乙女ゲームのヒロインは幸せになれるのか(一万字以内)
題名が同じ別の短編の中身をはしょったものです。
こちらの方が読みやすいかもしれませんが、矛盾があればお伝えください。
似ている話があればごめんなさい。
とある国の建国記念日、パーティー会場でのことだ。
盛り上がり、いい雰囲気になってきたとき、
「マリア・ローゼン! 前へでてこい」
この国の王子が声を張り上げる。口からでたのは公爵令嬢、つまり私の名前だ。
なんだかひさしぶりに名前を呼ばれた気がするわ。一応私たち、婚約者のはずなのに。
「なんですの、王子」
ため息混じりに近づく。周りがざわざわして、自分が注目されているのがわかる。まあほとんどが王子に対する嘲笑だけど。
「言わなくてはわからないというのか」
「ええ」
なんにもしてないもの。
「わからないなら教えてやる。この場にいる者もよく聞いておけ! マリア・ローゼン、お前、平民出身者のミランダを害し、殺そうと企んだな!」
「はあ?」
ミランダ。
私が通う学園の有名人。主に悪い方でね。いろんな貴族の令息をたらし込んでいる。王子も例に漏れず昼間にいちゃいちゃと過ごしているのをみたことがある。
虐めたこと、ないはずなんだけど。驚かなかったのには理由がある。
実は私には前世の記憶がある。
前世の私は日本という国にいて、乙女ゲームという娯楽にはまっていた。
ミランダはそのヒロイン。男性たちを魅了して、悪役令嬢を修道院に追い込む健気な女の子だ。
問題は、私がその悪役令嬢であると言うこと。だからなんとなく、こんな日がくるかもとは思ってたんだ。
「しらばっくれても無駄だ! 証人はいるんだぞ」
王子が振り返ると、男の子たちが何人か出てきてこう言った。
「俺みました! マリア様がミランダさんの教科書を破っているところ」
「俺も、階段を突き落としているところを見ました」
「たしか一昨日の放課後だったかな」
一昨日の放課後? その日って確か…。
「これでもまだ言い逃れる気か、マリア!」
「言い逃れるもなにも、そんな証言証拠にはなりませんよ」
当たり前のことを言ったつもりなのだが、王子はニヤリと笑う。
「お前はまだ恥をかきたりないらしいな。残念だが、今更いくらすがったところで俺はお前を好きになることはないぞ」
あのー、私あなたみたいな浮気男好きになった覚えないんですけど。
ついつい本音がもれて、
「この男は馬鹿なんですか」
と隣にいる執事のアーノルドに聞いてしまった。
「その通りです。ついでに言うと、女を見る目もありません」
ナチュラルに知らない人に馬鹿にされて王子は憤る。
「だれだ!」
「どうも。ローゼン家執事のアーノルドです。先ほどからあまりにも見苦しい言い分で、つい口を出してしまいました」
弟、カリエスの後ろに控えていたアーノルドが一歩前にでる。
「な、見苦しいだと?」
「ええ。証言なんて、いくらでもねつ造できます。それに、その日の放課後といえばお嬢様はお父様とご一緒に隣の領までお出かけされておりました。突き落とすのは不可能です」
「ぐぅ」
冷静な様子のアーノルドに王子がうなって、こちらをにらんでくる。周りにいる人たちがやっぱりね、という顔をしてクスクスと嗤い始めた。
「僕たちが嘘を言っているっていうんですか?」
証言をした男の子が焦ったように声を上げた。
「いいえ。思ってもいません。ただ、お嬢様は赤色のドレスに派手な銀髪ですから、簡単な変装なら遠目で見たらわからないでしょう? 勘違いをしていたのではないですか」
「…いわれてみれば」
「顔、みてないよね」
「そもそもマリア様がみみっちいいじめなんてする訳ないでしょ?」
「そうよそうよ」
「お前たち!?」
証拠が覆されて、王子は焦り始めた。
ちょうどそのとき、ミランダが会場にはいってきた。
息を切らして、ドレスもカジュアルなものだ。大慌てで来たらしい。
