表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

第一帖 神器一転〜御山の姫の奇勝か絶望〜 壱

この小説には、『巫女』ばかり出てきます。

この小説には、『魔法』は出てきません。

この小説には、『吸血鬼』は出てきません。

この小説には、『男性』がほぼ、出てきません。

この小説には、『百合』がほんの少し、香る可能性があります。

この小説には、『巨大ロボ』は出てきません。

この小説は、『異世界ファンタジー』ではありません。

この小説の主題は、『日本』です。

 16歳の誕生日の朝に、

「あなた、実は……」

 なんて、神妙な顔つきで、両親に出生の秘密を激白されたい需要って、いまだに健在なのかしら?

 ま、今から思い返せば、私も大人気げなかったっていうか、

「う、うそでしょ? 

 やめてよ、そんな、冗談だって言って!

 私、私は、お父さんとお母さんの娘だもん! 実の親なんか知らないもん!」

 くらいの反応を両親が期待していたであろうことを気づいていながら、

「あ、うん。やっぱり?」

 人間、真実を目の当たりにすればするほど、平坦な反応しかできないなぁ、というか、心情的には(何を今更……)な呆れの方が大きかったわけで。

 ほら、状況証拠が完全にそろっていて、絶対にこいつが犯人って読めちゃった推理小説に、それでも期待するのは実行犯の裏側の真犯人だったり、驚天動地の動機であるわけで、そういうのはあらかじめストーリーに巧みに練りこまれて初めて活きる代物なわけ。

 なのに私の場合は、証拠が揃いまくったあげく、足りなかったのが両親の告白くらいだったっていう状況を数年経ていたわけで……。

 どんなに面白いラブコメも、主人公二人の気持ちが固まっちゃうとマンネリ化するよねぇ、というか、本当だったら感情的に盛り上がるはずの場面を、「あ、やっとなの?」と冷めた対応しかできなかったのは、決して私の性格のみに起因していたわけではないということを、強くここに主張するものである。

 というかなぁ。物心ついた子供が初めて両親以外の社会に触れるときに、何がカルチャーショックって自分が同年代の友達と感覚を共有できないってことを、肌身を持って知らされるのが一番精神的に来るのであって、

『世間一般の日本人には、カミ様は見えない』

という現実は、それはそれは幼い私の無垢な心に、深々と突き刺さったのでありましたのよ。

 考えてみれば物心つく前から地元の神社を遊び場にしていて、カミ様たちとごく当たり前にスキンシップしている様を神主さんたちに見せつけては、やれ神童だ、やれ巫女さんだとチヤホヤされて喜んでいた私は、その時点でおよそ、普通なんていう範疇を大いに逸脱している。

 おまけに忘れもしない6歳時、

「へい、そこの美幼女さんよ。うちの固くてふっとい神剣、ちょっと握ってみいへんか?」

「いやっ!」

「……アイスあげるから」

「はぁげんだっつ?」

 そんな安易な理由で契約を交わしてしまったのが、実は地方では有名なご神体を有する神社の宮司さん相手だったわけで、以降今日まで10年間、それはそれは立派にでっかい神剣を携えて、夜はパトロール、祭じゃ神楽舞と、八面六脾の活躍をしてきてたりするわけですよ。

 その上、、同い年の巫女3人とチームを組んでのパトロールは、霊的にやばげなスポットを回っては御祓い、もしくは神剣で散らすっていう程度の、どっちかと言えば地域住民の皆様から温かく見守ってもらう方が比重の高いお手伝いのはずが、蓋を開けたら人に害なす気満々の、妖怪とか悪霊との丁々発止な本気戦闘マジバトル

 神楽舞にしても、私の場合は奉納するべきカミ様たちからあれやこれやと演技指導や声援を受けながらで、特に中学入学以降は色気が足りねぇ、乳見せろや、発育悪いぞ、な罵詈雑言にフェイズシフトしやがってて、カミ様と本気口論するような、職業巫女歴10年目のベテランですらあるわけで。

 それはつまり、少なくとも学校区の皆様にとっては、月見里やまなし家の野乃華ののかちゃんと言えば、

「あぁ、稲田なだ姫神社の巫女さんの、いつも御祓いしてくれる……」

 十中八九は即答される有名人。

 おまけに私、幼少のみぎりから事なかれ主義とは無縁な上に、神社で褒められまくって有頂天だったから、

「……神様が見えるとか言う、ちょっと変わった子ね」

 と、実に清濁のバランス取れた噂を背負って愛想笑いを凍りつかせること数年来。

 自分がいかに世間の規格からズレた存在かを自覚してからは多少おとなしくしたものの、それでも、見えて話ができる存在を無視するなんて私のプライドが、というか、生活環境丸ごと全部、八百万やおよろずのカミ様たちに囲まれた状態で実行できるはずもなく。

