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第三帖 国史夢想〜根の国の主か逆賊〜 壱

 なにが起きたのか。

 いや、起きたことは分かる。

 天空から降りてくる茶吉尼だきにの巨大な拳を受け止めるべく、七星剣をグラウンドに突き刺して、それを柱として天空からの大質量攻撃を受け止めようと画策したんだ。

 茶吉尼の拳がどれだけの威力を誇ろうとも、こちらも神剣、軽々と折れ曲がることはあるまいと、とっさの判断。

 直後に激突。

 自分の判断の甘さを呪ったのは、グラウンドに突き刺した七星剣が、茶吉尼の拳に押されるままにズブズブと地面に沈み始めた瞬間で、

「このままじゃ、死ぬっ!」

 本気で覚悟を決めた直後に、足下が割れた。

 まるで、七星剣が楔になったかのようにパックリと。

 信じ難いことに、3メートル下には漆黒が広がっていて。

 落下時間は、相当に長かった。

 崩落範囲はあかりと茶吉尼の立ち位置にまで及んでいて、私と一緒に落ちる影を認めると同時に、茶吉尼の左腕が白い布状物体に変化。

 それは私たちを優しく抱きとめると、残った布片が鋭い刃と化して、地獄へと延々に続くような縦抗の壁へと、猛然と突き刺さった。

 それでも、落下自体は収まらない。

 明も宙づりになるくらいなら、と考えているのか、落下速度を落としつつ、二人は奈落へと邁進した。

 いったい、どこまで落ちたのか。

 共に落下したはずの土塊に潰されることなく、一番最後に地下に到達した私たちには、月明かりさえ届かない。

 反面、

「これって、根の国?」

 地下は、存外に明るかった。

 いや、正式に言えば、地下は当然漆黒の世界だ。可視光で見れば。

 けれど、日常的に霊的なものも捉えている私にとっては、そこは霊なる光に満たされた、神工的じんこうてきな世界に他ならない。

 落ちてきた穴そのものが、すでに何者かによって掘られた土木施工物にも見える。

 到着点から三方へ、5人くらい横並びで歩けるくらいの広さの通路が伸びていて、そのいずれにも、街路灯のように定距離に発光体が埋め込まれている。

「……高校の、真下に?」

 これも、空海あけみ女史が言っていた神宮管轄である理由なのだろうか?

安倍あべ明」

 とりあえず、この落下から救ってくれた少女の名を呼んでみる。

「はい、ここに」

 彼女は、私の背後に倒れていた。

「よかった。助けてくれてありがと……どこか、怪我してる?」

 落下の衝撃はほとんど無かったにも関わらず、明は腰を抜かしたように、地面に横たわっていた。

 といっても、今は霊光視界だから、肉体に付着しているはずの魂が、だけれど。

 それでも、私が斬った彼女の右手首は、自然復帰してちゃんと繋がっているから、外傷がない限りは動けるはずで。

「あなたは、私が見えるのですか?」

 不思議そうに問いかけられた。

「あ、そうか……安倍明も御瑞姫みずきだったら、分かるでしょ。この世界には、可視光だけでは見えないものもあるって。その逆よ。この地下じゃ、可視光以外の光が満ちている」

「……なる……ほど」

 頭のいい子だ。それだけの説明で事態を納得できたらしい。

 それでも、彼女は動こうとしなかった。

「どうしたの?」

 仕方なく、こちらから近づく。

 ほんの5分前まで、二人は殺し合いにも近い激闘を演じていたというのに。

 私は、七星剣こそ握っているけれど、すでに戦意は喪失していた。

 安倍明本人には、何の恨みもないと言ったら嘘になるけど、それでも相手は年下の少女だ。非常事態においては、先輩風も吹かせたくなるもの。

「あ、その、近づかないでください」

 か細い声だった。年相応の。まるで迫りくる野獣を拒絶するような。

「いや、怪我しているんだったら、手当しなくちゃ」

 股をすり合わせるようにして、明はジリジリと逃げようとする。足でも挫いたのだろうか。それとも腰が抜けたのか。どちらにしろ、御瑞姫にふさわしくない体たらくだ。

「いえ、怪我では……なく……」

 怯えた声だ。恥じらいが混じっている。膝をピッタリと閉じて、それでも股間まで閉じきるのをどこか遠慮しているような……。

「いや、そんな、女の子を襲うような真似しないって」

 というか、なぜにそんな警戒をされねば……もしかして?

