第二十七話 ≪PRESENT SIX。リワインド(1)≫
いまさらを、なおさらに。
第二十七話 ≪PRESENT SIX。リワインド≫
インターセプトの戦いでやっと生き残ったハザードは積み重ねた黒い山にゆっくりと近づいた。デリュージョンは脱皮だけが残って、たまに自分の存在をしらせるため蠢いた。
「デ、デリュージョン様…!」
「あれはデリュージョン様ではない。女帝、いや、愛香様の悲しみの結晶である。」
「でも、やっとデリュージョン様の永遠を手にいれたじゃん?」
ヘイトはフィルムの皮肉に眉をひそめた。
「もはやデリュージョン様とわかれる事はない。あんたの願い通りじゃん。ああ、なんと羨ましい。」
「黙れ。」
だが、フィルムだって楽しいだけではない。クスクスしながらも、目は笑ってない。本当は、彼女も崩れた帝国の事にほろ苦さを味わっている。ハザードも複雑な表情でため息をつく。
「けれど、カゲを消せるものはなにもない。そこに光がいる限り、カゲもいる。」
ヘイトは真面目な顔でデリュージョンの粗皮を見つめた。愛香呼び、アンシンがかぶせた痛みと苦しみが、今はごみのように捨てられていた。
「だからこそ、迎えに行かないと。」
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地球の上、いくつの町が自分のせいで消えた。いくつの大陸と海が荒れた。それを自覚するたびあまりにも辛すぎて、愛香は記憶を自分で排除することになった。
愛子達や妹、神様の声も全部聞いてないことにした。なにも答えず窓の外を向いたままぼうっとしていた。たまに愛子達に視線を移したが、すぐつかれて眠りについた。神様はそんな愛香をお姫様もようし抱いて、ベッドまで運べて、横にした。布団をかけなおしてやってから、神様は部屋を出た。
「愛香を助けてくれてありがとう。お礼を言う。」
「ただ、それだけ?」
言うまでもないと肩をすくめる神様を見たら、愛音は腹が立った。
「姉が今まで何人の未来を奪ったと思ってるの?」
「別にいいじゃん。愛香元に戻ったようだし。」
「いいじゃないのよ!」
声を張り上げる愛音を、神様は興味のない視線で見つめた。愛香を取り戻した今、神様の耳にはへつに説得も非難も届かなかった。
「姉は地球の敵みたいなものなの。愛香姉を受け入れるのは、姉の罪まで許すことでしょう?」
「それの何が悪い。」
「戦争になるかもしれないのよ!」
愛子達はショックを受けた。戦争と言う言葉の重さを思い知っていたから。だが、神様だけはなにげなく腕を組んだ。
「愛香姉に家族や仲間を消された人々が、姉が力を失ったことを知ったら!」
「ああ、そうだな。お前は、愛香がカゲに食べられたままでよかったか?」
「違うのよ!」
小さな火種は結局、口喧嘩となった。タバコの火が山を燃やすように、争いは続く。
「姉の過ちを認めなさい。姉の罪は深い。それを頭ごなしに受け入れるな。」
「そりゃ、他のマジプロのせいではねぇか!」
以外と爆発したのは、ストロークの大ファンであるみかさだった。
「約束さえ守らなくて、愛香さんを化け物にして!」
「愛香姉は自らのカゲに飲まれたのよ!」
「やめてよ、二人とも!」
愛子は仲裁しよとした。だが、二人には愛子の声が届いてなかった。
「自分の心さえ押さえきれない者は、戦士失格なのよ!」
「戦士、失格…。」
後ろを振り向くまでも愛音達は、身の毛がよだつ感覚を恐ろしいほど思い知った。いつ起きたのか、倒れるように欄干にもたれて、愛香は泣くように笑った。
「あ、愛香!」
あまりも慌てた神様はどもりはじめた。二階への階段を駆け上る神様は一瞬、自分の飛行能力も忘れてしまった。
「な、なんだ、起きてたか。はやく言ってくれたらよかったのに。」
神様は愛香を慰めながら部屋に戻った。よろけながら部屋に向かう愛香の後ろ姿を見て、神様は大変むかついて唸り声を張り上げた。
「これで満足したか?」
「いや、私は…。」
慌てる愛音と怒る神様の中、三人はサンドイッチの中のたまごとハムのように挟まれてた。だが、子供たちがなにより先に食べるのはハム。噛み締められるのは、いつもじっとしていた者である。
「お前らも同じだ!」
「え?」
「これからうちに来るな!」
「な、なぜそんな話になるの?!」
だが疑問は神様に及ばず消えた。神様が部屋にもどった時、唇を噛んでいた愛音も外へ出てしまった。愛子は母を追い掛けた。愛香の事が気になったみかさは座ったまま待ち続けた。
(『ウチ』っすね…。)
そしてウィルヘルミーナは神様の限定的な優しさと言葉遣いによって考えていた。いつも冷たかった瞳は、愛香への声で満たされていた。
(これじゃ、今夜も眠れないそうっすね。)
ウィルヘルミーナため息をついた。愛子はもう母を追い掛けて、知りたいことがいっぱいあるみかさはずっと座っていた。その日、神様は部屋の外に足を入れなかった。
「愛香?」
「…。」
愛香は確かに狂っていた。それはもやは客観的な真実だった。だれもいない場所をじっとみたり、突然笑いながら涙を流したりする。でも、ふと正気に戻った時は泣きわめくながら自分の腕を爪でかいた。