 あぁ、うん。ちょっと話脱線するけど、カミ様って、本当に八百万はっぴゃくまんは下らない。

 見えない人に私の視界を説明するのは苦労するけど、まぁ、万物にカミが宿るって昔の人の信仰は、単に事実を語っていただけだって、認めざるをえないほどに。

 と言っても、見えないだけで存在しているなんていうのは当たり前で、細菌やウイルスだって、小さすぎて見えないだけで、それこそ地球上成層圏から超深海まで、ミッチリと存在しているわけで。

 片や人間に何が見えるかって翻ると、可視光線っていうごく限られた範囲の電波しか見えないのが実情なのよね。

 赤外線も紫外線も、見える動物にとっては『可視』なわけで、携帯電話の電波もデジタル放送の電波も、ミリ波だろうがX線だろうが、波長が異なるだけで『電波』であることには変わらない。だったら逆に言えば人間って、ごく限られた範囲しか『見えない』生き物っていう風に、考え方をグルリと反転させたのが2年ほど前。

 つまり、見える私が変なんじゃない。

 見えない他の人たちの方が(両親含む)劣等なんだっ! と、決して口外できない結論にすら到達してしまうほど、私の視点はカミ様に覆われているのよね、主に発酵食品とか。

 そして実はカミ様たちは、電波を透過する物質で出来ていて、そういう存在まるごと全部を『霊』と呼ぶなんてことを知ってしまったのが、中学校入学直後くらい。

 そんな余分な知識で私の特殊世界観を更に補強し、一般人との見えない壁を絶望的にブ厚くしてくれたのは、日本全国から稲田姫神社を訪れた巫女さんたちなわけで、これはもう、嗅ぎつけたのか嗅ぎつけられたのか、類は友を呼んでイタイ世界を更に深く強固にしてしまうという、恐怖の脱一般化スパイラル。

 お見合いと称して神社に呼び出された私は(最初は本当のお見合いかと緊張したけど、今まで全員同年代の巫女さんだったっていう笑えないオチ)、カミ様が実在しているなんていうのは巫女業界では当たり前の話で、ただ世間一般には情報封鎖しているだけなのよ、という知らなくても生きていける裏業界の常識ばかりに詳しくなり……そうして自ら、更にディープに嵌りはじめた、第二次性徴期。

 まぁ、生まれた頃からカミ様としゃべって遊んで、小学一年生から神剣振り回して巫女やって、おまけに神社じゃVIP待遇なんていう幼少期を過ごしたら、誰だって普通の生活に馴染めなくなるよね、実際。私自身、自分がどうしてカミ様が見えるのかを、知りたくて知りたくて、時間が許す限り図書館に通いつめて片っ端から関係ありそうな知識を読み漁ってたし。

 おかげで、学校の勉強レベルは超越しちゃって、気がつけば成績優秀優等生=ガリ勉お嬢の孤高人生まっしぐら。

 とまぁ、普通の学校生活から見ればかなりイタイ思春期初期であったわけだけど、私の場合は数多のカミ様と地域住民と、敵意丸出しの妖怪らに構われてきた背景があったわけで、自分的には相当充実した人生を、真っ直ぐ素直に歩いてきたつもりなんだけど、知れば知るほど、無視できなくなった疑問が一つ。

『なんで、私の両親があの人たちなの?』

 片や、カミ様とタメ口で談笑する娘。

 片や霊のレの字も知らない両親。

 子供の頃は些細だった違和感も、知れば知るほど不気味に膨らんで、『ひょっとして、私は、両親の子供じゃない?』なんていう可能性を思いついてから、『いや、私があの両親の娘なはずがない!』の確信に行き着くまでの所要期間は、約半年。それが長いか短いかは置いておいて、私としてはとっくに覚悟を決めていた話題を、わざわざ16歳の誕生日の朝まで温存していた両親の激白とは、

「あなた、実は、高天原たかまがはらの神様の娘なの」

 ……嘘をつくならせめて、「橋の下に捨てられていた赤ん坊なの」くらいの方が清々しいというか、むしろ両親の正気を疑ってしまうような内容に、逆に信憑性を感じてしまったのが運のツキ。ま、高天原なんて単語を日常会話でサラリと交わす家庭じゃなかったし。

