第二十話 ▶FUTURE TEN。どうすれば良い?家族の意味!◀
その本当の意味を、今。
第二十話 ▶FUTURE TEN。どうすれば良い?家族の意味!◀
「お母さん!」
消えて行く母をただ見逃す筈がなかった。いち早く手を伸ばしたが、触れたのは冷たい空気。取り落とした物は、まるで過去のように掴めない。
落ちる理由はきっと、届かなくて。ゲートの中に消え去った二人の姿が滲むと、広がる絶望と共にクラッシュが落ちた。
「出来!」
舞い散るクラッシュに向いてインターセプトが飛び上がった。インターセプトは沈んでるクラッシュを抱き、両足で大地を踏んだ。
「おい、大丈夫かよ。」
「教えてくれなかった…。」
蒟蒻問答、的外れ。色々な表現があるけど、本質は同じ:現実から、逃げ出したい。
「デリュージョンの事、私には隠してた…!」
「愛子ちゃん…。」
友が涙ぐむだけで、世界は切なくなる。その痛みを癒してあげたい。だが、こんなことは初めてだから。今までなかったから。何を話せば良いか、わからない。
「まあ、伝説とかなんとか言っても、俺達まだ中学生だし。」
その間、黙りに呆れたインターセプトが頭を掻き、口を開く。実際、インターセプトは、クラッシュが受けたショックがあまりわからない。胸に響かない音色を奏でる人は恐らくいない。
「子供に言わない話は沢山あるんだろ?」
「だって、家族だもん!」
ずっと噛んでる唇はもう真っ青。握り締めた拳が痺れてくる。手のひらを爪が食い込む。
「秘密なんて、辛い過ぎる!」
「出来!」
人はそれぞれの生き方があって、同じ出来事も違って感じる。その差の前で、インターセプトは呆然とするだけ。
「この町の人々は、ずっとデリュージョンに頼ってきたっす。」
深い谷を渡すためには助人が必要だ。シェルパにはなれないけど、力を会わせるから。今日も私たちは手を出せる。
「他の町の皆が指を差しても、お互いを支え合い、乗り越えたっす。だから…。」
エリミネートがインターセプトを向いた。物寂しい笑顔だった。
「この町の『家族』は、世間の意味とはちょっと違うっす。」
きっと、アドバイスはどう包んでも上から目線。エリミネートは最初、もじもじしてたが、ちょっとの躊躇いといっぱいの信頼で、直ぐ様本音を言い出した。
「井の中の蛙さんには、お互いしかいないっす。」
ずっと井の中にあった蛙は、蛇も鼠も怖くない。見たことない脅威に恐れるより、知らんぷりの方が気楽。だから、お互いの嘘を信じ合い、支え合い、頼りあう。
「今度はみかさちゃんが、手を伸ばして欲しいっす。」
インターセプトが静かに目を閉じた。どんな思いだろうかわからなかったが、怖くはなかった。三人なら、喧嘩や思い違いの時でも、仲直りできる感じがしたから。
「ちぇっ。」
しばらくしてから、インターセプトが変身を解いた。
「みかさちゃん?」
「変身したままじゃ、謝れないから。」
みかさは、クラッシュが消えた方へ走り出した。でも、彼女が立ち止まったのは数歩先。みかさはエリミネートを振り向いた。
「なにしてんだ。早く来い!」
エリミネートは驚いて、数秒間、瞬きをするだけだった。相談を頼まれた事は何度もあるけど、その後に自分の番はなかった。構わないと思う。今までなかったら、慣れたら良い。
「はいっす!」
街灯が点滅する横町。よろける少女は、人にぶつかり、躓いたり、どうにか歩んでいく。曇った空は、雨を吐き出す。愛子の髪や肩はいずれ、雨に濡れる。
「そんなところに立っていたら、風邪をひいてしまう。」
後ろから差された傘が、天気さえ遮ってしまう。
「ほら、もう大丈夫。」
何も聞かずに傘を傾ける優しさが、その『大丈夫』が、涙ぐむぐらい切なくて、父の胸に抱かれて、泣きじゃくる。
「少し落ち着いたかな?」
