第二十四話 ≪PRESENT THREE。チャレンジ、みかさ(2)≫
少女は怒りの代わり沈黙を選んだ。真実を言うには、少女は弱すぎた。希望を抱いたら絶望が訪ねる世界で、少女はいずれ期待しない方法を学んだ。
少女は強くなると決めた。さびが深い鋏で髪を切った。自らにもらった唯一無二な贈り物のおかげで、少女は生き残った。誰も覚えてくれなかった、13番目の誕生日だった。
少女は死んだように生きていた。息を殺して、足跡さえ残らなかった。いつのまにか、ステージに立っても誰も見に来てくれなくなった。古い寂しさは風化して跡形もなくなった。
母の悲鳴が響いた。リハが終わった時だった。オランダの屋外ステージに妄想帝国の幹部、ヘイトが現れた。
『母ちゃん、どうした?!』
『あ、あなたのお父さんが…!』
父はヘイトによってカゲになった。汗のように汚水がこぼれた。全身の毛が逆立ちする感覚が、体を支配した。
『お前さえいなければ、俺は幸せになれた!』
叫びに込められた憎しみの矢は、全てみかさを狙っていた。父、いや、カゲが手を上げた時、母は娘を引っ張った。
『みかさ、しっかり!』
正気に戻ってからは、走った記憶ばかり。ステージを壊して追い掛けてくるカブッタカゲは切ないほどみかさを狙った。
父は娘に手を伸ばし、娘は父から逃げ出す。捕まえたくはないから、生きたいから。行き止まりになっても諦めない。狩人が餌を狙う。終りを気づいたら、もっと足掻かないと。
『もうやめて、父ちゃん!』
みかさは立ち上がり、カブッタカゲの前を塞いだ。すぐ後悔した。なんでこんな無茶をしただろう。本当は、死にたくないのに。
『お願い、目を覚まして!』
父はもはや家族を捨てた。愛情のないものを排除することは簡単。頭に真っ直ぐ突き刺される拳を見上げ、少女は目を閉じた。いつも予感していた最後なのに、胸が苦しいほど、生きたかった。
『みかさちゃん…。』
頬をくすぐる真っ白な羽に目を覚ましたみかさは、天使と出会った。輝かしい黄色の天使と。
『ねえ、みかさちゃん。』
救世主の顔を埋めるのは少しの困惑、適当な驚き、そして、たくさんの嬉しさ。初めて会った気がしないから、思わず『久しぶり』を言うところだった。
『あなたは?』
『銀河の町のストローク・プロミネンス。』
その優しい笑顔は見たことない。誰とも違う。『知り合い』より『友達』と呼びたい懐かしさ。救われたくせに、なぜか彼女の手をつないで『大丈夫』って慰めてあげたい。このまま離したくない、離れたくない。届きたい。満たされる。癒される。残念。ときめき。喜び。やすらぎ。そして、なによりも、混乱。
『ま、待って!』
いちばん混乱してる理由は、そう、天使が父を倒したとき感じた感情を、認めてしまったから。
『あの、その…!』
天使に言いたい。言ってあげたい。言わなければならない。伝えたい気持がたくさんある。だから今日だけ、ちょっと本音を漏らしてもいいかな。
『父ちゃんを倒してくれてありがとう!』
そして、天使の顔に浮かぶ無数の感情:よかった、ごめんね、泣かないで、幸せに。
『また、合えるよね…?』
頷く天使の笑顔さえ、眩しすぎて。金色の羽ばたきと共に、彼女の姿は消え始めた。『わるい娘』と呼ばれてもかまわない。だって、あの時、父のことはもう、痛くも、悲しくもなかったから。
ぼうっと空を見上げた少女は突然頭を下げた。肩にかかる毛先を震わせる姿は、きっと見覚えのない過去。断続的な泣きじゃくりが発作的になったとき、少女は振り向いて心の色を見せた。それは確かな笑い声。喜びのあまり漏れてしまう喜び。
「彼になくなって欲しかったんだよね。なんて残酷。」
「なんー!」
突きを打っても届かない。殴るどころか掴まれる。インターセプトの拳を止めた少女は思い切り未来をあざ笑う。
「いくらなんでも『ありがとう』って、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「くっ!」
「だってさ、あんたが『遊園地に行きたい!』とか言ったから、父ちゃんが悲しくなったでしょう?」
今度は相手がインターセプトを殴ろうとする。拳を掴まれたインターセプトは必死に手を引っ込めるが、相手から抜け出さない。身を守るため、大切な命のため、反撃しようとしたが、相手はむしろカウンターを食らう。そしてはインターセプトの手首を掴み、腕を軸にしてひねて、そのまま押さえ込み、ハイヒールで踏んだ。折れた関節が痛み出す。
「あんたは父ちゃんを殺した。そして喜んだ。悲しみはゼロ。百の意味が込まれた笑いには、たった一の迷いもなかった。」
その通り。父のカブッタカゲの前を立ちはだかった理由はすべて負けん気のせい。死の影に覆われた時、母のことはもう心配していなかった。あの時はただ、死にたくなかった。
「父ちゃんに死んで欲しくなかった…。」
「はあ?」
母を守りたかった。母だけは心の底から愛していた。なのに、あの日のみかさは生きたがった。無理して強がった自分を恨むぐらい。こんなに生きたいのに、命を捨てようとするなんて。
「それが出来ないから、選ぶしかなかった。」
愛する者を守れなかった悲しみよりも『どうしても生きたい』と思った自分が情けない。父よりも苦苦しい。
「父ちゃんは俺の大切な家族だ。今でもそう思ってる。けどよ…!」
その同時に気づいてしまった。今まで願い続けていた祈りに。隠しておいた本当の望みに。それは、なにがあっても守りたかった者。
「生きたがってるんだ、俺が!」
起き上がるインターセプトを少女がまた踏み躙った。だが、少女は生きたがってる。だから何度踏まれてもまた立ち上がってやる。そう決めた命は、もう誰にもとめられない。
「うんざりするほど自己中な考え方。最後まで自分のことばっかり!」
「何を言われても仕方ない。だって…!」
立ち上がったインターセプトは、相手の手を振り切って、握り締めた拳で涙を拭った。
「ワタクシが一番好きなのは、ワタクシだもん!」
「だまれ、たまれ、たまれ!」
相手はインターセプトの胸ぐらをつかんだ。インターセプトは掴まれたまま、少女の手首を掴み返し、そのまま一本背負投で相手を投げる。
「こころがずっと、叫んでいたから!」
起きようとする少女に拳を飛ばした。少女が急いで両腕を伸ばすと、シールドが出来た。散々な自己嫌悪の色が目の前に広がる。
「ワタクシは生きていく!」
相手の防御はすぐ破れて、少女は青い力に押し流された。でも、最後まで少女は諦めなかった。破れたシールドの黒いかけらが、インターセプトの頬を狙った。掠めたかけらから流れる一滴の血。それを見たら、笑えるしかない。だってこんなこと、慣れているから。
「死ねぇええ!」
「マジプロ…。」
インターセプトはもう迷わない。過去の影に負けられないぐらい、大切なものがあるから。
「インターセプト・ザ・アタック!」
インターセプトが手を差し伸べた。飛んでくるたかけらは全て弾いた。飛ばされるかけらの中、一番大きなものが相手の心臓を貫いた。倒れた少女はゆっくり溶けられて、サファイアを飾ったクラウンとなった。クラウンを手にして、インターセプトは外の世界へ向かった。
その青い誇りは、自分を愛せるようになった自分へ送る特別な贈り物だった。




