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第三帖 国史夢想~根の国の主か逆賊~ 陸

人物照会

『野乃華』:主人公。天津神生まれ。不幸。『神樹』:七星剣の鞘。変態。『ヤツカ』:七星剣の剣。横柄。

『晴』:安倍家の双子の姉。銃狂。『明』:安倍家の双子の妹。人形狂。

『姫子』:御瑞姫。オタ。バカ。熱血。

『空海』:御瑞姫。天上天下唯我独占。筆女。『鈴瞳』:御瑞姫。超有能超不幸。箒女。

『慧凛』:御瑞姫。小学生。鎚っ子。『佳紅矢』:御瑞姫。中学生。弓娘。

『望、叶、珠恵』:戦乙女。稲田姫神社勤務。野乃華の友人。

 作戦発動承認と同時に、神宮から神社庁を通じて、各公共機関へは自動的に通達が駆け回る。

 それは1000年の積み重ねが有無を言わさぬ阿吽の呼吸というもので、月見里やまなし野乃華ののかの捨て身の境界突破によって得られた座標から半径10キロメートルは、半自動的に落石、もしくは崩落事故として処理され、一般人の無期立ち入り禁止体制が敷かれた。

 とは言え、元来が縄文系狩猟民族に崇拝されていた国津神の活動範囲は、ほぼ9割が山岳地帯という偏りを示しており、今回も林道という名の未舗装の道路が一本通っているに過ぎない、住民も寄らぬ山奥が舞台として設定された。

 校庭の最終仕上げを文妖ふように託して、鈴瞳すずめきよい慧凛えりん佳紅矢かぐやの四御瑞姫は、近隣地区の戦乙女100名を引き連れて、早速現地入りする。

 現役御瑞姫たる鈴瞳が最高責任者として指示を出し、引退御瑞姫である晴の母、芙由美ふゆみがアドバイザーとして全体の調整に回る。

 とは言え、最前線が根の国で、しかも幽世かくりよとなれば、地上は夜の帳が降りた、沈黙と闇が支配する深森に過ぎない。

「作戦会議するよって」

 簡易天幕の下、顔をつき合わせるのは御瑞姫みずき4人と芙由美の計5名。

「叶はんと晴はんからの報告を地図に示すと、ここから約5キロの地点を中心として、直径2キロの球体幽世が、この山の地下に発生しているってことになる」

 説明するのは鈴瞳だ。彼女は自分が被っている市女笠いちめがさから垂れ下がっている、半透明の布上に作戦地図を投影して、説明を続ける。

「作戦目的は、球体幽世に捕らわれている御瑞姫4名の救出。

 そのための作戦内容をこれから説明するけど、要は、球体の外部と内部から同時に攻撃仕掛けて、球体幽世の一点に急激な負荷かけて、境界を破壊するってんが、今回の狙いな。

 境界に穴空けたら、そっから符を突入させて道作って、空海あけみはん達脱出させてコンプリート。

 そんなわけで、もし作戦開始と同時にカミ様たちが攻めてきても、ここにいる面子は、計画遂行を絶対優先して欲しいんよ。

 内容は先に配布した通り、うまく行けば境界破壊まで5分程度やと思っとる。

 だから、優先順位を間違えんといて。

 まずは、4人を救出する。

 その後で、今夜の鬱憤は全部晴らしてくれてええから」

 鈴瞳が、全員の瞳を見回した。

 各自の脳内にはすでに、現地図から作戦スケジュールまで、完璧に行き渡っている。霊波にてリアルタイムに同期する作戦指示は、鈴瞳と空海が完成させた最新の武器だ。

「全員、時計合わせるで!」

 各員が、胸元に忍ばせた作戦符を意識する。

 すでに頭脳にインストールされている作戦スケジュールの、空白部分であった時刻が、点滅を開始した。

「現時刻を持って、御瑞姫救出作戦を開始するで。

 決行は、30分後。

 各員、直ちに、持ち場に散ってな!」

「「御心のままに!」」

 質問をする余地もなく、各人の脳内には秒単位で作業指示が表示されていく。

 それは作業遅延すらリアルタイムに反映されて、同時にその補佐に回ることで、最終作戦決行時刻の死守を成す。

 晴は母と別れて、鈴瞳の符に指示された射撃ポイントへと、全速で駆けていく。

あかり、こっちで作戦開始したけど、そっちの準備、いける?)

みか姫が、さっきから「暇だ、仕事よこせ」とうるさいのですが、何か時間つぶしのネタがあれば)

(……駄目元で、鈴姉に聞いてみるわ。それで、これこそ駄目元で聞くんだけどさ……境界面上に、双方が認識できるマーカーって設置できない?)

(地表にむき出しになれば、そちらでマーカーを打ち込むことも可能では?)

(それだと、視界の確保に時間がかかりすぎるんだよね)

 鈴瞳の作戦は、剛胆だった。

 御瑞姫の力によって、球体幽世を地上に露出させ、境界面定点同時挟撃による、次元境界を破壊するというものだ。

 それは、球体幽世が露出するまで、地上の土砂草木を吹き飛ばすという荒行に他ならず、そのために、空中に舞う土砂や埃が邪魔して、有視界射撃が可能になるまでのタイムロスが生じる。

 当然、鈴瞳はその時間を考慮して作戦スケジュールを立てていたが、定点射撃を得意とする晴でも、二丁拳銃でのキロ単位のスナイプは、絶好調でも尻込みする難業だった。

 おまけに現状、晴は負傷中である。

 それも、これから助けようと言う野乃華のために受けた傷であるのだから、正直モチベーションは高くない。高くないが、だからと言って仕事を疎かにする御瑞姫は存在しない。

(成功確率は、どうしても上げておきたいじゃん)

(言いたいことは理解しましたが……本心は違いますね?)

 さすが双子、と晴は唸る。

 が、表情が見えない心話では、5割は騙し通せると、晴は読んでいる。

(あたし、一応怪我してるしさ、ほら、アスリートは3日休むと一ヶ月はリハビリにかかるって言うじゃん)

(分かりました、検討します)

 その返答に、晴は相手に見えないガッツポーズを決めた。

茶吉尼だきにも、投げられた衝撃でどこか壊れている可能性を否定できませんし)

 妹との通話を一旦打ち切り、晴は鈴瞳に作戦の一部変更を上申する。

 それが実行可能であるかどうかは、直接幽世内部と連絡が取れる、晴にしか分からない。

 鈴瞳は作戦の危険性に躊躇したが、晴の強調する成功確率に押し切られ、同意せざるを得なかった。

『今更強調するのも馬鹿にしてるみたいで気が引けるけど、人命、最優先な』

『分かってるって! んじゃ、時間通りに作戦決行で』

 その“人命”がいったいどこに掛かるのか、当人が知るのは、作戦決行の5分前であった。




 のぞみはその背に、2本の杭を背負って、山道を駆け上がっていた。

 杭の長さは約2メートル。先頭に五角形の大きな金属板がはめ込まれており、中央より少し前方には、翼のような形状の部品が3枚、渦を巻くように配置されている。

 神水にて清められた、白い木肌の杭の太さは、望の腕よりもまだ太く。

 重さよりも長さが面倒な杭を、照明符の頼りない光に導かれながら作戦場まで運ぶのが、望たち、戦乙女の職務だった。

「ていうか、なんでこれが、矢なのよ」

 太さといい長さといい重さといい、常識的に考えて杭である。もしくは柱だ。

 しかもそれが、200本。

 獣道を夜中に運ぶのは、仕事だと割り切っていても理不尽だ。

(ま、御瑞姫の方がもっと理不尽だけどさ)

