第十九話 『PAST TEN。チャレンジ、愛香』
闇さえ切り裂く強さ。
第十九話 『PAST TEN。チャレンジ、愛香』
「ねえ、神君。どうすれば強くなれるの?」
「それは…。」
「教えて、神君。お願い!」
心が迷った。どうすれば強くなれるのか。そんなこと、神様にはお見通しのはず。その秘密を隠す理由は、愛する人を守りたくて。
傷つかないまま輝いて欲しい人がいる。その大切な人が今、強くなりたがってる。あの人が強くなるだけならかまわない。むしろ、応援したくなる。でも、それが茨だらけの激しい道ならどうなるか。たぶん、命限りやめさせる。
「愛香は随分強い。心の限り、体の限り。なのにどうして強さを求めるの?」
「やりたいことがあるのよ。私にしかできないことが。」
「それって?」
「アンシンを倒すこと。」
愛香の覚悟に神様の開いた口が塞がらない。慌てて戸惑う瞳に比べ、愛香の視線は真っ直ぐ。一点も曇らず、汚さず、伸びて行く。
「あ、愛香、今の本気?」
頷く愛香を見て、神様は額に手を当てた。信じられなかった。神である自分さえ倒せなかった相手を、愛香は倒せると言っている。
「愛香、生まれたての神だけれと、僕は神だよ。そんな僕にさえ倒せなかった相手を、この地球の闇を、愛香は倒せると言うのかい?」
「そう、今の私には無理かも知れない。だからもっと強くなりたい。悲しみから皆を守りたい!」
「愛香…。」
「私、今まで沢山の影を、人を、倒してきた。私が消した人たちは決して戻れない。でも、ここで立ち止まったらまた同じ悲しみを繰り替えることになる。そんなこと、辛すぎるよ…。」
その手で、今までどれだけ罪を重ねてきたか。真っ赤な血で塗り潰した手を見たら、心苦しくて、切なくて、折れそうになってしまう。
「私は生きていく意味を探したい。だからお願い、私に、力をかして!」
神様は目を閉じ、ため息を吐いた。この道はきっと愛香を試す。おそらく命まで脅かすかも知れない。でも、生きる意味を探さないままの愛香なんて、侘しくて見ていられない。
「仕方ないよね。愛香はしぶといだから。」
「じゃ…。」
「一緒に行ってあげる。冒険者の森へ。」
「本当?ありがとう、神君!」
愛香が神様を抱きしめた。嬉し涙が頬を伝った。同じ時、抱え込まれた神様の顔は苺よりも赤くなっていく。
「あ、愛香ぁ…。突然抱きついたら驚くよ。次はもっと優しく抱いて欲しいな。」
「次はないわ。」
「そんな!」
神様は愛香をゆっくりと見つめた。赤い目の縁が気になってたのに、心はもう晴たようだ。その笑顔を見たらついに、『良かった』と思ってしまう。
(まあ、良いか。愛香が喜ぶと僕も嬉しいし。)
愛香の優しい香りが広がってく。そのたび、神様の心もどきどきした。香水をつけなくても、愛香にはいつも自由の香りがした。旅する風のようなその香りが、神様は何より好きだった。
「じゃ、私行ってくるよ。長い旅になりそうだし、色々用意しなきゃ。」
「わかった。神社で待ってるから。」
帰ってきた愛香は荷造りしはじめた。残った神様は膨らむ妄想を抱いて、にこにこ笑っていた。
(愛香、この前見たいに僕を抱いてくれるかな?)
以前、世界線に関わった時、愛香は神様を抱いて舞い上がった。あの日感じた胸の高鳴りや速まった鼓動を、忘れたわけがない。
同じ時、旅立つ準備が整った愛香は伸びをしていた。荷ごしらえが終わった愛香を見て、愛音はもじもじした。
「あら、音音じゃない!」
愛香は愛音の気配を感じ、すぐ笑って見せた。躊躇う愛音に、愛香が近づいた。愛音は後じさりしたかったが、ぐっと我慢した。
「何処行くの?」
「神君と『冒険者の森』と言う場所へ行く事になったわ。」
「ふ、二人きりで?!」
愛音の慌てる姿に愛香は首を傾げた。愛香はまだ、愛音の恋心を知らないまま。だからこそ神様との出来事を打ち明けたりした。初恋の少女、愛音にその素直さは苦しみと同じぐらい。
(二人だけの旅なんて、そんなのいやだもん!)
