第二十三話 ≪PRESENT TWO。チャレンジ、ウィルヘルミーナ≫
ただあなたに恋をする。それだけで私は、変わり始める。
第二十三話 ≪PRESENT TWO。チャレンジ、ウィルヘルミーナ≫
空を飛びながらも、エリミネートの視線はたった一人を目指した。恋心はつい、神様の顔色だけをうかがってしまった。真っ直ぐ前を向いて羽ばたいてる仲間が羨ましいぐらい、ちらっとよそ見をして。
(仕方ないっす。どうやっても目が離せないっすから。)
眉の位置も、唇の長さもいつもと変わらないまま。だが、片思いの少女にはわかる。恋人を描く神様の気持は、きらきらしていたから。
エリミネートには見える。いつもよりずっと優しい表情と、瞳から溢れ出してしまう輝きが。待ちくたびれたころ訪ねるちいちゃな希望に心を奪ってしまった、誕生日の少年が。
三人がデリュージョンを救い出すと誓った時から、物腰さえ柔らかくなった神様。冷たかった話し方から迷いが滲んだ。無視で初志を貫徹した視線とはよく合うことになった。きっとそれが恋心。自分が抱いた気持と同じ色。
そばにいさせて欲しい。だから、一緒に歩かせてくれて嬉しい。でも、その先にある人に気づく時は、やっぱ悩んでしまう。彼の思いが標す場所は、自分の当て所とは全然違う。遠ざかる二人の距離は、どうやって受け入れたらいいだろう。
「ねえ、あれ見て!」
はっと気がついた時、目の前を飾るのは闇。いずれ星は姿を消し、静かなる景色を残した。もはや空は木々の後ろに身を隠した。零れ落ちる木漏れ月だけが、道標になる。
「ここは…。」
「『冒険者の森』だ。」
森の真ん中に舞い降りた三人は、随分緊張していた。彼女らに続いて降りてきた神様だけがゆっくりと口を切った。
「やあ、『久しぶり』…って程でもないか。」
「若き神よ。ついに汝も儂に挑み、力を手に入れようとするのか。」
「冗談がうまくなったんじゃねぇか、お前。」
「…。」
「冗談、だろう…?」
いくら待っても、返信は来ない。じっとチャレンジを見ていた神様は咳払いで沈黙を破る。声枯れのように、乾いた音がする。
「俺はパス。あいつと話し合うくらいの力はあるからな。」
人とも影とも限らない相手はいずれ『あいつ』と呼ばれた。その言葉を口にすれば、神様の声は希望に満ちる。切なくても強い輝きをだす瞳に気がついたら、なんとなく心が締め付けられそう。
「なら見せてもらう、汝らの覚悟を!」
吹き上る風が銀色の葉を揺らせ、三人を包み込んだ。舞い散る花びらは透明になってゆく。その感覚的な景色を見て、神様はいつかの少女を思い出す。だが、眺める先に君はいない。一人だけの空っぽな風景は、閉じ込まれた世界となにが違う。
「…前よりずっと派手になったじゃねぇかい。」
愛子達が姿を消した後、神様はやっとチャレンジを振り向いた。なれた空気はまた、神様に彼女を思い出させる。それが、動けないぐらい辛くて。
「まあ、勘弁してくれ。あいつらまだ弱いんだよ。」
「…。」
答えない理由は、頷けないから。チャレンジの黙りにうんざりした神様は声を張り上げた。
「おいおい、聞いてんのか?」
「感じる、強い愛の力を。ここから芽生える、最強の運命を。」
「はあ?なに寝ぼけてんだ?」
笑わせる、いや、笑いさえ漏れない。圧倒的な強さで次々カゲを倒したストロークには、オウカゲさえ敵わなかった。それを、誰よりも近いところで確かめた。だからこを神様はチャレンジを嘲笑った。
「いくらなんでも、あんなやつらがあいつより強いわけねえじゃん。」
「恋に目が眩んでしまった汝には見えないかも知れん。」
「喧嘩売ってんのか、お前?!」
