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第二帖 剣拳豪合〜京の娘の侠気か凶器〜 陸

 安倍あべあかりが、左手に水晶球を握りしめて殴りかかってきたとき、私も神樹みきも、あまりの展開に反射神経を失った。

 一瞬で間合いを埋めた彼女が、見る角度によって様々な感情を表現するように作られた能面の如くでなく、意識的に筋肉を緊張させることによって、全方向に完全に無な表情を作り上げていた事も、一面では度肝を抜かれた原因といえる。

 けど、分かっていたはずだ。

 双方が神寄かみよりしていて、その手に武具としての神宝かんだからを構え、裁定者の文妖ふようによって開戦が宣言され、しまいには文妖の消失によって空気が変容したことで、舞闘の幕が上がったことを。

 にも関わらず即座に反応できなかったのは、人形遣いは、人形で攻撃してくるものと、決めてかかっていたからだ。

 全高6メートルという異形で相手を萎縮させ、その圧倒的な攻撃力で圧してくるものと考えて、抗戦を組み立てていたからだ。

 なのに安倍明は、人形を置き去りにして、単身にて殴りかかってきた。

 彼女の左手に握られているのは、子供の頭ほどもある巨大な珠。

 彼女の容姿が、いわゆる深窓の令嬢という言葉からイメージされる儚さを纏っていると言っても、その身にカミを降ろす神寄を行っている以上、その身体能力が破壊に特化していることは、疑う余地もない。

 彼女の全力ならば、たとえそれが本来の使い道でなかったとしても、水晶球で殴られればこちらの頭蓋骨が陥没……を通り越えて、粉砕され、飛び散り、血潮と脳漿を母校のグラウンドにぶち撒けるは必至。

 避けねばならない。

 無理ならば、受けなければならない。

 そういう判断を、こちらから奪うための安倍明の無表情奇襲であるならば、彼女は相当な策士であり、私はあまりにも素人であったと、反省を胸に抱いて天に召されるが当然と納得してしまうほどに、この奇襲は効果的だった。

 当事者でありながら第三者的立場な、『私の肉体』の介入がなければ。

 結果として、七星剣で受けたのだ、奇襲を。ただし、魂でも神樹でもない、『肉体を維持するための自律意識』による反応で。

 前にも、晴の銃剣に襲われた時、肉体が勝手に動いたことはあった。

 けれどそんなのは、100に1つもない奇跡だと、思いこんでいた。

 明の全力殴打を受けきって、それでも衝撃は殺しきれずに両足は地を離れ……そこまできて、ようやく私と神樹は、肉体の制御を取り戻した。

 体勢を崩しつつも着地を決めた瞬間、予期していた追撃が来なかったのは、明もまた、自分の奇襲が受けられるとは想定していなかったからだろう。

 安倍明は両手を、宙に浮いた水晶球=操珠そうじゅの表面に置いていた。そしてまるでドラムを叩くが如く、十指が珠の表面を激しく踊るにあわせ、遂に背後の人形が動き出す。

 その名、自律じりつ舞闘ぶとう絡繰からくり茶吉尼だきに

 安倍家が400年というバカみたいな時間をかけて作り上げた、御瑞姫みずき専用の戦闘人形……と聞かされた。

 私闘から合戦、市街戦から密林戦闘、電撃戦から掃討戦、果ては退却戦の殿しんがりまでマルチにこなす汎用性に富み、現場での整備をほとんど必要としないか、ユニット交換による簡易整備で実用に耐えるというゲリラ好みのメンテナンスフリー。

 しかも亜寒帯の北海道から亜熱帯の沖縄まで、あらゆる機械を砂塵防御なしでは故障させる沙漠ですらも外装換装の必要がなく、複雑な設定はすべて、ワイヤレスで操珠にて行うというから恐れ入る。