 てる姫とたて姫の二人が、テレビを鑑賞中と入浴中に、拉致同然で召集された姿を目の当たりにした望は思わず、

(御瑞姫にならなくて良かった)

 心中呟いた直後に、自己嫌悪に陥った。

(仮にも昔は、御瑞姫を目指してたっていうのにさ)

 中学入学くらいまでは、彼女も御瑞姫になるかも知れない、という覚悟を抱いていたのだ。

 野乃華はあくまでアルバイト扱いであったし、稲田なだ姫神社に伝わる七星剣の武勇伝は、戦乙女の中では伝説であり、憧れでもあったから。

 稲田姫神社の常勤の戦乙女は望、かなえ珠恵たまえの3人娘だが、非常勤の戦『元』乙女は、町内あわせて200人を越える。

 巫女と言えば処女、というのが世間の通説ではあるが、実際、神力じんを通す回路を一度でも開通した女子は、生涯を通じて強靱な力の発現を可能とする。

 その力に処女云々はあまり重要ではなく、

「昔の女性の仕事は、子供を産むこと、だったから。

 だから初潮を迎えてお赤飯して、儀式的に水揚げ済んだら、即結婚して、とにかくまず、たくさん種付けてどんどん子供産んで、気がついたら体力衰えていて前線引退だったんじゃないかな」

 古文献を読みながら、叶が淡々と語っていたのが印象的だった。

 現代では事情が異なるが、年頃になった戦乙女はどんどん俗世に帰属させて、こういう非常時にのみ、家庭の事情が許す限り召集されるのが、一般的になりつつある。

(私たちが舞闘神事の節目の年に当たったの、運命感じてたのになぁ)

 あと数年経てば、望たちも前線を後輩に託して、地元の有識者のツテで伴侶となる男性を紹介されるか、自由恋愛に目覚めて都会に出ていくかという人生を送るはずである。

 そういう意味で、今回の舞闘神事に挑む七星剣の主は、順当に言えば、望、叶、珠恵の3人の誰かが選ばれるはずだった。

 が、実際にはいつまで経っても神宝の継承の儀式は行われず、いつの間にか野乃華と七星剣がセットで語られるようになっていて……

(最初から、出来レースだったんだよね~)

 悔しいとか悲しいという負の情は、とっくに流れて消え去っている。

 ただ、御瑞姫や戦乙女の、こういう戦場働きを知らなかった野乃華に、同情の念は覚えていた。

(なんで、3年前とか、もっと早くに正式な御瑞姫に任命しなかったんだろ?)

 野乃華本人の熟練も去ることながら、神宮としては、御瑞姫9人で全国の守護をしなければならなかったのだから、七星剣の継承の儀は急務だったはずなのだ。

(ま、その代わり、私たちがお手伝いで派遣されてたけどさ)

 それでも、御瑞姫は一姫闘千いっきとうせん。戦乙女が何人集まろうと、代わりが務まるというものではない。

(最低限地元の事件は地元で解決してたし?)

 野乃華が七星剣を握っている限り、稲田姫神社は、頑ななまでに、外部へ応援を要請しなかった。時に地元の非常勤の戦乙女に助力を請うことはあったが、基本的に野乃華と七星剣をメインとして、この地を平定してきたのだ。

(ま、そういう意味では、御瑞姫としての最低限の働きはしてきたわけか)

 が、結果的に野乃華は、今回のような大規模な作戦に関しては、どこへ出しても恥ずかしい素人だ。

 一応、一般人のアルバイト扱いだったから仕方がないとは言え、どうせこうなる運命だったのなら、早い段階でカミングアウトしていた方が、お互いに幸せだったんじゃないか、と今更ながら思えてきた。

(ま、野乃華は野乃華で、普通じゃなかったけどさ)

 何せ、何もしなくてもカミが見えるという変態体質だ。戦乙女の中にも稀にそういう目を持っている巫女はいるが、

(談笑するってレベルは、さすがにないわ)

 おまけに最近は、気軽なお散歩気分で幽体離脱までするようになった。通常の人間にとって、魂が離れるのは人生の最後に一度きり、である。

(……結局、生まれながらに御瑞姫の素質があったってことなのかな?)

 望に分かるのはここまでである。

 まさか野乃華の魂が、高天原たかまがはら生まれであるなど、想像できるはずもない。

「珠恵、まだ大丈夫?」

 望は埒もない想像を振り払って、一緒に獣道を上っている珠恵の体調を心配した。

 珠恵は、戦乙女を努めているのが冗談であるかの如く、身体が弱い。野乃華とは違う意味で、散歩のような気軽さで吐血して幽体離脱の危機に陥る、生きているのが不思議なコンディションで、巫女を努めているのだ。

 が、それこそが、彼女が巫女である証明でもある。

 今、珠恵の全身は、金色の霞に包まれていた。

 神力の輝きだ。

 彼女は、人の身には余るほどの膨大な量の神力を、その身に宿すことが出来るのである。過ぎたる神力は肉体を損傷させるほどで、故に彼女に力仕事を期待することは出来ない。

 が、現状のような集団行動において、珠恵は優秀なバッテリーとして重宝される。

 現に望たちが暗闇の中、全速に近いスピードで矢を運んでいられるのも、珠恵から供給される神力のおかげである。

「……うん、最近、やけに調子がいいから」

「なら、いいけどさ」

 調子が良すぎるのも、不安になるほどだ。

 今日の彼女の輝きは、いつもの倍にも思えるほどで、供給される神力の質も量も、望たちに一切の疲労を感じさせないほど、濃厚なのにクセがない。

 と、叶からの指示が飛んできた。

 叶もまた、今日のような戦場では、運搬などの力仕事には従事しない。

 むしろ叶の本領発揮は符による通信網の充実であり、総大将たる鈴瞳の命令を、忠実に現場レベルまで浸透させるのは、彼女の多数並列情報処理能力によるところが大きい。

『望の隊が突出して遂行が早いよ。無茶しなくても間に合うから』

(んなこと言ったって、珠恵が絶好調なだけで、むしろ楽なくらいなんだけど)

 このままでは、予定より10分早く、矢を運び終えてしまえそうだ。

 望は珠恵の調子が続くのなら、ほかの隊への協力も可能であることを進言して、叶への返信とした。

(ま、結局、私は自分が出来る程度を、全力で果たすだけだよな)

