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第二十六話 ≪PRESENT FIVE。告白(3)≫

「本当に大丈夫?」

「すっごく元気!」


愛音は明るく答える娘の後ろ髪を見た。負んぶされた母は、娘に合わせる顔がない。娘は母のため命をかけた。子供の苦労はいつ見ても気の毒。それが我が子の事なら言うまでもない。なにを犠牲にしても子供を助けるのが親の役目。なのに今、娘にとって自分は背負わなければいけない責任それものだった。


やはり、おんぶされてよかったかも。自分の弱さも、情けない姿も、娘には見せられたくないから。なおさら増えていく罪悪感を振り払うため母は首を振る。


今、クラッシュは愛音と一緒にデリュージョンの皇座を目指している。以前、クラッシュは神様と共にデリュージョンの部屋を訪ねた。あの日の事を覚えながら、闇を手探りしてゆく。いつかの苦労に子供は感謝した。その記憶でなければここまで来られなかったから。


「出来!」

「愛子ちゃん!」

「みんな!」


遠くから聞こえてくる羽ばたきを、クラッシュは笑顔で振り向いた。その視線がはずれて自分を向いてしまうのではないか。心配になった母はふっと目を背けた。


「皆無事でよかった!」

「それより、あの方は…。」

「私のお母さん。お母さん、こっちはウィルヘルミーナちゃんだよ!」

「は、はじめましてっす。自分、ウィルヘルミーナ・バン・ハースタートっす。愛子ちゃんとは一緒にマジプロやっているっす。どうぞよろしくっす…!」

「そしてこっちはみかさちゃん!そう言えば、みかさちゃんはお母さんと会ったことあるよね?」

「ああ、確かに…。」


かなり不愉快な表情だった。目の前の人が恩人ではなく、恩人の心を折らせた人。勝手に誤解したのは自分だったが、それを言い直してくれなかったのはちょっと気にくわない。


「そんなことより、愛香さんの部屋は何処っすか?」


エリミネートは微妙な空気を歪み、なにげなく話題を変える。そして手早く二人の中に割り込んで、愛音の片腕を支える。おかげでインターセプトはやっと終章の本質を思い出した。


「そうだな。急がねぇと。」

「クラッシュは愛香さんの居場所、わかるっすか?」

「えっと、だいたい…?」

「なぁにそれぇ!」

「俺が案内する。あいつの部屋なら、更に地下の洞窟だ。」


ずっと黙っていた神様が一歩を踏み出した。皆、お互いを見て顔を頷いた。愛音も二人に支えられたまま、死に物狂いになって歩いた。姉に会いたい気持を胸に、よろけながらも諦めない。


「ゲェル?」


そしていよいよ、クラッシュ達は女帝の部屋にたどりついた。黒と白のモビールが揺らめき、裂きの果て破れ目さえ見えなくなった犬のぬいぐるみがこっちを向いてハイハイする。割れた鏡の向こうからニヤニヤ笑う音がする。


顔のない女帝は足を切られたテディーベアを抱いてる。女帝は感情を見せない。その変り、六つの仮面を浮かべている。仮面にはまるでカメラで取られた写真のようにそれぞれの感情が刻まれている。でも、色とりどりとは言えない。苦しみや痛み、憎しみ、怒り、悲しさ、驚きのモノクロだけ繋がっていないから。その仮面の数は女帝の感情の数。時々立ち止まり、女帝の感情を表した。


「ゲルルルル…。」


デリュージョンは首を捻る。怪訝そうな声がする。回る仮面は止まらない。その姿を見ていた愛音はちょっと戸惑った。


「私、遅すぎたのではないかな。」


胸に当てた両手はいずれ握り締めた拳になる。


「家族なら話し合えるべきだった。なのにずっと無視していた。」


きっと怒った。怒られても申し開きができない。言い訳のしようがない。災を招いた者が誰だとしても、止められなかったのは家族である自分だった。自分の夢を崩れた者に、自分の代わりに復讐してくれる姉に、本当は応援を送っていたかも知らない。


「もし、言うこと聞いてくれないと…。」

「それはその時がきたら考えよう!」

「なんですって…?」

「今はただ、言いたかった事全部言っちゃおう。今はそれで充分!」


未曾有の試みを大胆に答える娘を見て、気抜けする。脱力感の後を埋めるのは、まさかの笑い声。


「お母さん、頑張って!」


娘の応援を受けて後退りする母はない。少なくても、愛音はそんな母になりたくなかった。


「あの…。」


そろりと一歩を踏み出した。さりげなく二歩進ませた。三歩になってからはもう迷わなかった。自分の領域を侵される被食者に、捕食者は手を出さない。ただ、狭くなる距離を眺めた。