宿題もほったらかして、愛音は立ち上がった。乙女心を守るため、やらなければならないことが、今、目を覚ます。
「私も行きたい!」
「え?」
「愛香姉が行くなら私も行く!そう決ってる!」
「まあ、構わないけど。」
妹を守りながらも戦える、溢れる自信。それは、まるで強者の余裕。そう、愛香は強かった。戦士になってからは、一度も負けたことのない彼女にとって、冒険は、ゆとりのある旅である。
「本当にいいの?」
「当たり前!」
「そっか。じゃ、一緒に行こう。」
「ちょ、ちょっと待って!」
愛音ははやくフリルのドレスに着替えた。どうしても姉より可愛くなりたかったから。そして、神様に『可愛い』と言われたら、きっと、全てを手に入れた気がするはず。
「な、な…。」
期待はきっと、壊れるため存在する。女の子の夢は無残にも費えた。神様は愛音を見て、打っ魂消、声さえちゃんと出なかった。
「なんで彼奴がここに?!」
「彼奴じゃなくて愛音だよ!」
「だからなんであい…ねまでいるんだ!」
「だって、可愛い妹が応援すると、きっと力が沸いてくるから?」
「絶対あり得ねえし!」
愛音を説得することは無理だと判断した神様ははやく愛香に向った。愛香の手を引っ張って、神様は神社の後ろに隠れた。
「愛香、考え直してよ!」
「まあ、たまにはいいじゃない、神君。」
「あそこ危険だし!」
「私がいるじゃん?」
「で、でも…。」
「大丈夫。私たちなら、なんだって出きるわ。だから、心配しないで。」
口を極めて反対したが、むしろ愛香に慰められた神様は泣き顔をした。愛香はきっと、飛べない愛音を抱いて舞い上がるはず。なら、なすすべもなく、神様は一人で飛ぶことになる。
(チャンス、見逃した…。)
愛する者との時間を邪魔された神様は憂鬱だ。その訳を知るはずない愛香は、珍しくうつうつする神様を見て、可笑しいと思う。
(絶対二人の邪魔をするから!)
同じ時、一人にさせた愛音は、あの遠くから二人が話し合う姿を見て、焼きもちになった。ちらっと神様の横顔を惚れ惚れと見入る愛音の心が蕩かしてしまう。意思が、燃え上がる。
(今日こそ、私の彼氏にしてみせる!)
愛香は力を、愛音は神様を狙うこの旅の始まりは、お姫様だっこだった。愛香はストロークに変身した後、愛音を抱きしめた。約束のお姫様だっこを見た神様は、悔しくて心から涙を流した。
(羨ましい…!)
神様の焼きもちも知らずに、姉妹は言葉も、心も通わせない。愛音は、恋のライバルを戒めて、ストロークは、膨れっ面の妹が心配で。あの日、愛音は幼すぎて、ストロークの心遣に気付かなかった。
「ねえ、愛香姉。」
「なに?」
「愛香姉は、神様のこと、好きなの…?」
「当たり前。愛音と同じぐらい好きだわ。」
愛音はまた口を結んだ。言葉の意味がわからなかった。姉が自分を愛するぐらい好きってことか、自分の恋心に比べないぐらい神様が好きってことか。悩むうち時間は水のように流れた。
「見て、愛香。あそこが『冒険者の森』なんだ。」
たどり着いた森の中、珍しい景色があった。銀色に光る葉を持つ、大きな木が。その木は葉を揺らめきながら、神様に挨拶をした。
「久しぶりだな、若き神よ。」
「チャレンジ。」
「き、木が、喋ってる…?!」
銀の波を打つ木の葉。真っ直ぐに伸た木の枝。まるでオペラを聞いてるような、勇壮な声。その全てを混ぜた大いなる風景に、愛音は圧倒された。
「なにしにきたのか。様子を見れば、狙いがありそうだが。」
「半分正解。用事があるのは俺じゃない。愛香さ。」
「アイカ?」
不愉快そうに、チャレンジは声を上げた。突然の鋭い声に愛音は身を震えた。そんな愛音の肩を優しく掴み、ストロークは微笑んだ。
「愛香姉…?」
「大丈夫。私がついているわ。」
その声は愛音に勇気を与えた。揺れる心を建て直せるぐらいの勇気を。そっと笑った前に進むストロークの背中を、愛音は憧れたのだ。