 戦乙女には、戦乙女の仕事がある。

 望、叶、珠恵の誰が欠けても、この作戦の完全遂行はあり得ないのだから。

(だから、友達として、野乃華を助ける)

 今は、とにかく、200本の矢を運びきってしまうことだ。

 その矢をどうするのかは、御瑞姫に託して。

「にしても、なんで急に、元気になったわけ?」

 望は再び珠恵に問いかけたが、

「……この前の神事以来かなぁ? 食後の野菜ジュースが効いてきた?」

 珠恵にも、絶好調の理由は、分からないだった。

 



「あと、5分です」

 明が淡々と告げるのは、一山を吹き飛ばすという荒唐無稽な計画の開始時間で。

「んで、あたしは、いつ、働けばいいわけ!」

 両の拳を握りしめて姫子が詰め寄るのは、助けられるだけなんて暇すぎて死んでしまうわ、なんていう、相手にするのもバカバカしい理由からだったりする。

「カウントダウンはこちらで。方角を指示しますので、さっきの全力全開パンチを地上に向けて放って下さい」

「うっしゃぁ! あたしの見せ場キタ!」

 なにがそんなに嬉しいのやら。

 私と空海女史は、珍しく同時にため息をつく。

 地下に閉じこめられて、既に5時間以上が経っている。私は、つくづく人間という生き物は、地下なんかじゃ生きられない生き物だって痛感していた。

 日の光は臨めなくても、新鮮な空気だけでも早く吸いたい。考えてみればこの閉鎖空間、長時間いればいるほど酸素が減っていって、結局破壊しない限り遠くない未来に死が確定していたわけで。

 5分後なんて言わずに、今すぐ作戦開始して欲しいわって、ん?

 なぜだろう、熱い視線を感じて、その主を捜し求めれば、

「安倍明?」

 心話とかいう、姉との作戦会議に夢中なはずの人形遣いが、私にジィッと熱々な視線を照射していた。

「な、なに?」

 瞬間、悪寒が背筋を駆ける。

 これは、確信だ。

 長年の不幸経験が回路を敏感にして、短時間後に自分が被る悲劇を、警告して止まない。

「是非とも、稲田姫に協力してもらわなければならぬ事項があります」

 瞬間、一歩、後ずさっていた。

 ガシッと、両肩を後ろから掴まれる。

「どうやら、稲田姫にしか出来ないことらしいぞ」

 頭越しにのし掛かるプレッシャーは、意味もなく楽しそうな空海女史の声で。

「はい。この中で、いえ、全御瑞姫中唯一、幽世と現世うつしよの境界を軽々とまたげる存在……それが稲田姫ですから」

 その瞬間、なぜか明の瞳がキラリと怪しく光った気がした。

「境界同時定点挟撃にはどうしても、作成遂行上、的が必要になるのです」

 え、それって、つまり。

「なるほど、助けてもらうからには、それ相応の協力が不可欠だわな」

 両肩を握る力が一段と増し、同時に背後から強烈な重量が襲いかかってくる。

「心配には及びません。私たち姉妹……動かぬ的を外したことはございませんから」

 い、生きた的になれってかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!

「稲田姫、考えようによっちゃ、これは貴重な勉強の機会だ。逃げずに立ち向かえ。そうすれば、お前は、御瑞姫がどういうものか、一目で理解するだろう」

 空海女史の熱い吐息が耳を焼く。

「あぁ、もぅ! 結局おいしいところは、のののんが全部もっていくんだから!」

 そこ、おい、悔しがるとこじゃないでしょ!

「だったら、コツ教えたげるから、あんたがやりなさいよ、姫子」

「駄目だよ。あたしには、山をぶち抜くっていう大事なお役目があるからねっ!」

 右拳をガッツリ握って、笑顔の姫子はやたらと楽しそうにこちらを見る。

「時間がありません。急いで下さい」

 考える余地すら与えてくれないのかよ。

 よよよ、と私は膝から崩れ落ち、同時にその魂は、いとも簡単に肉体から乖離していた。

「本当、間近で見ると見事な技だな」

「こんな簡単に抜けるようじゃ、そのうちツッコまれただけでも、幽体離脱するんじゃないの?」

 空海女史と姫子が心底関心しているけど……これってそんなに凄いことなんだろうか?

 と、明の視線がこちらを捉えた。

 行け、と目だけで促される。

 行くわよ、行くけどさ。

 示された方角に向けて進路を取り、頼みの綱である七星剣だけをシッカリと意識して。

「大丈夫、実弾しか撃ちません」

 ……それ、射殺フラグにしか聞こえないんですけど。




 再び、境界面上にたどり着いたのは、まさに私たちの救助作戦の開始時刻だった。

 境界面上から地上まではまだ分厚い土砂の層があり、私は一旦境界を斬り裂いて、地上へと身を進める。

 空海女史が言う、御瑞姫とは何なのか、それを見物できる、またとないチャンスだと気付いたからだ。

 私は未だに、御瑞姫っていうのは単に戦闘能力の高い個人だっていう認識しか持っていない。

 もちろん、それは姫子の馬鹿から受ける印象が大だし、空海女史の符の作成性能やらを知った今では、どうやらもっと大変な職務らしいことも、薄々感じ初めてはいる。

 けど、百聞は一見に如かず。

 いったい、御瑞姫っていうのがどんな存在で、何が出来て、何を成さねばならないのか。

 姫子は単純に山を吹き飛ばすと言ったけど、そんなの一介の人の身で本当に可能なのかどうか。

 不可能を、成すとすれば、どんな手段で。

 私にそれが出来るとは思わないけれど、目指すことくらいなら、まぁ、まだ、臨んでみようと思うから。

 再び、魂は地上へ還る。

 既に深夜だ。当然森は暗い……が、動物たちが異常に騒がしかった。

 騒がしいというか、これは、悲鳴だ。

 いったい、何をやろうとしているの?

 木々の生い茂る地上からは何も分からない。私は危険を承知で、更に高度を上げた。

 だいたいの作戦概要は聞いているから、どの方角を注視すればいいかは分かっている。けど、具体的な方法までは聞いていないから……見えた!