 そこまでするくらいなら、各地各様に特化したカスタム人形を複数用意する方がコスト的にも安いんじゃないかと思うんだけど、スタンドアローンで完璧な汎用機器を作り出したいという研究者の欲望は、そんな合理性を完璧に無視したらしい。

 かくして安倍家の総力を結集して生み出された自律絡繰は、その怨念にも似た設計思想に支えられ、巫女組織最強の人型兵器として、現代まで朽ちることなく存在し、今まさに、踊るような明の運指に応えて、夕日を背に受けながら、その瞳に光を宿す。

『無理ッス』

 いきなり、神樹が悲鳴を上げた。

『な、ななな、なんなのよ、あんた!』

『茶吉尼の運用プログラムのハッキング、無理ッス。つうか、安倍家のセキュリティ、パネェッス。

 独自OSくらいは当たり前だと思ってましたが、並の暗号解読ソフトじゃ太刀打ちできねっす』

『本解読前から匙投げてどうすんのよ!』

『とにかく、言語がやばいんすよ!

 乱数計算とかマトリクス演算ならまだなんとかなったかも知れませんけど、純粋に日本語オンリーのやり取りで、なのにウチナーグチとか蝦夷言葉とか薩摩弁だったり、絶滅危惧方言をメイン言語にしてやがるんですからっ!』

『そのくらい、七星剣にアクセスして聞き出しなさいよっ!』

『無茶ッス。不規則に方言を変更する仕様で、対応するためには神代から現代までの、全日本語方言のデータベースが必要になります。だいたいマタギ言葉とかサンカ言葉なんて、んな地域限定言語まで分かるわけねッスよ』

 言い争っている場合じゃなかった。

 驚くほど軽い振動を大地に残して、巨体がこちらに突っ込んでくる!

 瞬時に跳んだ。直後に、巨人の拳がグラウンドを穿っている。あんなの、まともに受け止めるもんじゃねぇ。着地点に七星剣を叩きつけて一気に距離を開くと、明は茶吉尼に追撃させなかった。

 必要がなかったからだ。

 私と神樹が茶吉尼を見た瞬間、巨人には巨砲を埋め込んだ左手が生えていた。

「聞いてねぇ!」

『言ってませんから!』

 悲鳴と砲声が重なった。七星剣を地面に突き刺して盾にすると同時に、神剣がへし折れるんじゃないかと思うほどの激突が3度、神樹に直撃する。

『痛いっ! まじ痛いっ! 死んだ方がましっ!』

『今後もう、有効な策以外喋んなっ!』

 泣く神樹を引っこ抜いて、私は全速で駆けだした。追撃が2発、こちらの動きを読んできたけど、地面にめり込んで不発。

「実弾っ?」

 おまけに炸裂弾でもない、ただの砲丸。なんて古風な。

『周囲を傷つけない配慮じゃないッスかね』

「あんたは敵の肩を持つんかい!」

 距離を埋める。

 一跳躍で一撃を叩き込める間合いまで。

 彼女もこちらの意図を読んで、茶吉尼の左手を消滅させた。どういう原理か知らないけれど、どうせ幽世かくりよとか別次元に収納しているに違いない。似非科学めっ!

『つか、科学じゃないっすから! 神術っすから』

 どっちでもいいわ、んなこと!

 とにかく、こちらの間合いに入った。

 躊躇うことなく、七星剣をフルスイング。標的は問答無用で安倍明。

『鬼畜っ!』

「あんたはどっちの味方だっ!」

 ともかく、剣は襲いかかる。

 相手が受け止めるには、水晶球しかない。

 上段から円を描くような、えぐりこむ軌跡は、相手の跳躍を迷わせる効果を発揮した。

 ならば彼女は選ばなければならない。

 死か、操珠の破壊か。

 であれば、彼女は身を守るだろう。

 水晶球を盾にして、たとえそれが破壊されなくても、彼女の動きは著しく鈍るに違いない。

 その確信を胸に、七星剣は空を薙ぐ。

 御瑞姫とは言え骨格は少女。2メートルを誇る鉄板の直撃を、その細身が受けきれるとは思えない。故に、想定していたフィードバックは、相手が吹き飛ぶ瞬間のインパクトのみであり……実際に七星剣がぶち当たって返ってきたのは、2メートルを誇る鉄板の突進を受けきられたが故の、こちらの臓腑を揺るがすほどの反作用!