いらついた神様を軽く無視して、チャレンジはそっと目を閉じた。だが、瞼の後ろには遥か彼方の世界が描かれていた。
「儂にはよく見えておる。今までなかった、極限の輝きが。」
・
・
・
「ここは…。」
見慣れた暗闇と木々のざわめき。それはきっと、忘れられない思い出。異なる点は、そう、沈んだ太陽とその空白を埋める闇。
『自分、ハーフっす。名前も、見方も、オランダ人ではないっすか!』
「はっ!」
振り向いたら、過去。そして、自分の前で優しく笑ってくれるあの人。
(そうっす。あの頃は、笑い合い、見つめ合い、ノリノリ話し合ったっす。自分がマジプロになる前、告白する前…。)
チリチリする胸。思いが躓いたら、血さえ流せない。握り締めた拳が悔しさに揺れてしまう。
『この町で生まれ、この町で育ったら、この町の人間さ。お前をおかしく思うやつは誰もねえ。』
いつ聞いても感動する。何度浮かべてもじんとくる。でも、それだけ痛みを紡いでしまう。だってこの恋は、叶わない思い。答えられない祈り。捧げるたびなくなってしまう願い。現実は少女に嘲笑を浴びせる。
変わり始めた時間にも気づかず、エリミネートは俯くだけ。『おとぎ話』ではないけど、自ら消した苦しみ。曇った空のように、勝手に忘れていた記憶。隠していた鼓動さえわがままに蘇ってしまう。
『だって、大好きっすから。』
『好きだと?この俺を?』
『はいっす。』
『ふざけんな。』
迷いはない。一秒も考えされない。真心は、伝わらない。唇を噛んでも、歯を食いしばっても、心は漏れてしまう。だからエリミネートは流れる時間から目を逸らす。
「信じてくれるわけないよね、あんたなんかの言葉。」
心が折れた瞬間、たたんだ翼を突き刺す笑い声。心が引き裂かれるような感覚。色を失った顔。音の元を振り向いたら、青ざめた世界。後退りしても、見回しても、敵は見つからない。
「だって、あんたの愛はなにもかも無駄事。哀れな足掻き、余計な仕業。」
後ろからの声で、背筋が寒くなる。顔をあげた時、やっと見つけた敵:暗闇に塗り替えられた自分の姿。
「だから傷を負うのよ、あんた。」
相手、いや、またのエリミネートは自分の手に黒いエネルギーを集めた。きっと自分の技と同じ形だが、少し異なる黒。集まってる色とりどりの赤と比べたら、怖いほどの一辺倒。
「恋をして辛いことだらけ。ならばそんな感情、最初からなかったらよかった。」
「ああああっ!!」
心の隙間を見つかれ、もはや戦闘不能。指一本さえ動けない。逃げずに攻撃を打たれ、悲鳴をあげるエリミネートを見ながら、黒い過去がクスクス笑う。
「なんて哀れな命。魂の果てまで苦しみと痛みで点綴されてる。」
「うっ、くっ…!」
労しい言いざまの中、刃が閃いた。唇には皮肉がてらてらしている。冷えた瞳は愚かなものを見下ろす。
「へぇ、我慢するんだね。でも、我慢は体によくないよ?すぐカゲになっちゃうし。」
狭くなる視界の中、ハイヒールが現れた。
「怖いよね、恨めしいよね?実はあんたも、いたくなりたくないよね?」
楽に座り込んだ相手はすぐエリミネートの髪を鷲掴み、そのまま引っ張った。
「どうだ、過去を変えたくないのかい?」
相手はエリミネートの髪を振り回した。無理やり頷かせるとは、なんて無慈悲なまねだろう。
「ほぉら、認めたら楽になるじゃん。これ以上意地張るのは無意味さ。」
「そんなこと、ないっす…。」
「はあ?」
もう諦めたか、と思ったら。そこには悲しみではなく、意思が込められていた。
「今までの出来事も、この思いも、いいえ、自分も…!」
よろける視野を逃したくない。未来を掴みたい。だから全力で立ち上がる。一所懸命に戦う。
「無意味じゃ、ないっす!」