 現地から約3キロ離れたそこに、人工の灯が煌々と点っている。そこが作戦本部に相違なく……私は、空中に大きなVの字を描く、多数の浮遊物体を目撃した。

「何なの? あれ?」 





「全工程定刻集結。

 ――これより、作戦を決行する」

 佳紅矢の脳内に、鈴瞳からのゴーサインが点った。

 神寄かみよりを成し、白銀の霞に身を包んだ佳紅矢の両手は既に、鳴弓めいきゅう射狩禍いかるがを携えていつでも発射態勢が整っている。

「佳紅矢、いけるぞ」

 そんな彼女の右側で、四足を突っ張るようにして身を起こしているのは、大神おおかみのヤツフサだ。彼女にとっては生まれた頃からの友人であり、数多くの戦場を共にくぐり抜けた、教官でもある。

「命令受諾。これより、射に入ります」

 同時、彼女の周囲の風が止んだ。

 広がった白銀の霞が、一種の防風壁の役割を果たし、射手を覆っていく。

 既に、空中に展開してある矢は、200本強。

 やじりの部分が幅広い五角形を成す、全長2メートルの戦略矢だ。

 その目的は鏃を楔として地面に撃ち込み、(シャフト部)そのものに封印されている決戒呪を展開することで、戦闘領域を外界から隔絶すること。

 主に民家が近い場合にとられる応急処置だが、敵の数が多く、谷の深い山奥が舞台となる時に、戦場を限定する目的でも使用される。

 が、今回は、そのどちらでもない。

 彼女に与えられた射的ポイントは、すべて地下。

 鏃のみならず、矢そのものを地中深くに撃ち込んで、岩を割る楔のごとく、地上に切取線を穿つのが、今回の使命である。

「照合」

 射狩禍を握る左手に力を込めれば、弓の両端から光の弦が20、束になって右手に収束される。

 改めて両足の裏に地面を意識して、彼女は一切の思考を止めて、ただ、矢を射る装置へと己を高めた。

 目標ポイント、そこに至る射筋、そして必要な張力。

 すべて肉体が覚えており、身に宿るカミが導いてくれる。

 あとは、射るのみ。

「参ります」

 静かな宣言と共に、佳紅矢は胸を大きく開く。

 空中高くVの字に整列していた矢列が、同時に素早く動き出した。最初に放たれる20本が、弓と平行に一列に並び、一度瞳を閉じた佳紅矢の両手に、最初の1本がコトリ、触れた。

 瞬間、風が野を貫く。

 ギターを早弾くかのごとく踊る佳紅矢の指運に導かれ、瞬く間に20の矢が、途切れる間もなく一斉に放たれたのだ。

 深闇を真一文字に、烈白なる矢の列が割断した。

 しかし根本での微妙な調整によって徐々に己の行き先を見定めた矢列は、1キロほど宙を駆け抜け、バラバラな方角を目指して猛スピードで地上へと突き刺さっていく。

 その間にも、既に佳紅矢の右手は次の矢束のための弦が握られており、休む間もなく、続けて20の矢が放たれて空に直線を描いた。

 全て、少女の指が紡ぎ出した『現実』である。

 彼女の指が弾く弦が奏でるは、音ではない。たった1ミリの角度違いが、数キロという着地点の誤差を生む、高速射の芸術だ。その指の速度は、最速では視認すら出来ぬ音速であり、その速度で奏でられる鳴弦は、高周波と化して衝撃すら伴う。

 やがて、少女の指から弦の輝きが消えて……文字通り、全ては矢継ぎ早に放たれた。

 円を描くかのように地上へ降り注いだ矢は、球体幽世を取り囲むように、誤差数センチという精度で地上に突き刺さり……腐葉土層を貫通して非透水層である岩盤すら割り進むと、

「震いませ!」

 矢自体が同時に強烈な振動を始めることで、土砂層は一気にもろく、崩れやすい様相を呈し始めたのだ。





「で、でたらめだ」

 思わず呟いた。

 空中でVの字を描いていたのが全部長大な矢だったことも去ることながら、どう見ても中学生にしか思えない少女が、その矢を全部、機関銃のごとく瞬く間に全矢瞬間射出してしまった。

 こ、荒唐無稽にも程がある。

 人間よりも大きな矢を風を切る速度で絶え間なく射ち出したのみならず、その矢が全て地中深く突き刺さった後、なぜか地上の土砂がいきなり流動化するなんて……。

「人間業じゃないでしょ……」

『人間業で済むなら、御瑞姫なぞ必要あるまい』

 いや、ヤツカのツッコミは正論だけどさ。

 なんて言っている間に、空間そのものが突然、爆発した。

「な、何!」

 爆風が大気を押し上げて一瞬の真空が生じ、同時に矢を撃ち込まれて緩くなっていた大地が、網の目のように根を張る木々もろとも、間欠泉のごとく空中へ吹き上がる!

「ダイナマイト?!」

 叫んだ直後に、直感がそれを否定する。

 生身なら鼓膜が破れていたであろう大音量が、すぐに連続して爆じけた。

 振動する大地。

 噴出する土砂。

 空を覆い尽くす大木の群。

 それらが空中で、不自然に姿を、消す?!

 そんな異常な大地を跳ねるのは、小さな白き影だ。

 白影は両手に、その身より大きな槌を握りしめ、遠慮なしに全力の一撃を、地面に叩き込んで大地を抉り取っていく。

 というか……どうみたって小学生だろ、彼女。いまだ成長途上のその身から信じられない怪力を発し……まぁ、神寄の時点で生身の筋力関係ないけどさ、女子小学生に肉体労働させなあかんほど、低年齢化が進んでるっていうんですか、おい、乙女限定の巫女職は。

 おまけに、どういう原理か知らねども、土砂草木を空中で無にする空間制御術。

 ビックリしている間にも、地上の土砂層は次々と剥がされて……本当に、球体幽世が、むき出しにされようとしている。

「も、戻らなきゃ」

 我に返った。

 私にも任務があるんだ。

 任務というかイジメとしか思えない仕事だけれど、これら全ては前座に過ぎないのだから……。

 というか、バカ過ぎでしょ、御瑞姫。

 何考えてんの。

 いくらカミの力を体現してるからって、やって良いことと悪いことがあるでしょ!

 地面に楔を打ち込んで、吹き飛ばして、土砂を消去する?

 そりゃ、言葉にすれば一行で済むけど、それを現実にする人がありますかっ!

 甘かった。

 甘すぎた。

 神剣握ってもう10年。

 私的には妖怪退治も平気になって、仮にも御瑞姫2人と戦って、とっくに一人前の実力があるなんて自惚れていた。

 とんでもねぇ。

 御瑞姫って、半端ねぇです。

 どんな化け物になれって言うんですか、空海女史。

 というか、『人』に求められる仕事じゃないでしょ。

 文字通り『神業』じゃないの。

 御瑞姫。

 人の理を越えし、神の御技を体現せし者。

 むしろ、神の奇跡を具現する、現人神。

 カミに対抗するためとは言え……その身に降ろした力はあまりにも、巨大すぎる。

 いや、というより……私たちは、そんな力を駆使しなければ抗がえないような敵を、相手にしなければならない?