「ビックリして、始まっちゃったの?」

 恐る恐る尋ねると、信じられないほど素直に、彼女は身体を硬直させた。

「あちゃぁ。そりゃ、不安にもなるわね」

『何の話をしているんですか?』

『剣は黙ってろ』

『酷っ!』

 思考を読みとられると、根がセクハラ魔神の神樹みきのことだ、涎を垂らさんばかりに狂喜するに違いないから、とりあえず、埋めた。

『のの姉! のの姉! なぜに突然この仕打ち!』

 と言っても、こっちも舞闘に臨んでいた身だ。

 ハンカチ、ティッシュにソーイングセットらの常備がエチケットなのは平時であって、今は明の危機に応えられるようなものなんて……あ、保健室。

 思い出した。私今、学校の地下にいるんじゃん。

かなえ、叶。聞こえてたら、ちょっと頼まれて〜』

 落下のショックも、年下のピンチの救済という仕事を与えられれば消え去って、極めて事務的に、もっとも事務処理に長けている相手に霊話を試みれば、

野乃華ののか! 生きてるの!』

 肉声であれば鼓膜が破かれていたであろうほどの反応に、改めて、地上の惨劇を思い知らされた。

『あぁ、その、二人とも生きてる。けど、ちょっとデリケートな事態に陥っててね、できれば内密で、窃盗行為を働いてもらいたいんだけど』

『なによ、その、奥歯に物が挟まったみたいな物言いは?』

 直接確認したわけではないけれど、おそらくそうであろう推測を、必要ないのに歯に衣着せて霊にて送信。

『……保健室って、どこ?』

 いや、本当。何も言わずに動いてくれる仲間がいてくれて助かるわ。

『南校舎の一番端。たしか、事務机の一番下の引出しの中にあったと思う。あと、予備の下着もあったら一緒に落として』

『野乃華、一言いっておくけど。今うえ、大穴開いちゃったせいでテンテコ舞だから』

 だよねぇ。

『私だって、命の危機を乗り切ったにしては、些細な上に面倒なお願いだって分かってるけど』

 一応、女の子としては、放っておくのに抵抗ありまくりなわけで。

 自分だったら、絶対にトラウマだろうし。というか、身に覚えがあるし。ビビって失禁ならまだしも、下着が赤くなってたりしたら、そりゃ、絶叫もんですよ、あなた。

『ところで、下はどうなってるの?』

 黙っていたら恥ずかしい過去が溢れ出しそうな沈黙を、叶が散らしてくれた。とりあえず着地が上手くいったことと、どうやら神工物であろう通路が広がっていることを伝える。

『ひょっとして、これが空海さんの話していた、霊脈ってやつなの?』

『いや、霊脈って別に、物理的な通路を必要としないから……根国路ねくろだと思うわ』

『ねくろ?』

『根の国の路。文字通りの意味』

『じゃ、やっぱり……』

まつろわぬ神々の、住まう国って言ったところかしら』

 確証が、来た。

 根の国。本当にあったんだ。

 出雲にて八股大蛇やまたのおろちを退治した須佐之男すさのおみことが最後に鎮まったとされる場所。

 その子孫である大国主おおくにぬし神が、大勢の兄たちに殺され続けたために一度避難し、嫁と須佐之男命の武器と琴を盗んで逃げ出して、その武器でもって兄たちを倒して国を治めた後、国譲りを終えて移り住んだとされる場所。

『ひょっとして、順ろわぬ神って……』

『いわゆる、国津神……私たちの、敵よ』

 敵地!

 背筋を電撃が駆け抜ける。

 姫子たちが、御瑞姫が、戦乙女いくさおとめが、太古から戦い続けてきたと言う、国を騒がす神々。

 それが、天孫降臨てんそんこうりんの前に葦原中国あしはらのなかつこく平和ことむけ、実質的に地上を統治していたにも関わらず、天照大御神あまてらすおおみかみの要請を受けて、争わずして統治権を譲ったと伝えられている、大国主神を長とする国津神たちだと言うのか。

