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第三帖 国史夢想〜根の国の主か逆賊〜 参

「来ます」

 あかりの警告と同時。

 大空洞のど真ん中、互いの背を守るように十字隊列を組んでいた私たちは、穴から飛び出すようにして襲ってきた国津神の影を見る。

「きもっ!」

 5人が横に並べるほどの洞穴から吐き出されてきたのは、大百足の大群。隊列も何もなく、ただ先を争って次から次へとトコロテンみたいに、

『のの姉っ!』

「わぁってる!」

 非常識な景色にショックを受けている場合じゃない。

 すでに神寄かみより、臨戦態勢。握られた七星剣は振り上げられていて、いつでも迎撃、どんと来いってなもんで。

「星光……砕激!」

 一足先に、私の背中側で、叫び声と爆発が連続して起こっていた。

 振りかえって確認せずとも、それが姫子の迎撃であることは明白。

 のっけから出し惜しみなし、ド派手に殲滅がモットーの姫子に負けじと、空海あけみ女史の神宝と、明の茶吉尼だきにも吠えまくる。

 既に上空に数百と整列していた呪符が、敵の突入を自動索敵、順番待ちをしていた行列のように、飛ぶ勢いで大百足の群を切り刻んでいく。

 対して茶吉尼はといえば、こちらは説明するまでもない。

 左腕に換装されたのは、散々私と姫子の鼓膜をいじめてくれた例の機関銃で、まるでモグラ叩きのように、洞穴から大百足が頭を出すな否や、問答無用でその頭部を撃砕、破片と体液をまき散らす。

 正直、同僚たちがこれだけ頑張っていたら、私なんて見習いのように大人しく見学していても大丈夫なんじゃないかと思うけど、そうは問屋が卸してくれず。

 三方向の迎撃があまりに激しければ、比較的物腰が柔らかそうな部分に戦力を集中させるのが戦術の常套……というより、私だって彼女たちと正面きって戦うのなんてゴメンで、実際に私の前に現れる敵の大半は、姫子や空海女史の攻撃から命辛々逃げてきたも同然であり、

「同情するけど!」

 手加減なんて、してあげない。

 腰の引けた(百足の腰ってどこか知らないけど)相手をなぶる趣味はないけれど、目の前の多脚甲殻生物が生理的に受け付けないモノである以上、私が七星剣を振り回すのは止められない。

 なるべく見ないようにしながらも、それでも剣を左右に薙ぎ払うたびに、手応えと生々しい音と体液の臭いが五感に襲いかかる。

『神樹っ!』

 耐えきれなかった。

 私は乙女だ。

 明治大正生まれの豪傑な女性ならともかくとして、台所の黒いあんちくしょうをスリッパで叩き潰すことすら難儀する花も恥らう十代の少女に、この生々しすぎる感触の数々は拷問に過ぎる。

『霊体にて、斬るわよ!』

『またですかっ!』

『どのみち、数が、多すぎる!』

 一体敵は何匹いるのか。

 前が倒されても躊躇せず、次から次へと大空洞に押し寄せてくる大百足たちは、前任者の死体を乗り越えても尚、その進軍を止めようとはせず。

 いい加減、これ以上物体が増えると足の踏み場もなくなりそうな物量作戦を、一歩も引かずに凌ぎ続ける方も規格外だけど……国津神とはいえ一応生物。闇雲に突貫するのは、日本のお家芸とは言っても下の下の作戦で、立場を無視すれば同情するに余りある。

 故に、

『入り口を、塞ぐわよ!』

 前に攻めた。

 標的は、洞穴から出てきたばかりの相手。その魂を斬ることで、その肉体を傷つけず、巨体をそのまま洞穴を塞ぐ栓とする。

 これで6度目となれば、幽体で活動するのも慣れたもの。相手の肉体をすり抜ける不気味さはあるけれど、遙かに身軽な動きは私の想いをダイレクトに反映して、流れるような動きで大百足を、動けぬオブジェへと変えていく。