いつも相談に乗ってあげた。愛されるため、頑張ってきた。『問題解決』は『さよなら』の意味。『ありがとう』さえ言えないまま、また自分の人生を歩き出す。居場所のないウィルヘルミーナは、友達の元に戻る後ろ姿を憧れてしまった。
「神様と出会い、勇気をもらって、始めて誰かに声をかけて…。」
相談に誘ったら上から目線だと言う。放っておけば不人情だと言う。とにかく寂しいのはいやだから、まずはお節介をしてから。どれだけ傷ついても、やっぱり人が好き。支え合いたい。誰かいて欲しい。その気持をわかってくれた神様に、当たり前のように恋をした。そして、全てが始まった。
「始めて友達が出来たっす。一緒に戦って、笑いあって、喧嘩したっす。憧れていた煌めきにあったっす。ただ、全てに感謝してるっす。」
スタートから間違った人生だ。揺りかごで決められた運命だ。こんな定め、望まなかった。両親を恨んだこともある。見方で自分を決める世間がうんざりになったこともある。生まれつきの過ちが重すぎて、押さえられて、躓いて、倒れて。でも、ハーフである自分を、神様だけは受け入れてくれた。この町の一員だと言ってくれた。当たり前のように、当たり前じゃない笑顔をくれた。
神様はいつも無表情だった。デリュージョンの名前を口にするたび、声が震えてきた。泣きべそなんて見たくない。力になりたい。役に立ちたい。神様の笑顔を守ってあげたい。だから必ず、恋人と合わせてあげる。
「自分、神様に恋をしたから、今の自分に出会えたっす。いくら苦しくても、どれほど辛くても、その出来事さえ全て自分っす。大切な『今』っす。」
神様も笑えたらいいな、幸せになって欲しいな。自分で良ければ、慰めてあげたいな。自らもらえた分、抱きしめてあげたいな。それ以上、いいえ、何倍の愛で包み込んであげたいな。その涙を拭えるなら、笑顔を見せてもらうなら、それだけで充分だな。
「痛くても辛くても平気っす。この痛みさえ全部受け入れて、自分は自分になるっす。」
過去を変えて、神様と合えなくなったら、こんな切ない気持はわからなかった。でも、二人に声をかける勇気も出なかった。だから変えない。変えさせない。だって、今の自分も、かなり気に入ったから。もし今、過去の自分と合えるなら、ただほめてあげたい。『頑張れ』って、『負けないで』って、応援を送りたい。
「バカっぽいな片思でも、叶わない想いだとしても!」
だから笑われても、指差されても構わない。自分の気持を決めるのは他人ではない。この道を共に歩いてくれたり、手をつないでくれたりもしない。大切なのは自分のこと。だから、勝手な生き方を選ぶ。
「きっと、意味があるっす!」
どんなに傷ついても、涙をながしても、自分にとって意味があるなら、真実になる。気持は誰かに決められるものではなく、決めるものだから。自分で切り開いてゆく明日が待ちきれない。
「自分、神様を好きになってよかったっす。その心は、自分の誇りっす!」
「くっ!」
たとえ届かない願いだとしても、相手を、あなたを、見守ってあげるなら。何度もあなたに恋をする。
「マジプロ…!」
今度はエリミネートの手に光が集まった。流れる血の赤と落ち込まない紅。茜のビタースイートや微笑みの朱。その全てが集まったら、一片の悔いなし恋。胸を張って歩ける、自慢の『片思い』。
「エリミネート・ザ・スレット!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
失せた後悔を追い掛ける赤い輝き。手の平に宿った光は、いずれ金色いクラウンになった。真ん中を飾るルビーを見ていたエリミネートは、そっと笑って、出口を向いて進んだ。
待ってくれる皆のため、急がないと。