 出雲いずもの神、大国主神。

 国譲りの際、交換条件として雲を突く大社を造れと言い、平安時代の一般教養として「雲太うんた和二わに京三きょうさん」|(出雲が太郎、奈良が次郎、京都が三郎の意)と賞賛されたほど、奈良の大仏殿よりも巨大な社があったと言われながら、当時の建築技術を侮った近代の学者たちによって、その巨大建造物が否定され続け、神話のみの存在と烙印を押された悲劇の神。

 けれど、3本の巨木を鉄輪で締め付けた直径3メートル強の太柱が平成になって発掘されたことで、言い伝え通りの48メートルを誇ったとされる高層建築物の実存が明らかにならんとしていることで、少なくとも当時の出雲に、それだけの大政治力があったことを物語り……天孫降臨後は、数多の国津神を率いて根の国に退き、地上の政治には口を出さなかったとされる、平定神。

 つまり、今いる場所は、かつて神代に天津神に地上を追われた神々が隠れ住んだ場所だと言うわけか。

 あれ?

 おかしくない?

 神話において、国を譲った大国主神たちは、表世界への干渉を一切やめたはず。

 なのに叶や姫子は、この現代においてすら、この根の国の国津神を、敵だと言い張って戦争を続けている?

 だって、平和的統治権譲渡じゃなかったの?

 というか……実在したんだ、国津神。

 天津神の娘が言う台詞じゃないけど。

 日本の歴史において、この70年、あれは神話だから歴史じゃないと、捨てておかれた古墳時代以前。

 逆に戦前は、天孫たる神武じんむ天皇の活躍を高らかに唱って、天皇が万世一系の現人神であることを証明するべく、神代すらも歴史として扱っていた歴史教育。

 その、極端から極端へと振られた国史教育において、多分そのど真ん中に位置してるのが、国津神たる出雲の親分の大国主神ではなかろうか。

 なぜなら、天皇が天孫であることを証明するためには、天孫降臨が事実だとせねばならず、当然、天孫に統治権を譲った出雲神も、肯定される必要がある。

 でなければ、わざわざ国譲りなんて物語を、後世に残す意味がないからだ。

 最初から天孫が地上を治めていたことにすれば良いのに、なぜか、大国主神が平和ことむけた葦原中国を、横取りしたと伝わる天照大御神。

 けれど戦後の考古学は、天孫降臨そのものを神話として無視して(空から人が降るはずがないという理由)、故に万世一系の現人神あらひとがみも神ではなく、民衆を代表して神と交渉する巫祝ふしゅくを司った、天と地の調整役であり地上人の代表であったとされて。

 すべて神話の作り話だと言うことになれば、天孫降臨どころか、大国主神が葦原中国を治めていたことすらも事実ではないとされ、結果的に出雲神話すべてが、作り話に貶められて、見向きもしなかった戦後。

 けれどそんなのは、地上の学者たちの都合でしかなかった。

 現実、地下には根の国があって、地上を追われた国津神たちが暮らしていて……そして彼らはまだ、天津神を奉ずる巫女たちと、争っている。

 争って……いる?

 ダメだ、パーツが足りない。

 今はまだ、これ以上の考察は無理だ。

 とりあえず、

『落としたよ!』

 叶に現実に引き戻された。

『サンクス!』

 一体どれだけの深さがあるというのか、叶の霊話から、それが手元に落ちてくるまで、愕然とするほどの隔絶があった。

 どこで手に入れたのか、白布でグルグル巻きにされた物体の中には、目当ての用品の他に、照明代わりの符も入っていた。さすが叶、1を聞かなくても10を用意しちゃう女……でも、換えの下着は無かったみたいで、なぜに高校の保健室に紙オムツなんてありましたか。

 とりあえず、照明符を起動した。みことのりに反応して自動発火した符が、空中に浮かぶ。その、蝋燭のような乏しい明かりが、目に痛いほどに、暖かかった。

 照らされ、払われた闇の向こうに、一瞬前とは違う景色が広がっている。霊による視界と、肉眼での視界が重なった。安倍明は相変わらず倒れたままで、その後ろには茶吉尼が、文字通り糸の切れた人形となって九重折くずおれていた。校庭に開いた巨大な穴の径は、そのまま地下まで変わらないらしい。符の儚い光ではすべてを明らかにはできず、ただし予想と反して縦抗は、穴というより、坂であるらしいことが見て取れた。

 ま、とりあえず。

「自分で、できる?」

 警戒心を解かない安倍明を刺激しすぎないように、叶からの届け物を、慎重に彼女の近くに置いた。

「……」

 が、彼女は首を横に振る。

「……普段、どうしているの?」

「は……穿かない、ですから」

 おいおい。

「だって、学校とかは」

忌日いみびだから、休みます」

 ……そりゃ、大昔の日本は、生理中の女性を隔離監禁してたけどさ。

「とりあえず、今はしときなさい。どちみち、ここから出ないといけないんだし」

「え? いえ、でも……」

 あぁ、もう! まどろっこしい!