 生身であれば背筋が凍ったであろう想像を追い払って、指定された地点へと身を飛ばす。

 晴と明の、標的となるために。

 私が闘った姉妹に、挟まれる格好で。

 ……一応、実弾しか撃たないって言ってたけどさ……どう考えても、悪意しか感じられない配置だよね、これ。

 と、悪い予感に酔っている間にも、小学生巫女がドンドン遅延なく、地上を空中に吹き飛ばし続けていく。

 もう、考えている時間はない。

 どちらにしろ、安倍姉妹のトドメがなければ、球体幽世からの脱出は成し得ない。

 空海女史の言い分ではないけれど、これは、必要な犠牲であり……同時に、私だけが可能にする、特技だ。

 幽体離脱がポピュラーな技じゃないとは言え、それが可能な理由は簡単だろう。

 私が、天津神あまつかみの娘の魂だから。

 ひょっとしたら、本来の『月見里野乃華の魂』を排除して取り付いた、外来のモノだから。

 御瑞姫を目指し、ヤツカを解放し、少しでも出生の謎に近づけたと思っていたのに、実際には余計な謎が増えただけだった。

 それも、自分の出生そのものが、罪かもしれないという、難題だ。

 国津神は存在した。

 そして恐らく、天津神も存在する。

 国津神を信奉していた出雲王朝は、天津神を信奉する北九州筑紫系王朝によって、滅ぼされはしないまでも、主権を放棄して軍門に下った。

 そして地上は、天津神を崇める巫女によって平定され現在に至るも、土着の国津神は根の国に封じられて、時々反抗を企てている。

 筋書きは見えてきた。

 それでもまだ、見えないものは存在する。

 なぜ今、私はここに必要なのか?

 その秘密に辿り着くまで、まだ、死ねない!

 さて、覚悟を決めたのはいいのだけれど。

 晴と明は、私の霊波をガイドビーコンとして利用するのだそうで……保険として、空海女史や、この地に来ているであろう望たちへも、何かしらの信号を発信することにした。

 もちろん、それで何かが変わるわけじゃないのだろうけど……万が一の場合、目撃者がいたほうが、なんというか、気休めじゃん。

 ま、もちろん晴も明も、衆人環視の中での作戦活動だから、大っぴらに復讐なんてしないだろうけど……明なんて、影に紛れてコッソリ仕事人てのが、似合いすぎて困る。

 一体何発の実弾が撃ち込まれるのか知らないけれど、片やハッピートリガーな両手拳銃の硝煙狂い、片や人形にガトリング装備の、目的の為なら手段を選ばぬ作戦決行機械だ。

 ……双子、なんだよね、二人。

 一体、どんな歪んだ家庭で育ったら、そんな性根の腐った人格が形成されるんだか。

 ま、とはいえ、御瑞姫に常識が通用しないのは、今現在も痛感進行形でありまsing。

 大槌を振り回して天へと土砂を投げ飛ばす小学生巫女の活躍は、順調に終末段階へと近づいている。

 空中で土砂が消える謎は解けないけれど、きっとそれも、御瑞姫の誰かの特異な能力に相違ない。

 さて、そろそろ褌を締めようか。

 丹田に力を込めるイメージで、私は球体幽世の指定ポイントで霊波を放つ。

 まだポイントは土砂で覆われているけれど、射撃は地面の噴出と同時に始めるらしいから。

 ……てか、そんな状態で実弾届かないでしょ。

 絶対、霊弾撃ってくる。

 自分に都合の悪い予感だけは、的中する自信がある。

「神樹、ヤツカ」

 だから、準備は怠りなく。

「蜂の巣になりたくなかったら、全力で私を守れ!」

『とことん不幸ですよね、のの姉』

『知らぬ恨みを買い込んでいるのじゃあるまいな』

「あ~、もう、私が死んだら困るの、あんたらでしょうが! というか、そもそもヤツカが蒔いた種じゃん!」

『儂が蒔いた種? なんのことだ?』

「とぼけんな! 自分があの2人を襲って、私を手に入れようと暴れたこと、忘れたって言うの? だから安倍姉妹が、復讐のためにこんなプラン提案して……」

『もっと2人を信用しても、バチは当たらないと思うっすよ?』

「バチが当たらなくても、弾が当たるわよ」

『ふむ? 儂はがそんなことをしたと? いつ?』

 会話が、成り立たない。

「なに言ってるのよ。あんたが、封印を嫌がって暴れたって、依佐利も言ってたじゃない」

『だが、七星剣は再封印されたのだろ? いったん外に出た儂は、どうやって剣に戻ったのだ?』

 あ。

 れ?

「神樹?」

『そう言われれば、そうッスね』

 あんたも忘れてたんかい!

「じゃ、なに? 今ここにいるヤツカと、あの日暴れたヤツカは、別物ってわけ?」

『平たく言えば、良いヤツカと、悪いヤツカになるんじゃないかと……』

「じゃ、悪いヤツカは、いったい今、どこにいるわけ?」

『今はそんなことを議論している場合じゃあるまい。

 一方は儂が楯になるとしても、背後はどう守るつもりじゃ?』

「え? そりゃ、神樹を固まりにして」

『死にます死にます死にます! ボクが死にますよ、それ!』

「主を救うための命でしょ? 当然」

『んな爽やかな笑顔で死亡当然宣告しないで下さいよ!』

『じゃれあいも結構だがな、ここを凌いでも両面宿儺りょうめんすくなとの決着をつけねば、元の木阿弥だぞ』

 そうだった。

 これがトリのイベントってわけじゃない。

 あくまで、これは、私たちの救出という中間点であって、元凶をなんとかしないと、解決にはならないんだ。

 両面宿儺。

 かつて飛騨の国にて、まつろわぬ民を率いて大和政権と対峙したと言われる、国津神。

 おそらく、それは、土蜘蛛つちぐも蝦夷えみしと呼ばれた土着民同様、縄文時代からの狩猟採集文化を継承していた人たちに違いない。

 空海女史から貰った日本史を斜め読みするに、どうやら古墳時代の大和政権の外敵は、水稲栽培という生活基盤の変化に、『順応しない民』との争いに終始したらしく。 

 それと言うのも、農具や機械が発達した現代でも、米作りというのは手間暇がかかる重労働であり……それに比べたら狩猟採集生活の方が、蓄えは出来なくても生きていくには困らなかったからだ。

 結果的には、備蓄が出来て、故に大量の人口を養えた農耕民がジワジワと生活範囲を広げていくことで、縄文文化を継承していた人々を山へ追い詰め平地を占めていくことになるのだけれど……大和政権の影響から逃れた北海道と沖縄では、西暦600年代まで連綿と、貝塚や漁猟文化が続いていたことからも、日本という国が豊かな土地であったことが想像できる。

 が、結果として、文明を築いて国という形を作り上げたのは、水稲栽培を広めた農耕民族であった、弥生人だ。

 シベリアから南下してきた狩猟民と、黒潮に乗って北上してきた海洋民がぶつかって出来た縄文という古代日本を、大陸から稲と鉄文化を携えて移ってきた西の民が塗り変えていったのが、弥生古墳時代。

 そして弥生の民こそが天津神を信奉し、縄文の民と国津神を、根の国に追いやった張本人に違いない。

 けど、弥生人=中国人でも、ないんだな、これが。

 古事記も日本書紀も、伝承は日本を中心として大陸の匂いは漂わせず。

 きっと弥生人と言っても、狩猟採集生活から農耕へと切り替えた縄文人もたくさん存在しただろうから。そうして混血を続けながらも、稲を主食として農耕に生きた人々が、弥生人なのだろう。

 空海女史とヤツカの話を総合するに、どうも筑紫王朝を作り上げ、出雲王朝と国津神を根の国へ追いやった人々は、海洋民族の末裔であった可能性が高い。

 となると、南国から黒潮を乗って北上してきた海洋民が、なんらかの理由から対馬を本拠地としていて……そして彼らが信奉していた天照大御神こそを、国の主神として伝承を練り上げていったのだろう。

 今、私が想像できるのは、そこまでだ。

 そしてそれは、あくまで、人間の歴史にすぎない。

 日本人と、国津神のルーツは、それでなんとか説明がつく。

 けれど、肝心要の天津神が、いまだに漠然として掴めていない。

 いったい彼らはどこにいるのか?