「神君に聞きましたわ。貴方の力、クラウンのことを。私にクラウンを、力を貸してください!」
「クラウン…?」
首をひねる愛音に、神様が近づいた。
「命の大樹、チャレンジの力の源。それは、金色の王冠。」
「王冠?」
「ああ、その重さを耐えることができなったら…。」
唇を噛むと、血が出てきた。塩辛いその味には、愛する者を失われたくない、恐れが宿っている。
「狙いはクラウンか。面白い。」
命の大樹から、笑い声がした。
「儂との戦いで負けたらどうなるか、わかっておるか?」
「闇に飲まれ、貴方の養分になることでしょう。」
「そんな!愛香姉!」
愛音が叫んだが、ストロークの決めたことは変えられない。愛音は慌てる。恋のため、姉への気持ちは隔たったが、家族は家族。失われたくない気持ちも、確かに存在した。
「怖いなら今すぐ帰れ。逃げる者を掴む趣味はない。」
「多くの人を救うことです。怖いはず、ありません!」
「ふん、その勢いだけは誉めてやる。」
その覚悟と共に、ストロークの回りが銀色に輝き始めた。
「人間ごときに本気は見せたくないが、仕方ない。さあ、汝の強さを見せろ!」
瞬間、ストロークを銀色い葉が包み込んだ。気が付いたら、ストロークはいなかった。驚いた愛音が辺りを見回したが、誰も見つかることが出来なかった。
「ねえ、愛香姉はどこ?どこに行ったの?」
「試され始めたんだ。別の時空で。」
神様が顔をあげた。そこには、木の葉だらけで、空は一点もなかった。見上げた視線の先には暗闇だけ。おなじ感情を今、ストロークも感じていた。
炎は燃えて、燃やして、またなる炎を作り出す。熱い景色は、厚い思い出。忘れられない、忘れるはずがない時を、ストロークは見ていた。
「汝に機会を与えてやる。」
「機会…?」
「そう、過去を変える、一度のチャンスをな。」
どこかで、悲鳴がなった。熟れている声はきっと、自分の物。
「選らべ、汝の道を!」
ストロークは鈍く歩いた。昔、息急かし走ってきた道を、もう一度。そして焼け出された家を、無表情に見た。
(過去は、きっと、神さえ変えられない。)
歩き出したストロークは、見慣れた女の子が泣いている処で立ち止まる。
(先の話しは罠。だから、今、私に出きることは…。)
そして、真っ直ぐ向き合う過去の自分。
(見せる、私の強さを!)
消え去った父を探し、疲れ、泣いている一人の少女に、ストロークは近づく。
「どこにいるの?返事して、お父ちゃん!」
叫び続けても誰も答えてくれない。ほかの戦士も、町の誰も、助けに来ない。
「もう、いや…。」
なにも残ってないただの焼けた大地。そこで、ある女の子の心は壊れてしまった。そんなはずだった。
「お父ちゃんさえ守れなかった私なんか、もういらない…!」
瞬間、女の子の体から黒いエネルギーが放たれた。それは混じれ、交わされ、集まり、ストロークをまっすぐ狙った。
「大嫌い、生きたくない…!」
その暗い波動は一生の友、一生の敵。今、彼女を向かう暗闇は、彼女自身の感情。ストロークにはすぐわかった。これはなかった過去、あったかもしれない時間。でも、いつの日から心からずっと聞こえてくる叫び。
「私なんか、消えてしまえ!」
ストロークは似げなかった。攻撃をかわさなかった。ただ攻撃を向き合い、目を閉じた。爆音がなり、煙い視線から愛香が消えた。
「やった…。私、なくなったんだ…!」
女の子は自分を消し、喜び始める。破れた鏡の向こう笑っているのは、果たして罪なんだろう。
「もう、苦しまなくて、いいんだ…!」
的中したターゲットを見ながら幸せな夢を見る女の子は、ついに違和感に気づいた。確かに刻まれる足音。近づいてくる人影。煙の中から目覚める自分。
「情けない。」
「え…?」