「愛香姉、だよね…?」


自分の罪を認めたくなかった。その怖さに潰れそうだった。だから否定した。これは自分のせいではない。だって、あれは姉ではないから。その非条理な目隠しに自ら騙された。


「久しぶり、元気にしてた?」


でも、本当は気づいていた。母がなくなった日、西の国から聞こえてきたわめき声に。非常に激しく降った黒い雨に。帝国の幹部達に避けられてるのではなく、守られていることに。


「愛香姉…。」


口にするたび混乱とする気持と押さえきれない『ごめん』が交差して作り出すメロディー。


「ごめんね、今まで知らんぷりして。」


無理やり笑う。淀んだ時間が溢れる。情けなさそうな顔を見られて恥ずかしい。だから両手で顔を隠した。その躊躇いの先、黒すぎて地味な手が頬に当てる。何も言わず、ただ撫でてくれる。


そう、愛子の言う通りだった。姉は妹を待っていた。ずっと前から待ち続けた。顔を合わせて、話し合うため。


「あのね、愛香姉。」


もう遅すぎたかも知らない告白。だけど、伝えたい気持。今更と言われても、なにも出来なくても、この思いだけは、必ず。


「私も、皆を憎まないわけではない。」


愛音は片足を見た。諦めた夢を思い出した。でもそれは、おとぎ話のような記憶。もう忘れてしまった憎しみ。


「でもね、私新しい夢を見つけたの。応援してくれた彼氏と結婚して、名字が変わって、娘を産んで。また家族が出来たのが、すっごく嬉しくて。」


長い絶望の果て、少女は新たな希望を見つけ出した。走らなくても叶える夢を、支えてくれる家族を。


「だからもう、復讐なんか望まない。だってもう随分時間が経ったし。」


デリュージョンは妹の言葉が納得できないよう、飾り付けた仮面をくるくる回した。その中に隠された疑問と無理解に気づいた愛音は再び姉と向かい合う。祈りを捧げるように、指組みをして。


「私は私のままでいたい。私のままで生きたい。もう、誰かを恨む気持に頼らず、自分自身の道を行きたい!」


許しなんて言訳。きっとあり得ない話。でも、誰かを憎む生き方は、誰かに決められたまま。だから誰かから抜け出すため、容赦なく流れる時間から自分の生きたかを見つけるため、妹は復讐を諦めた。


多分姉はそう思っている。妹がつかれているとか、全てを手放したとか。そうではないと、きっと判断力を失っていると思ってる。だって姉は自らを怒りの業火にここ数十年を燃えてきたから。


「私は幸せになりたい。必ず、幸せになる!」


でも違う。憎めようとするほど沈んだ。他人にかける呪いはいつも自分をうつした。そのどん底でこれ以上あえぎたくない。許しは選びだが、決して諦めではなかった。


「その幸せな世界に、愛香姉もいて欲しい…!」


だから這い上がった。みんなと歩調を合わせて進んだ。好きな人が出来た。苦しみから抜け出した以後、初めて会った幸せだった。


「だからこれ以上、自分を苦しめないで!」


愛音は両腕を広げた。いままで歩いてきたのは愛音だが、これから歩いてくるのは姉の分だから。迷うような声をしたデリュージョンは妹の声に答えた。姉として、ゆっくり。


「ゲル?!」


突然、デリュージョンの後ろから煙が立ち上った。仮面が回る。正気でないまま、狂気の色を被る。


「あれは…!?」

「様子がおかしいっす!」

「お母さん、下がっていて!」


言葉も終えずに、三人は攻撃に立ち向かった。やたらめったら攻撃してくるデリュージョンを止めるため、みんなが舞い上がった。三人のスピードと、なによりインターセプトのおかげで、攻撃は全部的からそれた。そうおもった瞬間、外れた攻撃が洞窟の鍾乳石を壊した。その下にいた愛音を狙って。


「お母さん!」


クラッシュは悲鳴をあげて、戦場を抜け出そうとした。だが、インターセプトはクラッシュをつかみ静かに頭を振る。やっと気がついたクラッシュが地面を見た。崩れる洞窟のなか大きなシールドが発していた。