 そうして5分も経っただろうか。

 戦略か、それとも戦術か。

 ともかく、敵の攻撃の波は収まった。

 残されたのは大量の百足の死骸ばかりで、空海女史が作り上げた遺体処理呪符が、微少無臭な塵へと、かつての戦士たちを解体していく。

「嫌がらせだとしたら、上出来だな」

「これだけの数が集まると、さすがに酸欠とかが心配になりません?」

 さりげない心配を、

「それが敵の狙いかもしれん」

 空海女史はアッサリ肯定。

「否定してくださいよ!」

「興奮すると、酸素消費量が増えるぞ」

 口の端が笑っているので、たぶん冗談なんだろう……こっちはちっとも笑えない。

「腹三分目ってところかね」

 私の心配を無視して、能天気に準備運動しているのは神代かみしろ姫子。

「もうちょっと、動きに変化がほしかったかなぁ」

「贅沢言うな。敵だって必死だ」

 空海女史がたしなめても、

「そりゃ、姉御は一番数稼いだからウハウハだろうけどさ。こっちは地道に殴ってるんだから、こう、殴られ方にも工夫をして欲しいっていうか、なんというか」

 ……そんなあんたに向かっていかなきゃならなかった、敵の方に同情するよ。

「のの、じゃなかった、稲田なだ姫は平気だった?」

「おかげさまで。かすり傷一つないわよ」

 一番安全だろうと、茶吉尼の足下に座らせておいた生身と結合して、姫子とは別の意味で、間接等の癒着具合を体操しながら確認中。

「で、これから?」

 いまだ臨戦中の茶吉尼に何かのプログラムを打ち込みながら、明が空海女史を促す。

「何か、発見したのか?」

「微弱な風の流れを感知……おそらく、通気抗と思われます」

「……もしくは、出口の可能性か。最悪、こじ開けてでも、地上へ一報送らないとな」

「敵の二陣、三陣は退却しています。追撃すれば、罠が待ち受けている可能性もありますが」

「どのみち、前に進むしかあるまいよ。知流ちる姫、そのデカ物、ここに置いていくわけにはいかんか? 戦術的に、行軍速度が落ちるのは致命的なんだが……」

「そんな事をするくらいなら、いますぐここの天井をぶち抜きますが?」

 そしたらもれなく全員生き埋めじゃん!

「分かったわよ。主にみか姫が頑張って運べばいいんでしょ!」

 先手を打って姫子に責任転嫁。

「なぜわっち! 稲田姫肉体休ませてたじゃん!」

「シャラップ! とにかく行くぞ、雌豚ども!」

 符に拡声された姉御の声が、全身を物理的に震わせた。

 雌豚……メスブタ……ぶた……と大空洞がいつまでも共鳴するほどの大音声。

 反抗する意志すら砕かれた。

 黙って茶吉尼が長持ながもち形態にトランスフォームする。

 黙々と姫子と私が、それを担ぐ。

 すでに姉御は走り始めている。

 全力で。

 それを追わねばならない。

 全速で。

 あらゆる理不尽がこの行軍に込められていたが、それに反旗を翻す蛮勇を、誰も持ち合わせてはいなかった。




 迎撃は、ない。

 ある意味、賢明な判断だと思う。

 先ほどの乱痴気騒ぎから考えると耳が痛いほどの静寂の中、響きわたるのは4人の巫女の足音ばかり……正直、会話する余裕もないです。

 空海女史は敵の迎撃を完全に無考慮して全力全開だし、それについていく私と姫子は茶吉尼なんていう大荷物を籠かきみたいに担いでいるんだから、そりゃ、御瑞姫みずきだって人間だもの、息も切れるさ。

 それでなくとも100キロを誇る大剣を背中に背負っているんだから、ハイリスクノーリーターン。

「知流姫! せめてこれ、車輪とか出ないの?」

「出ますよ」

 即答かよ!

 本気で腰が砕けそうになったわ!

