第二十五話 ≪PRESENT FOUR。チャレンジ、あいこ(2)≫
あの日の私は、そう、慢心していた。やっぱ貴方も私を必要としている。私が助けてくれないと、なにもできない。だが、救いの手は差し伸べない。私は待ってる。貴方が泣いて喚きながら、私の前に跪く日を。
だが、あの子は私を呼ばなかった。いや、私なんか必要としなかった。彼女は頼られないほど、頼れなかった。自らの道を開いて、敵と戦った。勇ましく。美しく。それがすごく気に入らなかった。
あの子は生きたがっていた。だから凄まじいほど足掻き続けた。『今』から抜け出すため、一所懸命。ずっと前から気付いていた。だからこそさらに大きな声で笑った。比べさえ、むごたらしいくらい。
時間はなかなか残酷で、誰のことも待ってくれない。次の日、学校にはパトカーのサイレンが鳴った。村の入り口、その近くにいる川に浮かんだ死体の身元確認のためだった。
『ねえ、聞いた?』
『川で子供が見つかったこと?』
『いや、子供って言うか、もう死んじゃったし。』
『膨れすぎて、顔を見てもわからないって。』
先生は死体を見て食べ物を吐いた。校長先生はクラスを安心させるため一所懸命だった。自習だらけの一日だった。
『自ら身を投げたみたい。』
『川に飛び込むことを見た人があるらしい。』
『ええ、本当?』
『そう。となりの高校生で、三人だったっけ。』
そんなはずなかった。あの子は必死に戦っていた。いつも、生きたがっていた。あの時、気づいてしまった。あの子の『いらない!』は『たすけて!』と同じだった。遅すぎる性懲りだった。
「貴方は目立ちたいでしょ?特別になりたいでしょ?」
私の胸ぐらをつかむ少女の瞳はきらきら輝いていた。
「ねえ、これはどう?私が貴方のふりをしてみるから。あのドアを開けて、踏み出して、貴方の仲間に確かめるのよ。彼女らが偽物を探し出すなら、貴方の勝ち!」
にこり笑う少女は、すぐさま硬い表情をした。
「もう、だってよ、確かめなくてはいけないでしょ?だって、今までずっと頑張ってきたのは、輝くためだもん。」
目立つための人生だった。誰もが私を知っている。可愛がっている。愛される私が好き。目を奪う私が誇らしい。
「なら、その輝き、きちんと伝えたかどうか、その目で確かめなきゃ!」
伝わってないでしょ。だって私、自分の世界で生きていたもん。自分の空間だけきらきら飾ってきたもん。だからぜったい、届いたわけがない。
「けどよ、誰もわからないならどうしよう。だってさ、貴方は誰かにとって便利な使いさん、それ以上の意味はもってないから。」
だから、届くしかない。届けてみせるため、頑張るしかないもん。空いた門の透き間から聞こえる非難も受け入れて、進むしかないもん。
「私が貴方の人生を奪っても、皆全然気付かないはず!だって、貴方は自分の世界に沈んで、忘れちゃったから!」
「貴方こそ忘れちゃったね。本当の貴方のこと。」
「はあ?」
法の枠はきれいな組みではなかった。もっと忌まわしくて、凄まじい感じ。でも、私は足を踏み出した。今更償っても、あの子は戻らない。でも、最低限、凛とした姿で送ってあげたい。
『お願い、誰か助けて!』
学校なんかサボった。町をさまよっていた私はついに警察と合った。彼の制服を掴んだまま、放してくれなかった。
『お嬢さん、おじさんたちは忙しいんだ。無理やり引っ張っても…。』
『あの子は生きたがっていた!だから、だから!』
涙ぐむ景色は頬を伝う。これは押さえきれないほど美しい、とある春の物語。
『なにがあっても、自分を消したり、殺したりしない!』
警察の邪魔をした私は署に送られた。お母さんとお父さんも呼ばれた。あの日の私、随分怒っていたから。やたらに叫ぶだけ。外へ連れ出される時わかった。泣いて喚くのは、私だった。
『愛子。』
突然、お母さんが私を抱きしめた。驚きすぎて、その場で居竦まった私を、お母さんは優しく撫でてくれた。
『大丈夫。ママは愛子を信じるわ。』
あの時、ずっと築いてた冷たい城にヒビが入った。心の底から詰っていた何かが壁を崩して、溢れだした。
私は今までのことを全部話した。女子校に通う少女が三人掴まれた。しらみつぶしの捜査は長くなった。その時間は人生で一番辛かった記憶となった。
『子供の証言なんか信じるもんか!』
『いくらなんでも酷すぎる。同じ町の一員なのに。』
『あの子はもう死んじゃったからしかたないじゃん?こんなことするいみがあるのかな?』
『このままでは、あの三人まで死んじゃう。生きている者は、生き残るべきだ。』