王子は助けがきたとばかりに喜んで、はしゃいだ声を上げた。
「ミランダ! 今、お前をいじめていたマリアを断罪して婚約破棄したところなんだ! これで、堂々と恋人になれるな!」
うっとうしい声がでかでかと響く。
ミランダは大きく息を吸い込んで言った。
「ばかですかあ!?」
直後、話を聞いていたらしい国王陛下がいらして、衛兵たちに王子とミランダ、そして私たちを別室に移すよう指示した。
場所を移して、関係者が集められた部屋で、深く頭を下げている人間がいた。
「ほんっとうにごめんなさい!」
「もういいから、ミランダさん…」
ミランダは涙を流しながら謝っていた。
「おい、ミランダ。こんな女に頭を下げてやること…。だいたいこいつが浅ましくもミランダをいじめるから、」
「誰がそんなこといいましたか? マリア様に虐められてなんかいませんよ!」
「でも教科書も破れてたし、靴もなくなってたじゃないか。おまえをいじめるやつなんてマリア以外にいないだろ?」
「たーっくさんいます! どこかのアホどものせいで、女の子たちからは嫌われてるし、もう散々!」
土下座に近い体制で、絨毯に涙をこぼしながらミランダは嘆いた。
「昔からそうなんだよ、運が悪くて…。領長さんの紹介で国立学園に受かったときはやっとツキが回ってきたかと思ったのに…」
運の尽きだったってわけか。
「ミランダさん、私の方こそごめんなさい。よく考えれば、平民のあなたが王子をむげにすれば、危険な立場になってしまったかもしれないものね。これからも仲良くしてくれる?」
「え? い、いいんですか?」
「もちろんよ!」
「マリア様…!」
しかし次の日の朝、ミランダが国家反逆罪で逮捕されたと知らせが入った。
突然のことに理解が追いつかない。
アーノルドによると、国が婚約破棄の責任をミランダに押しつけるために謀ったらしい。
「ミランダはどうなるの?」
「…」
「アーノルド…!」
「…反逆罪は問答無用で死刑です。一週間ほどで執行されるでしょう」
目の前が真っ暗になった。私が王子を卸せなかったせいで、ミランダが死ぬ。
国が絡んでいるなら、無実の証明は難しいだろう。
本当に彼女が死んでしまう時のことが目に浮かんで、その日はよく眠ることができなかった。
俺はミランダの牢の前にたった。
「驚いた、どうやってここまで入ってきたの、カリエス」
「まあ、いろいろと」
先刻、捕らえられたばかりだというのにボロボロなすがたでうずくまっている。
見つかるといけないのでろうそくの明かりを消して、その場に座った。
「アーノルドがさっき、姉さんにプロポーズしていたよ」
王家と正式に婚約の解消が成立した。ここまで早いのは異例だろう。
「アーノルドは姉さんと自分の故国に行くし、使用人である君の妹は姉さんについていく。計画通り、妹さんは革命から逃れられる」
ミランダは自然な調子でいった。
「あなたも行くのよ、カリエス」
「ああ。期限はどれくらいあるんだろう」
「一年あるかないかというところじゃないかしら」
-この国に革命の動きがあると知ったのは、学園に入ってからのことだった。知るきっかけは、ミランダと話すようになったことだった。
学園には行る前から、二歳年上の姉の婚約者と親しくしている女性のことは聞いていた。
姉に思いを寄せている執事のアーノルドと共に、その女を懲らしめてやろうと思って入学したが、なかなかしっぽをつかませない。むしろ、男たちが姉や婚約者を悪く言うのを控えめにたしなめていた。
彼女の動きに怪しいところはなかったが、なんとなく危険な感じがして目を追っていた。ある日、彼女が裏庭から切なげに姉さんを見つめているのをみてしまった。
よく見るとそれは、姉さんと話している使用人-ルイーズを追っていたのだが、その目が余りにも印象的で、つい話しかけてしまった。