「そういう重要なことは、最初に言え!」

 さすがの姫子もキレ気味だけど、

「そういう重要なことは、最初に聞いて下さい」

 意にかえすような少女じゃないのが明クオリティ。

 無音で水晶球が叩かれると、前説明なしにいきなり茶吉尼の下部から車輪が現れた……木製の。

 ガタガタガタガタガタガタガタ……。

 筆舌に尽くし難い騒音が足下に生まれた。

 踏み固められているとは言え、土の道に段差がない道理がない。

 その細かい段差にいちいち引っかかって、木の車輪は茶吉尼に地面の凹凸を忠実にトレースし、私と姫子の腕に押さえ難い振動をもたらした。

「ひ、ひひびひびひひびひひびひ、引っ込めろ!」

「贅沢な人たちですね」

 このままでは道路工事のお兄さんじゃないが、腕に変な後遺症が残ってしまうわ。

 結局持ち上げて運んだ方が静かで楽だと分かって、かといって前より疲労は蓄積しているから、ただ単に疲れただけだった。

 洞穴はほぼ一直線だが、微妙に高低差があって、前も後ろも見通すことは出来ない。ジョギングより早いスピードで10分以上走っていれば、5キロは進んでいるはずである。

 出口への横道はおろか、敵の影すら見つけることが出来ない。

「臭うな」

 そんな、停滞し始めた空気に、空海女史の呟きが穴を空けた。

 急に速度を落とした彼女の足が、遂に立ち止まる。

「風でも香ったの?」

 茶吉尼を地面におろして姫子、若干呼気を荒げながら、一枚の符を直立させた空海女史に問う。

「知流姫、索敵だ」

 耳を穿つような鋭い命令だった。

 酸素を求めていた肺が呼吸を一瞬忘れるほどの、緊迫を生んだ。

 汗すら乾く。

 無言で、七星剣の柄を握り締めた。

 姫子ですら、真顔で両拳を握りしめ、ファイティングポーズを取る。

 静止した時間の中、明の指だけが索敵を踊り、

「アクティブ、パッシブ、共に生体反応ありません」

「だがな、私の鼻は、曇らんぞ」

 空海女史の姿勢が変わる。柱のごとき太さを誇る呪符発生神宝に右腕を差し込み、それを地面に突き刺す。

「稲田姫。貴様さっき面白い舞を踊っていたな。それをここで再現してみせろ」

「ま、舞? ですか?」

「肉体を離脱し、魂のみで神宝を操っていただろう? その技でこの通路を断ってみろ。ただし、全力でだ」

 こちらに振り向いた空海女史のモノクルが、意味ありげに光を反射した。

「おまえ、いつまで剣に白い皮をだぶつかせている。

 稲田姫の大剣と言えば、豪快だがなまくらではないはずだ。

 今更門外不出を謳っている場合ではあるまい。

 なんなら、筆下ろししてやろうか?」

「あ、えと、別に門外不出というわけじゃないんですが……」

『どうするよ、神樹。今更ながらツッコマれてるけど』

『とはいえ、鞘を被せたままで、全力放出は無理ッスから……誤魔化せる相手じゃ』

『ないわね』

『……物は試し、ですか』

『やるしか、ないってわけか。どうしたらいい?』

『前みたいな無茶にならないっすから、安心して下さい。こちらで調整しながら、少しずつ弁を空けていきます。のの姉は自分の魂が膨らむのをイメージして、この通路いっぱいに自分の存在を拡大して下さい』

『……つまり、ちょろちょろと出てくるヤツカの魂を、私の魂で飲み込んでしまえ、と?』

『そんなイメージで。喰い破られないようにだけ注意すれば、最終的にボクとのの姉の二重の壁で、肉体サイズまでヤツカを押さえ込めるはずです』

 深呼吸を、一つ。

「ちょっと、解放に時間がかかるんですけど、良いですか?」

「可能な限り、短くしろ」

「……努力します」

 本気モードの空海女史に小細工は通用しない。

「知流姫、こちらのカミを解放するわ。気をつけて」

「……望むところです」

 一瞬の緊張が伝わってきた。こちらの意図をくみ取って、静かながら明が闘志を燃やし始める。

 前回の解放は事故とは言え、晴と明には多大なる迷惑を与えていた。あんな事件を、こんな狭い場所で起こしたくはない。

 なにより、それでは、成長がなさすぎる。

 あれから10日とは言え、七星剣との付き合いは10年だ。過去の持ち主は知らないけど、今生でもっともその扱いに長けていることを証明したい。

 そうでなければ、御瑞姫になれない。

 ……いや、正直言うと、さっきの百足地獄で御瑞姫になる決意が少し折れたのだけど、でも結局それだけが、出生の謎に至るただ1つの正解だから。

 七星剣を、正中に構えた。

 深呼吸を、2回。

 見慣れた純白の、着膨れな鞘。

 息を、止める。

 刀身を凝視。

 決意を、込めた。

『神樹、お願い』

『やります』

 七星剣を包み込んでいた、不可視の枷が弾け飛んだ。

 同時に呪符と呪布が球状に膨らみはじめ、私まで飲み込むと、直径3メートルほどの球となって安定、背景はすべて白に埋め尽くされ、両手には、初めてその全容を露わにした七星剣の鋼の地金が、黄金色の霞に覆われて煌めいている。