「きゃぁ!」

 堪忍袋の緒を切った。

 逃げ腰になっていて動けない安倍明に襲いかかり、一度その肩を強引に地面に押しつけて身体の自由を奪った後、彼女の両足首を掴んで左右に開かせ、自分の体をグイとその間に入れ込む。陣取るのと、彼女の袴をめくりあげる動作が、ほぼ同時。照明符の弱い光の下ながらも、予想通り少女の“成り成りて成り合わざる處”が不浄けがれているのが見えたから、

「うぁ、きゃ、いやぁぁぁあぁぁぁ!」

 驚き、騒ぐ明はしかし、背中が地面にペッタリで両足を大きく開かれているため身動きが取れない。その間にこちらも素早く、成すべきことを迅速に行い、

「……何をしてるんだ、お前ら」

 一仕事を終えて、さわやかに立ち上がろうとした私の背中に、高野たかや空海女史の、アイスピックのような冷酷な突っ込みが、グサリ。





「おおっ、のののん! 予想に反してご健在?」

 空海女史に続いて、姫子までが降ってきた。

「ご健在どころか、お盛んだ。私がこなければ、こいつら暗がりで巫女の証を散らしていたぞ」

「散らしません!」

 人聞きの悪い。

「お楽しみだったじゃないか」

「大いなる勘違いです」

 真実は闇に紛らせ、

「どうして、ここに?」

「二人が心配だったからに決まってるじゃん」

 姫子が、心外だと言わんばかりに口をとがらせた……その両手になぜか、金属製の巨大な鉄甲を装備して。

 対して空海さんもよく見れば、柱のように巨大な物体を右手に握っていて、どう見てもその意匠は、何らかの破壊活動を行うための器具にしか思えない。

「助けに来てもらったのは嬉しいんですが……その、普通にこの坂を登っていく訳じゃないので?」

「お前の疑問はもっともだが……上の穴はすぐに埋め立てを始める。明日は平日だからな」

「い、隠蔽するつもりで?」

「どっちかというと、封印だがな」

 空海さんが放った符によって、周囲は目映いばかりの光に包まれた。

 完全に暗闇に順応していた瞳が、灼かれたように痛む。

「この坂は国津神が、信じがたい労力を傾けて掘り進んでいた進撃路だ。かつて奴らはこの坂を駆け上がって葦原中国に攻め上がり、地上を乗っ取らんと一大侵攻を企て……我々はそれを撃退し、再度根の国へと押し返した。

稲田なだ姫神社は、その際に我らの本拠地とした陣の跡であり、この坂の監視という軍事的目的のために造営された砦、というわけだ」

 嘘、ですよね?

「通常ならば、あの程度の衝撃で封印が砕けるはずはないのだが……長年の風雨で綻びが出来ていたか……あるいは下から細工されていたか。

 どちらにせよ、長年放置されていた坂であることは確かだ。

 遅かれ早かれ、こういう事態が起こっていた恐れはあり、一般人に被害が及ばなかったことを、行幸とすべきだろう」

 ドッキリ、ですよね?