そして、ルイーズこそミランダの実の妹であり、十年前、ローゼン家の気まぐれで拾われた少女であることをしったのだ。
ミランダが俺に革命が起こることと、彼女の計画について教えてくれたのは、協力者がほしかったためだ。
彼女は妹を愛していた。妹がきたる革命の戦禍に巻き込まれなければ何でもよかった。
最終的に自分が死んだとしても、うまくことを進めてくれる人を協力者として探していた。
俺は、マリア姉さんを革命から逃すために協力することにした。
アーノルドは隣国の伯爵家の出で、最終的には彼と姉さんが結婚して全員で避難することを計画した。
誰も知らなかった。
ミランダが心の底から望んでいたのが妹の幸せだなんて知っていたのは、俺と彼女だけだった。
ミランダは王子に媚びを売り、同情をかって煽り、大勢の前で婚約破棄をさせた。
アーノルドがフリーになったマリア姉さんを隣国に誘うことを狙って。
「思ったよりも革命には時間がかけられているんだな。長いことばれずに、よくやるよ」
「短気なだけじゃうまくいかないわ。計画立案がしっかりしてこその“よい革命”よ」
真っ暗になった地下牢に二人だけの声が響く。
「私、どうやって死ぬのかしら」
「死刑だろ、多分民衆の前で首を切られる」
「まあこわい!」
クスクスと明るく振る舞っているのがわかる。
「じゃあ、死刑の前に『言い残すことはあるか』って聞かれちゃうわね」
「そうだね」
「なににしようかな、国の未来の栄達なんか願ったら、それこそ見に来ている人皆がないちゃううんじゃない?」
彼女の声は楽しそうで、とても死をまつ人間には思えないだろう。
おそらく彼女の声を聞くことはこれが最後だ。国が醜聞の真実を語られることをおそれて、彼女は喉をつぶされ舌を切られるはずだから。
だから彼女は、断頭台で何もいわずに散っていく。
きれいな声に耳を傾け、人生でもう出会えないかもしれない愛しい女性の手を握った。
空気と同じように、ひんやりしていた。
手の甲に雫が落ちてきたけれど、なにも気づいていないふりをして彼女の言葉に返事をした。
二日後、ミランダの死刑が行われる前に、俺たちは国をでた。
馬車の中にはマリア姉さん、アーノルド、ルイーズがいた。
泣いている姉さんを、ルイーズが慰めていた。姉さんは、まだミランダがなにもしていないのに捕らえられたと勘違いしているのだ。
二人の様子を眺めながら、ぼんやりとため息をつく。
出発前、革命の動きを早めるように、中心人物たちに言ってきたのだ。もしかすると彼女の死刑が執行される前に救い出せるかもしれない。
でも、形だけの裁判は明日行われるし、どれだけ急いでも革命準備に一ヶ月はかかるはずだ。それまでミランダが生きている保証はどこにもない。
もう一度ため息をついて、これからのことに思いを馳せる。
別れ際に、ミランダに頼まれた。ルイーズのことだ。幸せにいきられるように手伝ってほしいと言われた。
ミランダは言っていた。
生きる希望を失ったとき、ルイーズがいたから助かった。自分の命を救ってくれた彼女が幸せなら、私は死んだってかまわない。
窓の外に視線を向ける。
もうすぐ国境を越えるだろう。背にもたれ掛かって目を閉じた。
二週間ほど後、国で革命が行われたことを知った。両親は捕らえられたが、アーノルドの補佐役として隣国に避難していた俺と、正式に籍を入れた姉さんにまで飛び火はしなかった。
ミランダはどうなったのだろう。
婚約破棄事件をもみ消そうと国が焦っていれば、処刑されていてもおかしくはない。
ただ情報をまつだけの日が続く。
もし彼女が生きていたとして、どうなるのだろう。俺はその場限りの協力者であったわけで、もうかかわってほしくないかもしれない。
なんにせよ、彼女が生きていなければ全て意味はないことである。
「どうしたのカリエス。元気がないわ」
「水があわないんだよ」