皆、私を『嘘つき』って言った。『悪い子』だって言った。あの子の事件を闇に葬って、あの子の苦しみを消そうとした。だって、お互いを殺し始めたら、この町は壊れてしまう。信じられないほどの信頼で町は繋がっていた。
自分の信念を真実と信じる人ほど怖い者はない。そのしつこい噂で、私は私まで疑った。もし、本当に見間違いならどうしよう。それが本当だとしても、今更なんの意味を持つのだろう。なら、むしろなかったことにする方が皆、楽ではないか。
真実を話して嫌われるか。それとも全てを嘘にして、『いい子』に戻るか。簡単なことだった。見間違いを認めたら、全ては終わって、またお日様が上ってくる。でも、昨日のお日様を求めると、果たして明日は変るかな。
皆がまた幸せになれる道は、本当に簡単なことだった。でも、そうしたくなかった。気楽を選んだ瞬間、心が死んでしまいそうだった。
登校道は母と一緒だった。皆、私に軽蔑の念を抱いた。『三人の少女とその家族を苦しめた元凶』と、誰もが言った。目線は茨の道を生んだ。地を踏むたび、血が流れそうな苦しみ。襲い掛かる脅威。絶えずに浴びる濃い憎みに耐えられず、俯いてしまった。
『愛子。』
後ろから伝わってくる温もりにふと顔をあげた。母は私をぎゅっと抱きしめたまま、耳元で囁いた。
『愛子はママの誇りなのよ。』
思わず世界が滲んだ。頬を伝う涙を隠すためそうとした。やっぱ、無理だった。人前で泣くまいと努める少女に、母は笑ってくれた。『大丈夫』って、『泣いていい』って。その優しい微笑みを信じたから、あの日、私は『悪い子』になる勇気を得た。
「貴方は私が知っている私ではない。そんなはずがない。」
いい子のふりをしていた理由は褒められるため。だからって褒められないから悪いことをしたりはしない。いずれ私は私を褒め始めた。皆の避難を後ろにして、自分の信じた道を進んだ。
「言葉なんていらない。言わなくてもわかる。心から私を求める者が、誰なのか。」
皆が正しいと思うことが、いつも真実であるわけではない。それを知った今、私は私の思うまま生きる。正しさは私自身が選ぶ。そして、そのため生きると、私は決めたのだ。
「だからこの思い、何度もぶつけてみせる。それこそ、本物のクラッシュだから!」
私の前に道はない。でも、今までどたばた歩いた印が私の後ろにちゃんと刻まれている。
「くるな…。」
後ずさりする少女の元へ、私はゆっくり足を踏み出した。
「くるなあああ!」
少女は私を倒せない。少女の攻撃は、全てお見通し。だって、あの影は、私自身だもん。
「大丈夫だよ。恐れないで。」
少女の攻撃を手のひらで止めた。慌てる少女を私は抱きしめた。
「もう、なにやってるの?はなせ、はなすんだ!」
「ずっと、君と合いたかった。話したかった。人はいくらでもやり直せるって。」
もがいていた少女は、いずれ動きを止めた。
「間違えたら気の済むまで誤ればいい。その後は、あの子に任せよう。許されなくても、生き続けよう。」
「うぅ…。」
少女が寄り添っている肩が、あつい涙で染まった。
「私達は過去ではなく、今を生きよう。」
少女は目を閉じた。黒く塗り替えた影の中で、一粒の輝きを見つけた。それを逃さず、私は拳を握り締めた。
「マジプロ、クラッシュ・ザ・シャドウ…!」
川のように流れた桃色のエネルギーが心の壁を崩した。殻を割って孵化する少女がつつましく舞い降りる。それこそ、過去の私だった。そっと微笑んだ後、少女の体は透明となり、いずれ消えてしまった。桃色の風が吹き、手の平にクラウンをのせてくれた。
「あれ、桃色の宝石がいる。」
クラウンの真ん中、桃色に輝く宝石を見つけて、私は悩み始めた。
「これってルベライト?それともモルガナイト?って、もしかして、ピンクダイヤモンド!?」
あり得ない物を与えられた私は、それからしばらく悩み続けた。数分も迷ってる私の背中を、桃色の風が押した。その透明な笑い声に導かれて、私は外へ足を踏み出した。
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ここは裁判所。裁判が行なわれる場所。法は人の罪を数え、その分の罰をあげる。なんとなく怖くなった私はずっと『大丈夫』ってつぶやいた。でも、震えてくる手は、隠せなかった。
「愛子。」
お父さんは跪いた。座り込んだ視線は私とぴったりあった。その瞳を見てわかった。私がどの道を選んでも、この人だけは私を応援してくれるって。
「頑張って。」
「うん!」
私の名前が聞こえてきた。判事も、検事も、弁護士も、皆私だけを待っていた。開けた門の中、私は踏み出した。私が決めて、私が選んだ、私だけの償いへ。