稲田なだ姫(野乃華)と知流ちる姫(明)には悪いが、すでに封印作業は始まっている。我々は、根国路を通って、別の出口を目指すぞ」

「べ、別の出口って……そんなにいっぱい、根の国と繋がってる穴があるっていうんですか?」

「あの世と繋がっている、なんていう伝説を持つ洞窟なら、五万とあるだろう? ま、実際に繋がっているかどうかは保証の限りじゃないがな」

「具体的に、目標地点とかは?」

「こんな地下に、GPSの電波が届くと思うか? おまけに敵地だ。地図なんてあるはずもない」

「風に向かって走っていけば、きっとどこかに行けるって」

 そんな、さわやか青春ソングみたいなノリで言われたって、騙されないわよ、姫子。

「なに、敵情視察も仕事のうちだ。舞闘自体がうやむやになってしまったからな、稲田姫、生き残ったらお前を御瑞姫と認めてやろう」

 敵中突破、やる気満々なんですね。

「待って下さい。茶吉尼の磁気探知と偵察式を使役した方が、効率的です。何より、不必要にカミを刺激すれば、かえって地上に無用の混乱を招きかねません」

「安心しろ知流姫。すでに地上は、無用の混乱の真っ最中だ。自慢の拳のおかげでな」

 うん、よく分かった。

 空海さんの耳には、了解の音しか聞こえないらしい。

「全員、臨戦の態でもって、全速前進!」

 どちらにせよ、ここで留まっていても無意味だ。

 安倍明が普通に立ち上がるのを見守って、私もまた、埋めてあった七星剣を持ち上げ、一寸先の闇へと、初めての一歩を踏み出した。





 遅滞なし。

 高野たかや空海あけみの『進軍』は、猛進だ。

 最前にて符を放ち、動く影あらば躊躇せず切り刻み、私や姫子に動く隙すら与えない。

 それは、彼女が極上のドSであることと無関係ではなく、しかし、

「後方、10匹」

 無心に索敵中のあかりの呟きに、私と姫子の足が止まる。間もなく、

茶吉尼だきに、斉射」

 轟音が、地下洞窟を埋め尽くした。

 み、みみみみみ、耳が痛い。

 すごく痛い。

 というか、鼓膜が壊れた。

 痛いの。

 音なのに、すごく痛いの。

 なんなの、この拷問。

 よりによって、ガトリング砲の砲身の真横にいなきゃいけないなんて。

「敵、滅」

「よし、進むぞ。稲田なだみか、耳を塞ぐな」

「む、むむむむむ、無茶言わないで下さいよ!」

「そうだそうだ! BOZE製のノイズキャンセラーヘッドフォンを要求する!」

 度重なる砲撃に、さすがに私と姫子の堪忍袋の緒も切れる。

 なぜなら、その砲身を持たされているのが、ほかならない、私と姫子なのだから。

「タンポン丸めて、耳に詰めとけ」

「むっきぃ! 姉御だったら、そのくらいの高性能符、ちょちょいのぱっぱでしょうが!」

「んな軟弱な符、趣味にあわん」

「趣味の問題かよ!」

「ぐずぐずしていると、第二射の必要がありますが」

 明の容赦ない宣告に、私たちは無言でその砲身=茶吉尼を持ち上げる羽目になり。

 つまり、茶吉尼は完全無欠に、文字通りの『お荷物』になっているわけなのです。

 それというのも出発間際、空海女史が発した質問、

「ところで知流ちる姫。その巨像、縮小できるんだろうな」

「無理です」

「……全戦争行動完全対応が売りじゃなかったのか、お前の所は」

「その宣言に偽りはありません。

 そもそも通常の戦闘行動において、狭所に大砲を押し込んで進軍するという選択肢はありません。

 例えば室内戦闘における茶吉尼は、拠点防衛の絶対壁として絶大なる信頼に応え、一切の侵略を返り討って幽世かくりよへ送り、逆の立場であれば、敵の拠点を完膚なきまでに撃ち壊し、室内を野外へと一変させます。

 茶吉尼の運用に白兵戦など、そもそもが愚の骨頂。地下の偵察などするまでもなく、アリの巣コロリでも打ち込んでおけば済む話」

「……素直にごめんなさいと言えんのか、お前は」

「運んでください」

 てなわけで、移動状態である長持ながもちに瞬間変形した茶吉尼を、御輿のごとく担ぐ羽目になったのが姫子と私で。

 そのままだったら静かな大荷物だったんだけど、空海さんの無用な質問の結果、砲身だけを後方に突出させた歪な御輿と相成って、いざ襲撃となれば、問答無用で霊弾を無数に吐き出す拠点防衛(もしくは破壊)兵器と成り代わり、私と姫子は取るものも取りあえず最優先で両耳を塞ぐという動作を、コンマ5秒で完成させられるほど、音の暴力に対して恐怖と被害意識を植え付けられたわけで。