「で、何か生活変わるの?」

「いや、今のところ、特には。お前が家出したいなら別だが」

「嫌だよ。お父さんが、娘を路頭に迷わせて喜ぶ、ドSだっていうなら別だけど」

「……お前なら、路頭に迷う前に神様たちが保護してくれそうだけどな」

 そんな会話を交わしたのが一ヶ月ちょっと前。

 盛夏を過ぎ、残暑をしのいで、やってきました味覚の秋。日差しは和らぎ、街中の和菓子洋菓子屋さんのPOPに『新栗入荷』の文字が躍り、世界が真っ黄色に染まって見えてくる、甘くて幸せな『野郎ども、冬眠準備だ脂肪を増やせ』とばかりにスイーツが輝いて見える季節の到来でして。

 実はいまだに、「私、神様の娘なんだって〜」なんて、カミングアウト出来ていませんが。

 ただ一人の例外を除いて。

 と言うかその一人は、私的に特別扱いを通り越して、全人類的に存在そのものが例外なんだけど。

 私と一緒じゃないと姿が見えないし。

 10年前から姿変わらないし。

 おまけに私の出生の秘密を、知ってて黙ってやがったし。

 神の樹と書いて読みは<みき>。無垢で繊細だった私の舌を、他のアイスクリームでは満足できなくしてくれた呪いの契約時から、神剣を握った時のみ姿が見える変なカミ。

 出会った頃は年上で、今じゃ私の肩くらいの背丈しかない、十歳くらいのお団子頭の少女な外見。

 ただし中身は変態で、私の初恋の始まりから破綻までくらいならとにかく、最後のおねしょ記念日から自分でも分からなかった初潮の傾向、スリーサイズの変遷、体重の増減まで知り尽くした、神剣握れば自動でスキャンな、プライバシー保護法で訴えるぞこの野郎的ノーデリカシー存在なわけで。

 考えてみれば、1年365日、10年3652日。よっぽど体調不良の日以外は、盆と正月こそ書き入れ時で、毎日のように神剣を握って悪霊退散をしていたのだから、神樹という子は、幼馴染み兼パートナー兼弱みを握った倒すべき敵。もし何か事があったら、全てに優先して神樹をイレーズすることを、私は万のカミに誓っている。

 それにしても、なぁ。どうして私が生まれた頃から神社で遊んでいたのかって、本当の理由を知ってしまったら、そりゃ大事にされるわなって、納得してしまう。

 交友関係の八割が神職関係者で、おまけにその内九割九分が女性って言うのは、青春真っ盛り、人によっては年中発情中の女子高生一年目として、その灰色具合はどうよ? って自問自答もしたくなるけど、正真正銘の神様の子供を、なるべく手元に置いておいて、俗な世間に染めさせたくなかったろうなぁ、という事情は、なんとなく分かる。

 つか、宮司さんはじめ神社の偉い人にはカミングアウトする必要もなく、私の出生を知っていて温かい瞳で見守ってくれていたわけだろうけど。

 言えよ。

 話せよ。

 隠すなよ。

 そりゃ、普通とは違うよ。

 カミ様くらい見えても当然だよ。

 そりゃ全国から巫女さん寄ってくるよ。

 でも何が腹が立つって、そうやって私を見世物にしてた宮司さんたちに、一番むかっ腹が立つわけで。

 最初から知っていれば、10年も無駄に悩むこと無かったのにさ。

 でも不思議なのは、カミ様たちは、私のことを知らない風な事なんだけどねぇ。

 それにお見合いで知り合った巫女さんたちも、私の『力』は知っていても、『秘密』の方は知っていなかったのかもしれないし。

 その辺り、一回両親を問い詰めたけど、具体的に誰がどこまで知っているかは不明らしい。毎日一緒にパトロールしてる巫女3人も、私の『見える』部分は羨ましがってくれるけど、それが出生の秘密に由っているってことは、知らない風だったし。

 両親の激白から一ヶ月。

 一体誰が真実を知っていて、誰が私を騙していたのかを見極めようと、観察眼を通常の三倍くらいに鋭くしているつもりだけど、今のところ両親と神樹、それに稲田姫神社の宮司さんくらいしか該当者が見つからないっていうのは、実はそれ、もの凄い極秘扱いされているって事なんだろうか?

 まぁ、下手に世間に知られたりしたら、珍獣扱いだしなぁ。

 だとして、私の本当の両親って、一体、誰?

 というか、何?

 出生証明書も、病院の保育器で寝ている写真もあるっていうことは、母さんのお腹を痛めて生まれてきたのは確実なわけだし。だからといってこのご時世、トイレに入ってる時に便器から秘所を突かれてご懐妊、なんて事、さすがに、ねぇ?

 という、一難去ってまた一難。私の悩みは止めどなく。

 とりあえず、普通に女子高生は出来ないだろうなぁ、という諦観の極みにたどり着いた16歳の秋に、稲田姫神社の宮司さんに呼び出されて、告られた使命。

「今から、あなたたちに、殺し合いをしてもらいます」

 そ・う・き・た・かっ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