「あらそう。それにしても、お母様たちは大丈夫かしら」
両親は牢に放り込まれているらしい。父は知らないが、母まで殺されることはないだろう。俺は親にそこまで深い愛情を感じていたわけではないのでどちらでもかまわない。
「不安ですよね、最悪死刑なんてこともあるでしょうし」
「あらカリエスったら、朝の手紙を読んでないのね」
はい、と手渡された紙には、両親ともに釈放されたが、疲労によって父のおでこの面積が広くなったことがかかれていた。心配するのは毛髪か。
「おかしいな。うちの家は結構平民に風当たりが強かったと思うんだけど」
「なに言ってるの? 最近はあなたが領民や貧困層に有利な政策を出していたり、領地にとって都合のいいことしてきたじゃない。お父様、きっとあなたに頭が上がらないわ。命の恩人だもの」
確かに国民の我が家に対する印象がよかったから、父はすんなり解放されたのだろう。でも、俺が行った策はほとんどミランダのおかげで思いついたものだ。平民と貴族という境目を理解しつつも、目を向けていなかった頃では到底成し得なかっただろう。
柔らかいシチューを口に含む。
いい味がした。
さらに三日後、姉経由でミランダの無事がわかった。
「そう、よかったね」
喜びで、うまく笑えないなんてこと初めてだ。
「でも、牢屋にいるときにいろいろされて、喋れないみたい…。ひどいわね。ねえ、今度会いに行かない?」
「マリア様、いまはどちらの国もまだ緊張状態が続いています。控えておいた方がよろしいかと」
ルイーズがすかさず言う。もっともな理由だ。
「そうね。手紙だけにするわ」
マリア姉さんはおとなしく、早速便せんを用意した。
辻馬車からおりると、あたり一面畑、畑、畑。気持ちのよい風に吹かれて一斉になびく。
手紙にのっていた住所を探して歩き始める。しかし、少し歩いただけで困ってしまった。なにしろどこもかしこも畑なのだ。ここがどこだか、全くわからない。
御者に案内して貰うべきだったか。
そう考えていると、小麦色の肌をしたかわいらしい女性が向こうからやってきた。
「おにいさん、どこ行きたいの?」
頭にあみ籠をのせたまま聞かれる。大いに助かった。
「カヤコドリ町東区18ぶんの7…。あら、お隣だわ。もしかしてあんた、ミラの友達?」
「ええ、まあ」
「なんだ! いいよ、連れて行ってあげる」
頭に籠を乗せたままくるりと振り返り、すたすたと駆け出した。
驚いたことに中身は赤い豆のようなもので、なみなみと入っているのにこぼれない。魔法でもみているような心地でついて行く。
「ご親切にありがとうございます。ミラというのは、ミランダであっていますか?」
「そ。ごめんね、あんたぼーっと突っ立ってるもんだから、迷子かなって思って話しかけちゃった。お節介じゃなくてよかったわ。それにしても驚いた! お貴族様がこんな辺鄙なところにくるもんかってね。だってこの辺、畑しかないじゃないか。そんなかっこして、襲ってくれと言わんばかりだよ。もちろんこの辺は言いやつが多いから、真っ昼間からそんなことするやつはいないけどね。それにしてもあんた、よかったよ。ミラったら喋れなくなっちゃったせいで、どんな生活していたか教えられないんだもの。みんな学園の生活って言うのが気になってて、ぜひ教えてくださいな。ね、それから村の子供に勉強を教えてやってくんない? この辺の大人馬鹿だからさ。あ、そういやおにーさん名前なんてったっけ」
「カリエスです」