「つか、姉御! 約束が違うよ。地祇ちぎを問答無用で殴れるっていうからついてきたのに、ただの荷物持ちじゃ契約違反だ!」

 強制労働に姫子が異議を唱えるも、

「効率の問題だ」

 空海女史が応じるはずもなく。

 かくして漆黒の通路を巫女4人、長持担いでエンヤコラ、1時間くらいは歩いてきたんじゃなかろうか。

 その間に、前から5回、後ろから7回。国津神の襲撃があったと言うものの、前述の通り、空海さんの符と茶吉尼の砲撃のおかげで、姿を現す前に撃滅の憂き目にあっている“敵”の姿を、私はまだ一度も目にしていない。

 かなえとの霊話で国津神の存在を肯定されてから、実は私はウズウズしっ放しで、なにがそんなにウズウズするかと言えばただ一点、議論したい、に尽きる。

 つまり、国津神天津神の実存を含め、神代から古墳時代にいたり、天武天皇によって古事記と日本書紀の編纂が命じられるまで、簡単にいってしまえば日本の国史が文字として記録されるまで、暗雲の彼方で実証の方法もなかった古代史は、水戸黄門の「大日本史」や本居もとおり宣長のりながの「古事記傳」によってようやく日の目を見たものの、明治維新のどさくさで変な方へねじ曲げられてからは神聖不可侵にして真っ当な学問不能の『神話』と祭り上げられて、皇国史観の八紘一宇はっこういちうへまっしぐら。

 その反発として戦後はいっさい省みられることもなく……実は日本の古代史ほど、まともに検証されていない分野もないわけで。

 当たり前のように小学校で学んだ卑弥呼と邪馬台国にしても、実は日本国内には記録が存在しないため実証できず、一時期ブームになった邪馬台国論争(邪馬台国が九州にあったか畿内にあったか)も、実は邪馬台を『ヤマト』と呼びたくて仕方がないというか、朝廷が万世一系でなければ気が済まない方々の意向をもろに反映されて、本当は邪馬『一』国だったんじゃないの? という在野の研究は無視されて、議論すらされていないのが実状。

 そもそも、戦後は古事記や日本書紀そのものが、作り話だから研究するに値しないなんていう扱いで……結果として唯一、古代の歴史を記されているはずの書物を抜きにして、実は卑弥呼から聖徳太子の間には、400年近い隔たりがあるにも関わらず、今は歴史的な人物の名前を挙げられない、なんていう体たらくというか、自分の首を自分で絞めているような有様。

 つ、ま、り、よ。

 自分のルーツを図書館で探しまくった結果、立派な古代史オタクと化した私としては、国津神と天津神を是として根国路ねくろを闊歩する空海女史なんかは、格好の議論の相手なわけで。

 知りたい。

 語りたい。

 語られたい。

 思う存分、白い目をされずに、今まで蓄積してきた疑問難問をぶちまけたくて仕方なく、ようやく周囲に静けさが訪れようとする今こそを契機として、

「あの、空海さん」

「……稲田姫、敵地でむやみに本名を明かすな。真名まな言霊ことだまによる呪いに対して脆い。私のことは勢里せり姫、その馬鹿はみか姫、人形遣いは知流ちる姫と社名で呼ぶようにしろ。

 で、なんだ」

「ぶっちゃけ、教えて欲しいんですけど……ここが根の国だとしたら、やっぱり大国主おおくにぬし神と須佐之男すさのお命がいるんですよね? ということは、逆説的に、高天原も存在するって言うことに……」

「下らん」

 んな。

「おまえは、神秘主義者か」

 巫女にあるまじき暴言!

「人が、天から降ってくるわけがないだろう」

「あ、な、なななな、こ、こここここ、この、非国民!」

 お、お口が勝手に。

天照大御神あまてらすおおみかみを皇祖神と仰いで、天神地祇てんしんちぎから魑魅魍魎、物怪もっけ、動植物から細菌まで、生きとし生ける全てのモノの繁栄と成長を祈って、地上にあまねく御綾威みいつを賜らんと日々精進に励むが勤めの、それが、それが巫女の長たる御瑞姫の言うことですかっ!」

「お前な……御瑞姫だから言うんだろうが。戦前の修身教育を受けたわけでもあるまいに、どんだけ歪んだ青春を送ればそんな戯けた盲信に取り付かれるのか……それもあれか、いわゆる厨二病ってやつなのか。日本の未来もお先真っ暗だな。こんなオカルト狂いが巫女の長たる御瑞姫を目指そうとは……」