愛子は茶器の口造りだけ、指先で撫でる。お茶はまだ冷めないうち。今ならきっと、言えそう。
「あの、お父さん。」
波は進めない、いさようだけ。含んだ言葉より、もっと沢山の思い出がある。なのに声に出さないのは、悔しさや寂しさでのどが詰まったから。それでも、蒸発した感情は煙のように広がって、いずれ漏れてしまう。
「実は、お母さんが…。」
「さらわれてしまったな。」
「な、なんでわかるの?」
「囁き千里。町はそのうわさで持ち切りだ。」
「驚かないの?」
「いつかこんな日が来るとわかっていた。今の女帝にとって一番大切なことは、家族そのものだから。」
自らの言い渋りが、やがて吃りになる。
「なんで、なんで教えてくれなかったの?」
「あの日のお母さんは、心に痛手を負った。まだ治ってない傷に触れるわけにはいかない、そう思っただけ。」
「お父さんが、神様を祭っていたのも?」
「女帝は、家族のことをかなり大切にしてるから。だからお母さんも、きっと…。」
混乱が瞳に宿ったら、目を閉じるだけ。唇をかみ、古びる感情を押したら、満ちてくる悔しさに拳を握り締める。
「私ねえ、お母さんのこと、守れなかった。もし、お母さんになにかあったら…。」
「そんなことない。家族だから。」
星さえ寝ちゃった夜。曇った空はまだ泣いている。
「彼女が女帝になった理由は、この町を、家族を愛しすぎたからだ。例えば、恋をした相手に裏切られた乙女さん、かな。」
「ねえ、デリュージョンはいったい誰なの?お父さんは知ってるの?」
「詳しいのはお母さんに聞いてもらいましょう。おとぎ話は、お母さんの得意だから。」
「でも、お母さんは、今…。」
「また合えるんだ。強く願えば、きっと。」
頭を撫でる優しい温もり。何となく、気持ちが落ち着く。
「自分を信じるんだ、愛子。」
沈む雨の音が、天の川の始まりを告げる。どこまでも空は繋がってる。雨が止んだ空の先、月が消えない空もある。暗闇の下、目を覚ました愛子の母は、目の前のヘイトを見て、後ずさりする。
「あなたは!」
母は反射的に黒いアイテムを持ち上げる。
「近づかないで!」
「それは…。」
治まった瞳が、アイテムを見つめる。哀れみを湛えた眼差しが、なんとなく切ない。
「残念ですが、あなたに使えそうではありません。」
「なんですって?!」
「あなたは『選ばれた』より、『捨てられた』にふさわしい者。」
「ふざけないで!」
「なら、変身してみればいかかですか。」
「…。」
燃える闘志とは違い、その手は震えている。何度のヘルツを描いて、やっと声を張り上げる。
「マジプロ!時空超越!」
一瞬も光らない黒いアイテムに、いつかの少女は体を震える。
「なんで、なんで私だけ…。」
落したアイテムを拾ったヘイトは、すぐ後ろを向く。
「世界の真の持ち主に、お礼を。」
「!」
煙と共に向かってくる黒い影が、やがて二人の前を立ちはだかる。小首をかしげたデリュージョンは、すぐさまくるくる回り始める。デリュージョンは大声で笑いながら、愛子の母の足首に取りすがる。
「な、なにをする!」
「ゲルル?」
「放して!」
とろとろな感覚に嫌気がさして、本能的にもがく。大人になれない少女は、他人の本音に気ずかないまま振り払われる。ようやく取り外した黒い影を再び見た時、一瞬だけ、息が止まったような気がした。
「ゲルルルル…。」
白い目から流れる黒い滴。それは、彼女の涙であった。それに気づいて、愛子の母は間の抜けた顔をした。先に大人になった少女は、軽く揺れる唇を噛み、目をそらした。
「あらあら、なんて不人情。まあ、期待もしてないけど。」
「犬ですら恩を知るが。」
「おせっかいだね。家族史に構わないでくれる?」
出来はよろけながら立ち上がった。同時に、デリュージョンも顔をあげた。しばらく二人はお互いを見つめた。