攻撃を受けた。逃れなかった。迷うことさえ出来ない二択。残る可能性は一つ:ぶつかってくるエネルギーをそのまま打ち消した。あり得ない答えに答案用紙も完成できず、全てを手放す。落ちた鉛筆の芯は、折れた翼みたい。
「そう、あなたなんかいらない。使えないから、だれもあなたを愛してくれない。」
ストロークは手を開くだけで全てを無に帰した。そしては冷たい視線で相手を、自分を見下ろす。
「わかったら立ちなさい。動きなさい。愛されたいなら座り込んではいけません。涙からはなにも始まらない。」
凍り付いた声が女の子を狙う。鋭い氷の先が女の子の心を貫く。
「今だって救える人がいる。守れる世界がある。目を覚ましたら、早く気づけなさい。そして…。」
その厳しい言葉は、いかにも女の子に届いたのか。目の前の、色のない女の子は、ただ呆然としている。
「立ちなさいっ!」
なんの返事もない女の子が、やっと顔をあげる。黒い涙。闇だけ振りかけた瞳。全ては傷、繋がる痛み。
「そんなこと、出きるわけないじゃないっ!」
「っ…!」
女の子は影になり、ストロークを飲み込む。そして、全ては真っ暗に…。
「終わったな。」
チャレンジの声がする。
「汝も結局、神に頼るお姫様に過ぎなかった。」
闇のそとから、神様と愛音の叫び声がする。
「遊びは終りだ。素直に儂の養分となれ。」
「お姫様、だと?」
闇を切り裂き、ストロークは進んでいく。
「全く間違ってるわ。」
ストロークを包んだ闇が消え去り、未来が開けてくる。
「誰かに頼る必要はない。だって…!」
爆発する闇を後ろにして、ストロークが闇から抜け出した。チャレンジに失敗したら、力尽くして倒すまで。簡単な考え方だった。
「私が求めるのは、王者の道!」
ストロークを吐き出した闇はパニックのまま逃げたがってる。ストロークの圧倒的な強さに、闇は手も足も出ないようだ。踏み出すと消え去る闇。覚悟と言う名の下、迷いは跡形もなくなる。多分、これこそが意志、ストロークの強さであるう。
「心の闇さえ切り裂く強さか…。」
歩き出したストロークの起こした風は、金色に染めた髪を舞い散る。凜と現れたストロークを見て、愛音は嬉しい涙を流す。
「汝は弱かった自分を認めなかった。」
チャレンジとストロークが向き合う。視線が、空で縺れる。
「汝は自分の闇を乗り越えなかった。そうするともしなかった。ただ、闇をまるごと、壊した。」
ストロークが近づくと、命の大樹、チャレンジの葉が風に乗り、踊り出す。
「汝はこの世界のどの生き物より強い。確に、汝にはクラウンが相応しい。」
閃光と共に現れたのは、金色の王冠。空から舞い降りたクラウンが、ストロークの手に落ちてくる。
「だが忘れるな。一粒の闇も許せないその心は、いずれ汝を齧る刃になる…。」
ゆっくり、森が閉ざされる。多分、神様のために道は開いてた。用が終わった今、チャレンジが姿を現す必要は、なくなった。そしていずれ、三人は町の入り口に立っていた。
「ねえ、神様。」
「なんだ。」
帰り道、愛音は神様を呼んだ。突慳貪な返事にも屈せず、愛音は聞きたかった事を口にする。愛音の瞳は煌めいていて、胸はきゅんきゅん跳ねていた。
「愛の魔法とか、ないのかな…?」
「そんなのあったら俺、愛香の心を得るためこんな苦労もしなかった。」
「ちょ、あんた神様じゃない。そんなことも出来ないの?」
「まあ、本気になったら人の心なんて簡単に操ることできるけど…。」
「駄目だわ。」
後ろを振り向いた愛香は随分怒って、顔を顰めていた。額には皺が波立ち、頬はちょうど赤く染めていた。
「私との約束、もう忘れたの?」
「忘れるわけないだろう!僕は愛香の言葉なら全部覚えている!」
「まあ、なら良いけど。とにかく人の心に手出しはしないで。」
「うん、うん!僕、良い子だよ!」
愛音は、突然僕使いの良い子になった神様が気に入らない。だけど、認めるしかいない。姉は愛されるべき。愛されるのが相応しい。そんな人だから。




