第二十五話 ≪PRESENT FOUR。チャレンジ、あいこ(1)≫
ああ、神様。この罪は、許されますか。
第二十五話 ≪PRESENT FOUR。チャレンジ、あいこ≫
「みかさちゃん!」
「ああ、無事か。」
インターセプトは上の空で返事をした。赤く染まったある午後の頬。それはエリミネートが彼女の心の中に足を踏んだ印。目を逸らしても、喜びは隠せない。それに気づいたエリミネートは、友を笑顔で向き合った。
「ご苦労様っす!」
「いや、そりゃ言いすぎじゃねぇ…?」
人さし指を眉にあてて敬礼するエリミネートを見て、インターセプトは頬を掻いた。それはまた、すごく照れている証。
「いや、自分、めちゃ苦労したっす。過去に押し潰されて、一瞬『もう終わりだ』と思ったこともあるっす。それだけ怖かったっす。」
「お前…。」
「きっとみかさちゃんも、自分を閉じ込めようとする過去と向き合うため、すっごく頑張ったっす。だから絶対、言いすぎではないっす。」
エリミネートの真剣な言葉を聞いたインターセプトはそっと口を開いたけど、すぐ口を閉ざした。どの言葉も、あの顔には告げられない。無理やりの『平気』も、突然の涙も。軽く震えてるエリミネートの肩を落ち着けられない。
「だから褒めるっす、思いっきり褒め上げるっす!」
真面目さをぶっ飛ばしたエリミネートは、また明るい表情に戻った。
「ああ、やはり自分をわかってくれるのは自分だけっす。もっと自分を大切にしなければならないっす。だからまずまず褒めちゃうっす!」
「…いる。」
「え。」
とても小さな声だった。だが、その呟きから聞こえてくる愛情は、決して聞き間違いではなかった。
「自分だけじゃねぇ。讃えあえる友達がいる。だから背中を預けて戦える。」
優しい言葉に気を取られた。瞬きの果て、目をぎゅっとしぼってまたぱっと開いた。どう見ても、インターセプトはインターセプトのまま。その優しさは消えたりしない。特に理由もなく『友達』と言われたのは、生まれて初めて。
「みかさちゃん…!」
「だ、抱きつくな!」
『ダキ』はエリミネートのハグを止めるに適する言葉だった。その場で立ち止まったエリミネートと発言者のインターセプトの目が合う。
「そう言えば、出来は?」
「自分もまだ合ってないっす。」
エリミネートの顔が曇る。インターセプトは顔をしかめる。見上げた空には積み重ねられた葉っぱだらけ。夜より深い闇であった。
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「あっははは!」
まるで狂人のような攻撃。愛子は生き残るため歯を食いしばった。
「まだ私を救おうとする?お人好しのふりして、そんなに楽しいの?」
「くっ!」
激しいキックを止めたと思った時、さがっていた少女が飛びかかってくる。突然の回し蹴りに打たれて愛子は悲鳴をあげる。
「きゃあああ!」
「あら、ごめんなさい。気づかなかった。」
人に踏まれた電車の中、丁寧な形の無礼を味わった。本気であろうがなかろうが、許すしかない誤りに、少女は何度も何度も頼り続けた。
「それでも許してくれるよね?だって愛子ちゃん、『いい子』だもん!」
「はっ…。」
体から感じる痛みとより大きな胸の苦しみ。天秤にかけるまでもなく、後発の方が前途多難。
「ありのままの自分を愛する者は一人で歩ける。他人から自分を見つける寂しがり屋さんは一人じゃ生きられない。」
少女は目を閃きながら愛子に飛来する。時間の中聳え立つとある記憶が、心臓を掴む。放してくれない。どうしても振り切れない罪悪感が、クラッシュの弱点になる。足首を挫いたままマラソンは走れない。