 まるでビルを殴りつけたかのような感触!

 歯を食いしばっても尚こちらの全身を襲い続けるのは、相手が強固であるが故の、こちらの攻撃の全反射であり、

「んなっ!」

 激震の狭間から見えたのは、安倍明の全身を蚕の繭のように覆い尽くしている、白くしなやかなで、しかして堅い板状物体が織りなしている、強固な円柱構造物。

「いつの間に!」

 考察する間は与えられない。

 こちらの突進を完全に止めた構造物の向こうから、見覚えのある白くて巨大な拳が襲いかかってくる。

 今度こそ、七星剣によるガードは期待できなかった。

 6メートルを越える巨大人形が放つ渾身の一撃が、こちらの肩に突き刺さり……空を、翔けた。

『のの姉っ!』

 神樹の悲鳴すら一拍遅い。

 御瑞姫と呼ばれる存在の全力の一撃をその身に受けた少女がどうなるか……その典型的な見本が、今の私だ。

 すなわち、衝撃にその身は浮いて、なすすべなく空をぶっ飛ぶ。

 堪えようとしなかったのが、まだ救い。茶吉尼の拳の衝撃をそのまま飛翔へのエネルギーに変換したため、直に拳があたった左肩へのダメージはあるけれど、全身が被った害は、実に明を叩いた瞬間の反作用よりも少ないくらいだ。

 軽く3メートルは浮いただろう。

 急速に遠ざかる景色の向こうに、明を守護した円柱状構造物の正体を……茶吉尼の左腕であると知る。

「でたらめがっ!」

 私の反撃の一瞬前に、明は茶吉尼の左腕を消していた。

 それがこちらの行動を読み切っての先手であったとしたなら、むざむざ相手の誘いに乗せられたってこと?

 空中で身をひねり、両足で着地するも、暴力的な慣性が、グラウンドに直線を残して砂埃をまき散らした。最後には七星剣を地面に突き刺すも、時既に遅し、背には文妖と空海女史が配置した符が迫っていて、その紙とは思えない弾力に埋もれながらも、それでも勢いは殺しきれず、我が身は外周フェンスにまで達した。