 気合いを込めて両手を握り直して、私は“私”を離脱した。

 繭のように周囲を包んでいる呪符の球に沿うように、かといって破れ目を作らぬように、急いで慎重に、全力で最短距離をとって自分のたまを拡張していく。

 七星剣を包む霞が、微かに震えていた。恐らく神樹は、必死でヤツカの暴走と戦っているんだろう。

 気は焦るけど抜かりなきよう、魂を目一杯まで広げて、チェックは2回。よし、どこにも綻びはないわね。

『神樹、やっちゃって』

『い、いいいいいいいい、いきます』

 白い繭の中、自分の肉体が握りしめる七星剣を、繭に沿った球体から全方向視点で見つめるこの不思議な感覚。

 戒めから解放された七星剣は、鍔のない両刃で、柄と刃の境がない一発鋳造様式の、古代剣の意匠だ。

 巾広の刃は切っ先まで緩いRを描きながら、中央よりすこし先端方向の部分が、デザインなのだろう、半円状に抉れている。

 黒鉄色の刀身に、映える黄金のラインが2本、外縁に沿うように刃上に刻まれていて、最も巾のある根本部分から柄へと至る造形は如雨露型。

 両手で握っても余る長さの柄は、記紀で言うところの十握とつかか、八握やつかか。

 最端部には根付を付けるような円環が取り付けられていて、円環の周囲は蛇がトグロを巻くように、金色の凸線が装飾されている。

 これが、真なる七星剣。

 天津神が作り、国津神を平定するために地上に遣わしたと伝えられる、十種神宝じゅっしゅしんぽうの一つ。

 その、太古の姿は失われているとは言え、存在そのものは魂という形で代々継承され、十種神宝の一柱、八握剣やつかのつるぎの魂は、その名も示すヤツカというカミが担って、今まさに、その御綾威みいつが解き放たれようとしている。


『震えよ』


 神樹という鞘を被ったままにも関わらず、ヤツカの声が、あの山中で聞いた台詞が、繭の中いっぱいに広がった。


『弾けよ』


 それは、あの日の再現だ。ヤツカの台詞に神樹の神力じんが震え、弾かれそうになりながらも、必死で刀身を覆い続けている。

『神樹、とっとと解放しちゃいなさい』

『こいつ! おとなしく、しろっての!』

 神樹も必死だ。

 彼女にとっても、これはリベンジ。

 前回、有無も言えずに戒めをパージされたことに対する後悔と意地が、あの神樹を本気で抗がわせている。


『沸き立たせ』


 更なる衝撃が、神樹を襲う。それは神樹の急膨張という形でなり、風船のようにパンパンに膨れ上がった神樹の魂の中に、黄金の霞としてあるヤツカの魂が充填され、今にも神樹を破裂させん勢いで暴れ回る。


『燃え上がらせ』


 だが、神樹は堪えた。

 更なる光を得た神樹の魂は、徐々に膨れた己を萎ませていき、内部に充満したヤツカの霞を、柄から搾り取るような動きで、螺旋状に切っ先へと追いつめていく。


『煮え立たせ』


 度重なる波動にも負けず、神樹は完全にヤツカを押さえ込んでいた。すでに刀剣の8割は本来の外見を取り戻し、逆に追い込まれたヤツカの霞によって、先端部だけが異様なほど膨れ上がって破裂寸前の様相を呈している。


『己が身に流れる熱き血潮に従え』


 私も、魂の強度をあげた。

 来るべき衝撃さえ分かっていれば、対策を講じれば得られる良好な結果。七星剣の先端方向に若干厚めに魂を寄せ、その弾けの時に備えて緊張を練り続ける。


『その御魂、解放せよ!』


『『やれるもんなら、やってみろ!』』

 神樹と私の咆哮が重なった。

 同時に、極限まで丸々と膨れ上がっていた七星剣の先端、神樹の魂の一部が破裂。

 高圧を得た水流のごとき勢いでヤツカの霞が放出され、繭の外壁、私の魂へと直撃する!

くぁっ!