「貴方はどちらでもない。英雄ごっこのため、他人を利用しているだけ。」
ゆっくりと歩いてくる少女はただの恐怖。女優のようにドラマチック。手を胸に当てて、煩悩のとりこになったり、いきなり腹を抱えて笑う。劇的な言い方。スプリングのように跳ね返る感情の反発力は、少女を過去の海に落す。見捨てたあの記憶の中、沈んでゆく。
『愛子はいい子だね?』
初めはただのおつかい。終わらなかったのは、『いい子』って言われることが、優しく笑ってくれることが、甘すぎるから。気がついてみれば、飛び出してしまってる。疲れがたまっても、『ありがとう』とか『お疲れ様』で溶けちゃう。どんな苦労をしてもすっきりとなる。だから、褒め言葉だけ狙う狩人になる。
『ねえ、ちょっと手伝って!』
『ノートかして!』
『抜け駆け禁止!私が先よ!』
普通の人は怒る。いつも利用されてばかりで辛い。利用される自分のことが大嫌い。バカバカしくてしかたない。愛子はそう言う者とはかけ離れていた。皆の危機はチャンスとなった。日直も掃除も頑張った。皆が避ける当番は全て自ら志願する。それは、名乗り出る目撃者のように、ぎりぎりな定めだった。
「貴方はいい子でいたくて、他人を手助けし始めた。皆に『いい子』と呼ばれた…。」
クラッシュにはもはや戦う力が残ってなかった。それに気ずいた少女は優しく笑ってあげた。体の次は心を破らないと。
「だがそれは全て欺罔。本当の貴方は、認めてくれないと、よい行いをしなかった。」
朝早く登校するクラスメイトがいた。自分の席に着くや否や、少女は窓掃除をした。あの日の愛子は少女を馬鹿にした。先生より早く登校するのは何の意味もない。だれもわかってくれないのに苦労する理由はない。人を手伝うのは目的があるから。返してもらうのは当然。ならば認めてくれない人間はいらない。認められては意味がない。
「先生の前ではちりも拾う。でも、路地で泣いている子には目をやったことがない。」
年上の女子高生に囲まれて、泣いていた女の子。たばこを吸う年上の人は女の子から桃色の財布を奪った。笑い続ける人々を見る愛子の顔にも笑みが広がる。これはまた、褒められる。
愛子は女の子が殴られることをずっと見ていた。すぐ警察を呼ばなかった理由はいくつでもある。相手が悲しむほど、救世主は目立つ。そしてなにより、褒め言葉は独り占めしなきゃ。だからこそ、皆が帰った時に女の子に向かった。
『ねえ、大丈夫?怪我してない?』
愛子は優しい餌を差し入れた。だが、甘く包まれた真心は、残酷に切られてしまう。
『私は貴方の見せ物にはなりたくない。』
『なん、だって?』
『先からずっと、見たばかりじゃん!』
女の子は今でも泣きそうな顔をした。恨みの目線に、愛子は凍り付いた。こんな敵愾心を浴びたのは、生まれてはじめてだから。
『あんたの助けなんかしらない。どこかへ消えなさい!』
叫んだ後自ら逃げ出す女の子を見て、愛子は瞬きをした。人影さえ消えた後、やっと愛子は笑みを消した。色だけ変えても感情がわかるなら、愛子の怒りは形さえ違った。
『河内さんってひどいよね。』
愛子のまわりは友情でいっぱいだった。もちろん、噂も山盛りだった。
『声かけても返事してくれないし。』
『そう、いつもこっちにらみやがって。』
『うんうん。ちょっと面倒くさいかも。』
『仲良くなろうとしたけど、もううんざりだよ。』
『でも、気の毒じゃない?いつも一人でお弁当たべたり…。』
皆の視線が女の子を向いた。それがいやだから、会話に割り込んだ。
『ねえ、皆、鬼ごっこしない?』
主役を盗む腕前は教わったことない技であり、殺意を込めた殴りであった。