「ふうん。高貴そうな名前。由来とかあんのかしら。あ、私はスザンナ。妹はルツで、姉はタマル。みんなこの辺で一番メジャーな宗教の聖女様たちが由来だよ。聞いたことくらいはあるだろう? あ! あそこの家の麦、おいしいんだ。同じような土地なのに、どうしてこうも違いがでるかね。不思議。ミラ、顔はかわいいけど性格があんなだろ? だから友達ができてるのか不安だったけどよかったよ…あ! カリエス、あんた、ミラを恨んで復讐に来たとか言わないよな? あんな女の子でも、一応友達なんだ。革命が終わって、ようやくみんな揃って過ごせるんだから、見逃してよ。なんて、冗談だよ。この家を知っているのはミラが手紙を送った相手だけだからね。きっといい友達なんだろ。そういえば、学園でミラはどんな感じだったかな。気になるけど、それはまたの機会にしようか。ほら、ついたよ」
目の前には気でできた粗末な家があった。
「ちなみにあたしんちはあれ。ほら、ミラが中にいる」
窓の隙間から、懐かしい彼女の後ろ姿を見つけて胸が高鳴る。
誰かに手を振っているのか。
「つれてきてくれてありがとうございます。ぜひ、またお話しさせてください」
スザンナさんにお礼を言ったとき、家の中から男が出てきた。
精悍な顔つきのたくましい青年で、俺をみたとたん顔を曇らせた。
「誰だ、そいつ」
ミランダの家から出て来て、親しげに手を振られていた男。
俺はとっさに、持っていたバスケットをその男に押し付けた。
「ミランダさんの学園時代の同級生です。この近くを通る用があったのでよってきただけです。いろいろ大変なことがあった後ですが、お互いに頑張ろうとお伝えください」
早口にそれだけ伝えて、逃げるように元来た道を振り返る。そのまま帰ろうとしたとき、服の裾が何かにつっかかったような感触がして振り返る。
ミランダが、僕を見つめて立っていた。
息が詰まる。時間なんてないみたいだ。
「カリエスさん。ぜひ、ミラんちでお茶を飲んでいってあげてくれない? もう旦那も引き上げると思うしさ」
「え、しかし、恋人がいらっしゃるのでしょう…?」
「ああ、これはあたしの旦那。ミラは独身よ」
振り返った姿のまま、どこに目をやって良いかもわからずに顔をさまよわせた。ミランダの顔を直接みられない。
「えーっと、ミランダ。久しぶり」
「 」
「…ん、ごめんね、挨拶が遅れて…。えっと、もしよければ家に入ってもいい?」
「 」
ミランダは何もいわずに体をよけた。
「お邪魔します…」
「じゃあ俺は畑に戻るから、戸締まりはしっかりしろよ」
青年は俺に軽く頭を下げ、スザンナさんを連れていった。スザンナさんはおまけのように俺に豆を一掴み譲って、手を振って行った。
部屋の中は土のにおいがした。何をはなせばいいのかわからなくて、いそいそといすに座る。
「元気だった…わけないか。そうだ、妹さんは今元気だよ。向こうの学校に通わせて貰っていて、朝はパン屋で手伝いも始めたんだ。さすがに伯爵家といえども使用人に一日中勤務させる余裕はないみたいで。
でも、そこで気になる人がいるみたいでさ。朝早くに起きて並べたりこねたりするのを手伝いに行くとき、髪飾りを一生懸命選んでるんだ。たまに姉さんが助言したりして。うまくいくといいな。
今はどうやって生活してるの? あ、あの機織り機を使ってるのか。ふうん。織れるの? へぇ。じゃあ今度姉さん経由でハンカチでも作って送ってよ。学園にいる時あれだけ協力したんだから、このくらいしてくれても良いだろ? わかった、楽しみにしてる」
俺が話している間、ミランダは笑ったり相づちをうったりして聞いている。
話ができない彼女の相手が難しくて、スザンナさんにおしゃべりのコツを聞いておけばいいと後悔した。
「こっちの生活は楽しい? そう、ならよかった。学園にいるときは忙しそうだったもんな。青春をする時間なんてなかったでしょ」
「 」
「え? あったってこと? うーん、まあ楽しかったならよかったよ。いつも気を張ってる様子しかなかったし。あれなりに楽しんでくれてたなら嬉しいな。
あ、そうだ。おみやげを持ってきたんだ。ほらあのバスケット。
福神漬けが好きって言ってたからさ、作ってきたんだ。甘いものとかより日持ちするし。