 敏感な部分を刺激され、絶妙の感触が魂を貫いた。考えてみれば魂を内側から刺激されたのは初めてで、存外に理性をとろけさせるその感触は、当初の意気込みとは別の方向でやる気を刺激する。

 一度私の魂に突き刺さったヤツカの奔流は、しかし繭が破れぬことで行き場をなくし、跳ね返された後は散り散りの粒となって繭の中を飛び跳ねる。

 七星剣の先端から迸る彼の熱意はいまだ衰えず、狭所に圧縮された霞はまばゆいばかりに白く輝きながら、本来なら清流のごとく空を駆けるその魂も、限られた発射口に殺到することで圧縮限界を迎えてゲル状と化し、

『あ、と、え〜、これって……』

 最悪な想像を、思春期の妄想神経が生んだ。

『つまり、神樹と2人で、ヤツカを散々刺激して……発射?』

 そしてぶち撒けられたヤツカの情熱は、私の中に拡散しつつもなお熱く、それが魂の柔い部分を絶妙に刺激してくれるせいで、形容しきれない感覚のとろけが全身に広がっていくこの意味は、

『か・い・か・ん』

 しかもそれは、徐々に繭の中、つまり私の魂を満たしていく。

 私の魂の中はもう、あふれんばかりのヤツカでいっぱいいっぱいだ。

『え〜、これって、そのぉ、いわゆる情事における、中出しってやつ?』

『ふぅ』

 思った直後に、やたらと爽やかなヤツカの吐息が鼓膜に届く。

 見れば七星剣の先端からの迸りはようやく終わっていて、神樹の魂が最後に残っていたヤツカの残魂を搾り取って排出させると、

『ぉおぅっ!』

『『変な声だすなっ!』』

 心からの怒りが叫びと化した。

 同時に、私の魂が本来の肉体へと収束していき、それを迎えるように、神樹が肉体を覆っていく。

 世界が、爆ぜた。

 私と神樹に挟み込まれる形でヤツカの魂が押さえ込まれ、同時に防波堤の役目を果たしていた呪布と呪符による戒めが、一斉に解けたからだ。

 大任を終えた封じの布符は、燃え尽きた灰のように空中に霧散していき、後には鋼の七星剣を構えた私だけが残される。

 ヤツカの封印を見事成し終えた白き戒めに、心の中で敬礼っ!

「ほぉ、それが真なる姿か」

「てか、なんで稲田姫、やたら肌がツヤツヤしてるの?」

 姫子のつっこみにあえて解説入れれば、肉体と魂の間に神樹とヤツカって言う二柱の神様の魂を挟んでいるから輝いているからであって、

「イカ臭い?」

 なんて表現するかね、安倍家の女子中学生は!