 余裕なのか、明からの追撃は、ない。

 すでに彼女は全身を露わにしていて、茶吉尼は再び、隻腕にて屹立する。

『神樹、生きてる?』

『策ならないっすよ』

『奇遇ね、私もよ』

『じゃあ、降参しますか?』

『冗談』

 私は、既視感にとらわれていた。

『こんなこと、今までだって、何回も経験してきたじゃない』

 10年。10年の長きだ。

 なにも知らない6歳の私が七星剣を握ってから、10年という年月が過ぎている。

 その間、日々繰り返してきたのは、すでに物語の中だけに存在を許されていると思っていた、カミや妖怪や幽霊たちとの、壮絶な生存闘争だった。

『泥田に引きずり込まれて、窒息しそうになったりもしたよね』

『河太郎にアナル処女を捧げる危機もあったっすねぇ』

『窮奇に囲まれて、全員スカートだけ切られたりしたし』

『鬼火が魂に引火したりとかあったっすねぇ』

 数え上げればキリがない。

 この10年、ピンチは度々あった。

 たまに楽な仕事かと思えば、呪われて夜中にトイレに行けなくなったり……テスト中に金縛りにあったり。

 日常。

 そう、日常的にピンチを嗜んできたんだ。

さとりは、面倒でしたっす』

『おかげで、無の境地を会得できたけど』

 今では、千差万別のピンチに対して、過去の膨大なデータベースから、有効策を検索できるほどに。

『……でも、いきなり、暗号解読作戦は失敗したですけどね』

『近接戦闘で殴りとばすってのも、安直ったぁ安直だったと思うわ』

『次、どうするっす?』

『こういう時、必殺技とか欲しいよねぇ、切実に』

 でもこの10年で学んだのは、勝利に方程式なんてないっていう、厳しい現実。

 パターンは無限にあり、前回有効だった策が次回に通用するとは限らず。

 場所、天候、体調、相手の数……状況を左右するパラメータは無限に存在して、最適解はその都度柔軟に変化して。

 今、私は分析す。

 相手は人形遣い。

 6メートルを越す巨体は隻腕。ただし片腕は、遠距離攻撃と近接防御に切り替え可能。他の換装可能性もあり。

『神樹、相手はやっぱり、霊波コントロール?』

『電波じゃないのは確実っす……常時接続ではなく、特定のコマンドに対して自律駆動しているっぽいっす』

『んじゃ、もっかい、行くわよ』

『へ?』

『その推測が、本当かどうか、確かめる!』

 戦意を叩き起こす。

 嫌がる肉体を、強引に魂にて駆動する。

 吹っ飛ばされた衝撃も、殴られた痛みも、どちらも神が肩代わりしてくれて、肉体活動に支障はないから。

 蹴る。

 大地を。

 一直線に。

 愚直にまっすぐ、突っ込んだ。

 間違っていた。

 相手が人形遣いだということを、忘れていた。

 人形遣いなんてただの飾りで、人形本体よりも操者を倒す方が簡単だなんて、思いこんでいた。

 相手は、そんなこっちの戦法、とっくに体験しているはずなのに!

 考えてみれば、あまりに安直な思いこみだ。対人形遣いを考える上で、相手をバカにしているにもほどがある。

 人形遣いを狙う、という意図が透かして見えれば、相手はそれを逆手に取ればいいだけだ。

 そう、安倍明は御瑞姫。齢14にして、既に歴戦の猛者。

 対カミの対戦経験は数知れず、だったらそこにこそ、付け入る隙を、見いだせ!

 戦法はさっきの再現。

 左手を換装して砲撃モードになった茶吉尼から射出される砲丸をかわしつつ、徐々に距離を埋めるのみ。

 既に、この時点で茶吉尼はオート駆動。

 一度認識するか……もしくは向かってくる相手はすべて排除するがプログラムか。

 間断無い砲撃で相手を釘付けにし、それでも肉薄した相手は、拳で問答無用に殴りつけるが基本スタイルと視た。

 だったら、そこに、潜り込む。

 茶吉尼は、6メートルを越える巨体。

 七星剣は、2メートルをほこる鉄板。

 長物の弱点は、使っている自分が一番よく分かっている。どれだけ動きが機敏でも、懐に入り込まれてしまっては、迎撃は困難。

 だから。

 相手の拳を、誘って、かわせ。

 私の攻撃を当てる必要はない。

 ただ、相手を無効化すればそれでいい。

 そうすれば、活路は、開く!

 果たして砲撃は止み、茶吉尼はその左手を換えて、明の防御に、柔軟なる4枚の白い壁を駆使する。

 そこまで、今なら、視える。

 だからこそ、茶吉尼へ迫った。

 相手の間合いを掻い潜り、さらに七星剣の間合いすら埋めて……その白い機体に取り付いた!