 高天原なんて、本当に存在するのか?

 だったら、私はいったい、どこから来たのか?

『なにを呆けている、うつけ!』

 ヤツカに叱られた。

 うん、いつまでも思索にふけっていられる状況じゃない。

『そろそろ、始まるッスよ!』

「とにかく、生きるよ!」

 それが避けられぬ運命ならば、諦めたりせず全力で望む。

 それが、月見里野乃華だ。

 目の前の土砂が、振動と共に派手に空中へと舞い上がった。

 大槌を振るう巫女が、遂にこのポイントへとたどり着いたのだ。

 叶から、作戦開始の波動が来る。

 そして、銃弾が、来た!

 地上からの射撃と、球体幽世の内部からの銃撃が、コンマ秒の精度で同時に着弾っ!

 半端ねぇ!!

 連続で放たれた銃弾は6発。

 その全てが数センチの誤差でほぼ同位置に、同タイミングでぶつかり合ったのだ。

 片や晴は、ここから3キロほど離れた山の中、いまだ土砂が吹き上がる視界ゼロの標的に対して。

 片や明は、地下2キロの地点、外の景色など見えず、姫子がトンネルを穿ったとはいえ、どこにどのタイミングで来るのか分からない晴の弾丸を完全に掌握して。

 すでに、人間業を通り越して、神業ですらねえ。

 こんな芸当、双子だから、なんて理由で済まされたら、全国の双子からどえらい苦情がやってくる。

 御瑞姫で且つ双子。

 それも日々、神宝の科学的制御を研究しているっていう、安倍家の面目躍如だろう。

 しかも私にとって信じられないことが、本当に全弾、実弾だったことだ。

 あれ? 私が間違ってた?

 というか、御瑞姫救出っていう一大作戦において、私情を絡めて復讐してくるなんて考えた、私の方が彼女らに謝るべき?

 なんて考えている間にも、再び6発、全部実弾で射撃が来る。

 射撃そのものでは、境界面は破れない。

 だがこうして一点に負荷をかけ続けることで、幽世を制御している両面宿儺に、プレッシャーを与え続けることが目的だ。

 それにしても、御瑞姫……おそろしい娘たちっ!

 私本当に、こんな化け物みたいな娘たちに混じって大丈夫?

 と、一瞬、我が身の将来を案じられるほどの安堵を覚えた瞬間だった。

『のの姉っ!』『野乃華!』

 同時の警告!

『噂をすれば』『来たぞ!』

 霊弾っ!? やっと?!(不謹慎)

 神樹とヤツカの緊迫した声に振り向けば、しかしそこに、私は期待と裏腹の最悪の光を見た。

「ヤ・ツ・カ? なんで!!」

 光輝く黄金色の魂が、獲物を捉えてまっしぐらに突っ込んでくる!

「なんで今頃、あいつが、ここに?」

『簡単な推理で悪いが、深く静かにどこかに潜行して、好機を狙っていたのだろう、あいつらしい』

「納得しとらんで、自分の半身なら、あんたが説得なり拘束してよっ!」

 七星剣の精の、あまりに無責任な言い分にキレかけるも、

『アレにあるのは衝動のみで、知性など与えておらんよ。欲しければ、実力で捕らえてみよ』

 挑まれた。

 七星剣に。

 主としての器を。

「手伝ってもらうわよ」

『抵抗はせぬ』

 元凶が、来る。

 全ての元凶がやって来る。

 そうだ、これこそが、元凶だ。

 私と安倍姉妹の人生を狂わせ、母校のグラウンドに風穴空ける発端となった、そもそもの元凶だ。

 ヤツカ。

 その、暴性を現した荒魂あらみたま

 あいつさえ、あの時暴走しなければ、こんな目に遭っていなかった。

 安倍姉妹がこんな無茶な作戦に、参加させられたりしなかった。

 私と神樹が、的になってなんて、なかった!!

「やってやるわよ!」

 原点に戻っただけだ。

 本当に、解決しなければならなかった問題を、思い出しただけだ。

 私は、今まで、逃げていた。

 当面の危機は去ったと、目を閉ざしていた。

 考えれば簡単だったんだ。

 荒ヤツカは暴走し、外に溢れ……そして、行方をくらました……それが事実。

 それは消えたわけでも、野心を捨てたわけでも、もちろん改心したわけでもなく……私たちは現実の忙しさにかこつけて、本来解決すべき、もっとも根元の問題を、忘れようとしていた。

 それが、ただ、顕在しただけ。

 これは、ただ、逃避の代償。

 最悪のタイミングの、最善の対処。

 今こそ、七星剣を、手に入れろ!

 あの魂こそが、七星剣の、エンジン!

 あれを制御せずして、七星剣の主にはなれず……私は、御瑞姫を、名乗れない!

「来い! ヤツカ!」

 私は、逃げも隠れも……来たっ!

 真正面からの突撃を、全魂を込めて受け止める。

 今、最外にある魂は、私だ。

 依佐利に強酸と賞された荒ヤツカの魂が、私の魂に絡みついて、痛みを伴って浸食してくる。

「くぅっ」

 けど、更に力を込めて、受け入れた。

 外部の痛みは酷くなる一方で、内部からは神樹とヤツカの力が満ちてくる。

 これは根比べだ。

 3対1の、意地の張り合い。

 私の神寄の真骨頂。

 外に羽織るではなく、中に取り込んでしまえ。

 だから、まずは押さえ込む。

 勢いを殺して、翻って、飲み込んでしまうために。

「くっ、けどっ」

 猪突猛進は止められない。

 まるで猛牛の如き突進は、徐々に私たちを後退させる。

 止められない?