「聞きたいことがある。」
「ゲル?」
「私の娘、愛子はあなたの家族であり、マジプロである。ならあなたは、この子を憎んでる?それとも、愛してる?」
「ゲルルル。」
女帝は答えずに仮面だけを回す。その視線の向こう、鏡に映す愛子がいる。
「愛子…。」
愛子は一人でベンチに座って、空を見上げてる。でも、高い理想はいずれ地面に落ちてしまう。
「本当に倒せるかな、お母さんの家族。」
この前の時、愛子はデリュージョンと向き合い、彼女を浄化しようとした。だが、残ったのは傷跡だけ。愛子の力は、彼女にきかなかった。
「こんな気持で戦ったら、なにも残らない。また、傷つけ合うだけではないかな…。」
「戦うのではないっす、助けるっす!」
「ウィルヘルミーナちゃん?!」
「えへへ、こんにちはっす!」
「それなら『こんばんは』だろう?」
「ええっ、そうっすか?」
「『今』と『晩』と『は』を合わせて、こんばんは。こんにちはも同じやり方。」
「って、今日の『こんにち』すっか?」
「…お前、まさか国語が苦手とか?」
「ううっ、痛いっす、痛いすぎっす!」
ウィルヘルミーナが胸を押さえる時、愛子は笑いを押さえきれない。
「もう、なにそれ。」
「おお!笑ったっす!愛子ちゃん、ちゃんと笑ったっすよ!」
「え?」
「だって愛子ちゃん、辛そうな顔してたっす。」
「私が?」
「うんうんっす。あの空より曇った顔で、こんなにしかめて、頬を膨らませて!」
「膨らんでないもん!」
「そうっす、そんな顔っす!」
「こら!」
二人がどたばた鬼ごっこをしていると、こっそりとみかさが近づいた。
「あれ、みかさちゃん?」
「すまない…。」
「え?」
「すまないって言ってんだ!」
「え、ええええ?」
「なにびっくりしてんだ、お前!」
「だって、みかさちゃんが誤ってくれたし、でも悪いのは私だし!」
「なにがわりぃと言うんだ、このバカヤロー!」
「げっ、悪口言われた?!」「お前はなんにも悪くねえ!家族を大事にするだけだろう?」
みかさは胸元で拳を握り、正拳突きをしてみた。
「なら、その気持、なんどでもぶつかってこい!」
「みかさちゃん…。」
そっと二人が手を出した。立ち上がった愛子は二人の手をぎゅっと握った。三人手を取り合い、輪になった。
「私たちも行こう、お母さんのところへ!」
「自滅する気か!」
「か、神様っ?」
突然現れた神様に、ウィルヘルミーナの顔が赤く染まる。
「妄想帝国ではお前らの力が半分になるんだ!」
「え、本当?」
「って言うか、ずっと言ってるんじゃねえ!」
「信じられない。」
「まじ聞いたこともねえし。」
「神の話を聞け!」
「だいたい、どうしてそこまで嫌がってるのかな、マジプロのこと。」
「それはっ…。」
「だな、相性の悪さにもほどがある。」
みかさが文句を言う間、神の顔色をうかがう少女が一人。
「自分、聞いたっす。昔、愛子ちゃんは妄想帝国まで連れていかれたことがあるっす。神様がデリュージョンのため頑張ってることはわかるっす。そこで解けない疑問が生まれるっす。」
心の戸惑いを乗り越え、また、ウィルヘルミーナは前に進む。そう生きると、決めたから。
「デリュージョンっていったい、誰っすか?」
「…ただ、俺の片思いの相手だ。」
「そんなんじゃ伝わらないっす!」
らしくないと思うほど、大声を出す。
「神様の思いでは、神様だけの物っす。自分、わからないっす!」
「お前…!」
「その通りだよ!私たちまだなにもわからないし!」
愛子が、前に一歩、踏み出した。
「私も知りたい。家族なら、ううん、家族だから!」
真実をとなえる三人の前、神様はため息をつく。
「時間が欲しい。ほんの少しでいいから。」
「それって、もしかして?!」
「なにがあったか説明してあげる。心を整えた後、全部。」




