煩わしさすら置き去って、右へ左へ、無心に剣を振り回し、万障繰り合わせて向かうは、敵の本陣大将首。

 振り返る暇はない。

 視野はみるみるうちに狭まり、ただ一線、自分の進む先だけ映し。

 振るう。

 鉄塊。

 薙ぐ。

 全て。

 進め。

 前へ!

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 熱い決意が喉から迸り、ただ、進む、ガムシャラに。

 面倒な一切合切調整は、神樹とヤツカの勝手に任せ。

 ただ叫び。

 ただ振り。

 ただ駆け。

 ひたすら。

「のけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 振り返らず。

 振り向かず。

 煩わず。

 苦心惨憺打っちゃって。

「邪魔、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 私は、ただ一振りの剣と化す。

 腐ってもカミならば、戦意を取り戻した獣の中には、突進を阻止せんと立ちはだかる猛者もいる。

 が、行った。

 鋭爪が降り注ごうが。

 鋭牙が突き立てられようが。

 剛腕が振り回されようが。

 一顧だにせず。

 一瞥も与えず。

 目を凝らし、凝視する。

 前方。

 左右に散って壁を成すは無数のカミ。

 左右の山から援護と降り注ぐ矢と砲弾の、そのど真ん中を、往くは鋼。

 ただ一本の剣。

 折れぬ筋金。

 苔の一念貫いて!

「????!!!!っ」

 ただ。

 一筋。

 ただ。

 一線。

 迂回も蛇行も転進も迷走も回避すら自らに許さぬ強行を、だが、目に飛び込んできた驚愕の現実がねじ曲げる。

「ドッペルゲンガー?!」

 黒い影。

 巫女の、人影。

 敵の中に、見覚えのある顔が、なぜに……。

『のの姉! 上っす!』

 注意一秒けが一生。脇見突進の見返りに、上空から降りかかってきたは巨大な白狐。

 迫りくる、こちらを飲み込まんと限界まで開かれた、犬歯きらめく大顎あぎと

『のの姉っ!』『野乃華!』

 神樹とヤツカの警告が、私の魂を震わせたか否か……後方から光柱が、天を伐り割り駆けつけて、白狐の軌道を強引に押し退けた。

「望っ?!」

 その見覚えのある光撃に感謝を捧げる暇もなく、さらに敵は降ってくる。

「くっそ、しつこいっ」

 右へ、左へ。

 無謀なる猪突猛進勢い殺さず、細かいステップで進路変更しつつ、見る見る狭まる花道を、押し退け圧し割り縫い進み、

「とやっ!」

 雷光一閃、千載一遇の隙間を逃さず、大地を強蹴、身をねじ込んで!

往け、前へ!

届け、彼方!

 ここさえ抜ければ、ゴールは目ぜ


 ドゴッ!!





 あれ?

 あれれー?



 ――状況。

 ――月見里野乃華、戦死。享年16歳。

 ――死因、前方不注意による衝突事故、即死。



 え?

 いや、ちょっ、ま?

 は?

 な、な、なななななななな、何これ?

 何で私の肉体ボロボロなの?

 何で魂だけ空に浮いちゃってるの?

 何であの白狐、勝ち鬨上げて妖怪たち大喜びなの?

『のの姉……』

『……役者不足だったか』

 いやいやいやいや。

 神樹もヤツカも、そんな残念な子を見るような感じでコッチ向くなよ、てか、なんでアンタら、七星剣の中から空を虚ろに眺めてるかな、ねぇ?

 ちょ、おーい!

 魂完全に、リンク切れちゃってるんですけど?

 私さっきまで、戦場全力疾走してたんですけど?

『いや、ですから、そのぉ……』

『足を踏み外した、それだけだ、珍しくもない』

 霊話は沸騰、大混線。

 望と珠恵が大号泣、叶が鬼ギレ、明なんか放心絶句。空海さんの怒髪が天を貫きゃ、鈴瞳さんは両手で頬を挟んでムンク状態。

 おふ。

 どこで間違えたの?

 なんでこうなっちゃったん?

 人生のリセットボタンどこー!?

 ていうか、セーブしてねーー!!


 なんて、錯乱してる暇もなく、戦況は流動的な水物で、自分の戦死なんていう空前絶後なイベントの最中だというのに、もっとヤバい事態が訪れる。

 ワケもなく、水金治火木土天命戒の黒白が、霧散したのだ。


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