 けど、止めるしかない。

 今ここで押さえ込まなければ、ここを突破されてしまったら……荒ヤツカは私たちをスルーして、私の本体を乗っ取っちゃう。

 好機。

 荒ヤツカにとっては、またとない好機だ。

 主のいない肉体と七星剣を手に入れて、好き勝手に暴れられる絶好の機。

 この瞬間をどこに潜んで待っていたのか知らないけれど、なかなか知性を持った、いけ好かない暴力バカじゃないのさ、こいつ。

「こんの、大人しく、しろっ!」

 ガッチリと両手を回して受け止めた荒ヤツカは、正面突破が困難と見たか、フェイントを絡めて左右へとその魂を大きく振るわせる。

 触れているだけで魂が蒸発していくような痛みがあるのに、その動きに振り回されて、私の表面は、もうボロボロだ。

 けど、一人じゃない。私の中には、神樹とヤツカが存在している。

 どれだけ表面が荒らされようとも、内側から癒される温かさがある限り、意識は激痛の中、保ち続けられる。

 そして、

「!?」

 私の魂を浸食した荒ヤツカが、傷口から滲みだした神樹の魂に触れて、一瞬怯んだ。

 さもありなん。

 神樹こそは、荒ヤツカを封じこめるために生み出された、目的特化型のオンリーワンカスタムソウル。

 10年という長きに渡って荒ヤツカを封じ続けた実績は、触れる相手の魂を衰弱させる、呪いとしか言いようのない特性を持っている。

 途端、荒ヤツカの暴れ方が激しさを増した。

 目的を、振り払う方向へ切り替えたようだ。

 このまま私を溶かしても、中にいる神樹によって殺されることを悟ったのか。

 なにが、知性は与えていない、よ。生存本能の方がよっぽど、理に叶った行動を迷わず選択してくれるもんだから始末が悪いわ。

「の・が・しゃ・し・ねぇ!」

『のの姉!』『野乃華!』

 神樹とヤツカの警告が耳に刺さる。

 直後、晴と明の銃撃の雨に全身が晒され……荒ヤツカが、悲鳴を上げた。

 なに?

『やっぱり、撃ってきたっす、霊弾!』

 んな、このタイミングに限って?

『背後の弾は防いでやったが、前方はなんとも守れぬぞ!』

 けど、届いたはずの弾丸は、私の魂に刺さっていない……代わりに、私が全身全魂で抱き込んでいる荒ヤツカの黄金の魂に、深々と抉られたような弾痕が一瞬、残る。

『続いて、全部霊弾っす!』

『容赦ないな!』

 神樹とヤツカの意識が、背後から飛んでくる明の霊弾の防御に注がれる。

 同時に私は、抱え込んでいる荒ヤツカを押さえ込むことだけを考えた。

 衝撃が、前後を襲う。

 七星剣の態を成した神樹たちが受け止めた銃撃と、猛獣のごとく怒り狂う荒ヤツカの剥き出しの魂に弾雨が突き刺さった、悲鳴。

「怪我の、功名!」

 なんという偶然か。

 それとも神の采配か。

 私への復讐に放たれた霊弾が、あろうことかあの日2人を操った張本神へと報復の牙を剥く奇跡。

 明らかに、荒ヤツカの抵抗が弱まった。

 私はより密着を高めると、意識的に自分を痛めつけて、神樹の魂が表面に溶け出すように調整していく。

 だが、相手も諦めない。

 背後からの霊弾と、全面からの封印の呪いに晒されながら、なおも自由を求めて暴れ狂う黄金色の魂。

「な・に・が、そんなに気に入らないってのよ! 

 なんでもかんでも力任せで、そんなの罷り通る世界じゃないでしょうが!」

 言葉の通じぬであろう獣の魂へ、叩きつけるは、怒り。

「私はあんたを知らない。

 あんたの歴史を知らない。

 国津神との戦争も知らない。

 どんな凄惨な闘いがあったか知らない。

 けど、私は知ってる。

 あんたが私と、晴と、明と、望と珠恵に何をしたか、知ってる。

 あんたは望を傷つけた。

 あんたは珠恵を傷つけた。

 あんたは人形を傷つけた。

 あんたは晴をボロボロにした。

 あんたは、私を、怒らせた!

 だから、あんたを、逃がさない!

 七星剣の主として、あんたという力を、野放しになんてしてやらない!

 使ってやる!

 こき使いまくってやる!

 雑巾のようにボロボロになるまで闘わせてやる!

 あんたを、暴れたいだけ、暴れさせてやる!

 あたしは、野乃華だ!

 月見里、野乃華だ!

 天津神の娘!