「だって、私たちは今、国津神を敵として、ここにいるんじゃないんですか?」

「それはただの符号であって、呼び方なんて正直どうだっていい。相手は実体を持って、殺すことが出来、敵意をもった存在で、それは太古の風土記ふどきから今現在まで、日本各地で妖怪、鬼、物怪、魑魅魍魎と語り継がれてきた、生活に密着した民俗学的存在であってだな……お前みたいにそれを、奈良時代の政権算奪者たちによる、自己正当化のための捏造書物の内容を真に受けて混同したりしては、我々戦乙女が長年に渡りその心身を鍛え、人生を犠牲にし、人の力でもって民の平安を守り通した貴い伝統を……見たこともない天津神による御威光などに置換され、手柄を横取りされては、死んでいった数多の同胞に対して、申し訳が立たんわっ!」

 奈良時代の政権算奪者? 自己正当化のための捏造書物? それってひょっとして、記紀のことかぁ!

「だったら! そもそも国津神なんていう言葉が残っていること自体がおかしいじゃないですかっ! 妖怪、鬼、魑魅魍魎、土蜘蛛、お化け、まつろわぬ神、呼び方なんて他にどれだけでもあるでしょ。

 けれど、勢里姫も他の巫女も、ここを根の国と呼んで、敵を国津神と呼称する。

 こころことばことは、本来三位一体にして不可分なる真実の発現。言のみが独立して力を持つことはあたわず、長久の磨耗にも絶えて残っている言葉なら尚更、そこに込められた『意』と、かつて起こった『事』が真実であることを雄弁に物語るものなんです!

 つまり国津神がいて、根の国があるならば、それをかつて伝えた太古の民は、決して嘘偽りを後世に残したわけじゃない!

 記紀を偽書と呼んで、歴史書として扱わない昨今の風習は知っています。

 けれどそれによって、古墳時代から飛鳥時代までが、歴史的人物皆無の空白期間になってしまった愚行も、断罪されるべきです。

 古事記に書かれた神代の物語は、その話が残っていることこそに大いなる意味が込められているんです。

 もっと言わせてもらえば、物語だといって見向きもされない古事記は、いくら太古の出来だと言っても、物語としての破綻が大きすぎるんですよ!

 いっそ書かない方がスッキリする内容を、どうしてわざわざ国家的事業として残したのか。

 それも歴史書たる日本書紀を編纂している最中に、わざわざ物語という体裁をとり、『日本語表記』にこだわって、音訓交じりの漢字の羅列を、後世に伝えなくてはならなかったのか!」

「……だから、おまえは、神秘主義者だと言うんだ。どこの世界に、神話と現実を混同する馬鹿がいる。日本神話の神様たちが人間的だからと言っても、ギリシャ神話の神々にしたって同じ。しかしかの神話を現実と結びつけるか、お前は?

天津神、国津神、それぞれの名前が残っているのも、ただ、方便として伝統が残っているだけで、そもそも神話として語られているからといって、その内容がそのまま、神々がいた証拠ではない。

 いいだろう。そこまで言うならお前のいう古代神話を、すべて現実の人間に置き換えて、説明できればいいのだろう? そうすれば貴様も、古代神話そのままに、天から人が降りてきたなどと、世迷い言をぬかすまい」

 真っ向対決。視線と視線がぶつかりあって(といっても暗闇だけど)今にも沸騰しそうな空気を、

「敵です」

 明が容赦なくぶち壊し、洞窟に轟く茶吉尼の砲声を、ただただ黙って耐える間に――私は思索に沈んでいく。

 神話を、現実に、置換する?

 空海女史は、確かにそういった。

 それはつまり、記紀の肯定に他ならない。

 でも、かの神話を現実として紐解く作業は恐らく……古代史上、最大のタブーなんじゃないだろうか。

『稲田姫!』

 怒鳴るような口調の霊話が、空海女史から飛んできた。

『これ以上、肉声にて貴様に講釈していたのでは、時間がいくらあっても足りぬ。

 霊符に我が国史を注入して送る故、後はお前が勝手に判断しろ!』

 厭を言う間も無かった。

 ベチッと。

 およそ紙とは思えない質感と威力をもって、問答無用で額にぶつけられた符から、侵略という言葉以外には表せない勢いと強引さで古代のイメージが流れ込んできて……私の視界はいつしか、古代一色に、染め上げられてしまったんだ。

     



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