「まぁ、長年陽光も浴びず、風にも当たらない状態だったんだ。腐るという表現はどうかと思うが、異臭の1つや2つはおかしくあるまい」

 珍しく、空海女史が味方に思えるよ。

「とにかくだ、解放した意味を忘れてはおるまいな」

 そうだった。

 ヤツカを賢者にするために、外周の封印を解いたわけじゃなかったんだ。

『神樹、全力全開、フルスイング、いける?』

『出力調整はオッケーっす。トリガー、預けます』

『了解』

「危ないから、下がってください」

 3人に警告して、十分に距離が開いたことを確認した私は、両足を肩幅より広く開いて七星剣を下段に構える。

 イメージするは、光の剣。

 鋼の刀身から放たれる、魂の霊なる剣がどこまでも直進していく様を瞼の裏に描いて、

「暴発したら、ちゃんと避けてくださいよっ!」

 両手で握った七星剣を、右方向に徐々に振り上げていき、右肩後ろ、上半身が捻れて、左の踵が浮き上がる位置でステイ。

「一閃っ!」

 足、腰、胸、そして腕を捻ることで蓄えた全身のバネを、一気に解放した。

 右上から下って、左上へと切っ先が高速で円弧を描き、遠心力も得て100メートルほどの長さを得たヤツカの神力じんが、通路を斜めに両断して地下を深く抉っていく。

 すべてのバネを解放しきった肉体は左側に捻れる格好でその勢いを止め、

「ナイスショット!」

 その姿勢にふさわしい声援が、姫子から放たれた。

「どうだ、手応えは」

「う〜ん、なんというか……肉を切ったようなイメージが」

「肉?」

 姫子の疑問は当然だ。

 私だって、ヤツカの神力を通して伝わってきたイメージに、違和感を拭いきれないんだから。

「いや、通常だったら、霊の手応えって、せいぜい蒟蒻程度で刃はサクッて通るんだけど……すごい違和感が」

「相手の大きさと、そこまでの距離は」

「それが、変なんですよね」

 神樹と分析、討議して、やっぱりその結論しかないと納得した上で、固唾を飲んで見守っている空海女史たちへと答えを差し出す。

「この地下一体、刃が届く範囲すべて」

「は?」

「私も確証持てないんですが……なんせ相手はカミですから。すでにこの場所が、カミの体内である可能性があるわけです」

「ちょっと待て。それは無理があるだろう。たとえ相手が我々を罠にはめたのだとしても、だったらこの中で、その入り口に当たる部分を知覚し得た者はいるか?」

 空海女史の問いに、応を唱える娘はいない。

 誰もが同じ穴から落ちてきて、ほぼ一本道を突き進み、その間に誰一人として、目に見える景色に違和感など覚えなかったのだから。

「でも、さ。たとえのの……じゃなかった、稲田姫の言うとおりだとしてもだよ? ここが相手の体内なら、暴れたら私たちの勝ちじゃね?」

「しかし、今さっきの稲田姫の斬撃に、なんの応答もないぞ」

「人形の分析でも、この土壁に生命反応は認められません」

 3人の瞳に不信が宿って向けられるけど、

「私だって、言われたとおりにやっただけですから……そもそも、勢里せり姫が言い出したことですよね? 臭うって」

「む。たしかにそうだが……じゃ、今度は甕姫、いってみるか?」

「私に、殴る以外に能ないっすよ」

「貴様が無脳なのはよく分かってる」

「あれ? なんか今、ニュアンス違う漢字が……」

「天井は危険だからな、横壁に穴を穿ってみせろ。その後、知流姫の人形の砲撃で、その穴を更に掘る」

「姉……勢里姫、意地になってません?」

 空海女史の眼力に、姫子屈服。

「んじゃ、みんな、ちょっと下がって〜」

 軽くため息を付いて、姫子は左足を前にして右拳を引き、一瞬で臨戦を発した。

 赤い霞がその身を覆い、瞳は真摯に壁に向く。

 ゆっくりと前に伸ばした左手は、五指開いて壁に対し、グッと四股を踏んだ下半身は、更に重心を低くして、地面を抉って力を蓄える。

「瞬撃のぉ……」

 右拳に螺旋の霞が収束し、鉄甲の表面装甲が、音を立てて開いて光を吐く。

「ファーストォォォォォォ……」

 直後、右拳が爆発した。

 装甲の開いた右鉄甲から強烈な神力が吹き出し、地面を抉った左つま先を軸に、姫子の身体がその場所で二転、三転、

「ブリットォォォォォォォォ!」

 回転に舞う彼女の長髪の美しさにみとれていたら、瞬間の閃光に網膜を灼かれた。

 白く飛んだ視界の向こうで、力が土壁に激突する音が響き、それは時を待たずに爆風として全身を叩き……思わず楯にした七星剣に、瓦礫が強烈な速度でぶち当たっては砕けた。

 周囲は砂埃に充満され、息を吸うのも難しい。ただでさえ風がない場所でこんな粉塵まみれでは、

「貴様は、限度を、わきまえろ!」

 空海女史と明が発動した符が、一時的な突風を生んで、周囲の砂煙を一掃した。

「心中する気かっ!」

「いやぁ、全力でやれって言われたんで」

「照れるなっ! 褒めとりゃせんわ!」

 埃まみれた姫子の鉄甲は、既に閉じて平常通り。そして彼女の隣には、奥が見通せないほどの人間大の横穴が、黒々とした口を見せて出現していた。

「人形、必要ありませんね」

「おまえは、なぜに、掘り進んだかな」

 空海女史の半眼に、

「いやぁ、出力に指向性持たせたら、意外に柔い土壌だったみたいで……」

 すかさず明が探索用の符を飛ばして、水晶球にて調査を開始すれば、

「不自然ですね。奥行き500メートル。これだけ横一直線に掘り進めば、何らかの地盤変化があっても良さそうですが……」

「それだけ、私の拳が鋭かったってことで!」

 姫子が嬉しそうにサムズアップで騒いだが、明、ド無視。

「拳一撃でトンネルが出来るくらい、柔い地盤ですよ? ここが地下何十メートルか知りませんが、相当な土圧が掛かっているのは間違いありません……もぐらやミミズやオケラが穴掘るのとはわけが違います」

「オーケイ、分かった知流姫。で、結論は出ているのか?」

「非常識で良ければ」

 そう言って、明は私たちと向き合う。

「この時空は、閉じられました」



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