「私、化け物。」
「愛香!」
「人々を何人もカゲに閉じ込めて…!」
「彼らを殺したのはマジプロだ!」
見ていられなかった神様はついに話してはいけない事を口にした。
「だか生きていこう。全部忘れて、知らないふりをして、生き続けよう。なあ、頼むから!」
ぼうっと神様を見ていた愛香が笑う。神様も笑い返す。
「それより、あなたは誰?私の知り合い?」
神様はもう笑えなかった。拳を握り締め、願い通りの今を呪い続けた。とにかく愛香は神様にずっと声をかけた。たとえそれが目的の外れた話だとしても、神様はそっと安心した。
「愛香、そろそろおやすみの時間だぞ?」
愛香は頬を膨らして、意地っ張り首を振った。
「どうかしたのかい?」
「夜はカゲだらけ。それがいやなの。」
「カゲが、怖いのかい?」
「飲み込まれそうだから。」
むっと沸き上がる悲しみを押して、神様はやっと落ち着いた。そして、愛香のそばで横になり、子守唄を歌いはじめた。
「ねんねんころりよおころりよ、ぼうやは良い子だねんねしな…。」
星さえ眠りについた夜、神様は愛香の寝顔を見た。また失うことが恐ろしいぐらい幸せだった。痛いけど嬉しい。怖いけどありがたい。この狂気に近い感情を押さえられなくて、神様は愛香の名を何度も呼び続ける。
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「アハハハ…。」
まるでアレルギーが出来たよう。人々が浴びる視線がこんなに痛くなれるなんて。授業をさぼりみかさ達と逃げ出した以後、いじめにはなれたと思ったのに。北極へ向かったフェネックのように、適応するにはまだ早いかも。
「みんな、こっちを見てる…。」
「ひそひそが重なったらこんなに大きな声になるっすね。」
「まあ、あの日からずっとこのままだから、べつに気にしてないけど、なんだかアイドルになった感じ。みかさちゃんは毎日こんな視線を感じていたかな…。って、みかさちゃん?!」
「こら、文句あんなら俺に言え!」
突然飛び出したみかさが大声をだした。今でも喧嘩を売りそうなみかさを止めるため、二人は彼女の両腕を掴んだ。そのうち、アリの群れのように集まっていた人たちはばらばら散らばった。残されたのは、勘が鈍い男の子が一人。
「えっと、あの、その…。」
男の子が泣きべそをかく。その姿は、街灯、藩塀、藩塀の後ろから全部見られていた。色々な場所から降り注ぐ視線、皆が一人の背中を押す甘酸っぱい空気。ウィルヘルミーナなその味がかなり苦々しい。
「もし、聞きたいことがあるっすか?」
近づいてくるウィルヘルミーナを見て、男の子はしゃっくりを起こした。怖すぎて後退りさえ出来ない姿はかなり気の毒だった。
「大丈夫っす。全部打ち明けるっす。いじめられているのなら、このお姉さんがぱっとやっつけてやるっす。」
改めて、ウィルヘルミーナは『一人はみんなのために』と言う言葉が大嫌いだった。みんなのため一人を隠れみのにする薄い下心。その後『みんなは一人のために』と哀悼する姿は、かなり惨いだったから。
「いや、その…。」
ウィルヘルミーナが敵ではないとわかった男の子は、迷いの果てそっと口を開いた。
「この町に、デリュージョン様が戻ってきたの?」
「はあ?!ふざけんな!だれが…!」
ウィルヘルミーナは手を上げてみかさの言葉を切った。
「そんなこと聞いたっすね。それが気になったっすか?」
「うん。だって、ママが言ってくれた。デリュージョン様は、元々優しい人だって。町のため何度も命をかけたって。でもみんな、それを忘れちゃって…。」
「大嫌いになったっすね、愛香さんの事。」
ウィルヘルミーナは男の子の頭を撫でた。だが、愛香の名前を聞いた人々はより大きなざわめきを紡いだ。頭の波を遡って、何人ども顔をあげた。
「デリュージョンは世界の敵だ!」
「デリュージョンのせいで、町のみんなが嫌われてるの!」
「はいはい。その寸前、デリュージョンに味方して楽に住んだのはもう忘れちゃったっすね。アナウンサーから総理まで、人と向き合う事は全て銀河の町の人だったっすけど。もう価値がないから捨てるっすね。」
ウィルヘルミーナはちらっと辺りを見回した。皆、ぎくりとして、また顔を下げた。もはや壁しか見えてない。
「ついこの間まで利用してもらって、昔々には何度もカゲから救われて。ならば普通、恩返しぐらい思うはずなんすよ。」
「それは…!」
「いや、恩返しなど欲しくないっす。でも、ずっと祭った存在なら、せめて背を向ける事はやめてくれないっすかね。」
町の人は密かにデリュージョンを祭った。愛子の父こそ、生きている証拠だった。三人はそれをよく知っていた。だって、その祭りに止めを刺したのは、愛子達であった。
「さて、二人とも、早く行かないと遅刻っすよ?」
町の人々からは何の返事もなかった。子供の頭を撫でた後、ウィルヘルミーナはまた学校を向いた。皆が見て皆が心に刻んだ今は、いずれ噂となり町中に広がった。愛する者を守ってくれた戦士への尊敬となって。