 いずれ高天原に……登りつめる、女だぁぁぁぁぁ!」

 晴からの霊弾が荒ヤツカを穿つ。

 明からの霊弾が七星剣越しに背中を押す。

 私は、押し返した。

 カミを、押し返した。

 銃弾の雨が弾ける。

 幽世境界に火花が咲く。

 荒ヤツカが最後の力を振り絞り、全身を縄のように変じて戒めを逃れようとする。

 それを、掴み、絡め、食らいついた。

 噛みついてでも、逃すもんか。

『神樹、ヤツカ! 裏返って!』

 一瞬の静止。

 私と荒ヤツカの、均衡の刹那。

 私は散り散りとなって宙を乱れ……神樹とヤツカの輝きが、荒れ猛る黄金を飲み込んだ。

 戻る。

 人に。

 神寄る。

 人が、カミに。

 私は、私として、ヤツカを取り込んだ。

「……やっ……た……」

 刹那、世界が音もなく、砕け散った。





 伊奈羽鈴瞳の戦況予測は、的中した。

 佳紅矢による戦略矢が放たれると即座に、地下から多数のカミが反撃に現れたのだ。

 あらかじめ展開されていた戦乙女は、即座に迎撃体勢に移行。

 矢を放ち終え、作戦における責務を果たした佳紅矢も間髪をいれず、山野に溢れ返った妖怪たちを駆逐していった。

 異変は、地上だけではない。

 幽世球体内部においても、姫子が右の拳で山中をくり貫き、明の射撃のための道を開いた直後に、外部から百足軍団が投入された。

 明は作戦中、野乃華は幽体離脱で的になっていれば、戦力半減である。

 が、それを憂うような空海と姫子ではなかった。

「姉御、今度こそ、暴れていいよね!」

 迫りくるカミに、喜々として姫子がはしゃぎ、

「遠慮も情けも配慮も貯蓄も手加減も迷いも躊躇も敵意も使命も不要だ。

 殴れ、存分」

「任されたっ!」

 姫子の両腕は風と唸り、血風と悲鳴の嵐を巻き起こし。

 通路を埋め尽くした空海の符が、触れたモノは微生物であろうと分解して原子に帰した。

 地上では慧凛が大鎚を振るって妖怪たちを薙ぎ払い。

 佳紅矢が放った大量の矢は、国津神の波動を感知して息の根を追うを止まず。

 前線に配備された望は、神力じんに輝くバットをフルスイングで妖怪の頭を破壊し、珠恵の鳴らす鐸の響きは、カミガミを萎縮させて巫女の戦意を鼓舞し。

 野乃華が、自らの存在を賭してヤツカと対峙し、それを取り込んだと同時――戦場は、アッサリと崩壊した。

 不意に解除された幽世の戒めは、現世との整合と果たせず、大規模陥没の体をなして瞬時に地上を地下へと飲み込み。

 機を見逃さず投入された符の路は、空海たち4人を余さず保護して地上へと引っ張りあげ、野乃華もまた、その混乱に惑うことなく肉体と合結。

 地滑りを起こした一帯に対して、鈴瞳と佳紅矢は即座に表土を縫いつけ、被害の拡大を防いだ。

 静寂が夜に戻るまでに、十数分。

 鈴瞳の号令と、叶の広域指示によって、全軍に非常事態の終結が宣言され……山は、穏やかな賑わいに包まれた。

「あの、結局、両面宿儺は?」

 神寄を解き、ヤツカと荒ヤツカを七星剣に閉じこめた野乃華は、眼前にいた空海に、率直な疑問を投げつける。

「あれは、枯れてたな」

「はぁ」

「寿命だ。二度と無茶はできまい」

 断言されては、問いを繰り返すのは幼稚だ。

 空海は野乃華を視界から外すと、緊張に肩をいからせたまま、長身の細身の巫女に近づいていく。

 穏やかな顔立ちの女性だ。糸のように細い瞳で全体を見据え、細やかな指示を飛ばして撤収作業を進めている。

「鈴瞳」

 空海の硬質な声に、振り向いた巫女は疑問を浮かべた。

「今すぐ、22号痕を精査しろ」





「野乃華っ!」

 跳ねる声に、弾かれたように振り返った。

 土砂と血と汗にまみれた、見慣れた友の姿がそこにある。

「うわ、みんな、ひどい格好」

「必死こいて助けたってのに、第一声がそれかい!」

 望のツッコミに、みんなで笑った。

 本当に久しぶりに。

 胸から安堵がこみ上げてくる。

 あぁ、本当に、助かったんだ。

「ありがとう。ごめんね、心配かけて」

「そんなのは仕事だからいいけどさ……それ、七星剣?」

 叶らしい返事と、そして興味の対象に、私は背負っていた得物を誇らしげに掲げて、

「遂に、七星剣、御開帳したよ!」

 地黒の鋼に黄金の彩りを走らせる刀身に、感嘆の声がそこかしこで上った。

「……これで、名実ともに、野乃華が御瑞姫だね」

 珠恵が、おめでとうと、笑顔で褒めてくれた。

 ありがとうと、本心で返す。

「あ、ちょっと聞きたいんだけど、いい?」

 空海女史に尋ね損ねた、両面宿儺について聞いてみれば、

「あぁ、それなら、あそこに」

 望が指差した彼方には、骨と皮だけのやせ細った2人の老人が、ミイラのように呪布にグルグル巻きにされて吊り下げられていた。

「あれが……今回の首謀者?」

 双子、なのだろうか。二人羽織のように前後に重なったその姿には、哀れという感情しか覚えない。

「昔はスゴイ実力者だったんだろうけど……さすがに1000年以上も地下に幽閉されてりゃね。現代じゃ、信仰だってほとんど残っていないだろうし」

 叶の説明を、珠恵が引き継ぐ。

「……今回の幽閉をやりきって、真っ白に燃え尽きたらしいよ? 御瑞姫を閉じ込められただけでも、奇跡みたいなものだったって」

 道理で、納得もいく。

 幽世に隔離されながら、何者からの襲撃もなかったのは、単に余力がなかったからなのか。

 それはそれで、もっと暴れたら何とかなったのかと悔しいけれど……今はただ、胸いっぱいに吸い込む空気が美味しい。

 もしかしたら根の国に封印された国津神も、求めるものはその程度の、ささやかなものかも。

 大昔の禍根も、そりゃ当然あるだろうけど、生き物として最後に残るのは、単純に美味しい空気と水に触れたいっていう、素朴なものだと、今回の件で痛感もした……もうこんな時代なんだから、共存共栄したってよさそうなものなんだけどねぇ。

「おおっ、のののん! まさか生きてたっ!」

 再会の喜びも世の無常も吹き飛ばして、バカが突然抱きついてきた。

「生きてて悪いかっ!」

 自慢の爆乳を惜しげもなく押し付けて、本気で痛い抱擁っていうか、これむしろブリーガーだよ殺す気かっ!

「あんたのせいで土砂まみれだろうが、バカ姫子ッ」

 ニュルンと拘束を抜け出して、腕を掴んで腰に乗せ、バネを溜め溜め、とやっ、と投げりゃ、

「忍法、風車っ!」

 空中で膝を抱えて縦回転が、クルクルクルクルクル、姫子がそのまま、回り続けて堕ちてこない……アクションゲームか何かじゃないんだから、重力を簡単に無視すんなっての、かわいそうでしょ、重力が。

「ていっ」

 誰が何と言おうと馬鹿にされている気しかしなかったので、遠慮なく七星剣にて突きを食らわしてやった。

「はしっ」

 と、器用なことに空中真剣白羽取り。おまけにそのままの格好で倒立を決めて悦に浸っていらっしゃる姫子のバカのため、

「はいっ」

 私は両手を離した。七星剣から。

 当然、今度こそ落ちる。

「ひどいひどいひどい。横暴だ、いじめだ、DVDだ!」

「DVDって何よ?!」

「どめすてぃっく・ばいおれんす・ダイナマイッ!!」

 相手にした私も馬鹿だった。

「仕返しよ、仕返し。たくっ、あんたのせいで、頭からつま先までドロだらけなんだかんね!」

 そう、私が幽世境界で的になって悪戦苦闘していた間……肉体は可哀想なことに、姫子が掘って出来た土砂の山の中に埋もれていたのである。そりゃ、地下は地下で百足の襲撃があって大変だったらしいけど、このまま埋めておいた方が見つからなくて良いっていう判断で放っておかれたりしちゃ、感謝もするけど激怒したっていいじゃない。

 ……つくづく今回、肉体を粗末にしてるなぁ。

 こんな事ばっかりしてたら、そのうち身体の方から三行半を突きつけられそうだよ。

「なんやてっ!」

 作戦終了と撤収作業の喧騒の中、しかし警戒は解かれて緩んでいた空気を、一人の御瑞姫の絶叫に切り裂いた。

 名前も知らない、見たことのない女性だ。

 私たちよりも年かさの、多分二十代だと思われる彼女は、いかにも巫女らしい穏やかな風貌に、今は驚愕と焦りと怒りを浮かべて、空海女史と対峙していた。

 ピリリと、空気が強張る。

 なにか、良くないことが起こったらしい。

「どうだった?」

「悪寒的中やと。

 22号痕の地下封印が、ことごとく破壊されつつある。

 封印突破は全方位にわたっとって、地震波と霊波の測定から推測するに……10万は下らんわ」

「地上到達時刻は」

「新しい封印やし、あそこは念入りに施工したはずやから……このままのペースで行けば、よくて3日後。最短で、明後日早朝」

「ギリギリだな。とにかく、今すぐ神宮に非常召集を命じろ。

 陣を張って周囲を決戒し、最大火力をもって地上で迎撃する。

 総員、撤収終了しだい、次の舞台へ移るぞっ!」

 最後の台詞は、その場に集った全員に向けた放たれた。

 察しは、つく。

 いや、一瞬にして帯電した空気によって、これから向かうのが今とは比べ物にならないほどの激戦であることを、肌が敏感に悟った。

「おりょ? なんか面白くなってきた?」

 サルみたいに飛び上がって喜ぶ姫子に蹴り入れて、

「叶、22号痕って、何?」

 私は、これまでにない決意をもって、現実に立ち向かう覚悟を、七星剣とともに握り締めた。



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