今日は挨拶に来ただけなんだ。元気にやってるか不安でさ。そのうち、だいぶ後になると思うけど姉さんたちがくるかもしれない。笑って向かい入れてやってくれないかな。まだだいぶ落ち込んでるから。
体の調子はいいの? よかった。もし何かあったら姉さんに手紙をだしなよ。友達のためなら何とかしてくれると思う…。
部屋に夕焼けが射し込んだ。
ずいぶん長いことはなしていた気がするけど、一緒にいた時間は一瞬だった。
帰り際に、ミランダから手紙を渡された。俺が家を見物している間に書いていたらしい。
小さな手が震えていることには気がつかないふりをして受け取る。
「ありがとう」
生きてきた中で一番優しく見えるようにほほえんで、ミランダの髪をなでた。
艶やかで、学園時代と何の違いもないように思えた。実際はこんなに関係が変わってしまったのに。
帰りの馬車の中で手紙を開く。暗くなって明かりが見えなくなる前に読み終えたかった。
手紙からはかすかに土のにおいがした。
『今日は来てくれてありがとう。びっくりしたけどとても楽しかったわ。仕事は大変だと思うけど、いつでも応援しています。
スザンナと旦那のユリウスは昔近くにすんでいた幼なじみで、面倒を見てくれてるんだ。
あなたに会うことに不安もあった。カリエスの前だと、不意に弱い自分がでちゃうんじゃないかってね。後輩の前で強がっていたいとか、かっこいい自分でいたいとかおもっちゃったの。
でも、あなたの声がしてたまらずに玄関までいっちゃったわ。そうしたら帰ろうとしているんだもの。どうしようもなくなって外へ飛び出た。引き止めたかった。話したいことがたくさんあったの。声はでないわ。唇の動きで伝えられることは限られている。舌があれば別なのでしょうけど。それでも話したかった。
私とゆっくりはなしてくれて、カリエスはカリエスだった。私のわがままを聞いてくれるあなただったわ。でもできれば、あまり気を使わせたくはなかった。ごめんなさい」
便せんが変わる。筆跡と、インクの濃度、紙が別の物になって、このページは俺がここにくる前にかかれた物だと推測できた。
『 カリエスへ、今までありがとう。
革命が終わって助け出されるまで、一人暗闇の中にいて不安でたまらないとき、あなたが手を握ってくれたのを思い出したの。思い出しているときだけ、まるで一人じゃないみたいだった。
私、たくさん悪いことをしたわ。革命を止めなかった。友達を苦しめた。妹を騙した。でも、あなたに嘘をついたことはなかったわ。いいわけがましいかしら。
カリエス、大好き。あなたが好き。
こんな私に好かれても迷惑だと思うわ。ごめんなさい。
反省しているの。いろんなことに対して。私は今まで、そして今でもあまり素敵な性格じゃないわ。計算高いというか。勉強はできても文字が読めない人にはなにも伝えられない。
私の価値って、そう大したことないんだって気づいたわ。
気づいたけれど、あなたの想いを言葉にせずにはいられなかったの。めんどくさいでしょ。でも、これでもう二度と会えなくなるかもしれないのよ。そもそも会うこともなく、この手紙はずっと棚の中にしまわれたままかもしれない。もちろん来てほしいとは思うけど、なにもない私を知って、失望してほしくはないもの。
お姉さんによろしく。
きっと幸せになってね。
一番の友人 ミランダより』
馬車の外はまだ畑が続いていた。
カリエスがミランダに会うのはいつになるかはわからないし、あるのかどうかもわからない。
でもきっと二人は好きあっていたのだ。
マリアとアーノルドには子供が産まれます。領地はいい感じに栄えて、幸せです。
文官になったカリエスは頑張ります。そのうち爵位も貰っちゃいます。
カリエスがミランダに会いにいったかどうかは、ご想像にお任せしたいところです。
側近がミランダに群がったのはヒロイン効果です。