「お前のためじゃねえ。」


神様が歯を食いしばった。


「お前になにがあったら、もう二度と愛香に会えない気がするからだ。」

「神様…!」

「なにみてんだ、仲間が一人で頑張ってるだろう?」


確かに、今でも抜け出そうとするクラッシュを止めるため、インターセプトまで両手が不自由になっていた。一人で頑張るエリミネートに気ずいた時、クラッシュは目色を変え、また戦場へ飛込んだ。


「皆、ごめん!」

「大丈夫っす。それより…。」


今のデリュージョンはまるで気狂い。無慈悲に物を投げて、惨すぎる悲鳴をあげる。雑巾を絞るように捩じられる体を見て、皆気がかりな顔をした。


「あの攻撃、本気じゃないっす。」

「ああ、そうだな。あの方、家族を苦しめるような者ではないから。」


絶えずに飛んでくる攻撃を見て、三人は目と目を合わせた。ずっと防御ばかりした三人が攻撃を向いて真っ直ぐ飛び込んだ。インターセプトがシールドを広げた瞬間、エリミネートはクラッシュの手を取り、宙返りした反動力を使い、クラッシュをデリュージョンの元へ投げた。


「どうか目を覚まして。お母さん、いや、愛音のために!」


妹の名を聞いたデリュージョンの動きが止まり、爆音が静まる。時を移さず、クラッシュは手をあげた。


「マジプロ!」


大人しくしていたデリュージョンは、クラッシュの手にやどる桃色のエネルギーを見ては足掻きはじめた。注射の前で体を揺るがす子供のように逃げ出そうとする理由は、この前の痛みを思い出したから。


あれに当たったら痛い。だから逃げたい。本能しか残ってないカゲに、恐怖の仮面が被られた。気配に気づいた二人も飛び込み、横からデリュージョンを捕らえた。


「クラッシュ・ザ・シャドウ!」


以前と同じ技は違う光を呼び起こした。罅が入るカゲのかぶり。その中に眠ってるお年頃の少女。伯母が姿を現した瞬間、愛子は躊躇わず手を伸ばした。焦点の定まらない目でぼうっとしていた少女は、意識が朦朧としたままクラッシュ手を取り合った。


「まさか…。」


愛音は両手で口をふさいだ。


「愛香…。」


神様の目が泳ぐ。溢れ出した感情は、カゲから抜け出す少女を見て激しく揺れてしまう。


「愛香!」


クラッシュが愛香を受け取る瞬間、神様は目の前のエリミネートを押しのけて、クラッシュから愛香を奪った。心を針で刺されたように、エリミネートの拍動は時々不規則なリズムを紡ぐ。


「愛香、愛香…!」


初恋を抱え込んだ神様は切望的な顔をしていた。『抱きしめる』より『しがみつく』姿だった。朧げな意識の中、少女は微睡むように眠りについた。


「大丈夫?」

「大丈夫って言ったら嘘っすね。胸、張り裂けそうっす。なぜ人たちがカゲに飲まれた訳がわかるくらいっす。」

「な、なんだと?!」


本気で驚いたクラッシュは急いでエリミネートを引き止めた。でも、振り向いたエリミネートの笑顔を見て、すぐ手を放した。


「でも嬉しいっす。胸の痛みより、ずっと幸せっす!」


だって、大好きだから。あなたが幸せになったら、それで満足だから。


「よかったっす。本当によかったっす!」


笑う目から涙が流れる。今までカゲとなったどの人よりも数多い涙を流したが、その純粋な心には一粒の闇も近づかない。むしろ闇は、まだ自分の獲物を逃してない。


「これは…。」


神様はまだ愛香の足首にくっついてる小さな闇のかけらに神経を尖らせる。崩れ落ちはじめた洞窟から、多くのカゲが逃げ出した。


「おい、出来。まだ大丈夫か?」

「もちろん!」

「じゃ、一網打尽だ。」

「うんうん!行くよ、みんな!」

「はいっす!」

「ほら、神様も!」


でも、神様はいつのまに空間移動の魔法陣を広げていた。


「かぁみぃさぁまぁっ!」

「うっせぇな。愛香さえ取り戻せば帰る。そんな約束だったんじゃねえ。」


神様は愛音を先に帰らせて、自分も愛香と共に銀河の町へ向かった。


「そんな!せっかくのチャンスだったのにぃ!」

「早く来ないと置いていくから。」

「お、置いていかないで!」


崩れる洞窟と逃げるカゲ。倒した幹部と取り戻した少女。もはや悲しむことはなにもない。


そう思った時があった。


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