 互いに手の出せぬ死角。

 策の尽きた弱者が捨て鉢に相手に抱きついて、猟師も窮鳥を撃たずの奇跡を願うかのような愚。

 と、相手に思わせることに意味がある。

 通常なら互いに硬直、相手の出方を推測して、仕切直すが常道を、あえて踏み外し、右足でさらに地面を強打した。

 グラウンドを凹ますほどの激しい一蹴は肉体を一時的に重力の楔から解き放ち、違わず跳び上がった第一歩を、茶吉尼の機体に叩き込む。

 さらに、一蹴。

 相手に向かった勢いを殺さず、そのまま人形を駆け上がるこの行為に、いかなる意味があるや。

『神樹、通信は!』

『オンライン!』

 その一瞬に視点は6メートルの高みを登り終えて、そのまま巨人の背後へと、飛翔していく勢いを得ていた。

 おそらく明はそれを察して、茶吉尼に背後への警戒を打診するに相違ない。

 故に、その一閃が、煌めいた。

 ありえない一撃。

 月見里野乃華の肉体は、変わらず重力を振り切ってなおも空中への憧れを抱いて跳び続けているのに、七星剣の軌道は茶吉尼の頭頂から神速で下って、白い円柱構造物に守られた明へと、一目散に襲いかかったからだ。

 果たして、魂と身体の久遠の絆を強引に引き剥がして起こした霊体での一撃は、茶吉尼の機内を斬り裂き、白い壁の防御もすり抜けて、操者たる明へ、届いた。

 知覚した次の瞬間には、我が魂は愛しい肉体へと舞い戻り、果たして地面に落ちる前に、ぎりぎりバランスを取り戻すことに成功する。

 茶吉尼の背後に着地、振り返って確認したのは、右腕が動かなくなった明が、無表情のまま、それでも直接的な怒りをこちらにぶつけてくる、圧倒的なまでの感情の高ぶりだった。

 命令受諾の途中で、霊による無線接続そのものを切断された茶吉尼は、システムエラーに陥って多分、再起動による自律駆動へ移ろうとしている。

 普段なら操者による強制介入で行われるであろうマニュアル制御も、肝心の片腕が魂を斬られて、一時的にでも不能になってしまえば、たとえ6メートルの巨体を誇ろうとも、文字通りの独活の大木に相違無い。

 私は、明ほど、慈悲深くはなかった。

 動きを止めた一瞬を、躊躇わずに好機と認め、着地点をそのまま基点として再度茶吉尼に襲いかかると、剣を捨ててその脚に抱きつき、

「どありゃぁぁ!」

 跳んだ。

 巨人を抱えたままで。

 神寄という人知を越えた奇跡を体現していても、さらに無茶と思えた所行でも、神樹によって増幅された腕力は、その巨体に見た目通りの重さを全く感じさせることはなく、

「おかえしっ!」

 空中で一回転、地面に振り下ろした巨体は頭からグラウンドに叩きつけられ、跳ね、更に飛んだ。

 それがどんな機構なのかは分からないけど、それだけの無茶な力学作用の最中にあっても茶吉尼は、けなげな再起動を続けていたらしい。

 私という束縛から解放された人形は、空中にありながら四肢の自由を取り戻し、今にも錐揉み軌道を描いて、華麗に着地する――かに見えた。

 そこに、符という壁さえ迫っていなければ。

 轟音が、闇を震わせる。

 巨体の激突を受けても尚、空海女史の作りだした符はゴムのように伸びて、尋常ならざる衝撃を受け止めようと、悲鳴を上げても尚切れず……その強靱さが仇となって、茶吉尼は壁から跳ね返されて、入射の勢いそのままに、再度地面へ無様に叩きつけられた。

 グラウンドが爆ぜ、砂利がもうもうと舞い上がり、大地が度重なる衝撃に、泣くように微震する。

 全身全霊、会心渾身の一撃だった。

 作戦的には奇襲に近く、かつ、分の悪い賭け。

 大体、最初っからこちらの作戦はことごとく潰されて、その場思いつきの検証なしな一発勝負。

 まったくこの肉体は昔から、その場しのぎのとにかく動くっていう作戦に、よく慣らされている。

 立ちこめた土煙は、私たちの身長を超えるほどで、視界が晴れる前に七星剣を拾い上げ、臨戦の態は崩さない。

 茶吉尼という機動絡繰を、馬鹿にしていないからだ。

 相手は普段から現場使用の、能動受動に関わらず、耐衝撃という点においては、並ぶ物ないほどに重点をおいて設計されているはずの、倒れてはいけない壁だから。

 常に前線を斬り裂き、突き崩す刃でありながら、背後を永劫に守り続ける、いわば突き進む攻撃的な盾。

 であればこそ、1度や2度の落下程度で機動不能に陥るはずが無く、

「明、止めろっ!」

「百々山の巫女、逃げなさいっ!」

 晴れ始めた土煙の向こう、呪符の壁を乗り越えて聞こえたのは、聞き覚えのある安倍の母娘の警告で、

「へ?」

 空を見上げた私はそこに、ありうべからざる光景を目の当たりにして、思考停止に陥った。

 それは、爪の集合体。

 白き鋭き爪は群体をなし、その接合部で節となり、5本の首を形作った白き堅軸は、その根本で一塊の殻に収束され……節々を折り畳んだその姿は歪つな立方体を形作って、全く同じ構造をもつ人の左手を同じ外観に変形せしめた時に用いられる一般名称は、すなわち怒りを直接的に表現するもっとも分かりやすい形状であるところの、拳。

 問題は、それが視界を覆い尽くすほどに巨大であり、文字通り空を白く塗りつぶしたその拳から伸びる腕が、晴れていく土煙の向こうで、茶吉尼の左腕に接続されているということで。

「あり……」えないという言葉すら発する前に、音もなく、その拳は降ってきた。

 その瞬間思い描いたのは、巨大な円筒構造物が宇宙から地上へ落下する有名なアニメの冒頭の映像で、本当に大きな物はゆっくり落ちてくるのかも知れない、という錯覚を植え付けられた、そのイメージ映像のままに、拳は静かに、しかし遅滞なく、視界を漆黒に覆い尽くして……




 文字通り、グラウンドが、砕けた。

 茶吉尼の巨大な左拳が、ただ愚直なまでに地面とのキスを果たした瞬間、校舎側にいた空海たちが目にすることが出来たのは、見渡す限りの砂煙だけだった。

 巨大な体積をもつ何かが連鎖的な崩壊を続ける音が、暴力的なまでに空気を占有して鼓膜を不能とさせ、暴風とともに校舎の屋上を越える高さまで舞い上がった土煙が、目と口に対して緊急シェルターを発動させ、居合わせたすべての人間のあらゆる感覚を奪い去った。

 それほどの大惨事にも関わらず、5秒後には文妖が自発的な事態回収を開始し、全天に対して光学迷彩を施した符を散布して高校全体の隠蔽をはかり……高野空海もまた、五感を奪われたままカミに働きかけ、空中に飛散した粉塵に対して強制霊的介入を発動して、粉塵の瞬時凝集化を促進、噴煙を重力に引かれる砂利へと変換して、1分後には、視界が確保されるレベルまでに、噴煙を晴れさせることに、辛くも成功した。

「安倍家! 始末書っ!」

 最初に発した命は叱責であり、

「各自っ! 号令!」

 続いて、居合わせた全員の無事の確認、そして、

「文妖、鈴瞳すずめに緊急召集!」

 空海たち全員が、砂利にメイクされた顔を拭うのも忘れて目の当たりにしたのは、黒々とした開口部を惜しげもなく地の奥底まで晒した並外れた陥没であり、

「野乃華っ!」

「明っ!」

 各関係者の喉から迸ったのは、地獄の底まで続いているのではと思われるグラウンドに穿たれた穴の周囲に存在の認められない巫女の名前であり、

「落ちた、か」

 外周100メートルはくだらないであろう巨大な穴を照らす陽は西の空へと消えて……やがて東の空から訪れたのは、すべてを闇へと引きずり込む、容赦のない夜の帳であった。

 



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